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第5回【期間限定・1巻無料ためし読み】 『時間割男子(1) わたしのテストは命がけ!』

15 赤点の原因はこれだ!

「まずはとにかく、算数をどうにかしないとな」

 プリンを食べ終わったあと、居間のちゃぶ台ではじまった作戦会議。

 ケイ以外の男子たちも、すすんで協力を申し出てくれたの。

「科目はひとつひとつバラバラに見えて、おたがいに関係し合っていますからね」

「僕たちの知識が役に立つかも」

「四科目の力があわされば、こわいもんなんかないぜ~!」

 すっごく、心強い言葉。

 三人は、「勉強法を見直す必要がある」ってケイを説得してくれて、ケイも「プリント地獄はもうしない」って約束してくれたんだ。

「まどかは、計算ミスが多すぎるんだ。どうしたらなくなるのか……」

 眉間にしわをよせて、腕組みをするケイ。

 それは、わたしもずっとなやんでたこと。

 そそっかしい性格だからか、しょっちゅう計算ミスをしちゃうの。

 ケイはむずかしい顔でわたしの算数ノートをめくりながら、ふいに「ん?」と声をあげた。

「……待てよ。まどか、ちょっと、九九の九の段言ってみろ」

「え?」

 急な言葉にびっくりしてると、「はやく」と急かされる。

 えーっと。

「9×1=9、9×2=16、9×3=21……」


「「「「こ、これだ……っ!!」」」」


 四人がおそろしいオバケでも見たような目で、固まってる。

 え? あれ? もしや……どこかまちがってた……?

「なぜオレは気づかなかったんだ……! 小数だなんだと言う前に、根本の九九や足し算からやり直さねばならなかったということに……」

 もはや怒りを通り越して、青ざめてるケイの顔。

 ひぃ! また怒られる~~っ!

 身をちぢめてブルブルふるえていると。

 ふいに、ケイがフゥと息をついた。

「……しかたない。九の段の裏ワザを教えてやる」

 えっ、裏ワザ?

 びっくりして、パッと顔を上げる。

 いつも「覚えろ!」「とにかく解け!」が口癖だったケイから、そんな言葉が出るなんて。

(……ケイも、すこしは歩みよろうとしてくれてるんだ)

 そう思ったら、やる気が出てきて。

 わたしは背筋を伸ばし、ケイを見る。

「教えて、裏ワザ!」

 ケイは、「よし」とうなずいた。

「両手のひらを広げて、左の指から順に、九にかける数のところで指をおるんだ」

 指……? わたしは首をかしげつつ、両手を目の前に広げてみる。

 ほかの男子たち三人も、不思議そうに自分の手のひらを広げた。

「たとえば、さっきまちがえた『9×3』は、左手の、左から三番目の指をおる。その指を境にして左側の指の数が十の位、右側の指の数が、一の位になる」


 えっ、どういうこと?

 自分の指をおって、ためしてみる。

 左手の中指を境に、左側は、親指とひとさし指で、2本。

 右側は、ぜんぶで7本……。



「にじゅう、なな……?」

 これって、9×3の正しいこたえと、一緒……?

 信じられなくて、「えぇ~っ?」と声が出る。

 すぐに、ほかの計算もためしてみた。


  9×1  左側0本、右側が9本=9

  9×4  左側3本、右側が6本=36

  9×7  左側6本、右側が3本=63


「ほ、ほんとだ!?」

「さらに、九九の九の段は、こたえの十の位と一の位の数字を足すと、かならず『9』になる。これを覚えておけば、こたえが合っているか確認することもできる。さっきまどかが言った『9×3=21』だと、『2+1=3』だ。『9』にならないから、まちがってるってわかるだろ?」

 えっと、待って待って……。

 十の位と一の位の数字を足すんでしょ?


  0+9=9

  3+6=9

  6+3=9


「えぇぇ~~~~っ!? ほ、ほんとだ! なんで!?」

 わたしは目をぱちくりさせながら、自分の指を何度もおってみた。

 何度ためしてみても、ちゃんと計算のこたえが出る。

 不思議だなぁ。なんでだろう?

 なんで、こんな不思議なことがおこるんだろう……?

「なんでだろう? と思えるのは、勉強の才能がある証拠だ」

 ケイが言った。

「勉強の、才能……?」

「ちゃんと『なんで?』って口にできるやつは、伸びる。オレが保証する」

 ケイの言い方は、そっけなかった。

 だけど……わたしにとってその言葉は、なにものにもかえられない、ほめ言葉だった。

 今まで、どんなにがんばって勉強してみても、うまくいかなくて。

 逆に親友の優ちゃんはなんでもできるから、つい、くらべちゃって。どんどん自信がなくなって……いつしか、「どうせわたしにはムリ」って、心のどこかで思ってた。

 でも。あのケイが言うなら。

 ──もしかしたら、わたし、できるかもしれない。

 体の奥から、ふつふつとやる気がわきあがってくるような、不思議な感覚がする。


「確認の問題だ。手のひらで数える方法をつかわずに、鉛筆一本でこれを解いてみろ」

 ケイが、ノートに計算問題を書いた。


  0.6×0.9


 げっ、小数……。

 ニガテ分野に、つい、身がまえちゃう。

 鉛筆をわたされて、考えこむ。

「小数は基本的にただのかけ算とおなじと思えばいい。まずは小数点を考えずに計算し、あとから点を打つ」

 まずは、小数点を考えずに計算、ってことは。

 6×9をすればいいんだ。

 九の段の裏ワザをつかいたい……けど、手はつかっちゃダメなんだっけ……。

 うーん、うーんと頭を悩ませる。

 頭のなかに手のイメージをしてみるけど、こんがらがってうまく数えられない。

(……あ、そうだ。ケイはさっき、『鉛筆一本でこれを解いてみろ』って言ったよね。じゃあ……鉛筆で手のひらの絵を描くのは、ダメじゃないはず!)

 わたしは紙のすみっこに、指を十本書いた。

 そして左から六番目の指を黒く塗って、左側の数と右側の数をかぞえる……!

「54……かな?」

 念のため、合ってるか確認。

 5+4=9だから……よし、大丈夫そう!

「計算をしたあとに、小数点を打つんだったよね」

「小数点を打つ位置はわかるか?」

「えっ、ちょ、ちょっとあやしいかも……」

 正直に言うと、ケイは怒りもあきれもせず、真面目にこたえてくれた。

「まず、かける数とかけられる数の小数点以下に、ぜんぶでいくつ数字があるか数えるんだ」


 えーっと、0.6と0.9だから、小数点以下にある数は……。

「『6』と『9』の2つ、かな?」

 ケイがうなずく。

「その数は、こたえとなる数の小数点以下に、いくつ数字があるかをしめしている。さっき普通の計算で出したこたえの数字に、右下から山なりの線を『2』度引いてみろ。その場所に、点を打つ」



 ケイに言われたとおり、計算で出した54の右下から、山なりの線を2度引いた。

 ここに点を打つってことは……。

 54の左側に、ひとつ空白のスペースができちゃうな。

 こたえが、「.54」のはずないし……。

「あっ、わかった! この空白には『0』が入るんだ! だから、こたえは0.54!」

「「「「正解!」」」」

 四人の男子が、声をそろえた。

 ぶわーっと、感動がこみあげてくる。

 ヒントはもらったけど、ニガテな算数の、それも小数の計算問題で、ちゃんと正解を出せた!

「やったあ! みんな、ありがとう!」

 うれしくて、はしゃいじゃうよ!

 算数でこんな気持ちになったの、はじめてかも!

 本当に、ずっと、ニガテだったから……。

「あのさ、ケイ」

 わたしは、ケイの顔をまっすぐに見る。

「算数……だいっきらいなんて言って、ごめんね」

 ケイは一瞬、おどろいたように目を見ひらく。

 でもすぐに、フイとそっぽをむいた。

「あやまるくらいならはじめから言うな」

「ごめん」

「いや……べつに、もういい」

 ぶっきらぼうに言って、ポリポリ頭をかく横顔。

 ヒカルくんが言ってた、「ケイくんは怒ってるように見えてそんなに怒ってない」って、本当なのかも。

 短気で、横暴で、いじわるで、細かくて。

 でも、わたしが泣いたときは、だまって、ただそばにいてくれた。

 今も、自分のやり方を変えて、歩みよろうとしてくれてる。

 わたし、ひどいこと、いっぱい言っちゃったのに……。

「算数は……やっぱり、今も好きにはなれないけど。ていうか、ニガテだから、急に得意にはならないけど……でもね、ケイが消えちゃうのはいやだって、本気で思ってるから」


 うっすらと透けているケイの手。

 寿命だとか、消えちゃうとか、半信半疑でいたけど。

 こんな姿を見ちゃったら、もう、逃げるわけにはいかない。

 ──ケイを助けられるのは、わたししかいないんだ!

 体の横で、こぶしをぐっとにぎりしめる。

「ケイだけじゃないよ。カンジくんもヒカルくんもレキくんも……みんなと、これからも一緒にいたい。だから……明日のテスト、全力でがんばるよ!」

 四人の顔を、ひとりずつ、しっかりと見る。

 全身に、熱いモノがじわじわと広がっていく。

(わたし……やっぱり、勉強は、やめない)

 みんなと一緒にいたいから。

 だから、もうちょっと……がんばってみることにしたよ。


 ──ねぇ、ママ。

 その夜。

 わたしは、不思議な夢を見た。

 いつもの妄想の世界。

 森の仲間たちとお茶会をする、いつものテーブルに──ママが座っていた。

「まどか」

 ママは、とてもやさしい声でわたしの名前をよんだ。

 でも、返事をしようとしても声が出なくて、体もうごかない。

「ママね、神様に、『まどかが自分の力でたくましく生きていける子になれますように』ってお願いしたのよ。神様が命をあたえてくれた四人の男の子……彼らは、きっと、あなたの力になってくれる」

 ママの声を聞いていると、あたたかい毛布にくるまれてるみたいで、すごく安心した。

 ほんのすこし前までは、ママの夢を見るたびに大泣きして目覚めてたけど、今日は不思議と、落ちついた気持ちでママのことを見ていられる。

 もしかすると、ケイたちが来てくれたから……なのかな。

「これから先、大変なことも、つらいこともあるかもしれない。だけど、まどかなら大丈夫。だって──『花丸円は花丸100点』だもの」

 ママはわたしを見て、ふっとほほえんだ。

 どくんっ

 呼吸が止まる。

(──ママ)

 心のなかでよびかける。

 あの手のひらが恋しくて、触れたくて。

 駆けよろうとするけど……足が、ぴくりともうごかない。

「そばにはいられないけど、ママはずっと、まどかを見守ってるよ……」

 ママの声が、急に遠くなる。

 視界が白くぼやけて、その姿も見えなくなっていく。

(ママ! いかないで!)

 心のなかで必死にさけんだけど、ママの気配はスウッと遠くなって。

 ──それきり、なにも見えなくなった。



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