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ものがたり

心がザワザワする、こわさと面白さ!【どこよりも早く読めちゃう!】『呪ワレタ少年』先行ためし読み連載 第4回


つばさ文庫の大人気シリーズ「恐怖コレクター」の作者による、こわくて面白い新作「呪ワレタ少年」を、どこよりも早くためし読みできちゃうよ!
今日から第2話を公開します! はたして、どんな【災悪】が待ちうけるのか……?

 

ケース2 ベートーヴェンの肖像画

「なんだよ、その言っちゃいけない名前って?」
「だから、その少年の名前を口に出して言っちゃうと呪われちゃうんだよ。面白いでしょ?」

 ある小学校の放課後。
 4年生の鈴木虎太郎(すずきこたろう)と、同じクラスの熊谷隼士(くまがいはやと)は、校舎の三階にある音楽室の掃除当番だった。
 箒で床を掃いていた虎太郎は、塾で耳にした
『呪われた少年』の話を隼士にしていた。
 虎太郎も隼士も、その手の怖い話が好きなのだ。
「でも、口に出して言っちゃいけないのにどうやって人に伝えるんだよ?」
 机を雑巾で拭きながら隼士は首をかしげる。
「紙に書いて見せればいいんだよ」
 そう言った虎太郎は紙と筆記具を捜して周囲を見回す。
 目が悪い隼士は黒縁メガネをかけ直して捜したが、あいにくなかった。
 しかし、虎太郎はニコリとして黒板に歩み寄りチョークを手にした。
「あ、今、綺麗にしたばかりなのに……」
「いいじゃん、また綺麗にすれば」
 虎太郎はチョークをコツコツと黒板に走らせる。

『■■■■■』

「よし、書けた。こんな名前だよ」
 虎太郎は隼士に振り向く。
「え? これ、なんて読むの?」
「僕も最初は読めなかったよ。だから、これは――」
 虎太郎はチョークで読みがなを振りつつ呟く。
「えーと、『■■■■■』」
「へぇ、その字でそう読むんだ」
「そうだよ」
 虎太郎は自慢気な表情を見せたが、隼士は黒縁メガネをかけ直しながら首をかしげる。
「でも、今、虎太郎は名前を口に出して言ってたけど、それは大丈夫なの?」
「え?」
 虎太郎は見る見る青ざめる。

「えっ!? 嘘っ!?」

 その時、初めて気づいたのだ。
 自分が『呪われた少年』の名前を口にしてしまったことを――。
 虎太郎はひどく動揺して、隼士を睨んだ。
「隼士が尋ねるから、つい口にしちゃったじゃないか!」
「え? 僕のせいなの? この話を始めたのは虎太郎だよ!」
 確かにそうだと思った虎太郎は頭を抱えた。
「どうしよう? 僕、呪われちゃうのかな?」
「大丈夫だよ。だって、単なる噂でしょ」
 小学校入学以来の友達にそう言われても不安は拭えない。
 虎太郎が黒板に書いた文字が、不気味だ。
 黒板消しを掴むと慌てて消し始めた。
 シュッ、シュッ、シュッ!
『■■■■■』
 その文字が消えていく。

 タ、タ、タ、ターン

 黒板消しが立てる音の中に混ざって何かが聞こえた。
「え?」
 チョークの文字を消していた虎太郎の腕が止まった。
「なに?」
 隼士が虎太郎の顔を覗き込む。
「いま、音が聞こえた」

 タ、タ、タ、ターン

 再び聞こえた。
 それは楽器の音色のようだ。
「ピアノ……?」
 虎太郎は信じられないと思いつつ部屋の隅に置かれたピアノを見た。
 しかし、鍵盤の蓋は閉まっており音が鳴るはずはなかった。

 タ、タ、タ、ターン!

 今度はハッキリと聞こえた。
 蓋の閉まったピアノから明確なメロディが響く。
「今の聞こえたでしょ!?」
 虎太郎は隼士を見た。
 だが、隼士は周囲を見回して首を横に振る。
「僕には何も聞こえないよ」
「そんなはずないよ。タ、タ、タ、ターンってピアノが鳴ったんだよ」
「ピアノが鳴った?」
 ピアノを凝視する虎太郎の視線を追って隼士もピアノを見る。

 タ、タ、タ、ターン!

 またもハッキリと鳴った。
 それは、どこかで聞いたことのあるメロディ。
「ほら、ピアノが勝手に鳴ってるんだよ。これ、有名なメロディだよ」
 虎太郎はピアノから退くようにしつつ隼士に言った。
 だが、隼士は首を振る。
「ピアノは鳴ってないよ」
鳴ってるって! ほら、なんだっけ? 有名な曲だよ!」
 虎太郎は黒板の上に貼ってある作曲家達の絵を見た。
 ショパン、リスト、ラベル、ベートーヴェン、バッハなどの肖像画。
「この中の人の有名な曲だよ!」
「そんなの鳴ってないって!」
鳴ってるよ! 隼士だって知ってる有名な曲だよ!」
「虎太郎はピアノを習ってるから、空耳で聞こえるんじゃないの?」
「空耳なんかじゃないよ!」
 確かに虎太郎は週に一回、ピアノ教室に通っていた。
 でも、空耳には思えない。

 タ、タ、タ、ターン!

 確実にハッキリと聞こえた。
「隼士、音楽室から出ようよ」
 虎太郎はドアに向かって走りだした。
 ふと振り返ると、隼士はピアノをじっと見つめてたたずんでいる。
「なにしてるんだよ!」
 虎太郎は隼士に駆け寄ると腕を掴んだ。
 隼士はそれを振り払った。
「隼士……! どうしたんだよ?」
「有名な曲って……、もしかして……」
 隼士はひたすらピアノを見つめる。
「ど、どうしたんだよ? 行こうよ」
 虎太郎は、もう一度、友達の腕を強く引く。
 すると隼士は虎太郎を振り払ってピアノに走っていった。
「隼士!」
 隼士はピアノの前の椅子に腰掛けて、鍵盤の蓋を開いた。
 そして、黒縁メガネをかけ直す。
 隼士の指が鍵盤を力任せに叩き始める。

 ダ、ダ、ダ、ダーン!

 さっき聞こえたメロディと同じだ。
「隼士! な、なんで? 隼士がピアノを!?」
 虎太郎は唖然とした。
 隼士は普段、「僕は音楽に興味が無い」と言っていた。
(ピアノなんて弾けるはずが無いのに?? それに、さっきまで聞こえないと言ってたのに??)
 虎太郎の頭の中は混乱した。

 ダ、ダ、ダ、ダーン!

 隼士が力任せに鍵盤を叩く耳障りなメロディが響く。
「隼士、止めてよ! どうしたんだよ! 帰ろうよ!」
 怖くなった虎太郎は、無言でピアノの鍵盤を叩く隼士に近づけない。

 ダ、ダ、ダ、ダーン!
 ダ、ダ、ダ、ダーン!
 ダ、ダ、ダ、ダーン!

 虎太郎は「帰ろうよ!」と懇願するしかない。
 その時、ピアノの音以外の何かが聞こえた。

 フフフフッ!

 不気味な男の笑い声。
 虎太郎は黒板の上の肖像画を見る。
 その中の一枚の絵から声が聞こえる。

 フフフフッ!

 毛先がカールした長い銀色の髪の男。
『ベートーヴェン』だ。
 いかつい顔から声が聞こえた気がした。

 ジロリ!

 その目が動いて虎太郎を睨みつけた。

「わぁ!!」

 虎太郎は友達の事なんてかまっていられなかった。
 音楽室を飛び出して、誰もいない三階の廊下を走った。

       ●

 虎太郎は、動揺を隠せなかった。
 自分の教室に立ち寄りランドセルを乱暴に掴んだ。
 しかし、それを背負う余裕も無い。
 胸の前にランドセルを抱いて、校門を飛び出し、ひたすら家に向かって走る。
(隼士がなんであんな事に!?)
 頭の中でその言葉がこだまする。
(もしかして、僕が『呪われた少年』の名前を言ったから?)
 虎太郎は走る。
(『呪われた少年』の名前を口にしたのは僕なのに、なんで、隼士が?)
 理解できない事は他にもあった。
(隼士にはピアノの音が聞こえないってどういうこと?)
 様々な不安と恐怖がぐるぐると渦巻く。
 虎太郎が走る道に、人の姿が少ないのでますます不安と恐怖が募る。
 児童たちのほとんどはもう家に帰ってしまったのだ。
(早く家に帰りたい!)
 虎太郎は全速力で走り出した。
 やがて人通りの多い商店街に入った。
 人がいっぱい居るので気持ちが和らいだ。
 ここを抜ければ虎太郎の家だ。
(もうすぐ家に帰れる)
 虎太郎の両親は共働きなので、この時間に家に帰ると一人なのは分かっていた。
 それでも家に帰れば安心できる。

 フフフッ!

 突然、不気味な男の笑い声が耳に入ってきた。
「え!? なに?」
 足がすくんで立ち止まった虎太郎はあたりを見回す。

 フフフッ!

 その笑い声は足元から聞こえた。
「え!?」
 見おろすと、そこにはこちらを睨みつける男の顔があった。

 ベートーヴェンの肖像画!

「な、なんで、こんなところに!?」
 思わず叫んだ虎太郎を通行人達が一斉に見た。
 虎太郎はその視線に気づいて周囲を見る。
 ビックリして自分を見つめる商店街の人々の視線に、虎太郎はむしろ少し冷静になった。
 再び足元を見ると、そこには銀行をPRするチラシが落ちていた。
 人気の男性タレントが明るくほほ笑んでいる。
 ベートーヴェンじゃない。
(目の錯覚だったんだ)
 さっき起きたことを気にしすぎたと虎太郎は思った。
 そして、再び足早に家に向かった。



第5回へ続く(7月28日公開予定)

【8月5日発売!】大注目のこわくて面白い新シリーズ『呪ワレタ少年』、お楽しみに!


作:佐東 みどり 作:鶴田 法男 絵:なこ

定価
792円(本体720円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046322401

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