ケイさんにメイクしてもらった時は、ピンクのアイシャドウに赤いリップだった。
だけど今日は──明るい太陽みたいな、オレンジ色。
「元気なイメージのオレンジ色は、いつもポジティブで明るいゆずはちゃんに似合うと思って」
カガミに近づいてよく見てみると、黄色でキラキラのラメも入ってる。
「オレンジ色と黄色のグラデーション?」
「オレンジと黄色は似た色合いだから、グラデーションも自然でキレイね」
黄色はまぶた全体に。オレンジ色は目の際(きわ)に濃い色でぬられてる。
「うむうむ、さすがは我が息子。よくできたね!」
ケイさんがヨウくんをほめながら頭をなでまわしてる。
「あれ? ヨウくんのほおもオレンジ色になってるよ」
あたしがそう言って指をさした。
するとヨウくんはカガミに顔を近寄せて、自分のほおを確認してる。
「あっ、ほんとだ。アイシャドウつけた手で、顔をさわっちゃった時についたのかな?」
あれ? ヨウくんってば、アイシャドウが顔についてても全然びっくりしない。
むしろ普通にケロッとした表情で笑ってる。
なんか、ヨウくんってメイクされるのにも慣れてたりする?
ケイさんのモデルになったり、とか?
そう考えると、ヨウくんのこの様子にもナットクできる。
メイクするの嫌だとか言いながらすごくメイクに詳しいし。
「ヨウくん、すごいね」
でも何が一番すごいって、メイクの説明してる時のヨウくんがすごく生き生きしてたことだ。
「ねぇ、ヨウくん。またメイクを一緒にしようよ。あたしの練習にも付き合ってほしいし」
「あっ、それいいね。それだったらいつでもこの部屋使っていいよ」
「えっ!? 本当ですか!」
「私は仕事で基本的にいないと思うけど、あっちの棚(たな)にあるメイク道具や化粧品は使っていいし」
ケイさんはそう言って、部屋の入り口にあるひとつの棚を指さした。
わー! なんか、部屋の中が一気に宝箱みたいに見えてきたよ!
「……ゆずはちゃんには悪いけど、僕はこれ以上メイクするつもりはないよ」
そう言ったヨウくんの表情は一気にダークモード。
「えっ、そうなの!? なんで? こんなにメイクが上手で、知識もあるのに!」
「こんなの、少し勉強すれば誰にだってできるよ」
さっきまで楽しそうにしてたはずのヨウくんの顔から、笑顔がなくなっちゃった。
なんで? そんなにメイクが嫌いなの?
「まぁまぁ、とりあえずあっちでお菓子でも食べましょ。母さんは小腹すいちゃった」
せっかく、メイクの話ができる友だちができたと思ったのにな……。
「ゆずはちゃん、また遊びに来てね」
「はい、また来ます! 今日は本当にありがとうございました」
玄関で靴を履(は)いた後、あたしはケイさんに向かって頭を下げた。
「じゃあゆずはちゃん、家まで送るよ」
「えっ! いいよ! ここからだと距離もあるし、もうすぐ夜ごはんの時間だよね?」
「ゆずはちゃんに何かあったらって考えたら、心配でごはんなんて食べられないよ」
わー! さすがはヨウくん。
照れもせず、さらっとイケメンなセリフを言うところが、さすがは王子様!
しかもあたしが玄関を通り抜けるのを、トビラを開けて待っててくれてる。
これはクラスでよく見る、いつもの王子様ヨウくん。
なんだかさっきケイさんとのやり取りで見せた姿なんて、幻だったみたいに思えてきた。
「えー、じゃあ……お言葉に甘えさせてもらいます!」
「もちろん」
キラキラとした笑顔をあたしに向けながら、となりを歩くヨウくん。
いつもと同じ王子様なふるまいと、いつもの王子様スマイル。
……なのに、なんでだろう。
その笑顔がいつも以上に満足げに見えるのは、気のせい?
「ヨウくん、ケイさんに会わせてくれてありがとう。今日すっごく楽しかった」
「こっちこそ。僕も楽しかったよ」
そんな言葉を聞いちゃうと、あたしはどうしてももう一度トライしたくなっちゃう。
「ねぇ、ヨウくん。本当にヨウくんはメイクをするのが好きじゃないの?」
あたしの言葉に、今さっきまでほほえんでたヨウくんの笑顔がフッと消えた。
まるでろうそくの炎を吹き消した時みたいに。
「あたし、ヨウくんはメイクが好きなんだと思うんだけど、違うの?」
しつこいって怒られちゃうかな?
「ゆずはちゃん、ひとつ約束して欲しいんだ」
ヨウくんは真剣な面持(おもも)ちで、あたしを見つめてる。
「母さんの職業もだけど、僕にメイクの知識があって今日ゆずはちゃんにメイクしたこと、絶対誰にも言わないで欲しい」
「それは、いいけど……でも、なんでそんなに全てをかくそうとするの?」
約束したから、あたしは誰にも言うつもりはないけど。
「ヨウくんがメイクしてる時、すごく楽しそうに思えたんだよね」
さっきメイクしてくれた時のヨウくんは、いつもクラスで見る王子様なヨウくんとは少し違って見えた。
すっごく生き生きしてて、楽しそうだったのに。
「ほら、あたしもメイク好きでしょ? だからヨウくんもそうなんじゃないかなーって思って」
それともやっぱり、今日のレッスンが楽しかったのは、あたしだけだった?
楽しそうって思ったのは、あたしの勘違い?
ヨウくんも今日は楽しかったって言ってくれたけど、あれはただの社交辞令(しゃこうじれい)?
ヨウくんは何も言わず、ただ口をかたく閉ざしてる。
「えっと、怒ってる?」
メイクは好きじゃないって言ってるのに、あたしってばしつこかった、かな?
エンリョがちにヨウくんの顔をのぞく。
するとヨウくんは、困った顔をしながらも口元を小さく綻(ほころ)ばせてくれた。
「別に怒ってないよ」
ヨウくんの優しい言葉と、あたしをホッとさせてくれる優しい笑顔。
ヨウくんの笑顔にはきっと、何か力があるんだと思う。
だってヨウくんの笑顔を見てると、あたしの胸がすごくドキドキって音を立てるんだもん。
「僕はゆずはちゃんの夢を本気で応援してる。だから僕もゆずはちゃんの役に立てて嬉(うれ)しいよ」
「ほんと?」
「うん」
そう言って、ヨウくんはいつものキラキラスマイルを見せた。
「みんなには内緒にしてくれるんだったら、またメイクの練習に付き合ってもいいよ」
「えっ、ほんと!?」
やったー! めっちゃ嬉しい! 初めてメイクの友だちができた!
しかもケイさんのあの部屋でメイクの練習もできるし!
ひかえめに言って、今日は最高だ!!
「じゃあ約束!」
あたしが小指を差し出すと、ヨウくんも笑いながら小指を差し出した。
「指切りげんまん、ウソついたら針でも槍(やり)でも飲まーす! 指切った!」
「どんどん約束の条件が激しいものになってくね……」
ヨウくんは苦笑いを浮かべてる。
「それだけ約束を破った時の罪は重いってことだよ!」
だってあたしは約束を破るつもりなんてないもん。
ヨウくんだってきっとそう。
「とりあえず、遅くなりすぎないうちに帰ろう」
「うん、そうだね」
キラキラスマイルを見せながら、ヨウくんは再び歩き出した──。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
リップをくちびるにひとぬり。
その後いつものようにきゅっとくちびるをかみしめて、あたしは勢いよく教室の戸を開けた。
「おっはよー!」
いつものクラス。いつものクラスメイト。
いつもと変わらないはずなのに、今日はなんだか違って見える。
「おはよう、ゆずはちゃん」
そう声をかけてくれたのは、キラキラスマイルを炸裂させてる我がクラスの王子様。
「ヨウくんおはよー! 昨日は──」
途中まで言葉を発した後に、ハッと我に返った。
あたしはすぐに思い返して、片手で口元を隠すようにしてこそっとヨウくんに耳打ちした。
「……昨日は、ありがとね」
なるべくヨウくんのことがバレないように気をつけなくちゃ。
あたしがコソコソしたことに驚いたのか、一瞬キョトンとした表情を見せた。
けどすぐに、ヨウくんは満面(まんめん)の笑みを浮かべた。
タンポポみたいに優しく笑うヨウくんの笑顔は、どこかいつもと違って見える。
「こちらこそ、秘密を守ってくれてありがとう」
ヨウくんはほほえんだままで、そっと人さし指を口元に当てる。
昨日のことは、引き続き内緒だよって言いたげに。
あっ、あれぇ……?
思わず胸元のネックレスをぎゅっとつかんだ。
なんでかな?
胸がドキドキッて高鳴(たかな)って──って、変なの。
あたしは首をかしげながらもカバンを机の上に置いて、その上に突っ伏す。
ヨウくんはクラスメイトに笑顔であいさつしてる。
その笑顔はいつもの王子様スマイルだ。
そんなヨウくんを見つめながら、あたしは昨日のことを思い出していた。
昨日のヨウくんは、いつもよりもなんだか──。
そんな風に思っていた時だった。
ヨウくんのとなりを横切った女の子が、机の脚(あし)につまずいた。
それに気づいたヨウくんが、サッソウと女の子の腰に片手を巻きつけ、抱きかかえるようにその子が転ぶのを防いだ。
わぁ! すっごい!
「さっすが、王子! ってか、その体勢からよく受け止めたな」
「ヨウくんってスポーツも得意だもんね!」
あたしの心の声を代弁(だいべん)するかのように、クラスメイトの子たちがカンゲキしてる。
──ほんと、ヨウくんは王子様みたいだよ。
あんなキャッチのしかた、運動神経が良いヨウくんだからできるワザだよね。
ヨウくんって運動だけじゃなく、絵を描くのも上手なんだ。
こないだメイクのことで、スケッチブックに絵を描いてくれた時もプロみたいに上手かったの。
そういえば図工の時間、ヨウくんってば先生に絵をほめられてたっけ。
さっきヨウくんのことを王子って言った子もそうだけど、最近は男の子ですらヨウくんを王子様扱いしてるんだ。
……だけどさ。
そんなヨウくんがメイクできるってことを知ってるのは、クラスであたしだけ。
クラスの王子様とは違う顔を見たことがあるのも、きっとあたしだけ。
真剣で、真っすぐで──。
あれだけ上手なのに、どうしてメイクができること隠そうとするんだろう?
「ゆずはちゃん」
あたしがヨウくんから視線を外すようにして顔を上げると、そばには凛が立っていた。
「あっ、凛。おはよー!」
いつもの調子で凛にそうあいさつするけど、凛の様子はちょっと変。
なんだか周りを気にしながら、教室内をキョロキョロと見回した後、顔を近づけてこう言った。
「ゆずはちゃんもしかして……ヨウくんのことが好きだったりする?」
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