
男子にも女子にも大人気のシリーズといえば、これ!2人1組の正義の怪盗――「怪盗レッド」をやっている、アスカとケイの物語。最新28巻を、ためし読み!(この巻からでも読めるよ!)今回は、レッドの強敵である、有名な高校生探偵・白里響が、フェイク動画によっておとしいれられて、これまでつみあげてきた実績や信頼を、一気にうばわれてしまう――というショッキングな事件からスタート。いますぐGO!
(全3回、公開は2025年11月30日(日)まで)
0 プロローグ
天井からつるされた、巨大なシャンデリアが、人々を照らしていた。
とある洋館でおきた、ブルーダイヤのネックレス盗難事件。
そして、その洋館の持ち主である、資産家への傷害事件。
事件当時に建物内にいた、関係者のすべてが、その広間に集められていた──。
その中央に立つ、1人の青年。
小学生のころから「名探偵」として名をはせてきた、いまは「高校生探偵」。
その名も──白里響(しらさと・ひびき)。
まわりをとりかこむのは、歳の遠くはなれたおとなばかり。
しかも、お金持ちらしい関係者の間にあっても、まったくひるむ様子はない。
まっすぐな目であたりを見まわしながら、なめらかな口調で事件の謎を解きあかしていく。
「─――─というわけで。今回のブルーダイヤのネックレス盗難事件。そして、高柳社長傷害事件の犯人は─――――─あなたです」
ガクリ
響に指ししめされた相手は、観念したらしい。
申し開きもせず、ただその場にひざをつく。
すきのない推理と、的確な証拠。
ここまでそろっていては、反論する余地はない。
「逮捕しろ!」
同席していた刑事が指示を出し、犯人の男に手錠がかけられる。
警察官たちにかこまれて、犯人が外に連れていかれる。
広間の中の空気がゆるんだところへ、
「あのぅ…………白里探偵?」
高柳社長の大学生の娘が、おずおずと近づいてくる。
「はい。どうしましたか? なにか気がかりでもありますか?」
ていねいに、響が答える。
「いいえ、そんな! お礼をお伝えしたいと思いまして。──ありがとうございました。犯人も捕まり、無事にネックレスももどってきました。白里探偵がいらしてくださらなかったら、まだ事件は闇の中だったと思います」
「そうですか。ぼくが力になれたのなら、なによりです」
響は、笑顔を見せながら応じる。
……が、急にその顔が、かるくしかめられた。
「どうされましたか!?」
「あ……失礼。少し頭痛がしただけです」
「推理のご様子、とっても見事でしたけど……わたし、白里探偵の顔色がわるいことが、ずっと気になっていたんです」
社長の娘が、心配そうに言う。
「それはご心配をおかけして、すみません……少し疲れが溜まっているのかもしれません。でも、帰って休みますから、大丈夫ですよ」
響は、なんとか微笑みながら答え、その場をはなれる。
表情に出さないようにしていたが、気づかれてしまったのか。
じつは、頭も体も、かなり重い。
昨日は、北海道で事件を解決していた。
そして、今日は長崎だ。
その前も……最後にいつ、足を止めたのかを思いだせないほどだ。
少し無理がつづいたかもしれない。
明日は、予定が空いている。
家に帰って、自分の部屋で、ゆっくり休めるはずだ。
響はそう考えると、刑事とこのあとの打ち合わせをするために、歩きだした。
1 名探偵にも、限界がある?
家の前でタクシーを降りると、強い日差しが差しこんで、思わず目をほそめる。
ぼく──白里響は、玄関にむけて歩きだす。
自分の鍵を使って玄関を開け、家の中に入る。
家の中は、がらんとしていて、人の気配がなかった。
平日の昼間は、両親はそれぞれ仕事で、留守にしている。
奏も、まだ学校にいる時間だ。ちょうどよかった。
きっと、いまのぼくは、家族に心配させるような顔色をしているだろうから。
重い体を引きずって、手洗いとうがいをすませると、ぼくは自分の部屋にむかった。
長崎での事件を解決してから、あとは現地の警察にまかせ、朝一番の飛行機でもどってきた。
次の依頼は、すぐにとりかからなければならないものじゃない。
ここ数日、ずっと全身のだるさを無視していた。
なんとか、今回の事件解決までこなせたものの、そのあとは緊張の糸が切れたのか、さらに体調の悪化を感じる。
でも、感染性のあるものではなさそうだ。
「……疲労だろう。休むしかないな」
自分の部屋に入ると、壁ぎわには本棚とスチールラックがならび、独自の捜査資料と、捜査の参考に集めた本が詰まっていた。
ここに収めきれない本は、トランクルームを借りて保管してある。
さすがに捜査資料は部屋にしかおけないので、そろそろあふれそうだ。
べつの保管場所を考えないとな……。
そんなことをぼんやりと思いつつ、バッグを床にほうりだして、ベッドに倒れこんだ。
いつもなら、横たわる前に着替えぐらいはする。
が、いまは、それすらおっくうだ。まぶたが重い。
最後の力をふりしぼって、ベッドサイドにメガネをおく。
あとのことは、目が覚めてからにしよう……。
ぼくは強烈な眠気にさそわれるままに、まぶたを閉じた。
■
遠くで音が鳴っていた。
リンリンリン
耳障りな音に、思わず顔をしかめる。
なんだったか、この音は……。
そう考えて、ぼくのスマホの着信音だと気づいた。
だれかから、電話か?
ぼんやりとした頭でそう理解して、むりやりに目を開ける。
部屋はまだ明るかった。
時計を見ると、午後2時半過ぎ。2時間ぐらい寝ていたらしい。
眠る前よりは、少しは体の重さが楽になっている。
まだ寝ぼけた頭で、メガネをかけてから、スマホを手に取る。
着信音はまだ鳴りつづいている。
スマホの画面を見ると、「七音」と表示されていた。
深沢七音(ふかざわ・なお)は、小学生時代からの知り合い──友人で。
ぼくと同じく、探偵だ。
付き合いも、それなりに長い。
だが、メッセージのやりとりはあっても、電話をかけてくるのはめずらしい。
ぼくが電話に出ると、七音のあわてたような声がきこえる。
『─――――─大丈夫なの、響?』
「……なんのことだ?」
状況が飲みこめない。
七音に、いまの自分の体調のことを知らせた覚えはない。
家族にだって、知られていないはずだ。
「なんで知ってる?」
『なんでって! こんなさわぎになってるんだから、当然でしょ!』
「……さわぎ?」
その言葉で、ぼくがなにか、かんちがいをしていることに気がついた。
『見てないの? 響の動画が出まわってるの。SNSで、すごいいきおいで拡散されてる!』
「動画? いったいなんの……」
まだ頭が重くて、いつものように考えがまとまらない。
動画? そんなものが、どうしたっていうんだ。
『それは……』
七音は言いにくそうにしている。
「かまわない。教えてくれ」
『……響が犯人と取引している場面を撮った動画なのよ。響のすがたも、音声も、しっかり映ってる。あたしが見ても、まちがいなく響のすがただった』
「そんなバカな……身に覚えはない」
七音が、なにかのかんちがいをするとは思えないが……じゃあその動画はなんだっていうんだ。
『そんなことはわかってるわよ! でも、ほんとなの。『名探偵・白里響はいつわりの探偵だった』って! ネットを中心に、大さわぎになってる』
「すぐに確認する」
それだけ言って、ぼくはすぐに電話を切る。
スマホの動画視聴アプリを立ちあげ、「白里響」と検索する。
検索のトップに、見たことのない動画が表示された。
『高校生探偵の真実!!』というタイトルがつき、サムネイルにも、ぼくのすがたが映っている。
再生数を見ると、すでに100万回を超えていた。
「なにがおきている……」
はやる気持ちをおさえて、動画をタップした。
動画が再生される。
最初に映ったのは─――─ぼく自身だ。
横側からのアングルだが、その横顔だけでも、十分にわかる。
ぼくだ。
ぼくのうしろには、どこかの家の外壁が見え、足もとの地面は、土がむきだしだ。
この場所……最近、どこかで見た……。
そうだ! 長崎の事件があった屋敷の、裏庭だ。
どういうことだ?
たしかに、ぼくは「この場所に立った」ことがある。
事件の調査をしていたからだ。だが……。
『待たせたか』
奥から、30代前半ぐらいの男が画面に現れる。
「……!?」
ぼくは、その男を見て、目を見ひらいた。
画面に映ったのは、つい昨日、ぼくが捕まえた犯人だったからだ。

男は、ぼくにむかってかるく手を上げ、親しげにすら見える雰囲気で話しかけている。
いや、そんなわけがない。
ぼくとこの犯人の男は、この事件ではじめて会ったし、事件捜査上で話したことはあっても、こんな親しげな態度をとることは、おたがいになかった。
『──おそい。早くこいと言っただろう』
不機嫌そうなのは、ぼくの声だ。
ぼくは探偵としてメディアに出ることもあるから、ほかの人より、自分の声をきく機会が多い。
自分の声の録音をきくと違和感を覚えるという、あの感覚がするほどに──それは、ぼくの声だ。
なんだ、これは……。
『いいのか? そんなこと言って。犯人役を降りたって、おれはいいんだぜ?』
男が、にやけ面で笑う。
『報酬は十分に支払ったはずだ。約束どおり、出所後にも半分支払う。いらないのか?』
ぼくが冷たく言いはなつ。
『ちっ。高校生探偵さまは、かわいくないねぇ。まあ、いいさ。約束さえ守ってくれるならな。しかし、あの有名な探偵がこんなことしてるなんて、マスコミに売ったら高く売れるな』
『…………約束を違えるつもりか?』
『しねえよ! だから、そんな怖い顔すんなって! わかった、ちゃーんと犯人役として捕まってやるから、安心しろ。それに、絶対にだれにも言わねえ。そういう契約だろ』
『わかっているならいい。明日の推理ショーでは、いい演技をしてくれよ』
『へいへーい』
動画が、プツリと途絶える。
─――─頭が痛い。
いま、目の前で流れた動画の内容は、たしかに見ていたはずなのに。頭に入らない。
なんだこれは?
つくり物の動画だ。
本人であるぼくには、そう言い切れる。
だけど、それ以外に否定する根拠が思いつかないくらい、あの動画に映っていたのは、ぼく、白里響そのものだった。
犯人についても、まだ警察からも、こまかい情報は出ていないはずだ。
そんな段階で、あんな偽の動画がつくれるのだろうか。
いや、つくれているから、あんな動画がアップされている。
1つまちがいないのは、この動画を見た人たちが、どう考えるか──だ。
「──白里響は、犯人を仕立てあげ、事件の解決は自作自演だった!」
「名探偵というのはウソだ!」
まちがいなくそう信じ、『長年、世間をだましてきた』と、怒りの声があがるだろう。
この動画をつくったのは、ぼく個人を陥れるためなのか?
でもだれが、こんなものを……。
いや、いまは動画をつくった犯人像より、この状況をどうするかを考えるほうが先だ。
ぼくが動画を開いたときに110万回再生だったものが──いまは150万回再生となっている。
とんでもないスピードで、動画が見られている。
思った以上に、拡散されているらしい。
「…………」
まだぼんやりしている頭を振って、ぼくは身をおこし、頭を回転させはじめる。
──まずは、警察と連携して、動画の停止。そして投稿主の確認か。
その投稿主が、フェイク動画の発信者だとはかぎらないが、手がかりにはなるはずだ。
そう考えていると、スマホから着信音が鳴る。
「─――─!」
画面を見て、ぼくは致命的なほど、自分が後手に回っていることに気づいた。
スマホの画面にあった名前は「白里弦」。
ぼくの父親にして、警視総監からだった。
電話に出る。
「──父さん。動画のことですね。あれについては……」
『響か』
「はい」
『大事な話がある。警視庁にきてくれ』
父さんの言葉には、有無を言わせぬ迫力があった。
「わかりました」
ぼくは目をつぶり息をつき、そう答えることしかできなかった。
2 放課後の大事件!
「アスカちゃん、ばいばーい!」
「ばいばい! また明日ね」
放課後の教室で、先に帰っていくクラスメイトに、あいさつを返す。
さ~て。
今日はどうしようかなっ!?
演劇部はないし、レッドの予定もいまのところはないんだよね。
実咲は、生徒会だし。
優月は、家庭科部にいっちゃったし。
う~ん…………よし、こんなときは、とっとと帰ってトレーニングするのがいっか!
わたしは決めて、席から立ちあがる。
……ん?
ふと気づくと、教室のあちらこちらで、スマホを持ったクラスメイトが、やけにざわざわと話している。
真剣だったり、おどろいた顔をしたりと、表情はいろいろだったけど。
なにかがあったということは、すぐにわかった。
わたしは、近くにいた女子の3人組に近づいていく。
「どうかしたの?」
「アスカちゃん! それがね、これ見て!」
女の子の1人が、スマホの画面をこちらに見せてくる。
画面には、動画が映っていた。
「えっ……!?」
……これって……あの、白里響?
それに、そばに知らない男の人も映ってる。
『いいのか? そんなこと言って。犯人役を降りたって、おれはいいんだぜ?』
『報酬は十分に支払ったはずだ。約束どおり、出所後にも半分支払う。いらないのか?』
男の人と響が話している。
犯人役? それって……?
わたしは食い入るように、スマホの画面を見つめる。
2分ほどの短い動画で、すぐに見終わった。
「なに……これ?」
わたしは、目の前の動画の内容が、理解できなかった。
わたしは響と会ったことがある──っていうか、何度も会ってる。
なんなら、いっしょに事件を解決したこともあるし、いっしょに旅行にいったことだってある。
そんなわたしが見ても、これは──声もすがたも、まちがいなく響自身に見える。
でも……。
あっ、なにかのいたずらの動画なのかな?
でも、だとしたら、響自身が、こんな悪趣味な企画に出演したってことになる。
それこそ、あの響の性格を考えたら、ありえないっ!
じゃあ、なんなんだろう?
この動画の内容から伝わってくるのは「響が男にお金を払って、犯人に仕立てあげている」っていうことだ。
──ウソの犯人を仕立てる? あの響が?
「アスカちゃん、この動画、すっごいいきおいでSNSとかで拡散されてるんだよ。高校生探偵の白里響は、実は自作自演の探偵だったって!」
そんなことあるわけないっ!
即座に思ったけれど、声には出さない。
目の前のクラスメイトにむかって、そんなこと言ってもしょうがないもんね。
そうだ、ケイは?
ケイがこの動画を知ったなら、絶対、なにか気づくはず!
そう思って、いそいで教室を見まわしたけど、ケイのすがたはなかった。
もう帰っちゃったのか……。
……あっ。
それもそうだけど、もっと重要なことがあったよ!
「この動画って、もうみんな知ってるの!?」
わたしは、スマホを見せてくれた女の子にきく。
「そうだと思うよ。だって、もう300万回再生とかいってるし、動画を切り抜いたのがSNSでも流れてきてて、そっちも1000万回とか見られてるから」
「!」
それって、とんでもない数字だ!
これじゃあ、学校中に知られていてもふしぎじゃない。
ってことは、当然……!
「─――――─わたし、いってくるっ!」
「えっ、アスカちゃん?」
わたしは、おどろいているクラスメイトにかまわずに、教室を飛びだした。
第2回につづく(8月29日公開予定)
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