2★はじまりの日
「もう、空ったら! むかえに来たら、まだパジャマなんてびっくりだよ!」
「あわわわっ、ほんとうにごめん!」
青空の下、親友の小鳥遊莉子ちゃんといっしょに、学校までかけ足で急ぐ。
「朝に着る服が決まってないなんて。なんで寝る前に決めておかないの?」
「いつもはそうしてるよ? でもきのうは、すごくなやんだの。迷っているうちに、いつの間にか寝ちゃってて……って! 莉子ちゃん、足速いよっ。置いてかないで~!」
小学五年生になっても、ぐずぐずで優柔不断な性格はあいかわらず。
服だけじゃなくて、なんでも決めるのに時間がかかっちゃう(けっきょく、決められないことも……)。
なんとか遅刻しないで校門をくぐる。莉子ちゃんは、両手で顔をあおいだ。
「朝から汗かいちゃった。走ったせいもあるけど……やっぱり、この暑さがおかしいよ」
「そうだよね。五月なのに、真夏みたい」
わたしはうなずいて、空を見る。太陽はギラギラ光っていて、ふいている風は熱風。
わたしたちの街では、なぜか、一週間くらい異常な暑さがつづいているの。
「あっ、空ちゃん! 莉子ちゃんも。おはよう」
花壇コーナーで、同じ一組の白石蘭ちゃんに声をかけられた。蘭ちゃんの両手は、大きなジョウロでふさがっている。
「蘭ちゃん、まだ水やりやってたの? そろそろ教室に入ったほうがいいんじゃ……」
「うん。でも、この暑さが心配で、マメにお水をあげないとって思って」
去年からずっと花壇係で、だれよりもお世話に熱心な蘭ちゃんらしい。
「ねえ。わたし、空ちゃんに聞きたいことがあるの。ほんとうに雨って、ふらないのかな?」
「えっ?」
「テレビの天気予報だと、まだ暑いのはつづくって。でも、お天気係の空ちゃんの予報は、テレビより当たるってうわさを聞いたよ」
お天気係は、みんなに次の日の天気をお知らせするのがおしごと。ふつうは、テレビの予報をそのまま伝えるけれど、わたしはちがう。テレビが「雨」って言っても、晴れてほしいと思えば「明日は晴れます」って言える。そしてほんとうに、晴れるの!
じつは、それには大きなヒミツがあるんだけど……。
「蘭ちゃんは、雨がふってほしいの?」
「うん! ふってくれないと、お花が枯れてだめになっちゃう……」
色とりどりのチューリップが咲いている花壇を、蘭ちゃんはかなしそうに見つめる。
よくながめると、花びらはしおれていて、今にも落ちそう……。
枯れちゃったら、お花だけじゃなくて、がんばってる蘭ちゃんまでかわいそうだよ。
わたしはもう一度、空を見る。
「……雨、ふるよ」
「えっ? ほんとうに?」
わたしは、蘭ちゃんの手をぎゅっとにぎる。
「うん、きっとふるから。まってて」
「空ってば、そんなこと言って。はあ……」
だいじょうぶなの? って、莉子ちゃんは不安そうに見つめる。
心配されてもしかたない。こんなはっきり、答えることなんてないもの。
でも、天気のことなら、心強い味方がいるからね!
***
放課後はいつも、まっすぐ家に帰る。それから、しごとがいそがしいママやパパが帰ってくるまで、一人で絵を描いたり、本を読んでお菓子をつくったりして過ごす。
だけど、今日は――。
「はあ、はあ……ふぅ~」
家を通り過ぎた先にある長い石階段のまん中で、ひざに手をついて息切れ中……。
この階段を上ると、心強い味方――わたしのおばあちゃんの『お天気神社』があるの。
なんとこの神社の神さま、お願いすれば、どんな天気もぜったいにかなえてくれるんだ!
でも、わたしのおばあちゃんはもういない。小学二年生のときに、病気で亡くなったの。
それ以来、神社にはお客さんもあんまり来なくなっちゃって……。お天気係になってからは、わたしが、一番お願いしてるお客さんだと思う。
今は蘭ちゃんのために、雨をふらせてもらわなくちゃ。
ひざから手をはなして、顔をあげる。そのとき、目の前に一匹の蝶があらわれた。
「うわ……」
つい見とれちゃう。こんな蝶、見たことない。
大きくて、きれいな赤色の羽。しかも、ぽわ~と光っている。
ひらひら、階段を上るように飛んでいく。わたしは、つられるように後を追いかけた。
とんとんっと一気にかけ上がって――。
「わっ!」
どんっと、わたしの顔がだれかにぶつかった。
「びっくりした。空ちゃん、だいじょうぶ?」
「わたしはだいじょ……あっ、夜雲さん!」
はかま姿に、長い髪を一つにたばねた男の人。わたしが生まれたときから、この神社ではたらいている夜雲さん。やさしくて手先が器用で、ほんとうのお兄さんみたいな存在なんだ。
おばあちゃんがいなくなってからも、一人でこの神社をお世話してくれている。
「ぶつかってごめんなさいっ」
「ぼくもだいじょうぶだから、気にしないで」
切れ長の目をさらに細めて、やさしくほほ笑む。
「今日も、天気のお願いに来たんだよね。ずいぶんあわててるけど、なにかあったの?」
「すごくきれいな蝶を見かけて、追いかけてたの。見なかった?」
「うーん、見てないなあ。まあ、ゆっくりしていって。ぼくは少し、出かけてくるね」
「うん。夜雲さん、ありがとう」
赤い鳥居をくぐって、おさいせん箱のほうに向かった。
やっぱり今日もだれもいなくて、さみしい……。
わたしが、たっぷりお願いしよう!
おさいせん箱の前には白いひもがたれている。ひもの一番上には、わたしの顔よりも大きくて、ピカピカ金色に光った鈴がついている。
おばあちゃんいわく、この鈴の中に神さまがいるから、鳴らして呼ぶんだって。
両手でひもをにぎる。そこに、さっきの蝶がふらふらやって来て鈴に止まった。
この蝶も暑すぎて、お願いしにきたのかな? よーっし、いつもより力をこめて……。
ズルッ。
とつぜん、鈴がひもからはずれた。わたしめがけて落ちてくる。
「ひぃ!」
頭をかかえながら、とっさによけた。
ガシャ―――――――――――ン!
するどい音が、神社に鳴りひびいた。しばらくして、ふせていた顔をゆっくりあげる。
「あ、あ、あわわわわわっ……」
顔が、サァーと青くなった。
すっ、鈴が……神さまがいる鈴が……割れちゃった……!
「ど、どうしよう! そうだ、夜雲さん! ……は、いないんだった。えっと、あっと」
もう、大パニック!
と、とにかく。落としたままはよくないよね……?
ふるえる手で、バラバラになった鈴を拾おうとする。
ゴロンッ。
うごいた⁉ まださわってないのに。
ふしぎな現象は、まだ終わらない。割れた鈴の破片たちから、ナゾの光があふれ出して――。
ばたんっ。
電気が消えたみたいに頭の中がまっ暗になって、わたしはたおれた。
第2回へつづく(7月3日公開予定)
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