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第3回【期間限定・1巻無料ためし読み】 『時間割男子(1) わたしのテストは命がけ!』

9 【木曜日・社会】デートにさそわれちゃった!?

「とりあえず、二日はのりきったぞ……!」

 木曜日の朝。

 学校の自分の席で、のこりの日数を指折り数える。

 四科目中、二科目の集中勉強は終わったから、科目でいうと今日が折り返し地点。

 土曜日と日曜日をいれると、あと四日かぁ……。

 まだ、先は長いかも。

(今日の科目は、たしか……)

 キャーッ

 そのとき、廊下のほうで黄色い悲鳴がひびいた。

 パッとふりかえって見ると。

「やっほー、まるちゃん。会いに来ちゃった♪」

 レキくんが、笑顔でこっちに手をふってる!?

 ……あ、でもゴカイしないでね。

 レキくんは、女の子にはだれでもああいうノリだから。

 席を立つと、レキくんはチョイチョイと親指で廊下のむこうをしめした。

 わたしは首をかしげつつ、レキくんのあとについて廊下のすみまで移動する。

「なにかあったの?」

「え~、なにかなきゃ会いに来ちゃだめなの?」

 口をとがらすレキくん。

「だいたい、ケイだけおなじクラスなんてずるいよな。おれだってまるちゃんと手紙交換したり、消しゴムの貸し借りしたりしたいのにさ!」

「えっ? なにそれ、そんなのしてないよ」

「そうなの? もったいないなぁ! となりの女子とちょっとずつ距離をちぢめるのが、学校生活のいちばん楽しいトコなのにな~!」

 それは、レキくんにかぎったことのような気もするけど……。


「ところでまるちゃん」

「ん?」

 名前をよばれて返事をすると、レキくんはとつぜん身をかがめて。

 わたしの耳元で、こそっとささやいた。

「今日の放課後、おれとデートしよ?」

「へっ?」

「駅前で待ち合わせね」

 それだけ言って立ち去ろうとするレキくんを、あわてて引きとめる。

「待って! 勉強は?」

「いーからいーから。すっぽかしたら、おれ、泣いちゃうからね~!」

 レキくんはひらひらと手をふって、自分のクラスにもどっていった。



 放課後。

 レキくんに言われたとおり、わたしは駅前にやってきた。

 待ち合わせ場所には、すでに彼の姿があった。

 まるでモデルさんかと思うようなスタイルのよさに、おしゃれなファッション。

 男子と外で待ち合わせということ自体、はじめてなのに、あんなにかっこいい男子がわたしを待ってるなんて……なんだか、ウソみたい。

 なんて声かければいいのかな? 緊張してきちゃった。

 ソワソワとためらっていると。

「おっ、まるちゃん! こっちこっち!」

 レキくんがわたしに気づいて、手をふってくれた。

「よかった。まるちゃんにフラれたら、おれ、マジで立ち直れないとこだったよ」

 いつもの人なつっこい笑顔。

 ちょっぴりキュンとしたけど、この甘い言葉と笑顔にだまされちゃダメ。

 もしわたしがすっぽかしても、どうせレキくんは、そのへんで女の子ナンパするんだから。

「でも、どうして駅前に集合なの? 家から一緒に出発でもよかったんじゃない?」

 わたしが聞くと、レキくんはニッと笑って、手をさしだす。

「だってアイツらいたんじゃ、堂々と手もつなげないじゃん?」

 えぇっ!?

 びっくりして、手をうしろにかくしてガード!

「いっ、いてもいなくても、手はつなぎません!」

「ちぇ、つれないな~」

 すねたように口をとがらせつつ、レキくんは「じゃ、行こう」と歩きだした。


 ついたのは、駅前のスーパー。

「買いもの?」

「そ。小梅さんにたのまれて、夕飯の買い出し」

「えぇっ? じゃあ、おつかいってこと?」

「おれ、レディーにたのみごとされたら、断らない主義だからさ」

 ひょいと買いものカゴを手にとり、店内に入っていくレキくん。

 レキくん、すっかりおばあちゃんと仲よしなんだよねぇ。

 ふたりで時代劇みながら、歴史トークで盛り上がってるの。

 まぁ、レキくんって大人っぽいから、同級生より年上の人と話が合うのかもしれない。

「まずは、ピーマンだね」

「はーい」

 レキくんがカゴを持ってくれてるから、わたしが先に立って野菜コーナーへ。

 これじゃ、本当にふつうの買いものだ。

(えーと、ピーマン……あった!)

「あれ? こっちとこっちでパッケージの絵がちがう。なんでだろ?」

 どっちも五個入り、だよね?

 でも片っぽの袋には太陽のマーク、片っぽにはピーマンのキャラクターが印刷されてる。

「お、いいところに気づいたね~。じゃあ、ここでクイズ。このふたつのピーマン、袋の絵のほかにちがうところがあります。それはなんでしょう?」

 レキくんに言われて、「う~ん」とあごに手をあてる。

 見た目は、そんなに差はないよね。

 大きさもおなじくらい……。

 じっと観察してたら、ふと、絵の上に書いてある文字が目にとまる。

「あっ、わかった! こっちは『宮崎県産』、こっちは『茨城県産』って書いてあるよ!」

「ピンポーン!」

 ビシッと親指を立てるレキくん。

「おなじ値段のおなじ野菜でも、産地がちがったりするんだよ」

「へぇ! 知らなかった!」

 今まで買いものをするときは、値段以外、あんまり気にしたことなかったな。

 うなずきながら、ほかの商品も見てみる。

 トマトは熊本県、キャベツは愛知県、リンゴは青森県!

 野菜や果物だけじゃなくて、魚やお肉にも、ちゃんと生産地が書いてある。

「すごいね。このスーパーに、日本全国から食べものがあつまってきてるんだ!」

 そう思ったら、いつも気にせず通りすぎてた店内の風景が、ちょっぴりちがって見えてきた。

 あのトマトは、熊本県でどんな日差しをあびて育ったんだろう?

 こっちのお米は、新潟県でそよそよと風にそよいでいたのかな?

 そうやって、ならんでる作物ひとつひとつのむこうに、いろんな景色が広がっていくの。

(わ~! なんだかまるで、空港のターミナルにいるみたい!)

 こんなにワクワクしながらおつかいしたの、はじめてかも!


「本屋に寄りたいんだけど、まるちゃん場所わかる?」

 お会計を終えてスーパーを出たとき、レキくんが言った。

 本屋ってことは……いよいよ、勉強の参考書とかを買うのかな?

 まぁ、レキくんだって自分の命がかかってるわけだし、このまま勉強しないで一日すごすわけないもんね。

「本屋ならむこうの通りにあるよ。たしか勉強の本は、そんなに多くなかったと思うけど……」

「いや、見たいのは旅行ガイドブックだから、大丈夫!」

「えっ、旅行?」

 なんで?

「やっぱ男女が仲を深めるには旅がいちばんって言うじゃん? 来る日にむけて、ガイドブックで勉強しとこっかな~と思ってさ!」

 ガクッと力がぬける。

 も~っ、レキくんは、ほんとチャラいなぁ!

 あきれつつ、ふたりで本屋さんの旅行ガイドブックのコーナーへ。

 レキくんがうれしそうにガイドブックをめくる横で、わたしも適当な本を手にとって見てみる。

(あ、この景色、いいかも!)

 目にとまったのは、一面の花畑の写真。

 わたしがよく妄想する「森のお茶会」は、まさにこんな感じの場所でひらかれるの!

 実際の写真を見ると、イメージがふくらむなぁ~!

「おっ、そこ行きたいの?」

 ふと、レキくんがわたしの手元をのぞきこんだ。

「えっ、行きたいっていうか……よく、妄想する景色に似てたから」

「妄想かぁ! いいね、聞かせて!」

 前のめりなレキくん。

 つい、あっけにとられちゃう。

「あの……わたしの妄想なんて、べつに聞いてもおもしろくないと思うけど……」

「そう? おれもよく妄想するけどな。あのとき武田信玄さんが病気になってなかったら、今どんな世界になってたのかな~とかさ!」

「え? しんげんさん?」

 よくわからないけど、レキくんはあちこちに知り合いが多いみたい。

「話してよ! まるちゃんの妄想の世界!」


 いきおいに負けて、わたしは、森の仲間たちのことを話してみた。

 レキくんは興味深そうにあいづちをうってくれる。

「それでね、キツネさんは、食いしんぼうでグルメなの。お肉もお魚も野菜も大好きなんだ」

「へぇ、もしかしてそのキツネさんって、北海道出身?」

「えっ?」

 出身?

 そんなの、考えたことなかった。

 目をまたたかせていると、レキくんはスラスラと話しだす。

「だって、北海道はじゃがいもやたまねぎだけじゃなく、畜産も水あげ量も日本一位なんだぜ! お米の収穫量も二位だし、おいしいものがたくさんとれる超グルメ王国なんだ」

「へ~、そうなんだ!」

 ふふ! レキくんの言うとおり、キツネさんは北海道出身のキタキツネなのかも!

 そうだ! 動物たちのプロフィールをくわしく考えたら、妄想がもっと楽しくなるんじゃないかな?

 わたしはメモ帳をひっぱりだして、今の話を書きとめた。

「……でも、なんで北海道はそんなに食べものがよくとれるの?」

「そんなの、地図を見たらすぐわかるよ!」

 レキくんはうれしそうに棚から本をひきぬき、ひらいて見せてくれた。

 見開きのページで、日本地図のイラストが描かれている。

「北海道はどこかわかる?」

「えっと……地図見るの、ニガテで……」

「じゃあクイズね。ヒントをもとに、北海道をあててください!」

 えぇっ? またクイズかぁ。

 自信ないなぁ……。


「ヒント1。北海道が漁獲量第一位なのは、海に面している部分が多いからです」

 海に面してる部分が多い?

 首をかしげつつ、じっと地図を見つめる。

 そもそも、日本がぜんぶ海にかこまれてるからなぁ……?

「ではヒント2。米も野菜も、牛たちを育てる牧草も、たくさんつくるには、広~い土地が必要です。シンプルに考えてみて」

 シンプルに……ということは。

 とにかく、いちばんおっきいところをさがせばいいってこと?

「……ココ、かなぁ?」

 自信なさそうに、指さすと。

 レキくんは、ニッと白い歯を見せて笑った。

「ピンポーン! いちばん広くて、まわりをぐるりと海でかこまれてるだろ? だから北海道は、おいしいものがいっぱいとれるんだ!」

 やった、当たった!

 ヒントを二つももらっちゃったけど、やっぱりクイズはあてられるとうれしいよね。

 ちょっぴりウキウキしながら、レキくんを見上げる。

「ね、レキくん。ほかの動物の出身地も考えてみたいんだけど、相談にのってくれない?」

「もっちろん! おれにまかせとけ!」

 グッと親指を立てるレキくん。

 それから、ふたりで動物たちの出身地を考えた。

 ワイワイと意見を言い合いながら、地図を見て想像をふくらませるの。

 自分の妄想をこんな風に人に話すことってめったにないから、新鮮で。

 なんだか……すっごく、たのしくなってきた!


「ね。社会の勉強ってたのしいだろ?」

「え?」

 ふいに、レキくんが言った言葉。

 わたしは、きょとんと目を見ひらく。

 勉強って?

 今日はまだ、勉強、してないよね……?

 首をかしげていると、レキくんはふふっと笑う。

「んじゃ、質問。さっき考えたウサギさんの出身地って、どこだっけ?」

「えっと、和歌山県出身。ウサギさんは、やさしくてもの知りな、美肌女子なの」

「なんで美肌にしたんだっけ?」

「だって、和歌山県はミカンがいっぱいとれるんでしょ? ミカンを食べると、ビタミンCがいっぱいとれて美肌効果があるんだよ!」

 レキくんはにやりと笑って、わたしの前に一冊の本をさしだした。

 タイトルは、『5年生の社会 徹底攻略テスト』。

 ぺらぺらっとページをめくって、「ほら」と、見せてくれる。


『わたしたちの生活と食料生産』


 大きく書かれた単元名の下に、なにかの表がならんでる。

 果物の生産量……?

「あっ、ミカンの一位に、和歌山県って書いてある!」

「五年生の一学期の範囲だよ。ココをおさえとけば、実力テストは高得点まちがいなしだぜ!」

「えぇっ、ホントに!?」

 すごい!

 ただ一緒にお買いものして、妄想の設定を考えて遊んだだけだと思ってたのに、知らず知らずのうちに社会の勉強してたなんて!

 信じられない気持ちで、さっき書いた妄想メモをまじまじとながめる。

「社会ってのは、つまり世の中のことさ。毎日なにげなく暮らしてる町のなかにこそ、学べることがたくさんちらばってる。興味を持って見るか、ただの景色としてスルーするか。社会の成績は、そこで差がつくんだ」

 得意げな笑みをうかべるレキくん。

 なんだか急に、たのもしく見えてくる。

「レキくん、本物の家庭教師の先生みたいだね」

「あはは! ま、いちおうそういう肩書きだしねー」

 レキくんはおかしそうに笑う。

「たまにはカッコイイとこ見せとかねーと。まるちゃん、おれのこと、ただのテキトーなチャラ男って思ってるだろ?」

「えっ、いや……」

 まぁ、否定はできないんだけど。

 こたえにこまっていると、レキくんはくくっと笑いをこらえるように口に手をあてた。

「ちなみにさ~。おれ、その動物たちのなかだと、だれに似てる?」


 とつぜんの質問。

 わたしは頭に動物たちをうかべながら、考えこむ。

 うーん……。

「キツネ、かなぁ?」

「おっ、いいね!」

 レキくんはうれしそうに指をパチンとならして。

 ふいに──わたしの腰に手をまわし、ぐいと引き寄せた。

「キツネってのは頭がよくて肉食なんだ。油断してると……」

 ささやくような声と、不敵な笑み。

 ドッキ─────ン!

「ちょ、ちょっと! お店のなかでふざけないでっ!」

 あわてて体をひきはがして、ずんずん歩きだす。

「ごめ~ん。怒んないでよ、まるちゃん~」

 うしろから聞こえるノーテンキな声。

 でも、ぜったいふりかえらない!

 だって……たぶん今、めっちゃ顔赤いから。

 レキくんはすぐにわたしに追いついて、人なつっこい笑顔で話しかけてくる。

「じゃあ帰ったら、おれたちの、将来の新婚旅行の計画をたてようか!」

「た、たてません!」

 いつもの調子できっぱり断ると。

「……そう、だよな。将来なんて、わかんないもんな」

 え?

 予想外にさみしそうな声が返ってきて、わたしはあわてて彼を見た。

「あ、あの」

「さ~て、早く帰ってご飯にしようぜ~!」

 だけどレキくんは、すぐにいつものナンパな笑顔にもどってて……。

(……気のせいだったかな)

 わたしたちは、森の仲間のつづきを話しながら、家へと急いだ。



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