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ものがたり

心がザワザワする、こわさと面白さ!【どこよりも早く読めちゃう!】『呪ワレタ少年』先行ためし読み連載 第5回


小学5年生の虎太郎は、音楽室で、うっかり「呪ワレタ少年」の名前を口にしてしまった。すると、友人の隼士がベートーヴェンになってしまい……!?


          ●

 ガチャ!
 虎太郎は家の鍵で玄関扉を開けた。
(ただの勘違いだったのかな……)
 玄関に入って扉を閉めた虎太郎は、ホッとする。
 家の中は薄暗い。
 やはり母親はまだパートから帰ってきていない。
 虎太郎は玄関の明かりを点けると、二階の自分の部屋に向かった。

 自分の部屋のベッドの上にランドセルを投げ出す。
 ベッドに腰掛け、今、体験してきた事を頭の中で整理しようと思った。
 自分が『呪われた少年』の名前を声にして言ってしまったのに、隼士の様子がおかしくなった。
 それが納得できなかったからだ。
 でも、商店街でチラシがベートーヴェンの肖像画に見えたのである。
(え? つまり、やっぱり僕が呪われてるから、周りがベートーヴェンに見えちゃうの?)
 しかし、幻覚を見たにしてはあまりにリアルすぎる。
 虎太郎は両手の手の平で頭をギュッと握りしめる。
 
 
フフフッ!

 不気味な男の笑い声が聞こえた。
 虎太郎はハッとして部屋を見回した。
 アニメやマンガのポスターのキャラクターと目が合った。
 それらから声が聞こえている。

 フフフッ!
 フ、フフッ、フフッフフッ!
 
フフ、フフ、フッ!

 笑い声が虎太郎を取り囲んだ。

「なんなの! 止めて!」

 ポスターのキャラクターは皆、いつの間にか毛先のカールした銀色の髪の男に変わっていた。
 全部がベートーヴェンになっていた。
 同じいくつものベートーヴェンの顔、顔、顔。
 それらの目が眼光鋭く睨みつけてくる。

 ジロリ!
 ジロ、ジロリ!
 ジロ、ジロ、ジロ、ジロ、ジロリッ!

「わぁぁぁぁ!」

 虎太郎は部屋の扉を開けて逃げだそうとした。

 グイッ!

 誰かが虎太郎の肩を掴んだ。
「ひぃ!」
 振り向くとベートーヴェン達がポスターの中から腕を伸ばしてきていた。
「ああああ! 助けてぇ!」
 虎太郎は身体をねじり、腕を振り回した。
 肩を掴むベートーヴェンの手がゆるんだ。

 バンッ!
 
 虎太郎は、自分の部屋の扉を勢いよく開けた。
 ドドドドッ!
 慌てて階段を駆け下りる。
 家から逃げだそうと玄関に向かった。
 玄関扉の鍵を開けようとして指でつまもうとしたが――、

 ガチャ!

 鍵が勝手に開く。
 ビクッと虎太郎は後退った。
 扉が開いて毛先のカールした長い髪の人影が入ってきた。

「わぁ!」
 悲鳴を上げる虎太郎。

「ただいま」

 母親だった。
 虎太郎の母親は毛先をカールさせているのだ。
「お母さんっ!」
 虎太郎は嬉しさのあまり母親に飛びついた。
「どうしたの?」
「お母さん! 良かった! 助かった!」
 虎太郎は母親の胸に顔を埋める。
「なに? どうしたのよ?」
 母親は目を白黒させるばかりだ。

       ●

「ええ? ポスターが全部ベートーヴェンになったの?」
「そうなんだよ」
 虎太郎は今までのことを全て説明し、自分の部屋に母親を連れてきていた。
 部屋の入口に立った母親は、信じられないという表情をするばかりだ。
 なにしろどれもアニメやマンガのポスターでしかなかったからだ。
「信じられないかも知れないけど、本当なんだよ」
「夢でも見たんじゃないの?」
「そんなことは絶対無いって! それに隼士の様子もおかしくなっちゃったんだよ」
 そう言った虎太郎は、突然、自分の友達のことが心配になった。
「ねぇ、隼士のお母さんに電話してよ。ちゃんと家に帰ったか心配なんだ」
 虎太郎は自分の電話を持っていなかった。
 だから、誰かに電話をするには親にお願いをするしかなかった。
 虎太郎はその目を見て気づいた。
(お母さんは、僕の話が信じられないんだ)
 これ以上、母親を信じさせようとすると、かえって疑われてしまう。
 でも、小学校1年の時からの友達が心配だった。
「ねえ、電話してよ」
「分かった。電話してみるわ」
 母親は一階のリビングへと向かい、虎太郎もそれに続いた。

       ●

 リビングに戻ると、母親はバッグからスマホを取り出した。
「えーと」
 検索機能で隼士の母親の電話番号を表示させようとする。
 それをそばで見ていた虎太郎の耳に何かが聞こえる。

 タ、タ、タ、ターン

「ね、今の聞こえた?」
「なにが?」
 虎太郎に聞こえた音が母親には聞こえなかったようだ。
「音楽室で聞こえたのと同じメロディーが聞こえたんだよ
「え? うそ?」
 母親はスマホをテーブルに置いて耳を澄ます。

 タ、タ、タ、ターン

 さっきよりハッキリとメロディが聞こえた。
「また、聞こえたよ」
「え? 私には聞こえない」
 ふと、母親は何も言わずにリビングの隣の部屋に向かった。
「ねえ、お母さん、どうしたんだよ? 電話してよ」
 母親が隣の部屋のドアを開けて中に入った。
 そこにはピアノが置いてある。
 虎太郎も母親を追いかけて隣の部屋に入る。
 母親はその前の椅子に腰掛けていた。
「ねえ、お母さん、何するつもりなんだよ?
 不安が虎太郎を襲い始めた。

 タ、タ、タ、ターン

 ピアノから音が響く。
「ねえ、虎太郎が聞いたメロディーってこれでしょ?」
「そうだけど。そんな事より電話を先にしてよ」
 虎太郎の不安は恐怖に変わり始める。
「この曲はね、ベートーヴェンの『運命』って言うのよ」
 母親は再び鍵盤を叩いた。

 タ、タ、タ、ターン

『運命』が再び響いた。
(隼士の時と同じだ……!)
 不安は完璧な恐怖に変わり始める。

 タ、タ、タ、ターン

 母親が再び鍵盤を叩くと『運命』のメロディが流れる。
 一心不乱にピアノを弾く母親。

 タ、タ、タ、ターン!
 タ、タ、タ、ターン!
 タ、タ、タ、ターン!

 ピアノの前に座り鍵盤を叩く母親。
 その姿が不気味で、虎太郎は一歩退いた。
「お母さん、止めてよ!」
 恐怖に震える声で頼んでも、母親は止める気配が無い。
 その時、何かが聞こえた。

 フフフフッ!

 不気味な男の笑い声。
 虎太郎は周囲を見回したが絵は無かった。

 フフフフッ!

 再び聞こえた笑い声に、ハッとして目の前の母親を見た。
 ピアノの鍵盤をムキになって叩いていた母親が、いつの間にか動きを止めていた。
 うつむいて笑っていたのだ。
 その声は男だった。
 しかも、毛先のカールした黒髪は、いつの間にか銀色になっていた。
「お母さん!」
 虎太郎の声に反応したように母親が顔をこちらに向けた。

 フフフッ!

 その顔は、笑うベートーヴェンだった。

「ひいいい!」

 ベートーヴェンの母親はゆっくりと立ち上がり虎太郎に迫ってきた。

「やめて! あっち行け!」

 フフッ!

 不気味な笑い声と共にベートーヴェンになった母親が近づいてくる。
 虎太郎は慌てて玄関に走った。

 玄関扉に虎太郎は飛びついた。
 鍵を開けようとしたが、手が震えて上手く回らない。

 フフフッ!

 背後からベートーヴェンになった母親がゆっくりと近づいてくる。

「いやだ! やめて!」

 カチッ!
 鍵が回った。
 でも、手が震えてノブが上手く回らない。

 フフフッ!

 ベートーヴェンになった母親が確実に迫って来る。

「いやぁぁぁ!」

 その瞬間、玄関の扉が開いた。
 誰かが虎太郎の手を引いた。
「来て!」
 白い服を着た少年だ。
 両目の色がそれぞれ違う。
 少年は虎太郎の腕を引いて走った。
「お兄ちゃんは、誰なの?」
「君が
『呪われた少年』の名前を口にしたんだよね?」
「どうして知ってるの!?」
 少年はそれには答えない。
「君が
『呪われた少年』の名前を言って、そのせいで災悪に襲われてしまったんだ」
サイアクって何?」
 その時、背後から不気味な笑い声が響いた。

 フフフッ!

 少年と虎太郎が振り返る。
 ベートーヴェンになった母親が、追いかけて来る。
「お母さんは、なんであんなことに??」
「君のお母さんは、災悪に身体を乗っ取られてしまったんだ」
「乗っ取られた? なんとか助けてよ!」
「君が
『呪われた少年』の名前を口にしたのは何処なの?」
「学校の音楽室だよ」
 少年はハッとした。
「そこにベートーヴェンの肖像画があったの?」
「うん」
「じゃあ、それだよ。案内して!」
「わかった」
 今まで少年に手を引かれていた虎太郎が、前に出た。
 
 やがて二人は商店街に来て走り抜けようとした。
 その時、前から歩いてきたセーラー服の女子と目が合った。
 その途端、女子の髪は銀色に変わり毛先がカールした。

 フフフフッ!

 ベートーヴェンになった女子が笑う。
「な、なんなの!」
 虎太郎は驚いて立ち止まり、周りを見回した。
 周囲の通行人が次々とベートーヴェンに変わっていく。
「なんで! なんで!?」
 虎太郎はたじろいだ。
「なにしてるんだよ! 急がないと!」
 少年は虎太郎の手を引いて強引に走る。
 
 
フフフフッ
 フフフッ
 フフフフフッ

 ベートーヴェンになった人達が二人を追ってくる。
「どうして、みんな、ベートーヴェンになっちゃうの!?」
 虎太郎は走りながら追ってくるベートーヴェン達を振り返る。
「君と目が合うとベートーヴェンになっちゃうんだよ!」
「うそ! 僕のせいで!」
 虎太郎は泣きそうな顔になった。
「悩んでる暇は無いよ! ほら、急いで音楽室に行かないと!」
 少年は虎太郎を急かせて走る。
 
 やがて二人は学校に着いた。
 幸い校門は開いている。
 放課後の遅い時間だったので、校内に人はほとんどいなかった。
 すんなりと校舎にたどり着き、二人は三階に駆け上がる。

「こっちだよ!」
 虎太郎は、少年を案内して三階の廊下を走る。
 そして、音楽室の入口にたどり着いた。
「ここだよ」
 音楽室に入った少年は黒板の上を見た。
 ベートーヴェンの肖像画だ。
 その目が少年を見返す。

 ジロリ!

 少年はポケットの中に手を入れた。
 そこから、銀色のペンを取り出す。
 ところが――

 フフフッ!

 ベートーヴェンの顔をした何者かが飛びかかってきた。
 毛先がカールした長い銀色の髪の男。
 でも、黒縁メガネをかけている。
 隼士だ!
 銀色のペンが部屋の隅に飛んで落ちた。

「しまった!」
 少年が拾いに行こうとするが、隼士が絡みついてくる。
「隼士! やめろ!」
 虎太郎が隼士に飛びかかった。

 フフフッ!

 ベートーヴェンになった隼士は不気味に笑いながら抵抗する。
 虎太郎が渾身の力で隼士を少年から引き剥がした。
「お兄ちゃん、今だよ!」
 少年は部屋の隅に走る。
 だが、その間に隼士は虎太郎に襲いかかった。

「わぁぁぁ!」
 隼士は虎太郎に馬乗りになる。
 虎太郎の黒い髪が銀色に変わり、長く伸び始めた。
 そして、毛先がカールを始める。
「お兄ちゃん、早く!」
 少年は床に落ちていたペンを拾い上げた。
 ベートーヴェンの肖像画に向ける。
 刹那、ペンの表面に見たこともない奇妙な模様が浮かび上がる。
 少年がペンを走らせると、宙に青白い炎が現われ、円が描かれた。

 フフフッ! フフフフフッ!!

 ベートーヴェンの肖像画はなおも笑っている。
 だが、少年は円の中に見える男を睨む。
 少年の赤い目が光る。
 その目に何かが視える。
 それは、災悪の『名前』だ。

「すべての災悪を、この光によって打ち消さん! お前の名は――」

 少年は、ペンを走らせ、空中に文字を書いた。


 ワ ラ ウ ベ ー ト ー ヴ ェ ン


 瞬間、肖像画のベートーヴェンが驚愕の表情に変わった。
 笑い声が間の抜けた声に変化する。

 フ、フ、フゥゥゥゥウウウウ

 肖像画にヒビが入り、光が漏れ出す。
 虎太郎を襲っていた隼士の動きが止まった。
 次の瞬間、ベートーヴェンの肖像画はありふれた肖像画に変わっていた。
 それを確認した少年は床に倒れている2人の小学4年生を見た。
 虎太郎の髪は元の黒髪に戻っている。
 そして、ベートーヴェンになっていた黒縁メガネをかけた隼士も元の姿に戻っていた。
「隼士! 良かった!」
「え? 僕、何してたの?」
 隼士は何も覚えていないようだ。

「良かった! 隼士だ! 隼士! 隼士!」
 虎太郎は隼士に抱きついた。
 隼士は訳が分からず、思わず吹き出した。
「どうしたんだよ、虎太郎。僕は熊谷隼士だよ」
「熊谷隼士! 隼士! 隼士だよ!」
 目を白黒させる隼士を抱きながら、虎太郎は少年を見た。
「お兄ちゃん、ありがとう」
 虎太郎の礼に少年は悲しげに目を伏せて呟く。
「隼士……。虎太郎……」
 そして、出入り口に向かった。
「え?」と思った虎太郎は、ふと黒板に視線を移した。
 チョークで書いた文字を消した跡がある。
「僕が名前を口にしなければ……」
 扉の外に出ようとしていた少年が立ち止まり、虎太郎に背を向けたままで言う。
「君は呪いの少年の名前を口に出してしまった。だけど、君は悪くない」
「お兄ちゃん……?」
 虎太郎は何かを言おうとしたが、少年の背中は扉の外に消えていった。

 誰も居ない学校の廊下を歩いて来る少年。
 少年は手にしていたペンをポケットにしまおうとする。
「!」
 何かを感じた。
 怯えたような表情で、ペンを手の平に乗せる。
 その上でペンは少し浮いた。
 そして、方位磁石のようにゆっくりと回り、ある方向を示した。
 少年の表情は怯えから、悲しいものに変わった。
 そして、呟く。

「また災悪が……行かなきゃ」
 少年はその場から去って行った。



続きは本で楽しんでね!

【8月5日発売!】大注目のこわくて面白い新シリーズ『呪ワレタ少年』、お楽しみに!


作:佐東 みどり 作:鶴田 法男 絵:なこ

定価
792円(本体720円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046322401

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