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第3回【期間限定・1巻無料ためし読み】 『時間割男子(1) わたしのテストは命がけ!』

10 【金曜日・理科】レッツゴー・ピクニック!

 金曜日。

 ジゴクの勉強ウィークも、科目ごとの勉強は、ついに最終日だ。

 学校から家に帰ってきて、ケイがつくったスケジュール表を確認する。

 最終日は、理科!

 ということは、家庭教師はヒカルくんだね。

 キョロキョロとヒカルくんの姿をさがすと──彼はなぜかキッチンにいた。

「ヒカルくん?」

 声をかけると、ヒカルくんがふりかえる。

 炊飯器の前で……おにぎりをにぎってる?

「ピクニック」

「え?」

「今から裏山に行こう」

 ヒカルくんは口の横にごはん粒をつけたまま、ニコリと笑った。


「まずはおべんとづくりだね」

 ヒカルくんに言われて、わたしもお弁当づくりを手伝うことになった。

 料理はたまにおばあちゃんのお手伝いをするけど、得意ってわけでもないんだよね。

 いっぽうのヒカルくんは、いきいきとたのしそうにしてる。

「料理は科学なんだ。調理によって食材は味や色、見た目まで変わる。理科の実験とおなじだよ」

 目元に実験用ゴーグルを装着して、てきぱきと、ボウルに卵を割り入れるヒカルくん。

 白衣姿だし、はたから見ると、本当に理科の実験みたい。

(それにしても、ピクニックって……勉強は、いいのかな?)

 気にしていると、目の前にずいっと柿があらわれた。

「え……柿?」

「半分に切れる?」

 ヒカルくんが器用にリンゴの皮をむきながら言う。

 まぁ、そのくらいならわたしもできるよ!

 腕まくりをして、包丁をにぎる。

「せーのっ」

 ズバーン!

 みずみずしい断面があらわれ、キッチンが甘い香りにつつまれる。

 柿はみごと、まっぷたつに割れた。

「切ったよ、ヒカルくん」

 声をかけると、ヒカルくんはおびえたように目をまんまるにさせた。

「ま、まるまる……ワイルド……!」

 あ、あれ? ちょっぴりいきおいよすぎたかな?

 フリーズするヒカルくんの肩で、カメレオンのカッちゃんがペロリと舌を出した。


 そんなこんなで、玉子焼きとおにぎりと、デザートのリンゴと柿で、なんとかお弁当が完成!

 わたしとヒカルくん(とカッちゃん)は、夕方のピクニックへ出かけた。

 めざすは、学校の裏手にある小山。

 てっぺんまでのぼると景色がひらけて、町を見わたせるんだ。

(それにしても、ピクニックなんて、いつぶりだろ?)

 ちいさいころ、おばあちゃんとママと三人で、遊びに来たのがさいごかな。

 たしか、あのときもお弁当をつくって……。

 思い出とともにせりあがってくる、胸のモヤモヤ。すぐに首をふって追いはらう。

(やめやめ! 今は、ヒカルくんとふたりで来てるんだから!)

 気持ちを切りかえて、わたしは、もくもくとゆるやかな坂道をのぼった。


 二十分くらい歩くと、てっぺんについた。

 展望エリアにあるベンチに座って、お弁当タイム。

 おにぎりも玉子焼きも、おいしくて、あっというまにたいらげる。

 さいごは、デザートのリンゴと柿!

 ぱかっとリンゴの容器のフタをあけて──「ん?」と声が出る。

「なんでこっちは茶色くて、こっちは黄色のままなんだろう?」

 容器に入ったリンゴは、右側と左側で、身が茶色くなってるものと、きれいな黄色のもの、ふたつにわかれている。

 首をかしげるわたしに、ヒカルくんはニコリと笑う。

「じつはこっちのリンゴの断面だけ、塩水につけておいたんだ」

「塩水?」

 なんで?

「リンゴの実は、空気に触れると成分が化学反応をおこして、見た目が茶色く変色するんだ。化学の分野ではこれを『酸化』とよぶ。でも、この反応は塩水やレモン汁を軽くつけておけばふせげるんだよ。おもしろいよね」

 う~~~ん。

 化学反応とか言われても、まったくピンとこない……。

 眉をハの字にしながらボケーッとするわたしを見て、ヒカルくんはクスッとほほえんだ。

「じゃあつぎはこっち」

 ヒカルくんが、ぱかっと柿の容器をあける。

「見て。まるまる、種まで一緒に切っちゃってる」

 言われてのぞきこむと、半分になった柿の実のまんなかに、まっぷたつになった種がうまってる。

「ほんとだ。果物っておいしいけど、種がやっかいだよね……」

 わたしが種をとりのぞこうとすると、その手をヒカルくんがとめた。

「待って。この種で勉強、ちょっとしてみよっか」

 勉強? 種で?

 首をかしげていたら、ヒカルくんが種の下の方を指す。

「ここ、見て? なにかわかる?」

「え? だから種でしょ」

「種のなかの、この白い部分だよ」

 じっと種の断面を観察してみる。

 黒いカラの中に半透明のものがつまってて、まんなかあたりには、スプーンみたいな形の白い物体……。

 う~ん。なんか、学校で習った気がするけど……思い出せない。


「これはね、葉っぱ」

「え!? 葉っぱ? これが?」

 言われてみると、たしかに、スプーンより葉っぱの形っぽいかも!

「これは葉っぱの子ども。だから『子葉』っていうんだ。まわりの透明な部分は『胚乳』っていって、その子が大きくなるための養分。赤ちゃんがお乳をのむのといっしょだね」

 葉っぱの赤ちゃんと、その子がのむお乳。

 そう思ったら、今まで「食べるのにジャマ」なんて思ってた種のこと、赤ちゃんを守る大切なゆりかごみたいに思えてきた。

「そうやって、植物は種から生まれて、育っていくんだけど……」

 ヒカルくんは立ちあがると、近くを歩きまわって、花を二輪、つんで持ってきた。

「そこの木の根元に咲いていたこの花と、むこうのなにもない原っぱに咲いてた花、ふたつの大きさがちがうのは、なぜでしょう?」

 見せてくれたのは、どっちも、おなじ黄色い花。たぶん……カタバミかな?

 片方は元気がなくてちいさな花。

 もう片方は、元気で、花も大きい。

 これは、たぶん……。

「日当たりが悪かったから、じゃないかな……?」

 ぼそりと言うと、ヒカルくんは、先をうながすように眉をあげる。

「えっと……植物って、元気に成長するためには水と空気と太陽の光が必要なんだよね。あと、寒すぎたり暑すぎたりしてもいけないし、土から栄養もとらないとダメなの。木の根元に咲いてた花は、たぶん光があまり当たらなくて、栄養も木にとられちゃったから、ちょっと元気がないんじゃない?」

 スラスラ話すわたしに、ヒカルくんは目を見ひらいた。

「すごい、よくできました。まるまる、植物にくわしいんだね」

「うん! お花は小さいころから好きで……」

 言いかけて、ふっと言葉につまる。

 わたしがお花を好きなのは……ママの影響だ。

 道端の草花の名前を言い当てると、ママはすっごくよろこんでくれた。

 だから、小さいころは一生懸命覚えたんだ……。

 だんだん、胸がふさがってくる。

 体の奥から、黒い塊がせりあがってくるようで……。


「まるまる」

 ヒカルくんがわたしをよぶ声。

 顔をあげると、

「むがっ」

 口の中に、なにかをつっこまれた。

 ……リンゴ?

「ごほうびだよ、まるまる」

 こ! これって……「あーん」ってやつじゃない!?

(さ、さりげなくそういうことしないでよ~!)

 わたしは赤くなった顔をそむけつつ、リンゴをかんだ。

 シャリ

 瞬間。

 甘酸っぱいリンゴの果汁が口いっぱいにひろがる。

「おいし~っ!」

 声をあげるわたしを見ながら、ヒカルくんはうれしそうに目を細めて。

 今度はわたしのひざに、なにかをのせた。

(………?)

 なんか、へんな感触。

 かたいような、やわらかいような……?

 ふと、視線を落として。

「うわあっ!?」

 悲鳴をあげる。

 ひざの上に、カメレオンが!?

 びっくりして、体がピキピキにかたまる。

「ヒ、ヒカルくん? これ……!」

「こわがらないで。カッちゃんはすごくおとなしい性格だから」

 ヒカルくんはニコニコわたしたちを見てるだけで、カッちゃんを持ち上げてくれる気配はない。


 となると、自分でさわって、ヒカルくんにかえすしかないの……?

 おそるおそる指先をのばして……。

 ちょん

「うわああぁっ!」

 すぐにひっこめる。

 ざらっと、ごつごつした感触。

 あと、ちょっぴりひんやりしてた。

 ドキドキ……

 じっと観察するけど、ひざの上のカッちゃんは、ぴくりともうごかない。

(よし……こんどはもう少し、長くさわってみよう)

 ちょん。ちょん。すこしずつ、さわるたびに慣れてくる。

 カッちゃんがかみついたりあばれたりしないってわかると、だんだん不安も消えてきた。

「……よいしょ!」

 おもいきって、持ち上げてみる。

 そっと、やさしく。

 カッちゃんはじーっとうごかないまま、わたしの手のなかでおとなしくしててくれる。

 かたくて、やわらかくて、ひんやりして。

 ボケーッと、とぼけた顔。

「……ふふっ。ちょっとかわいいかも」

 ポロッと言ったら、すぐにヒカルくんが「でしょ?」と前のめりになる。

「カッちゃんもきっと、まるまるのことかわいいって思ってるよ」

「えっ? そ、そうかな?」

「『きらい』って思って近づくと、動物もそれを感じるんだ。でも、こっちが心をひらいて『好きだよ』って笑いかければ、動物も笑いかけてくれる」

 ヒカルくんは、いとしそうにカッちゃんの背中をなでる。

(『きらい』って思うと、動物もそれを感じる……かぁ)

 動物だけじゃなくて、きっと、人もおなじだよね。

 あきらかにきらわれてる相手に、ニコニコやさしくなんて、なかなかできないよ。

 それなのに……。


「ケイに悪いことしちゃったかな……」

 心の声が、ぽろりとこぼれた。

 わたし、「算数なんてきらい」って、思いっきり顔にも態度にも出しまくってた。

 ケイはそんなわたしの気持ちを感じとって、いつもピリピリしてるのかな……?

「大丈夫。ケイくんはいつも怒ってるように見えて、じつは、そんなに怒ってない」

 ヒカルくんはカッちゃんをなでながら言う。

「そう、なのかな……?」

 わたしも、カッちゃんをじーっと見つめた。

 さっきまでは、「こわい」と思ってた。

 でも、実際にさわってみたら、ぜんぜんそんなことないってわかって。

 今では平気でだっこしてる。

 ケイのことも……もっとちゃんと知れば、ニガテじゃなくなるのかもしれない……。

「たぶんね。ケイくんがまるまるにああいう態度をとるのは、怒ってるからじゃないよ」

「え?」

 おどろいて顔をあげると。

 ヒカルくんは、わたしの髪に、さっきの黄色い花をそっとかざった。

 やさしい手つきで、わたしの髪をなでて。

 そして、フッとさみしげに目を細める。

「たぶん、ケイくんは……かなしいんだ。だって、僕らにとってまるまるは、世界でたったひとりの『持ち主』だから」

 ずきんっ

 胸が、せつなくふるえる。

(そうだよね……もしわたしが教科書だったら、持ち主にきらわれるなんて、かなしいよ……)

 うつむくわたしの頭を、ヒカルくんは、ぽんぽんと、やさしくなでてくれた。

「今日の勉強はここまで。植物も動物も大好きなまるまるなら、テストも大丈夫だよ」

 ニコッと笑って、立ち上がるヒカルくん。

(世界でたったひとりの『持ち主』……かぁ)

 わたしは髪にかざってもらった花をそっと指でさわりながら、さっきのヒカルくんの言葉を、心のなかでくりかえした。


 家に帰ると、もう八時すぎ。

 ほかの男子たちは、居間でおばあちゃんとテレビを見たり、本を読んだり、自由に時間をすごしている。

 ただ、ケイの姿だけ見当たらない。

(あとで、ケイとすこし、話してみようかな……)

 そんなことを考えながら、ひとまず手を洗いに、洗面所へ。

 ガチャ

「…………」

 ドアをあけたら、ケイがいた──上半身ハダカの。

「わぁ!?」

「ノ、ノックをしろ! マナーだろ!」

 悲鳴をあげるわたしに、ケイは顔を真っ赤にしてキレる。

「ごめんなさい! 今のは完全にわたしが悪かったです!」

 大あわてでとびだして、うしろをむく。

(は~~~っ、びっくりした!)

 思いがけない出来事に、バクバクはずむ心臓。

 それと──パッと目に入った、ケイのわき腹の文字……。

 胸がギシッとちいさくきしんで、そっと両手をあてる。

「復習、ちゃんとやってるんだろうな」

 半開きのドアのむこうで、ケイの声がする。

「え? ま、まぁ……」

 本当は、まったくやってないけど……。

 だって、一日一科目で、せいいっぱいだもん。

「あのね……わたし、ケイにちょっと話したいことが──」

「プリンが食べたいという話ならお断りだ!」

「へ?」

「オレはおまえを信用していない。明日の模擬テストの結果次第では、日曜、覚悟しておけよ!」

 ケイは一方的にそれだけ言って、バン! とドアをしめた。

(ム……ムッカー!)

 すこしくらい歩みよってみようかと思ったけど……。

 やっぱ、ケイなんか知らない!



『時間割男子① わたしのテストは命がけ!』
第4回へつづく(12月19日公開予定)



書籍情報


作: 一ノ瀬 三葉 絵: 榎のと

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046319333

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作: 一ノ瀬 三葉 絵: 榎のと

定価
858円(本体780円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046323835

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