捺奈が目覚めると、真っ白な天井が見えた。
頭に違和感(いわかん)を覚え、手で触れてみると、包帯が巻かれている。
どうやら、捺奈は病院のベッドに寝(ね)かされていたようだ。
「どういう……こと??」
ふと横を見ると、同じように頭に包帯を巻いた凛がイスに座り、下を向いて泣いていた。
「……凛」
捺奈が声をかけると、凛はハッと顔を上げた。
「捺奈! 目が覚めたんだね‼」
凛は笑顔になって捺奈に抱きついた。
「良かった~!」
「凛、どうして私……、病院にいるの⁇」
捺奈が首をかしげながらたずねると、凛の顔から急に笑顔が消えた。
「ごめんなさい。全部私のせいなの……」
凛はそう言って、何があったのかを話し始めた。
あのあと、捺奈と凛は、とある男性に襲われたのだという。
「男性って?」
「うん、知らないおじさん。私たちをさらおうとしていたみたいなの」
凛の話によると、そのおじさんは、捺奈と凛が赤いフードを被った男の子と話していたのを偶然(ぐうぜん)見かけたらしい。
そして、その話を利用すれば2人をさらえると思い、凛に「くねくねを見ても不幸な目に遭わずに済む方法がある」と話し、捺奈を神社に呼ぶように言ったのだという。
「誰にも言わないこと」「スマホを家に置いておくこと」というルールを凛に伝えたのは、そのおじさんが考えた、捺奈と凛をさらいやすくするための作戦だったのだ。
「そのおじさん、さっき警察に捕(つか)まったみたい。捺奈とも会話をしたって言ってるらしいよ」
「もしかしてそのおじさんって……」
それは神社で凛の居場所を教えてくれたおじさんだった。
捺奈が視界の端(はし)に見た白い影は、その男性が着ていた白いジャージだったのだろう。
「普段は誰もいない神社なのに、あの日は運よく通りかかった少年がいて、彼が警察に通報してくれたんだって……」
そのおかげで、捺奈と凛は少し怪我(けが)をしただけで助かったのだ。
「ごめんね、捺奈……」
凛は泣きながら頭を下げた。
「凛は悪くないよ。だから頭をあげて」
しかし、捺奈は彼女を怒(おこ)る気にはなれなかった。
凛は不幸な目に遭ってしまうのではと不安だっただけなのだ。
捺奈にはそれが痛いほどよく分かった。
「だから大丈夫だよ。本物の白に襲われずに済んだんだし」
捺奈はそう言って微笑(ほほえ)んだ。
そのとき、捺奈はふとあることを思った。
白……。
「もしかして、白が追いかけてくるっていうのは……」
捺奈は友里恵が事故に遭ったときの言葉を思い出し、凛のほうを見た。
「ねえ、友里恵が事故に遭った場所って、確か友里恵の家の近くだよね?」
「うん、すぐ近くの交差点って青山先生が言ってた」
「あそこって、シロっていう犬がいなかった?」
「シロ? あっ、いた!」
交差点の横にある一軒家(いっけんや)に、シロという大きな白い犬が飼われていたのだ。
捺奈たちは友里恵の家に遊びに行くたびに、よく、その犬にほえられていた。
「つまり、友里恵はそのシロに追いかけられていたんだよ!」
「そっか! そうだよね!」
それを聞いた凛が明るい顔になった。
白ではなく、シロ。
鎖(くさり)が外れてしまっていたのだろう。友里恵はシロに追いかけられて、思わず交差点に飛び出してしまったのだ。
つまり、彼女はくねくねに追いかけられたわけではなかった。
「良かった~」
捺奈と凛は思わずホッとした。
友里恵のことは心配だったが、もう不幸な目には遭わないのだ。
「あらっ、目が覚めたのね」
2人の声に気付き、看護師さんが病室を覗(のぞ)き込んだ。
「2人とも、怪我は大したことないから安心してね」
看護師さんがそう言うと、捺奈と凛は「はい」と元気良く返事をした。
「そうそう、2人は宮元友里恵さんのお友達だったわよね。彼女、さっき目を覚ましたわよ」
「えっ! 友里恵が!」
友里恵は捺奈が運び込まれた病院に入院していた。
「凛、会いに行こうよ!」
「うん!」
2人は大喜びして友里恵のいる病室へと向かった。
その頃……。
友里恵が事故に遭った交差点の近くに、ひとりの人物がいた。
それは、赤いフードを被ったあの男の子である。
彼は、シロという犬を飼っている女性に話を聞いていた。
「シロが女の子を追いかけたですって?」
「もしかしてそういうことがあったんじゃないかって思ったんだ」
男の子がそう言うと、女性は「有り得ないわ」と答えた。
「だって、シロはいつも固く鎖で繫がれているのよ。今まで逃げ出したことなんてないし、人を追いかけたこともないわ」
男の子は玄関(げんかん)の横にいるシロを見た。
女性の言う通り、シロは鎖で繫(つな)がれている。
ほえてはいるが、それは人が怖くてほえているようだった。
とてもではないが、人を追いかけるような犬には思えなかった。
「……そうか。ありがとう」
男の子は礼を言うと、そのままその場から去っていった。
「……やはり、あの犬は関係ない。だとしたら白というのは……」
男の子はふと何かを思った。
一方、捺奈と凛は友里恵の病室に来ていた。
「友里恵!」
ベッドには身体を起こして座っている友里恵の姿がある。
「良かった~、心配してたんだよ!」
捺奈と凛は笑顔で友里恵のそばへ駆け寄った。
「シロって犬に追いかけられたんだよね」
「悪い犬だよね」
捺奈と凛はさかんに友里恵に話しかける。
しかし、友里恵は何も言わず、ただ身体をブルブル震わせていた。
「どうしたの、友里恵?」
「もしかして怪我したところが痛いの?」
捺奈たちがそう言うと、友里恵は真っ青な顔で2人を見つめた。
「違う……」
「えっ、何が?」
「私は犬になんか襲われてない……」
「えっ––?」
そのとき、友里恵はハッとし、病室のドアのほうを凝視(ぎょうし)した。
捺奈と凛も釣(つ)られるように、ドアのほうを見た。
すると、そこには、白い人影が立っていた。
くねくね、くねくねと、不気味に動く都市伝説の怪物……。
そんな怪物が、ゆっくりと捺奈たちに近づいてきたのだ。
「嫌っ!」
捺奈はベッドの横にある棚に飾ってあった花瓶を白い人影に投げつけた。
「友里恵! 凛! 逃げるよ‼」
捺奈の声に2人が反応する。
捺奈はまだしっかりと歩けない友里恵の手を引きながら、凛とともに、白い人影をよけるように病室から逃げ出した。
「誰か助けて‼」
廊下(ろうか)を走りながら捺奈は叫ぶ。
だがそんな時に限って、廊下には誰もいなかった。
「そんな!」
「捺奈、下に逃げよう! 下にみんないるはずだから!」
下には受付があり、いつも大勢の人たちがいる。
捺奈は友里恵に「分かった!」と返事をすると、階段へと向かおうとした。
ガシッ––。
突然、捺奈の腕にヌルヌルとした気色悪い感触(かんしょく)が伝わる。
ハッとして振り返ると、白い人影がいつの間にか目の前までやってきて捺奈の腕をつかんでいた。
「きゃああああ‼」
横にいた友里恵と凛が叫ぶ。
白い人影はくねくね、くねくねと動きながら、捺奈に迫ってきた。
「嫌……嫌……嫌ああああ‼」
廊下に捺奈の悲鳴が響き渡(わた)った。
その声を聞き、下の階にある受付にいた看護師さんたちがあわてて駆(か)け上がってきた。
「どうしたの!」
看護師さんはそう言って廊下を見る。
しかし、そこには誰もいなかった。
捺奈、凛、友里恵、そして白い人影も、まるで煙のように消えてしまっていたのだ。
その後、捺奈たちの行方は分からなくなってしまった。
最新27巻は12月10日発売!
- 【定価】
- 858円(本体780円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046323798
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046315267