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こわいものが苦手なのに、廃病院に肝試しに行くことになってしまった由紀奈。たどりついた病院はとっても不気味で……?
●
「こんなにボロボロになってたんだ」
由紀奈たちは、廃病院の入り口までやって来た。
由紀奈は今まで、こんなに近くでこの病院を見たことがなかった。
病院は三階建てで、入り口はガラスのドアだったが、半分以上が割れてしまっている。
あちこちにガラス片が落ちている。
時刻は、16時を少し過ぎている。
空はまだ明るい。
しかし、ドアの向こうに見える病院の中は薄暗かった。
由紀奈はそんな光景を見て、ブルッと身体を震わせた。
となりには、千夏がいる。
千夏は先ほどまで元気だったが、実際に目の前までやって来て怖気づいているようだ。
(今からでも帰ったほうがいいよね……)
由紀奈はそのことを言おうとした。
そのとき、洋介がガラス片に注意しながら、ドアに近づいた。
「二人とも、足元気をつけろよ」
洋介は、開いていたドアの隙間から、中に入る。
「あの、洋介くん」
「ほらっ、どうしたの? 早く」
「由紀奈ちゃん、私たちも行こ」
「えっと、私はここまででいいよ」
「そんなのだめだよ。ねえ、行こうってば、お願い」
「う、うん」
(私は、呪われた少年の名前を言っちゃったんだよ……)
由紀奈はますます怯えるが、千夏たちと一緒に中に入るしかなかった。
「中もボロボロだな」
廃病院の中。
由紀奈たちは、洋介を先頭に歩きながら、周りを見ていた。
薄暗く、あちこち物が散乱している。
棚や診察台などが、廊下に捨てられるように放置されていた。
埃も積もっていて、ジメッとした気持ちの悪い空気が肌にまとわりつく。
由紀奈たちは、1つ1つ病室を確認するかのように、幽霊を探して行った。
「この病室には……、いないか」
「こっちの病室にも……、いないみたいだね」
洋介と千夏は、病室の隅々までチェックしていく。
由紀奈は、そんな彼らを見守っていた。
1階には、幽霊はいないようだ。
由紀奈たちは、階段を上がり、2階へと行く。
しかし、2階の病室にも、幽霊などまったくいなかった。
一同は、3階も確認する。
だが、結果は同じだった。
「う~ん、いないみたいだねえ」
3階の病室もすべて見終わり、洋介が溜め息を漏らしながら言った。
「そりゃあまあ、いないよね」
千夏がほほ笑む。
廃病院の中に入って、30分ぐらいが過ぎていた。
3階の廊下の窓の外に広がる町並みは、先ほどより少しだけ薄暗くなっている。
「日が落ちる前に帰ろう」
由紀奈は二人にそう言う。
早くここから出たいと思ったのだ。
「そうだね。暗くなったら危ないもんね。あ~、面白かった」
由紀奈たちは、階段を下りようとした。
「ちょっと待って!」
突然、洋介が声を上げた。
「今、人がいた!」
洋介は、廊下の向こうの曲がり角を見ていた。
「人?」
「ああ、あの角からこっちを見てた。だけど」
洋介は由紀奈たちを見た。
「その人、天井に張り付いてた」
「えええ??」
「それって!」
天井に張り付く人間などいるはずがない。
由紀奈は千夏の手を掴んだ。
「逃げなきゃ!」
由紀奈は千夏の手を引っ張ると、走り出す。
呪われた少年の名前を言ったせいだ。
そのせいで、怪物が現われたのだ。
「嫌っ!」
由紀奈は千夏たちとともに、階段を駆け下りようとした。
そのとき――、
「うわああああ!」
後ろで、洋介の悲鳴が響いた。
見ると、千夏はいるが、洋介がいない。
「洋介くん、どこ?」
見ると、廊下の角に何かが落ちている。
「あれは……」
千夏は、恐る恐る近づく。
「千夏ちゃん……」
由紀奈も怯えながら後に続き、角に落ちている物を見た。
それは、靴だ。
洋介が履いていたスポーツシューズが、片方だけ落ちていた。
「洋介くん!」
千夏は名前を呼びながら、角を曲がる。
「千夏ちゃん! だめ!!」
由紀奈は、焦って千夏を追う。
「えっ」
角を曲がると、千夏の姿が消えていた。
「そんな!」
何がどうなっているか分からないが、助けを呼ばなければ。
由紀奈がそう思ったとき、そばの病室の中で何かが動いた。
「千夏ちゃん??」
名前を呼ぶが、返事はない。
由紀奈は怯えながら、病室に近づく。
そして、ごくりと唾を呑み込むと、中を覗いた。
薄暗い病室の中に、千夏がいた。
だが、その身体はなぜか宙に浮いている。
「千夏……ちゃん?」
「助……けて」
由紀奈は、ゆっくりと顔を上げ、千夏の全身を見た。
千夏の身体を、大きな手が掴んでいる。
その手は蜘蛛のように異常に長細い。
天井に、不気味な男がいる。
男は、長細い手足を天井に這わせ、逆さまに張り付いていた。
「きゃああ!」
カサ カサ カサ
男は千夏を掴んだまま天井を移動し、由紀奈のほうに迫って来る。
「あ、ああ……」
あまりの恐怖に、由紀奈は動けない。
カサ カサ カサ
男はさらに迫り、由紀奈を捕まえようと手を伸ばした。
「危ない!」
瞬間、誰かが由紀奈の腕を掴み、引き寄せた。
イタベタ~
男は由紀奈を捕まえることができず、意味の分からない言葉を叫ぶ。
由紀奈を助けた人物は、そのまま千夏の腕も掴み、引っ張った。
男の手が離れ、千夏が床に落ちる。
「きゃ!」
「千夏ちゃん!!」
由紀奈は千夏に駆け寄り抱き締めながら、助けてくれた人物のほうを見る。
そこには、白い服を着た少年が立っていた。
左目が赤色のオッドアイ。
「あなたは」
道ですれ違った、少年だ。
少年は、天井に張り付く不気味な男を睨んだ。
そして、銀色のペンを天高く振り上げた。
だが、男は天井に張り付いたまま由紀奈たちに迫ってきた。
「くっ、これじゃあ確認する余裕がない!」
少年は、銀色のペンを降ろすと、由紀奈たちを見た。
「ひとまず逃げよう!」
「あ、あの」
「早く! このままじゃ捕まっちゃうぞ!」
由紀奈は逆さになった男を見つめる。
その口には、牙のような歯が生えている。
あの歯に噛まれたらただではすまない。
「千夏ちゃん、立って!」
由紀奈は、千夏を立たせると、少年ととともにその場から逃げ出した。
第3回へ続く(7月14日公開予定)
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