翌日。
捺奈はあれから一度も頭の痛みを感じることはなかった。
体調も悪くない。
少し不安を感じたものの、いつもと同じように学校へ行くことにした。
学校へ向かいながら、捺奈はふと、昨日の出来事を思い出していた。
(あの白い人影は何だったのかな?)
捺奈はちょうど、あの白い人影がいた田んぼの近くを通りかかった。
(もしかして、まだ白い人影がいるかも……)
捺奈は恐(おそ)る恐る田んぼのほうを見てみる。
しかし、田んぼには稲が茂っているだけで、誰もいない。
(やっぱり、誰かのイタズラだったのかな??)
捺奈はそう思いながら学校へと歩いていった。
教室に入ると、凛が席に座っていた。
「おはよう」
「おはよう」
「凛、頭の痛みは大丈夫?」
「うん、あれから一度も痛くなってないよ」
それを聞き、捺奈はホッとする。
ふと、教室を見渡すと、友里恵がいないことに気付いた。
「友里恵は?」
「まだ来てないみたい」
「へえ、珍(めずら)しいね」
友里恵はいつも3人の中でいちばん早く登校してくる。
「また頭が痛くなっちゃったのかな?」
「ええ、そんなの嫌だよ……」
捺奈の言葉に凛は不安そうな表情を浮(う)かべた。
そのとき、教室のドアが開き、担任の青山先生が入ってきた。
「みなさん、落ち着いて話を聞いて下さい」
いつも笑顔で陽気な青山先生が真剣な顔になっている。
「宮元友里恵さんが、今朝、交通事故に遭(あ)いました」
「えっ⁇」
捺奈は思わず目を大きく見開いた。
「病院に運び込まれましたが、意識不明の重態だそうです」
「ええ~⁇」
「友里恵ちゃんが⁇」
児童たちが一斉(いっせい)に騒(さわ)ぎ始める。
そのなか、青山先生は捺奈とそのとなりの席に座る凛のほうを見た。
「相川捺奈さん、大森凛さん。2人は宮元友里恵さんと仲が良かったですよね?」
「はい、親友です」
「だったら、彼女が事故に遭う直前に叫(さけ)んでいた言葉の意味が分かるかもしれませんね」
青山先生はじっと捺奈と凛を見つめた。
他の児童たちも騒ぐのをやめ、2人に注目する。
「宮元友里恵さんは家の近くの道路で何かから逃げるように走っていたそうです。そしてそのまま交差点に飛び出してしまい、トラックにはねられてしまいました。飛び出すとき、彼女はこう叫んでいたそうなんです。––白が追いかけてくる、と」
「白⁇」
捺奈はあの白い人影をすぐに思い出した。
あわてて凛のほうを見る。
すると、凛も同じことを思ったのか、青ざめた顔で捺奈を見ていた。
「2人とも何か知っていますか?」
「それは……ええっと……」
捺奈も凛もどう説明すればいいのか分からず、思わず黙(だま)り込んでしまった。
放課後。
捺奈と凛は暗い表情をしながら学校から帰っていた。
結局、青山先生には「白い人影」のことは話さなかった。
「話しても分かってもらえないよね」
「うん、多分ムリだと思う……」
凛も捺奈と同じようにおびえている。
やはり、白というのは、昨日のあの白い人影のことなのだろうか?
捺奈は考えれば考えるほど、さらに怖くなってきた。
「ねえ、キミたち––」
後ろから男の子の声がした。
捺奈と凛がふり返ると、同じ歳(とし)ぐらいの見知らぬ男の子がひとり立っている。
男の子は赤い服を着て赤いフードを被っていた。
それを見て捺奈は思わずギョッとした。
友里恵が言っていたあの話にそっくりだったのだ。
『顔のない子供は、赤いフードを被っている……』
「まさか……」
しかしよく見てみると、男の子のフードの奥には、白い肌(はだ)に、大きな澄(す)んだ目とシュッと通った鼻筋、そして薄(うす)く綺麗(きれい)な唇(くちびる)があった。
かなりのイケメン。捺奈は普通(ふつう)の男の子だと思ってホッとすると同時に、どうして彼が自分たちに声をかけてきたのか疑問に思った。
「あの、私たちに何か用ですか?」
「ああ、用があるから呼び止めたんだ」
男の子は捺奈と凛を見つめながらそばへと歩いてきた。
「キミたちは、交通事故に遭った宮元友里恵という女の子の友達だよね?」
「えっ! 友里恵のこと知ってるんですか?」
捺奈がたずねると、男の子は首を横にふった。
「彼女(かのじょ)のことは知らない。だけど、彼女を追いかけていた『存在』についてはよく知ってる」
「存在⁇」
捺奈は男の子のその言い方に思わず首をかしげた。
となりにいる凛も意味がよく分からずキョトンとしている。
男の子はそんな捺奈たちを観察するかのように、話を続けた。
「キミたちは、昨日あるものを見て急に頭が痛くならなかったか?」
「あるもの……? 頭……⁇」
捺奈は思わずハッとした。
「なった! 3人とも白い人影を見た後に!」
言われてみれば、あの白い人影を見た直後に、割れるような頭の痛みに襲われたのだ。
「やっぱりそうか……」
男の子は何かに納得したのか小さくうなずくと、捺奈と凛をじっと見つめた。
「彼女を追いかけていたのは、おそらく『くねくね』という都市伝説の怪物(かいぶつ)だ––」
「くねくね……」
捺奈も凛もそんな名前は初めて聞いた。
「くねくねは田んぼや畑でくねくねと動いているところをよく目撃される。見ると、金属音のような音が響いて急に頭が痛くなるらしい。だけど、あれは絶対に見てはいけない存在なんだ。見てしまったら最後、その人はくねくねに追いかけられて、不幸な目に遭ってしまう––」
「不幸な目……」
「ああ、そしてくねくねには、『白』という別名があるんだ」
「それって!」
捺奈は思わず大きな声を上げた。
白というのは、友里恵が事故に遭う直前に叫んでいた言葉である。
「じゃあ、友里恵はやっぱり!」
捺奈は急に怖くなった。
友里恵はくねくねという怪物に追いかけられて事故に遭ったのだ。
捺奈が怖がっていると、横にいた凛がブルブルと震えながら捺奈の腕(うで)にしがみ付いてきた。
凛も捺奈と同じように怖がっているようだ。
しかし凛が怖がっているのは、捺奈とは少し違った部分だった。
「友里恵が追いかけられたってことは……、私たちも追いかけられるってことだよね?」
「えっ?」
「だって、私たちも、くねくねを見ちゃったんだよ?」
その言葉に捺奈はハッとした。
凛の言う通り、友里恵だけが追いかけられるはずはなかった。
捺奈は凛の顔を見て思わず不安を感じる。
このままでは捺奈も凛もくねくねに襲(おそ)われ不幸な目に遭ってしまうのだ。
「ねえ、教えて! 私たちこれからどうすればいいの⁇」
捺奈は救いを求めるかのように、あわてて男の子のほうを見た。
しかし、そこに男の子の姿はなかった。
捺奈と凛が目を離した一瞬(いっしゅん)の隙(すき)に、いつの間にか消えてしまっていたのだ。
「捺奈、あの男の子どこに行ったの?」
「分からない。さっきまでいたはずなのに⁇」
捺奈と凛はただぼう然と、その場に立ち尽(つ)くしていた……。
●
その日の夜。
家に帰ってきた捺奈は、夕ご飯も食べず、自分の部屋に閉じこもっていた。
母親はそんな捺奈を心配して部屋の前までやってきて、ドアをノックする。
「捺奈、どうしたの? 体調でも悪いの⁇」
しかし捺奈はベッドの上でうずくまったまま、何も答えなかった。
(どうしよう。このままじゃ私も凛もくねくねに追いかけられちゃう……)
母親に話しても多分信じてもらえない。
母親はそういう都市伝説をまったく信じていなかったのだ。
捺奈はどうすればいいのか分からず、ひとり恐怖で身体を震わせていた。
ブゥゥーン、ブゥゥーン。
テーブルの上に置いてあったスマホのバイブが鳴った。
見ると、凛からメッセージが届いている。
捺奈はあわててそれを見た。
凛『くねくねを見ても、不幸な目に遭わなくて済む方法が分かったよ』
メッセージにはそう書かれていた。
「どういうこと⁇」
捺奈がメッセージを返すと、すぐに凛から返事がきた。
凛『今から裏山の神社に来て。そこで方法教えるから』
「裏山の神社⁇」
捺奈は、凛がなぜそんな場所に呼ぶのか分からなかったが、すぐに向かうことにした。
夜の8時過ぎ。
捺奈は学校の裏にある神社の前にたどり着いた。
神社は丘の上にあり、石の階段を30段ほど上った場所に建っていた。
捺奈は今、その階段のいちばん下に立っている。
学校の児童たちはその神社のことを「裏山の神社」と呼んで、よく遊び場として使っていた。
しかし、電灯がついておらず、夜になると暗くなるため、日が暮れると誰も近づかなかった。
今日もすでに日が落ち、辺りは暗くなっている。
(なんだか怖い……)
捺奈は身体をブルッと震わせた。
凛はスマホのメッセージで、「不幸な目に遭わない方法を知るためには、2つのルールを守らないといけない」と言っていた。
1つは「誰にも神社に行くことを言わないこと」というもので、もう1つは「スマホを家に置いておくこと」というものだった。
捺奈はそれがなぜダメなのか理由が分からなかったが、凛はそれ以上説明してくれなかった。
そのため、捺奈はわけが分からないまま、誰にも神社に行くことを言わず、スマホも家に置いて、ここまでやってきたのだ。
(早く、不幸な目に遭わなくて済む方法を教えてもらわなくっちゃ)
捺奈はおびえながらも、階段を上り始めた。
神社は参道の先に賽銭箱(さいせんばこ)が置かれた小さな拝殿(はいでん)があり、周りは雑木林に覆(おお)われていた。
階段を上り切った捺奈は参道を歩きながら、凛の姿を探す。
この時間、神社には人の姿はない。
(凛、どこにいるんだろう……)
神社で待ち合わせをしたものの、具体的にどこで待っているのかを聞いていなかった。
電話をかけようにも、スマホは家に置いてきたため、連絡(れんらく)することができない。
(どうしたらいいの??)
捺奈は不安と恐怖を感じながら、辺りを探した。
「どうしたんだい?」
ふと、参道の横のほうから男の人の声がした。
見ると、ジャージ姿のおじさんがひとり、わきに設置されているベンチに座っていた。
散歩の途中(とちゅう)で休憩(きゅうけい)でもしていたのだろうか?
おじさんは捺奈を見ると立ち上がり、笑みを浮かべた。
「あの、友達と待ち合わせをしてて……」
「友達? ああ、そう言えばさっき拝殿の裏に女の子がいたねえ」
「あ、多分その子です! ありがとうございます!」
捺奈はおじさんに礼を言うと、走って拝殿の裏へと向かった。
裏へやってくると、隅のほうにひとりの人影があった。
「凛!」
捺奈が走りながら声をかけると、人影が彼女のほうを見る。
「捺奈!」
思った通り、それは凛だった。
捺奈は凛の姿がはっきりと見られる場所まで近づくと、安心しホッと息を吐(は)いた。
「探したんだよ」
「ごめん。場所ちゃんと言ってなかったね」
「それで、くねくねを見ても不幸な目に遭わなくて済む方法って何なの⁇」
捺奈はそれを聞きたくてここまでやってきたのだ。
「ある人が教えてくれるって言ったの」
「ある人? それってもしかして、あの赤いフードを被った男の子?」
くねくねを教えてくれたのは、あの男の子だった。
凛はあれからどこかで男の子と会ったのだろうか?
しかし凛は首を横にふった。
「あの子じゃないの。だけど、くねくねのこと知ってるんだって」
「それって、一体誰なの⁇」
捺奈は他にもそんな人物がいるのか疑問に思った。
ガサガサ––ッ!
突然、背後で木々が大きく揺(ゆ)れる音がした。
と同時に、捺奈は頭ににぶい痛みを感じた。
「ああっ––!」
ふり向きざま、恐怖にゆがむ凜の顔と白い影が見えたが、捺奈はすぐに気を失ってしまった