
男子にも女子にも大人気のシリーズといえば、これ!2人1組の正義の怪盗――「怪盗レッド」をやっている、アスカとケイの物語。最新28巻を、ためし読み!(この巻からでも読めるよ!)今回は、レッドの強敵である、有名な高校生探偵・白里響が、フェイク動画によっておとしいれられて、これまでつみあげてきた実績や信頼を、一気にうばわれてしまう――というショッキングな事件からスタート。いますぐGO!
(全3回、公開は2025年11月30日(日)まで)
5 悪魔の証明は、できるのか?
ぼく――白里響が警視庁にくるのは、5日ぶりだった。
最後にきたのは、都内でおきた盗難事件を解決したときだ。
何度もきているため、霞ケ関駅から、目をつむってでもこられそうだ。
ぼくは、全国の警察とかかわりがあるものの、一番足を運ぶことが多いのは、やはり警視庁だ。
警視庁は、東京都を管轄する、日本でもっとも大きな警察組織だ。
働く警察官や事務職員は、総勢約5万人。
ほかの県警や府警とくらべても一番多い。
そんな警視庁の建物を見あげて、ぼくは目をほそめる。
父さんからの急な呼び出し……か。
このタイミングだ。用件は、例の動画のことで、まちがいない。
警察といっしょに、動画の投稿者を捜査できるというなら、まだいい。
だが……。
「ねえ、あれって動画の……」
「白里響じゃない?」
通りかかった人たちが、足を止めてこちらを見ている。
動画の拡散は、さらに加速しているようだ。
ぼくは警視庁の建物の中に、足早に入っていった。
職員用の入り口から入り、警視総監からの呼び出しであることを受付に伝えると、そのまま会議室に通された。
この会議室も、何度か、捜査の話し合いで使ったことがある。
コンコン
「失礼します。白里響です」
「入ってくれ」
中から、父さんの声がした。
ドアを開けて中に入る。
部屋の大きさは教室ほど。そこに長机とイスがならべられている。
父さんは、窓ぎわに立って、こちらには背をむけていた。
室内に入ると、ちらりと父さんがぼくを見た。
──白里弦。
ぼくの父親であり、警視庁を束ねるトップ──警視総監を務めている。
以前の事件で、タキオンの策略により拳銃で撃たれたことがあったものの、無事に回復して、仕事にも完全に復帰している。
「きたか」
父さんが、体ごとむきなおる。
撃たれたあと、少しやせた気がするが、堂々としたたたずまいは変わらない。
張り詰めた空気が、ぼくと父さんの間に流れる。
「父さん。今回のことは……」
動画について説明しようと、父さんに一歩近づく。だけど──。
「おまえは、動かなくていい」
ぴしゃりと、言われた。
それはこの場から、という意味じゃない。
ぼくに─――─探偵として動くな、という意味だ。
思わず、かあっと体が熱くなる。
「なにを言って……! まさか父さんまであの動画を信じているんじゃ……」
「あれがフェイクだということは、わかっている。おまえを……響を、そんなことをする人間に育てた覚えはない」
「ならどうして!」
「決まったからだ」
父さんのまっすぐな視線に、ぼくは少しだけ頭が冷静になる。
「……決まった?」
「白里響に与えられていた、特別な捜査権限を、一時、停止する」
「そん……な……。じゃあ、警察は、あの動画を信じるということですか?」
父さんは信じていないと言いきった。
なのに、処分がくだされるということは、「警察の考えはちがう」ということだ。
「信ぴょう性についての評価は、半々だ。疑いを持つものもいる。しかし、いまの問題は、あの動画の真偽よりも、おまえへの疑いを持つ世の中の声が圧倒的多数になっていることだ」
「そ、それは、説明すれば……」
「わかってもらえると思うか? 甘いな。本人がどう説明したところで、証拠を出せと言われるだけだ。そして、証拠を出すのは難しい。なにもしていないという証拠だからな」
父さんの厳しい目が、ぼくを貫いていた。
─――─それは、そうだ。
なにもしていないことを証明することを、「悪魔の証明」と呼ぶ。
やったことなら、その証明をすることができる。事実なのだから。
でも、やっていないことの証明は、無数にある可能性を、すべてつぶす必要がある。そして、それをやりきったところで完全な証明にはならない。
事実上、不可能に近い──……。
「動画に出ていた長崎の事件の犯人は、すでに捕まっていて、間もなく検察に移送されるはずです」
それが、動画がウソだというなによりの証拠になるはずだ。
「その予定だったが、再捜査の必要性をうったえる声があがっている」
……なるほど。と、目をつぶる。
「ぼくが捕まえた犯人は信用できない、ということですね」
そこまで疑いの声があがるのなら、もうどうしようもない。
ぼくの──探偵・白里響への、警察からの信用は、地に落ちた。
そういうことなのだろう。
「信用のない状態の民間人に、権限を与えつづけるわけにはいかない。もともとが『特例』だったのだから、なおさら」
父さんの言葉は冷徹だった。
だけど、たぶんそれはぼくに、少しでも希望を残すことをしたくないからだろう。
へたに希望があると、人間は、判断をまちがう。
「……わかりました。ぼくに、行動制限などはかかりますか」
ぼくは、なるべく落ちついた声のまま、答えた。
犯人をでっちあげていたと疑われているのなら、逮捕されてもおかしくない。
「出所のわからない動画だけで、おまえが罪を犯したという証拠にされることはない」
「ありがとうございます」
その判断には、きっと父さんの口添えがあったはずだ。
疑われているのに、ふつうは自由に動けるはずがない。
「話がこれだけでしたら、もういきます」
くるりと、ぼくは父さんに背をむける。
「─――─響。自分でつきとめるつもりか?」
父さんが、問いかけてくる。
「この件には真相があります。真実をあばくことが、ぼくの、探偵としての責任です」
「権限は失われた。それでもおまえは、まだ『探偵』を名乗るのか」
その問いかけに、ぼくは3秒ほど間を空けてから、静かに答えた。
「ぼくは、権限があるから、探偵をやってきたわけではありません。探偵とは、ぼくの生き方です」
背をむけたままだったから、父さんがどんな表情をしていたのか、ぼくにはわからない。
あきれていたのか、怒っていたのか……それとも。
ぼくは、会議室をそっと出た。
6 失われていなかったもの
警視庁の建物を出たところで、声がきこえた気がして歩道で立ち止まった。
うしろをふり返ると、遠くから走ってくるよく知る人物がいた。
「待ってくれ、響くん」
言いながら息を切らして走ってきたのは、猿渡警部だった。
ぼくが探偵を始める前からの知り合いで、長い付き合いの警部さんだ。
「猿渡警部、どうしたんですか? そんなにあわてて」
「どうしたもこうしたもあるか。警視庁で君のすがたを見たという話をきいて、探していたんだ」
猿渡警部が、うかがうような表情をしていたことから、全部知っているのだとわかった。
「……心配をかけてしまいましたね」
「そんなことはいい。どういうことなんだ、この状態はいったい」
猿渡警部は、混乱しているようだった。
急にあんな動画が出たら当然だ。
「まだわかりません。ぼくも動画のことを知ったのは、ついさっきのことなので」
「そうか……。だが、引き下がるつもりはないんだろう。いま『まだ』と言ったじゃないか」
猿渡警部が、ニヤリと笑う。
ここから反撃、そう思ったのだろう。
「だれの企みなのか。その謎を解きあかすつもりです」
ぼくは冷静に返す。
「なら協力できることは言ってくれ」
当然のように猿渡警部が言う。だけど……。
「猿渡警部に、伝えなければならないことがあります」
「なんだ?」
「ぼくにあった捜査権限は、停止されることになりました」
「なんだって! そんなバカな……」
猿渡警部は、目を見ひらいておどろいている。
いままで協力できたのは、ぼくに特別な捜査権限があったからだ。
それは探偵の師匠からゆずられた、特別なものだった。
くやしさも悲しさもあったが、その気持ちにひたっている場合じゃない。
ここからは1人でも、やらなくちゃならない。
「なので、猿渡警部にもう協力いただくわけには……」
ぼくが言いかけると、猿渡警部がきょとんとした顔になる。
「なにを言っている?」
「ですから、ぼくの捜査権限は停止されました。手伝っていただくわけにはいかないんです」
「なにかかんちがいをしていないか?」
「かんちがい、ですか?」
今度はぼくがきょとんとする番だ。
「私は響くんに捜査権限があるから、協力していたわけじゃない。君が白里響だから協力していたんだ。そしてこれからも白里響であることに変わりはない。協力しない理由がないだろう?」
猿渡警部はそう言うと、笑った。
まったく、この人は……。
「……感謝します」
ぼくにも自然と笑みがうかんだ。
「それより響くん、スマホは確認したか?」
「どうしてですか? 警視庁にむかう前に一度、電源を切りました。頭を整理したかったので」
「なら確認したほうがいい」
猿渡警部の言っている意味がわからない。
なにかもっと悪いことがおきたのだろうか。
スマホの電源を入れる。──と。
無数といえるような数の通知が表示される。
「これは……」
通知は、奏や七音、それに以前解決した事件の依頼人まで。
見切れないぐらいの通知が、表示されていく。
「ははっ……どうやら見誤っていたのは、ぼくのほうみたいだ」
まだ自分は、本当に信用を失ったわけではないみたいだ。
ぼくは顔を上げると、まっすぐに歩きだした。
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