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第4回【期間限定・1巻無料ためし読み】 『時間割男子(1) わたしのテストは命がけ!』

12 まる、逃亡!?

 そして、日曜日。

 おそれていたことは、現実となった。

「な、なにこれ……?」

 朝ごはんを食べ終わったあと、自分の部屋に入ったわたしは、絶句した。

 ケイはわたしをふりかえり、ギロリと目を光らせる。

「不本意だが、こうなったら満点とは言わん。計算問題一点集中で、50点をめざすぞ!」

 部屋をうめつくすような、プリントの山。

 しかも、そのぜんぶが、計算問題!?

 ああ、すでに頭が痛くなってきた。

 火曜日のプリントの山が、まだマシに思えるくらいだよ!

「ほら、さっさと座れ! そして解け!」

「いっ、いやあああああああっ!!」


 …………二時間後。

「あの~……」

「なんだ」

「そ、そろそろ、すこし、休憩を……」

「甘えるな! 二十枚追加だ!」

 バンッ

 ようしゃなくプリントの束を追加するケイ。

「はぁ……」

(……もう何時間、こうしてるだろう……)

 数字、数字、数字。

 だんだん、頭がボーッとしてきた。

 テストのときも、いつもこんな感じだ。

 問題を解いてるうちに、わからなすぎて、ボーッとしてきて。

 そうしてるうちに時間がすぎて、問題を解くヒマがなくなっちゃうの。

 だから、いつも、ペケだらけ……。

 あぁ、ダメ。目がまわる……。

(…………あれ?)

 フッと、意識が遠のく感じがした。

 わたし、なんでこんなにがんばってるんだっけ?

 なんで………………。

「もう、イヤ……」

 無意識に口がうごく。

「なんだって?」

「もうイヤーーーーーーーッ!」

 バターン!

 無我夢中だった。

 さけびながら部屋をころがり出て、玄関から外へとびだす。

 もうムリ!

 逃げなきゃ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ!

「逃がすかああああっ!」

「ギャーーーーッ!」

 ケイがものすごいスピードで追いかけてくる!

「ついてこないでよ~~~~っ!」

 走る。ひたすら走る。

 やっぱり算数なんてきらいだ。

 勉強なんて、もうするもんか。

 ぜったい……ぜったいしないもん!


 ツルッ

「ぬわぁっ!?」

 ズザ──────ッ

 足をすべらせたわたしは、河川敷の坂を転がり落ちた。

 鼻いっぱいに、草と土のにおいが広がる。

「イタタタ……」

 ひじやおしりについた草をはらってたら、目の前に、ダンッと二本の足があらわれた。

 ケイは、目を三角にしてわたしを見下ろしている。

「おまえは……オレを、殺す気か!?」

 肩で息をしながらさけぶケイ。

 その顔を見たら、カーッと頭に血が上ってくる。

「し……知らないよ! 急に来て、勉強しろって押しつけてさ! できないものはできないんだから、しょうがないじゃん!」

「なぜ決めつける? おまえは科目勉強としての算数を習いはじめて、たかだか四年ちょっとしかたってない。基礎もなってないうちから、できるかどうかなんてわからないだろ」

「だって…………だって、きらいだもん」

 両手をぎゅっとにぎりしめる。


「算数ができたってなんの役にも立たないし! 算数なんかだいっきらい!!」


 大声でさけんだあと、ハッとする。

 ケイは、傷ついた表情をしていた。

「……きらわれてることは、よく知ってる」

「べ、べつに、ケイのこと言ったわけじゃ……」

 言いかけて、口をつぐむ。

 ケイにとっては、おなじ意味なんだ。

 ケイは、わたしの「算数の教科書」だから……。

 胸がしめつけられて、下をむく。

「算数がきらいなら、べつにそれでもいい。ムリに好かれようとも思ってないしな」

 しずかな声で言うケイ。

「でも……じゃあ、なんで、そんなにがんばって勉強してたんだ?」

「え……?」

 びっくりした。

 顔をあげると、ケイは真剣な目でわたしを見ていた。

「そまつにあつかわれたモノに、けっして魂は宿らない。オレたち四人が生まれたのは、おまえが教科書を大切にする気持ちと、おまえのお母さんがおまえを心配する気持ちが共鳴したからなんだぞ」

 えっ……。

「ママが、わたしを心配してる……?」

 ずきんっ

 胸がはりさけそうになって、つよくくちびるをかむ。

「おまえが必死でがんばってたのは知ってるよ。良い点とりたくて、がんばってたんだよな?」

(いやだ……やめてよ……)

「なんとかしてやりたいって思ってた。オレは、この体になって寿命とか考えなきゃいけなくなる前から、おまえのがんばりが報われてほしいって、ずっと──」

「良い点、とりたくて、がんばってきた……わたしが……?」

 ふるえる声をしぼりだす。

(ちがう……ちがうよ……)

 心の奥底で、ぎゅうぎゅうにしめていたはずのフタが……キュッとゆるむ。

 なんでがんばって勉強してたかって? それは……。

 わたしが、がんばってきたのは──!


「ママはもういないんだもん! もう、がんばる意味なんてない!」


 鼻の奥にツンと痛みが走る。

 もういない。

 がんばったねってほめてくれるときの、やさしい笑顔も。

 わたしの頭をなでてくれる、あったかい手のひらも。

 もう、どこにもないんだ!

「ああ……もうっ……!」

 声がふるえる。

 泣きたくなんてないのに。

 心配なんてされたくないのに。

 ずっと。

 ずっと、がまんしてたのに……っ!

「……ケイのばか! ばかばかばかばか! うわああああああああああん!!」

 わたしはひざをかかえて、その場にしゃがみこんだ。



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