10 【金曜日・理科】レッツゴー・ピクニック!
金曜日。
ジゴクの勉強ウィークも、科目ごとの勉強は、ついに最終日だ。
学校から家に帰ってきて、ケイがつくったスケジュール表を確認する。
最終日は、理科!
ということは、家庭教師はヒカルくんだね。
キョロキョロとヒカルくんの姿をさがすと──彼はなぜかキッチンにいた。
「ヒカルくん?」
声をかけると、ヒカルくんがふりかえる。
炊飯器の前で……おにぎりをにぎってる?
「ピクニック」
「え?」
「今から裏山に行こう」
ヒカルくんは口の横にごはん粒をつけたまま、ニコリと笑った。
「まずはおべんとづくりだね」
ヒカルくんに言われて、わたしもお弁当づくりを手伝うことになった。
料理はたまにおばあちゃんのお手伝いをするけど、得意ってわけでもないんだよね。
いっぽうのヒカルくんは、いきいきとたのしそうにしてる。
「料理は科学なんだ。調理によって食材は味や色、見た目まで変わる。理科の実験とおなじだよ」
目元に実験用ゴーグルを装着して、てきぱきと、ボウルに卵を割り入れるヒカルくん。
白衣姿だし、はたから見ると、本当に理科の実験みたい。
(それにしても、ピクニックって……勉強は、いいのかな?)
気にしていると、目の前にずいっと柿があらわれた。
「え……柿?」
「半分に切れる?」
ヒカルくんが器用にリンゴの皮をむきながら言う。
まぁ、そのくらいならわたしもできるよ!
腕まくりをして、包丁をにぎる。
「せーのっ」
ズバーン!
みずみずしい断面があらわれ、キッチンが甘い香りにつつまれる。
柿はみごと、まっぷたつに割れた。
「切ったよ、ヒカルくん」
声をかけると、ヒカルくんはおびえたように目をまんまるにさせた。
「ま、まるまる……ワイルド……!」
あ、あれ? ちょっぴりいきおいよすぎたかな?
フリーズするヒカルくんの肩で、カメレオンのカッちゃんがペロリと舌を出した。
そんなこんなで、玉子焼きとおにぎりと、デザートのリンゴと柿で、なんとかお弁当が完成!
わたしとヒカルくん(とカッちゃん)は、夕方のピクニックへ出かけた。
めざすは、学校の裏手にある小山。
てっぺんまでのぼると景色がひらけて、町を見わたせるんだ。
(それにしても、ピクニックなんて、いつぶりだろ?)
ちいさいころ、おばあちゃんとママと三人で、遊びに来たのがさいごかな。
たしか、あのときもお弁当をつくって……。
思い出とともにせりあがってくる、胸のモヤモヤ。すぐに首をふって追いはらう。
(やめやめ! 今は、ヒカルくんとふたりで来てるんだから!)
気持ちを切りかえて、わたしは、もくもくとゆるやかな坂道をのぼった。
二十分くらい歩くと、てっぺんについた。
展望エリアにあるベンチに座って、お弁当タイム。
おにぎりも玉子焼きも、おいしくて、あっというまにたいらげる。
さいごは、デザートのリンゴと柿!
ぱかっとリンゴの容器のフタをあけて──「ん?」と声が出る。
「なんでこっちは茶色くて、こっちは黄色のままなんだろう?」
容器に入ったリンゴは、右側と左側で、身が茶色くなってるものと、きれいな黄色のもの、ふたつにわかれている。
首をかしげるわたしに、ヒカルくんはニコリと笑う。
「じつはこっちのリンゴの断面だけ、塩水につけておいたんだ」
「塩水?」
なんで?
「リンゴの実は、空気に触れると成分が化学反応をおこして、見た目が茶色く変色するんだ。化学の分野ではこれを『酸化』とよぶ。でも、この反応は塩水やレモン汁を軽くつけておけばふせげるんだよ。おもしろいよね」
う~~~ん。
化学反応とか言われても、まったくピンとこない……。
眉をハの字にしながらボケーッとするわたしを見て、ヒカルくんはクスッとほほえんだ。
「じゃあつぎはこっち」
ヒカルくんが、ぱかっと柿の容器をあける。
「見て。まるまる、種まで一緒に切っちゃってる」
言われてのぞきこむと、半分になった柿の実のまんなかに、まっぷたつになった種がうまってる。
「ほんとだ。果物っておいしいけど、種がやっかいだよね……」
わたしが種をとりのぞこうとすると、その手をヒカルくんがとめた。
「待って。この種で勉強、ちょっとしてみよっか」
勉強? 種で?
首をかしげていたら、ヒカルくんが種の下の方を指す。
「ここ、見て? なにかわかる?」
「え? だから種でしょ」
「種のなかの、この白い部分だよ」
じっと種の断面を観察してみる。
黒いカラの中に半透明のものがつまってて、まんなかあたりには、スプーンみたいな形の白い物体……。
う~ん。なんか、学校で習った気がするけど……思い出せない。
「これはね、葉っぱ」
「え!? 葉っぱ? これが?」
言われてみると、たしかに、スプーンより葉っぱの形っぽいかも!
「これは葉っぱの子ども。だから『子葉』っていうんだ。まわりの透明な部分は『胚乳』っていって、その子が大きくなるための養分。赤ちゃんがお乳をのむのといっしょだね」
葉っぱの赤ちゃんと、その子がのむお乳。
そう思ったら、今まで「食べるのにジャマ」なんて思ってた種のこと、赤ちゃんを守る大切なゆりかごみたいに思えてきた。
「そうやって、植物は種から生まれて、育っていくんだけど……」
ヒカルくんは立ちあがると、近くを歩きまわって、花を二輪、つんで持ってきた。
「そこの木の根元に咲いていたこの花と、むこうのなにもない原っぱに咲いてた花、ふたつの大きさがちがうのは、なぜでしょう?」
見せてくれたのは、どっちも、おなじ黄色い花。たぶん……カタバミかな?
片方は元気がなくてちいさな花。
もう片方は、元気で、花も大きい。
これは、たぶん……。
「日当たりが悪かったから、じゃないかな……?」
ぼそりと言うと、ヒカルくんは、先をうながすように眉をあげる。
「えっと……植物って、元気に成長するためには水と空気と太陽の光が必要なんだよね。あと、寒すぎたり暑すぎたりしてもいけないし、土から栄養もとらないとダメなの。木の根元に咲いてた花は、たぶん光があまり当たらなくて、栄養も木にとられちゃったから、ちょっと元気がないんじゃない?」
スラスラ話すわたしに、ヒカルくんは目を見ひらいた。
「すごい、よくできました。まるまる、植物にくわしいんだね」
「うん! お花は小さいころから好きで……」
言いかけて、ふっと言葉につまる。
わたしがお花を好きなのは……ママの影響だ。
道端の草花の名前を言い当てると、ママはすっごくよろこんでくれた。
だから、小さいころは一生懸命覚えたんだ……。
だんだん、胸がふさがってくる。
体の奥から、黒い塊がせりあがってくるようで……。
「まるまる」
ヒカルくんがわたしをよぶ声。
顔をあげると、
「むがっ」
口の中に、なにかをつっこまれた。
……リンゴ?
「ごほうびだよ、まるまる」
こ! これって……「あーん」ってやつじゃない!?
(さ、さりげなくそういうことしないでよ~!)
わたしは赤くなった顔をそむけつつ、リンゴをかんだ。
シャリ
瞬間。
甘酸っぱいリンゴの果汁が口いっぱいにひろがる。
「おいし~っ!」
声をあげるわたしを見ながら、ヒカルくんはうれしそうに目を細めて。
今度はわたしのひざに、なにかをのせた。
(………?)
なんか、へんな感触。
かたいような、やわらかいような……?
ふと、視線を落として。
「うわあっ!?」
悲鳴をあげる。
ひざの上に、カメレオンが!?
びっくりして、体がピキピキにかたまる。
「ヒ、ヒカルくん? これ……!」
「こわがらないで。カッちゃんはすごくおとなしい性格だから」
ヒカルくんはニコニコわたしたちを見てるだけで、カッちゃんを持ち上げてくれる気配はない。
となると、自分でさわって、ヒカルくんにかえすしかないの……?
おそるおそる指先をのばして……。
ちょん
「うわああぁっ!」
すぐにひっこめる。
ざらっと、ごつごつした感触。
あと、ちょっぴりひんやりしてた。
ドキドキ……
じっと観察するけど、ひざの上のカッちゃんは、ぴくりともうごかない。
(よし……こんどはもう少し、長くさわってみよう)
ちょん。ちょん。すこしずつ、さわるたびに慣れてくる。
カッちゃんがかみついたりあばれたりしないってわかると、だんだん不安も消えてきた。
「……よいしょ!」
おもいきって、持ち上げてみる。
そっと、やさしく。
カッちゃんはじーっとうごかないまま、わたしの手のなかでおとなしくしててくれる。
かたくて、やわらかくて、ひんやりして。
ボケーッと、とぼけた顔。
「……ふふっ。ちょっとかわいいかも」
ポロッと言ったら、すぐにヒカルくんが「でしょ?」と前のめりになる。
「カッちゃんもきっと、まるまるのことかわいいって思ってるよ」
「えっ? そ、そうかな?」
「『きらい』って思って近づくと、動物もそれを感じるんだ。でも、こっちが心をひらいて『好きだよ』って笑いかければ、動物も笑いかけてくれる」
ヒカルくんは、いとしそうにカッちゃんの背中をなでる。
(『きらい』って思うと、動物もそれを感じる……かぁ)
動物だけじゃなくて、きっと、人もおなじだよね。
あきらかにきらわれてる相手に、ニコニコやさしくなんて、なかなかできないよ。
それなのに……。
「ケイに悪いことしちゃったかな……」
心の声が、ぽろりとこぼれた。
わたし、「算数なんてきらい」って、思いっきり顔にも態度にも出しまくってた。
ケイはそんなわたしの気持ちを感じとって、いつもピリピリしてるのかな……?
「大丈夫。ケイくんはいつも怒ってるように見えて、じつは、そんなに怒ってない」
ヒカルくんはカッちゃんをなでながら言う。
「そう、なのかな……?」
わたしも、カッちゃんをじーっと見つめた。
さっきまでは、「こわい」と思ってた。
でも、実際にさわってみたら、ぜんぜんそんなことないってわかって。
今では平気でだっこしてる。
ケイのことも……もっとちゃんと知れば、ニガテじゃなくなるのかもしれない……。
「たぶんね。ケイくんがまるまるにああいう態度をとるのは、怒ってるからじゃないよ」
「え?」
おどろいて顔をあげると。
ヒカルくんは、わたしの髪に、さっきの黄色い花をそっとかざった。
やさしい手つきで、わたしの髪をなでて。
そして、フッとさみしげに目を細める。
「たぶん、ケイくんは……かなしいんだ。だって、僕らにとってまるまるは、世界でたったひとりの『持ち主』だから」
ずきんっ
胸が、せつなくふるえる。
(そうだよね……もしわたしが教科書だったら、持ち主にきらわれるなんて、かなしいよ……)
うつむくわたしの頭を、ヒカルくんは、ぽんぽんと、やさしくなでてくれた。
「今日の勉強はここまで。植物も動物も大好きなまるまるなら、テストも大丈夫だよ」
ニコッと笑って、立ち上がるヒカルくん。
(世界でたったひとりの『持ち主』……かぁ)
わたしは髪にかざってもらった花をそっと指でさわりながら、さっきのヒカルくんの言葉を、心のなかでくりかえした。
家に帰ると、もう八時すぎ。
ほかの男子たちは、居間でおばあちゃんとテレビを見たり、本を読んだり、自由に時間をすごしている。
ただ、ケイの姿だけ見当たらない。
(あとで、ケイとすこし、話してみようかな……)
そんなことを考えながら、ひとまず手を洗いに、洗面所へ。
ガチャ
「…………」
ドアをあけたら、ケイがいた──上半身ハダカの。
「わぁ!?」
「ノ、ノックをしろ! マナーだろ!」
悲鳴をあげるわたしに、ケイは顔を真っ赤にしてキレる。
「ごめんなさい! 今のは完全にわたしが悪かったです!」
大あわてでとびだして、うしろをむく。
(は~~~っ、びっくりした!)
思いがけない出来事に、バクバクはずむ心臓。
それと──パッと目に入った、ケイのわき腹の文字……。
胸がギシッとちいさくきしんで、そっと両手をあてる。
「復習、ちゃんとやってるんだろうな」
半開きのドアのむこうで、ケイの声がする。
「え? ま、まぁ……」
本当は、まったくやってないけど……。
だって、一日一科目で、せいいっぱいだもん。
「あのね……わたし、ケイにちょっと話したいことが──」
「プリンが食べたいという話ならお断りだ!」
「へ?」
「オレはおまえを信用していない。明日の模擬テストの結果次第では、日曜、覚悟しておけよ!」
ケイは一方的にそれだけ言って、バン! とドアをしめた。
(ム……ムッカー!)
すこしくらい歩みよってみようかと思ったけど……。
やっぱ、ケイなんか知らない!
『時間割男子① わたしのテストは命がけ!』
第4回へつづく(12月19日公開予定)
書籍情報
最新18巻もチェック!
- 【定価】
- 858円(本体780円+税)
- 【発売日】
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- 【ISBN】
- 9784046323835