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第5回【期間限定・1巻無料ためし読み】 『時間割男子(1) わたしのテストは命がけ!』

16 運命の実力テスト!

「あら、まどちゃん。今朝ははやいのね」

 翌朝。

 いつもより一時間もはやく起きて居間へ行くと、おばあちゃんがおどろいたように言った。

「うん! 早起きすると、テストの時間に、ちょうど頭がスッキリするんだって!」

「あら、じゃあ朝ごはんもしっかり食べるといいわよ。脳に栄養がいって集中力がアップするって、テレビで言ってたから」

「そっか! ありがとう!」

 顔を洗って着替えをすませると、居間のちゃぶ台に四科目のノートをならべる。

 朝いちばんに復習をするといいんだって、昨日男子たちに教わったんだ。

 あ、復習と言っても、ぜんぜんむずかしいことじゃないの。

 昨日までに勉強した内容を、声に出して読むだけ。

 たった五分やるだけで、記憶のコンニャク? が、ぜんぜんちがうんだって。

(コンニャクじゃなくてテイチャクだ!)


「ええと、立方体の体積は、タテ×ヨコ×高さ……」

「おっはよ~! まるちゃん、朝に自習なんて超エライじゃん!」

 顔をあげると、男子たちがぞろぞろと居間に入ってくる。

「まるまる、おはよー」

「おはようございます。気になることがあったら遠慮なく言ってくださいね」

「みんな、おはよう!」

 あいさつをかわして、ふと気づく。

「あれ? ケイは……?」

 言いかけて、サッと全身から血の気が引いた。

 まさか──もう、消えちゃった!?

 あわてて立ち上がる。

「ケイ!」

「うわっ!?」

 居間をとびでようとした瞬間、目の前にあらわれたケイとぶつかりそうになる。

「なんだ、朝から騒々しいな」

 ムッとした表情でわたしを見下ろすケイ。

 よかった、まだ消えてなかった……!

(ほんと、わたしってそそっかしいなぁ……)

 ほっと息をつきながら、居間にもどる。

「みんな、ごはんができたわよ~。準備を手伝ってくれる?」

「はーい」

 おばあちゃんの声で、わたしたちは朝ごはんの準備をはじめた。


 ごはんを食べ終わると、もうすぐ八時。

 そろそろ学校へ行く時間だ。

 ──今日は、ついに実力テストの日。

 ……ケイが、消えちゃうかもしれない日。

「緊張してるの?」

 うつむくわたしを、ヒカルくんが心配そうにのぞきこむ。

「うん……だって、わたしがポカやったら、ケイは消えちゃうんだもん……」

 昨日より、さらにうすくなったケイの腕。

 学校では長そでの上着と手袋でかくすらしいけど、今にも消えちゃうんじゃないかって、気が気じゃない。

(……どうしよう。もし、ぜんぜん問題がとけなかったら……)

 不安とプレッシャーで、下をむいていたら。

 ぺちっ

 赤ペンで、かるく頭をはじかれた。

「0点なんかとってみろ、一生うらむぞ。化けて出るからな」

「や、やめてよ。わたし、ちゃんとがんばるから……!」

 うぅ、よけいに緊張してきちゃった。

「おいおい、あんまプレッシャーかけるなよな~、ケイ」

「まどかはすこしくらいプレッシャーかけてやったほうがいいんだ。ネズミがネコふんじゃった、っていうだろ」

「それを言うなら『窮鼠猫(きゅうそねこ)をかむ』ですね。追いつめられた鼠は猫にだってかみつく、つまり人は追いこまれたときこそ、実力以上の力を発揮できるという意味ですが……」

「適度な緊張はいいけど、ストレスを感じすぎると人間は集中力が下がっちゃうんだよ。リラックスするには動物とふれあうのが有効……というわけで、はい」

「うわあっ!?」

 いきなりカッちゃんを手渡されて、とびあがる。

 も~、人の気もしらないで、みんないつもの調子なんだから……。


「緊張、すこしはほぐれたみたいですね」

「え?」

 クスリと笑うカンジくん。

 あ……もしかして。

 わたしがヘンに緊張しないように、あえていつもどおりにしてくれてたのかな。

 みんなのやさしさがうれしくて、胸のまんなかが、ポカポカとあったかくなった。

「じつは、俺たちからまどかさんに、プレゼントがあるんですよ」

「プレゼント?」

 首をかしげる。

「ケイくん、代表はゆずってあげる」

「スマートに決めろよ~!」

「おい、やめろ、押すなって!」

 みんなにせっつかれて、ケイがわたわたと前に出てくる。

 照れかくしなのか、怒ったように眉をひそめて。

 むんずと、無造作に手をさしだした。

「これ」

 ケイがひらいた手のひらには、消しゴムがふたつのっていた。

 この数日間ですっかりよごれて小さくなったやつと。

 もうひとつは……新品で、まっしろ。

「こっちは、まどかの努力の証しだ。オレたちはその努力を信じ、命をたくす」

 ケイはわたしの手のひらに、ボロボロの消しゴムをのせる。

「そしてこっちは……今日のテストでつかえ」

 つぎにわたされたのは、新品の消しゴム。

 ふつうのより、でっかいやつ。

 顔をあげると、ケイはわたしの目を、力強く見つめた。

「テストのときはだれだってひとりぼっちだ。自分しか頼れない。だからこそ、自分を信じろ。この六日間で勉強してきたことが、かならずおまえを助けてくれる」

「自分を、信じる……」

 その言葉を胸にきざむように、消しゴムをぎゅっとにぎる。

 みんなの思いがつまった消しゴム。

 手のひらに、ずっしりとした重みを感じる。

「いいか、まちがえたらなんどでも書きなおせ。最後まであきらめるなよ!」

「わかった!」

 わたしはふたつの消しゴムをつよくにぎりしめて、こっくりとうなずいた。



 実力テストは、一科目二十分。予定どおりにおこなわれた。

 理社国と三科目のテストを終え、最後の科目は──算数。

「鉛筆はまだ置いたままだぞー。開始の合図で、まず名前を書けよ! それじゃ~……はじめ!」

 川熊先生の声で、みんないっせいに問題用紙をめくる。

(さいしょ、計算問題か……)

 小数は……昨日、みんなと勉強した範囲だ!


0.8×9


(きた! 九の段のかけ算!)

 ちいさくガッツポーズして、すぐに昨日のことを思い出す。

 手のひら計算法と、一の位と十の位を足すと「9」になる確認法、だよね。

 ふたつをつかって、計算すると……。

(わかった! こたえは、「7.2」だ!)

 みちびきだしたこたえを、解答用紙に書きこむ。

(よし……! 大丈夫、わたし、ちゃんと解けてる!)

 つぎの問題も、そのつぎの問題も。

 ケイと勉強したことを思い出しながら、なんとかこたえまでたどりついて。

 一問ずつ、解答用紙に書きこんでいく。

 いつもは問題がわからなすぎて、途中からボケーッと妄想の世界に旅立っちゃうのに。

 見覚えのある問題で、しかもそれを一度でも解けたことがあるっていう自信があると、不思議とむずかしい問題でも、考えることをやめずにむきあうことができた。

(これなら、ぜったいに0点にはならないはず……!)

「……ふぅ」

 さいごの問題のこたえを書きこんで、息をついたとき。

 解答用紙を見て、ふと、違和感に気づく。

(…………あれ?)

 なぜかさいごの欄が、ぽっかり空欄になっていた。

 なんで? おかしいな……?

 首をかしげつつ、今書きこんだこたえと、問題の番号を確認すると……。


 どっきん

 あまりの衝撃に、目をうたがった。

 なんと──こたえをぜんぶ、ひとつ上の欄にズレて書いちゃってる!?

 どこかはじめのほうで、問題をひとつぬかしちゃったんだ!

 って、い、一問目とばしてる───っ!?

(ど、どうしよう、これじゃあ、0点になっちゃう……!)

 ドッドッドッと、鼓動のスピードが上がる。

 頭のなかは、パニックでまっしろ。

 だって、のこり時間は、あと、たったの三分だ。

(どうしよう、どうしよう、どうしよう……!)

 アワアワとうろたえながら、ぎゅうっと手をにぎりしめる──と。

 手のなかの消しゴムの感触で、ハッと冷静になった。

 ──まちがえたら、なんどでも書きなおせ。最後まであきらめるなよ!

(今、ここであきらめたら、ケイは消えちゃうんだ……)

 のどの奥がチクリと痛む。

 いつもだったら、アワアワしているうちに時間切れになってしまうような場面だけど。

 だけど……!


 ──オレには、おまえが必要なんだ!


 ケイの声が、頭のなかで大きくひびく。

 ケイは、わたしを必要だと言ってくれた。

 カンジくんも、レキくんも、ヒカルくんも。

 みんな、自分の命だって危険なのに、最終日の日曜日、算数の勉強を手伝ってくれた。

 わたしのことを信じて、命をたくしてくれたんだ。

 ここであきらめたら、みんなの信頼を裏切ることになる……。

(そんなの、ぜったいいやだ!)

 わたしは、バッと消しゴムをにぎりなおした。

 一心不乱に、解答欄にこすりつける。

 ひとつ下の欄にこたえを書きうつしたら、上の欄を消して。

 あいた欄に、またひとつ上のこたえを書きうつす。

 どこまで直せるかわからないけど……今は、できるところまで、やるしかない!

(だって、また……みんなと一緒に帰って、一緒にごはんが食べたいから……!)

 ごしごしと消しゴムをかけながら、頭のなかにはこの一週間の思い出がよみがえる。

 カンジくんとすごした、ぽかぽかあったかい縁側。

 レキくんと笑いながら話した、スーパーでのお買いもの。

 ヒカルくんと食べさせあいっこした、リンゴの味。

 ケイにはじめて本音を話した、河川敷の風のにおい。

 そして……みんなで一緒につくった、プリン。

 ひさしぶりのにぎやかな帰り道に、にぎやかな食卓。

 わたしにとって、みんなはもう、ただの「教科書」なんかじゃない。

 うしないたくない、大切な存在なんだ!

 だから──ぜったいに……あきらめたりしない!


「──終了だ。みんな鉛筆を置けー」

 先生の声。

 わたしは力がぬけたように、カタンと鉛筆を置いた。

 しずまりかえっていた教室がザワザワとにぎやかになって。

 いちばんうしろの席の子が、解答用紙をあつめて前へ持っていく。

(大丈夫……きっと、大丈夫!)

 いつもより、ぜったい解けた。

 手ごたえはあったんだ。

 記入ミスのズレを直すのも、なんとかまにあった……!

(でも……もし、0点だったら……)

 ふっと不安が押しよせてきて、となりの席をチラリと見る。

 ケイは迷いのない瞳で、まっすぐ、前を見つめていた。


 家に帰って、すぐに「自己採点」をすることになった。

 自己採点っていうのは、問題用紙に自分がみちびきだしたこたえを書きとめておいて、テストの結果が出る前に、自分で採点することをいうんだって。

 先生に聞いたら、テストが返却されるのは、はやくても金曜日ってことで。

 もしも4点以下だったら、結果を待っているあいだに、ケイは消えてしまうことになるんだ。

(おねがい……20点とは言わない、せめて15点……いや、10点でも!)

 男子たちが採点をしてくれてるあいだ、ぎゅっと、いのるように両手をにぎる。

 ドキドキドキ……

 ああ、生きた心地がしない。

(そ、そうだ! こういうときは、妄想スイッチを──)

 ぺちっ

「いてっ」

 平和な森の景色が見えかけたところで、ケイに赤ペンで頭をこづかれた。

「採点、終わったぞ」

 ドキッ!

 体がこわばる。

 男子たち四人は、ちゃぶ台の上に、採点表を裏返しにして置いた。

 どっきん、どっきん……

「それじゃあ、せーのでひらくぞ」

 どっきん、どっきん、どっきん……。


「「「「せーーーのっ!」」」」


 バッ

 紙が裏返されると同時に、わたしは身をのりだして採点表の数字に目をこらした。


  国語……45点。

  理科……28点。

  社会……24点。

  算数……30点。


「国語45点!? ……って、待って、さささ、算数が………………30点!?」

 びっくりして、おもわず三度見した。

「ウソ……算数で30点も? 本当に、わたしが?」

 信じられない。

 ぼうぜんとしたまま採点表をにぎっていると。

 ふいに、ケイがわたしの目の前で、手袋をはずした。

 ドキンッ

「あ、ある…………」

 はっきりと実体のある、ケイの手。

「ケイ!」

 いてもたってもいられなくて、とびつくように、その手をぎゅっとにぎりしめた。

 ケイはぎょっとしたように体をのけぞらせて、目を白黒させる。

「ケイ! 手、ちゃんとある? 消えない?」

「あ、ああ……」

「わたしをおいて、いなくなったりしないよね?」

 不安がせりあがってきて、つい、ケイの手をさらにつよくにぎる。

 そんなわたしを見て、ケイはこまったように顔をしかめる。

「……オレたちはまどかの教科書だ。捨てられないかぎり、おまえのもとをはなれたりしない。痛いから、もうはなせ」

「あっ、ごめん!」

 パッと手をはなすと、急にはずかしくなって、カーッと顔が赤くなる。

 ケイも、真っ赤っか。

 わたしたちを見て、ほかの男子たちがアハハと笑う。

「もう~、まるちゃんったら情熱的!」

「まるまる、僕の手もにぎっていいよ?」

「全員、無事に延命ですね。よかったです」

「あはは! うん! 本当に、よかった!」

 つられて、わたしも笑顔になる。

 みんなの顔を見てたら、うれしくて、ホッとして……ちょっぴり泣きそう。

 これでみんな、一緒にいられる!

 これからも、ずっと……ずっと!


 ──と、感動にひたっていたら。

 ふいに、ケイがぴくりと片眉をあげた。

「……おい、待て。オレが教えたココ、おなじまちがえかたしてるじゃないか! すぐ復習だ!」

「え~っ!?」

 もう勉強の話?

 いい感じの雰囲気だったのに、ケイのひとことで台無しだよ!

「せっかくみんな寿命がのびたんだから、今日はそれをお祝いするとかしようよ~っ!」

「甘ったれるな! すこし寿命がのびただけでは、まだまだ足りん!」

「わ──────ん!」

 一日くらい休ませてよ~!

 わたしは涙目で、ほかの三人に助けをもとめる。

 こんなときに頼りになるのは、もちろん……!

「助けて、カンジくん!」

 そう言ってカンジくんを見て……おもわず、「えっ」と首をかしげる。

 様子が、へんだ。

 彼は、青い顔をして、自分の手を見つめている。

「カンジくん……?」

 どうしたの?

 そう聞こうとして、ハッと息をのむ。

「カンジくん、手が……!?」

 目をうたがった。

 なんで?


 ──なんでカンジくんの体が、うすくなってるの!?



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書籍情報


作: 一ノ瀬 三葉 絵: 榎のと

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046319333

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作: 一ノ瀬 三葉 絵: 榎のと

定価
858円(本体780円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046323835

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