9 【木曜日・社会】デートにさそわれちゃった!?
「とりあえず、二日はのりきったぞ……!」
木曜日の朝。
学校の自分の席で、のこりの日数を指折り数える。
四科目中、二科目の集中勉強は終わったから、科目でいうと今日が折り返し地点。
土曜日と日曜日をいれると、あと四日かぁ……。
まだ、先は長いかも。
(今日の科目は、たしか……)
キャーッ
そのとき、廊下のほうで黄色い悲鳴がひびいた。
パッとふりかえって見ると。
「やっほー、まるちゃん。会いに来ちゃった♪」
レキくんが、笑顔でこっちに手をふってる!?
……あ、でもゴカイしないでね。
レキくんは、女の子にはだれでもああいうノリだから。
席を立つと、レキくんはチョイチョイと親指で廊下のむこうをしめした。
わたしは首をかしげつつ、レキくんのあとについて廊下のすみまで移動する。
「なにかあったの?」
「え~、なにかなきゃ会いに来ちゃだめなの?」
口をとがらすレキくん。
「だいたい、ケイだけおなじクラスなんてずるいよな。おれだってまるちゃんと手紙交換したり、消しゴムの貸し借りしたりしたいのにさ!」
「えっ? なにそれ、そんなのしてないよ」
「そうなの? もったいないなぁ! となりの女子とちょっとずつ距離をちぢめるのが、学校生活のいちばん楽しいトコなのにな~!」
それは、レキくんにかぎったことのような気もするけど……。
「ところでまるちゃん」
「ん?」
名前をよばれて返事をすると、レキくんはとつぜん身をかがめて。
わたしの耳元で、こそっとささやいた。
「今日の放課後、おれとデートしよ?」
「へっ?」
「駅前で待ち合わせね」
それだけ言って立ち去ろうとするレキくんを、あわてて引きとめる。
「待って! 勉強は?」
「いーからいーから。すっぽかしたら、おれ、泣いちゃうからね~!」
レキくんはひらひらと手をふって、自分のクラスにもどっていった。
放課後。
レキくんに言われたとおり、わたしは駅前にやってきた。
待ち合わせ場所には、すでに彼の姿があった。
まるでモデルさんかと思うようなスタイルのよさに、おしゃれなファッション。
男子と外で待ち合わせということ自体、はじめてなのに、あんなにかっこいい男子がわたしを待ってるなんて……なんだか、ウソみたい。
なんて声かければいいのかな? 緊張してきちゃった。
ソワソワとためらっていると。
「おっ、まるちゃん! こっちこっち!」
レキくんがわたしに気づいて、手をふってくれた。
「よかった。まるちゃんにフラれたら、おれ、マジで立ち直れないとこだったよ」
いつもの人なつっこい笑顔。
ちょっぴりキュンとしたけど、この甘い言葉と笑顔にだまされちゃダメ。
もしわたしがすっぽかしても、どうせレキくんは、そのへんで女の子ナンパするんだから。
「でも、どうして駅前に集合なの? 家から一緒に出発でもよかったんじゃない?」
わたしが聞くと、レキくんはニッと笑って、手をさしだす。
「だってアイツらいたんじゃ、堂々と手もつなげないじゃん?」
えぇっ!?
びっくりして、手をうしろにかくしてガード!
「いっ、いてもいなくても、手はつなぎません!」
「ちぇ、つれないな~」
すねたように口をとがらせつつ、レキくんは「じゃ、行こう」と歩きだした。
ついたのは、駅前のスーパー。
「買いもの?」
「そ。小梅さんにたのまれて、夕飯の買い出し」
「えぇっ? じゃあ、おつかいってこと?」
「おれ、レディーにたのみごとされたら、断らない主義だからさ」
ひょいと買いものカゴを手にとり、店内に入っていくレキくん。
レキくん、すっかりおばあちゃんと仲よしなんだよねぇ。
ふたりで時代劇みながら、歴史トークで盛り上がってるの。
まぁ、レキくんって大人っぽいから、同級生より年上の人と話が合うのかもしれない。
「まずは、ピーマンだね」
「はーい」
レキくんがカゴを持ってくれてるから、わたしが先に立って野菜コーナーへ。
これじゃ、本当にふつうの買いものだ。
(えーと、ピーマン……あった!)
「あれ? こっちとこっちでパッケージの絵がちがう。なんでだろ?」
どっちも五個入り、だよね?
でも片っぽの袋には太陽のマーク、片っぽにはピーマンのキャラクターが印刷されてる。
「お、いいところに気づいたね~。じゃあ、ここでクイズ。このふたつのピーマン、袋の絵のほかにちがうところがあります。それはなんでしょう?」
レキくんに言われて、「う~ん」とあごに手をあてる。
見た目は、そんなに差はないよね。
大きさもおなじくらい……。
じっと観察してたら、ふと、絵の上に書いてある文字が目にとまる。
「あっ、わかった! こっちは『宮崎県産』、こっちは『茨城県産』って書いてあるよ!」
「ピンポーン!」
ビシッと親指を立てるレキくん。
「おなじ値段のおなじ野菜でも、産地がちがったりするんだよ」
「へぇ! 知らなかった!」
今まで買いものをするときは、値段以外、あんまり気にしたことなかったな。
うなずきながら、ほかの商品も見てみる。
トマトは熊本県、キャベツは愛知県、リンゴは青森県!
野菜や果物だけじゃなくて、魚やお肉にも、ちゃんと生産地が書いてある。
「すごいね。このスーパーに、日本全国から食べものがあつまってきてるんだ!」
そう思ったら、いつも気にせず通りすぎてた店内の風景が、ちょっぴりちがって見えてきた。
あのトマトは、熊本県でどんな日差しをあびて育ったんだろう?
こっちのお米は、新潟県でそよそよと風にそよいでいたのかな?
そうやって、ならんでる作物ひとつひとつのむこうに、いろんな景色が広がっていくの。
(わ~! なんだかまるで、空港のターミナルにいるみたい!)
こんなにワクワクしながらおつかいしたの、はじめてかも!
「本屋に寄りたいんだけど、まるちゃん場所わかる?」
お会計を終えてスーパーを出たとき、レキくんが言った。
本屋ってことは……いよいよ、勉強の参考書とかを買うのかな?
まぁ、レキくんだって自分の命がかかってるわけだし、このまま勉強しないで一日すごすわけないもんね。
「本屋ならむこうの通りにあるよ。たしか勉強の本は、そんなに多くなかったと思うけど……」
「いや、見たいのは旅行ガイドブックだから、大丈夫!」
「えっ、旅行?」
なんで?
「やっぱ男女が仲を深めるには旅がいちばんって言うじゃん? 来る日にむけて、ガイドブックで勉強しとこっかな~と思ってさ!」
ガクッと力がぬける。
も~っ、レキくんは、ほんとチャラいなぁ!
あきれつつ、ふたりで本屋さんの旅行ガイドブックのコーナーへ。
レキくんがうれしそうにガイドブックをめくる横で、わたしも適当な本を手にとって見てみる。
(あ、この景色、いいかも!)
目にとまったのは、一面の花畑の写真。
わたしがよく妄想する「森のお茶会」は、まさにこんな感じの場所でひらかれるの!
実際の写真を見ると、イメージがふくらむなぁ~!
「おっ、そこ行きたいの?」
ふと、レキくんがわたしの手元をのぞきこんだ。
「えっ、行きたいっていうか……よく、妄想する景色に似てたから」
「妄想かぁ! いいね、聞かせて!」
前のめりなレキくん。
つい、あっけにとられちゃう。
「あの……わたしの妄想なんて、べつに聞いてもおもしろくないと思うけど……」
「そう? おれもよく妄想するけどな。あのとき武田信玄さんが病気になってなかったら、今どんな世界になってたのかな~とかさ!」
「え? しんげんさん?」
よくわからないけど、レキくんはあちこちに知り合いが多いみたい。
「話してよ! まるちゃんの妄想の世界!」
いきおいに負けて、わたしは、森の仲間たちのことを話してみた。
レキくんは興味深そうにあいづちをうってくれる。
「それでね、キツネさんは、食いしんぼうでグルメなの。お肉もお魚も野菜も大好きなんだ」
「へぇ、もしかしてそのキツネさんって、北海道出身?」
「えっ?」
出身?
そんなの、考えたことなかった。
目をまたたかせていると、レキくんはスラスラと話しだす。
「だって、北海道はじゃがいもやたまねぎだけじゃなく、畜産も水あげ量も日本一位なんだぜ! お米の収穫量も二位だし、おいしいものがたくさんとれる超グルメ王国なんだ」
「へ~、そうなんだ!」
ふふ! レキくんの言うとおり、キツネさんは北海道出身のキタキツネなのかも!
そうだ! 動物たちのプロフィールをくわしく考えたら、妄想がもっと楽しくなるんじゃないかな?
わたしはメモ帳をひっぱりだして、今の話を書きとめた。
「……でも、なんで北海道はそんなに食べものがよくとれるの?」
「そんなの、地図を見たらすぐわかるよ!」
レキくんはうれしそうに棚から本をひきぬき、ひらいて見せてくれた。
見開きのページで、日本地図のイラストが描かれている。
「北海道はどこかわかる?」
「えっと……地図見るの、ニガテで……」
「じゃあクイズね。ヒントをもとに、北海道をあててください!」
えぇっ? またクイズかぁ。
自信ないなぁ……。
「ヒント1。北海道が漁獲量第一位なのは、海に面している部分が多いからです」
海に面してる部分が多い?
首をかしげつつ、じっと地図を見つめる。
そもそも、日本がぜんぶ海にかこまれてるからなぁ……?
「ではヒント2。米も野菜も、牛たちを育てる牧草も、たくさんつくるには、広~い土地が必要です。シンプルに考えてみて」
シンプルに……ということは。
とにかく、いちばんおっきいところをさがせばいいってこと?
「……ココ、かなぁ?」
自信なさそうに、指さすと。
レキくんは、ニッと白い歯を見せて笑った。
「ピンポーン! いちばん広くて、まわりをぐるりと海でかこまれてるだろ? だから北海道は、おいしいものがいっぱいとれるんだ!」
やった、当たった!
ヒントを二つももらっちゃったけど、やっぱりクイズはあてられるとうれしいよね。
ちょっぴりウキウキしながら、レキくんを見上げる。
「ね、レキくん。ほかの動物の出身地も考えてみたいんだけど、相談にのってくれない?」
「もっちろん! おれにまかせとけ!」
グッと親指を立てるレキくん。
それから、ふたりで動物たちの出身地を考えた。
ワイワイと意見を言い合いながら、地図を見て想像をふくらませるの。
自分の妄想をこんな風に人に話すことってめったにないから、新鮮で。
なんだか……すっごく、たのしくなってきた!
「ね。社会の勉強ってたのしいだろ?」
「え?」
ふいに、レキくんが言った言葉。
わたしは、きょとんと目を見ひらく。
勉強って?
今日はまだ、勉強、してないよね……?
首をかしげていると、レキくんはふふっと笑う。
「んじゃ、質問。さっき考えたウサギさんの出身地って、どこだっけ?」
「えっと、和歌山県出身。ウサギさんは、やさしくてもの知りな、美肌女子なの」
「なんで美肌にしたんだっけ?」
「だって、和歌山県はミカンがいっぱいとれるんでしょ? ミカンを食べると、ビタミンCがいっぱいとれて美肌効果があるんだよ!」
レキくんはにやりと笑って、わたしの前に一冊の本をさしだした。
タイトルは、『5年生の社会 徹底攻略テスト』。
ぺらぺらっとページをめくって、「ほら」と、見せてくれる。
『わたしたちの生活と食料生産』
大きく書かれた単元名の下に、なにかの表がならんでる。
果物の生産量……?
「あっ、ミカンの一位に、和歌山県って書いてある!」
「五年生の一学期の範囲だよ。ココをおさえとけば、実力テストは高得点まちがいなしだぜ!」
「えぇっ、ホントに!?」
すごい!
ただ一緒にお買いものして、妄想の設定を考えて遊んだだけだと思ってたのに、知らず知らずのうちに社会の勉強してたなんて!
信じられない気持ちで、さっき書いた妄想メモをまじまじとながめる。
「社会ってのは、つまり世の中のことさ。毎日なにげなく暮らしてる町のなかにこそ、学べることがたくさんちらばってる。興味を持って見るか、ただの景色としてスルーするか。社会の成績は、そこで差がつくんだ」
得意げな笑みをうかべるレキくん。
なんだか急に、たのもしく見えてくる。
「レキくん、本物の家庭教師の先生みたいだね」
「あはは! ま、いちおうそういう肩書きだしねー」
レキくんはおかしそうに笑う。
「たまにはカッコイイとこ見せとかねーと。まるちゃん、おれのこと、ただのテキトーなチャラ男って思ってるだろ?」
「えっ、いや……」
まぁ、否定はできないんだけど。
こたえにこまっていると、レキくんはくくっと笑いをこらえるように口に手をあてた。
「ちなみにさ~。おれ、その動物たちのなかだと、だれに似てる?」
とつぜんの質問。
わたしは頭に動物たちをうかべながら、考えこむ。
うーん……。
「キツネ、かなぁ?」
「おっ、いいね!」
レキくんはうれしそうに指をパチンとならして。
ふいに──わたしの腰に手をまわし、ぐいと引き寄せた。
「キツネってのは頭がよくて肉食なんだ。油断してると……」
ささやくような声と、不敵な笑み。
ドッキ─────ン!
「ちょ、ちょっと! お店のなかでふざけないでっ!」
あわてて体をひきはがして、ずんずん歩きだす。
「ごめ~ん。怒んないでよ、まるちゃん~」
うしろから聞こえるノーテンキな声。
でも、ぜったいふりかえらない!
だって……たぶん今、めっちゃ顔赤いから。
レキくんはすぐにわたしに追いついて、人なつっこい笑顔で話しかけてくる。
「じゃあ帰ったら、おれたちの、将来の新婚旅行の計画をたてようか!」
「た、たてません!」
いつもの調子できっぱり断ると。
「……そう、だよな。将来なんて、わかんないもんな」
え?
予想外にさみしそうな声が返ってきて、わたしはあわてて彼を見た。
「あ、あの」
「さ~て、早く帰ってご飯にしようぜ~!」
だけどレキくんは、すぐにいつものナンパな笑顔にもどってて……。
(……気のせいだったかな)
わたしたちは、森の仲間のつづきを話しながら、家へと急いだ。