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伊吹先輩の卒業カウントダウンで、なにかとざわめく黒羽中。
想いをかなえたいみんなが、バレンタインデーに向けて動き出します……!
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
♪ふくらむ不安と心配ごと
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
2月に入ったとたん、学校はバレンタインムード一色!
あちこちからバレンタインの話が聞こえてきて、盛り上がっている。
私のクラスもそう。
男子も女子も、どこかソワソワして、心が浮き立ってるみたい。
「ちょっと聞いて! 新聞部がとったアンケートが、すごい結果になったんだって!」
お昼休み、どこかに行っていた内藤さんが、いきおいよく教室に戻ってきた。
内藤さんは情報通で、いつも最新の情報を手に入れてくるんだ。
「どんなアンケート?」
内藤さんは水筒のお茶をごくっと飲んで、息を整えると、私に向き直った。
「『バレンタインに、伊吹先輩にチョコを渡すかどうか』の匿名(とくめい)アンケートなの!」
「えっ!?」
おどろいて、大きな声を出しちゃった!
だって、まさかそんなアンケートがあったなんて……!
すごい結果って、なんだろう。聞きたいけど、ちょっと怖い。
「……結果って、どうだったの?」
おそるおそるたずねると、内藤さんはふふふっと笑った。
「『全校女子の半分以上が渡す』って結果になったんだって!」
「半分以上が……!」
「やっぱり伊吹先輩人気はすごいね~。先輩にチョコを渡せる最後のチャンスだもん。そりゃあみんな張り切るよね」
「うん」
「本命じゃない人も、どさくさにまぎれて渡しそうだし。もうお祭りさわぎだよ」
「うん……」
「でも、そうなるのもしかたないよね。高等部に行ったら、今以上にモテちゃいそうだし、中等部の人は会えなくなっちゃうもん」
「そうだよね……」
先月から、あちこちで何度も聞いたこの話題。
こんなお祭り状態で、私は先輩にチョコを渡せるんだろうか。
ハードルがどんどん高くなってる気がして、おじけづいてしまう。
「はぁ……」
つい、ため息をついてしまって、はっと我にかえる。
いけないいけない。落ちこんでることを、内藤さんに知られるわけにはいかない。
吹奏楽部は、部活内恋愛禁止だから。
元気出そうって自分に言い聞かせていると、内藤さんからも、ため息が聞こえてきた。
「伊吹先輩が卒業したら、崎山くんが学校イチのモテ男子になるんだろうなぁ」
切ない声におどろいて顔を上げると、内藤さんは暗い表情をしていた。
「でも、みんなは、渡せるだけいいよね」
「え……」
ぽつりとつぶやいた内藤さんの言葉、聞いてしまってよかったのかな。
聞こえなかったふりをしたほうがいい?
どうしようって思っていたら、内藤さんは私だけに聞こえる小さな声で言った。
「部活内恋愛禁止のオキテがあるから、部員同士だと本命チョコを渡せないもん……」
「内藤さん……」
悲しそうな声に、胸が痛む。
内藤さんは、崎山くんのことが好き。
でも、部活内恋愛禁止のオキテがあるから、内藤さんは崎山くんに本命チョコを渡せない。
「渡すとしたら、いつもありがとう~って、『感謝の気持ちを伝えるための友チョコ』ってことで渡すしかないよね……」
「……うん」
「はぁ~。せっかくのバレンタインなのにな。いっそのこと、バレンタインなんて、なくなっちゃえばいいのに」
内藤さんのつぶやきが、耳に残って消えなかった。
♪
部活が終わって家に帰ってからも、私の気持ちはしずんだままだった。
「私、先輩にチョコを渡せるのかな」
雑誌の『バレンタイン特集』のページに、何度目かわからないため息が落ちた。
バレンタインは、好きな人に想いを伝えるイベント。
伊吹先輩に「つきあってください」とは言えないけれど、チョコといっしょに好きって気持ちを伝えたいって思ってた。
バレンタインまであと1週間。
どんなチョコにしようかなって、ワクワクしながら雑誌のページをながめていた。
ラッピングも、とびきりステキにしたくて、雑貨屋さんに見に行ったりもしていたんだ。
でも……。
今日の部活で、役員からはっきり言われてしまった。
『コンクールを終えた3年生は、もう『部活内恋愛禁止』のオキテには縛られない、ということになっているようですが、それは誤解です』
『3年生も、引退まではオキテを守ってもらいます!』
『バレンタインだからといって浮かれることなく、しっかり練習にはげみましょう!』
それを聞いて、私もさっこも、伊吹先輩ファンの部員たちも、真っ青になってしまった。
最近は、部活内にもバレンタインムードがただよっていたからかな。
しっかりクギをさされちゃったみたい。
落ちこむ私に、さっこが、
「とりあえず、チョコ作りは予定通りやろうよ!」
って、明るく言ってくれた。
オキテがあるから、本命チョコは渡せない。
それなら、『感謝のチョコ』を伊吹先輩に贈ろうって思ったんだけど……。
「渡すチャンス、あるかな……」
弱々しくつぶやいて、ベッドに寝転がった。
――そのとき。
「さくらーーー!」
ノックと同時に部屋のドアが開いて、お兄ちゃんが飛びこんできた。
「ななななに!?」
あわてて飛び起きて、「バレンタイン特集」のページを閉じる。
もう。お兄ちゃんはいつもこうなんだから。
ノックの返事を聞いてから、ドアを開けてほしいよ!
ジトッとした目で見るけれど、お兄ちゃんはまったく気にしていないみたい。
「さくらの学校のイケメントランペット王子、来月卒業なんだって?」
グサッ!!
お兄ちゃんに、とどめを刺された気分。
痛手を負った心が、ズキズキする。
「そうだよ」
平気な顔をしてなんとか答えると、お兄ちゃんはさらに話しかけてきた。
「へぇ~。卒業したら、黒羽高校に行くのかな」
「そうみたいだよ」
「ふーん。勉強もできるってウワサだから、うちの高校とか外部受験すればいいのに」
こんなお兄ちゃんだけど、実はちょっと遠くの名門進学校に通ってる。
今日みたいに、週末はたまに帰ってくるんだけど、いつもは学校の寮で生活してるんだ。
「外部受験はしないみたい」
「そっか」
伊吹先輩は、黒羽中を卒業したら、高等部に行かないでアメリカ留学をするって話もあった。
でも、先輩は黒羽高校で吹奏楽を続けることに決めたって、はっきり言ったんだ。
伊吹先輩は、アメリカでもなく、ほかの高校でもなく、黒羽高校に行く。
2年後、私が中等部を卒業したら、高等部でまた会えるんだ。
そう思ったら、ちょっと元気が出てきた。
――のに。
「俺のクラスの女子たち、それ聞いたらがっかりするだろうな」
「へ? なんで?」
「もしかしたら、外部受験してうちの高校に来るかも~~って期待してたからさ。ほら、トランペット王子のお姉さん、俺の高校の秀才とつきあってるだろ? そんなんで、もしかしたらうちの高校に来るかも!?って、女子たちが盛り上がってたんだよ」
「そ、そうなんだ」
「トランペット王子、うちの学校でも人気なんだよ。バレンタインにチョコを渡したいって言ってる女子が、うちのクラスにもいるもんな~」
「えっ!?」
さっきの元気が、いっきにしぼんでしまった。
伊吹先輩の人気が、黒羽中だけじゃないのは知っていたけれど、高校生にも人気だなんて……。
校門の外に、チョコを持って、ズラッとならんで待ってる他校の女子たちが頭に浮かんできて、ブルッとふるえてしまった。
そんな私に気づかず、お兄ちゃんはどんどん話を続ける。
「でさ、妹が黒羽中吹奏楽部だって言ったら、『伊吹くんには彼女がいるのか、聞いてきて!』って言われまくるんだけど、どうなの?」
「えっ。……そんなの、知らないよ」
「そっか。じゃあ、いるかもしれないし、いないかもしれないってことだね」
「……そうかもね」
コンクールの全国大会が終わった、10月末。
偶然、伊吹先輩が告白されるところを見てしまったとき、先輩は、彼女も好きな人もいないって言っていた。
だけど、あれからもう4ヶ月近くもたってるんだ。
伊吹先輩は、私に『恋愛対象じゃないなんて、言ってないだろ』って言ってくれたけど、彼女がいないとは言ってないし。
あの合宿の後に、部外に彼女ができたかもしれない……。
とたんに、胸の奥がズシッと重たくなった。
伊吹先輩がすごく人気だってことを、こうやってお兄ちゃんからも聞くと、先輩が遠い存在に感じてしまうよ。
私じゃ手の届かないような人なんだって、思ってしまうんだ。
もし、今、彼女がいないとしても、内藤さんの言ったとおり、高等部に行ったら、きっと、今以上にモテちゃうと思う。
だからこそ、今年のバレンタインは、絶対にチョコを渡したいのに……。
どんどん渡せる気がしなくなっていく。
「というわけで、俺も今年は本命チョコをたくさんもらう予定なんだけど、さっこちゃんと加代ちゃんのチョコは大歓迎って伝えておいてよ」
「……うん」
楽しそうに話してるお兄ちゃんの声が、遠くに聞こえる。
あいづちを打ちながら、私の頭の中は、心配ごとと不安でいっぱいだった。
伊吹先輩にチョコを渡したいのは、黒羽中だけじゃなくて、ほかの中学にも、高校にも、たくさんいる……!
あらためて思い知って、不安でいっぱいのさくら。
でも、さくらには、心強い親友たちがいます!!
次回、伊吹先輩に渡すための、チョコ作りが始まります♪ お楽しみに!
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