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4 息ができない植物園
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春馬と未奈が階段を上がっていくと、亜久斗が待っていた。
あいかわらずの無表情だ。
「……亜久斗が、上へのドアを選ぶとは思わなかったよ」
「おれはおまえと勝負がしたくて、このゲームに参加したんだ」
「ぼくが上を選ぶと知っていたというのか?」
「おまえはお人好しだから、麗華を見殺しにできないだろう」
「そんなことは……」
亜久斗が冷ややかに微笑した。
ない、と言いたかったが、結局は上へのドアを選んだので否定はできない。
春馬たちは9階の部屋の前にきた。
窓のない頑丈そうな鉄のドアに『植物園』と書かれている。
『注意・ドアは1回だけひらきます。2回目以降はカードキーが必要になります。』
ドアの横にカードキーの読み取り機がある。
入ったら、カードキーがないと、もどってこられないようだ。
このまま、すなおに開けて大丈夫だろうか……。
春馬が思案していると、未奈がいきなりドアを開けた。
「このドア、重たい」
「ちょ、ちょっと待てよ、一度しか開けられないんだぞ。勝手に開けるなよ」
「このまま廊下にいても、時間の無駄でしょう」
「そ、それはそうだけど……」
ぶあついドアはひらききると、ゆっくり閉まっていく。
「うわっ、閉まっちゃうわ」
あわてて部屋に入る未奈のあとから、春馬と亜久斗もつづく。
そのとたん、ムッとするような湿気と熱気がおしよせてきた。
「ここって……植物園なのか?」
こんなビルの中に?
室内はジャングルのように、大小さまざまな樹木が、うっそうと茂っている。
ザッザッザー
という機械音がした。
3人があたりを見まわすと、壁に設置されたモニターが、粒子の粗い砂嵐を映している。
砂嵐はじょじょにおさまり、そこにユキが映る。
「ハーイ、元気かなっ!? みんなは上へのドアを選んだのね。9階のテーマはズバリ『森林浴でさわやかに』よ。植物にかこまれると癒されるでしょう。ここでリラックスしていってね~っ★」
ユキの姿が消えると、モニターに、
『残り時間11時間19分』
と表示される。
「リラックスしろって言われても、そんな時間ないじゃないか」
3人は、早歩きで、樹木の間を歩きはじめた。
とにかく、このフロアの出口を探すしかない。
しかし、広さを見失うほど、植物が密集している。
まるで、植物の迷路みたいだ。
「……ねぇ、なにかにおわない?」
未奈の言うように、強い悪臭がただよってきた。
トイレのにおいとも、ガスのにおいともちがう。
おもわず、胸がむかついてくるような、生々しいにおいだ……。
「……うっ」
そのとき、うしろを歩いていた亜久斗がえずく音が聞こえた。
「亜久斗、大丈夫か?」
いつも無表情の彼が、口と鼻を手でおおって真っ青になっている。
「このにおい、なんなんだ?」
「もしかして……原因は、あれ……か?」
亜久斗が震える指でさすほうを見ると、高さ3メートルほどの巨大な植物が立っている。
「本当だわ。この悪臭、あの植物からにおってくる!」
春馬たちはその植物の前にやってきた。
大きな花びらのようなものの中央から、巨大なアスパラガスのようなものがのびている。
「……これからにおってくるわね」
未奈が顔をしかめながら言った。
「ショクダイオオコンニャクだ。7年に一度しか咲かないめずらしい植物で別名……死体花」
「死体花!」
「腐った肉のようなにおいを放つので、そう呼ばれているようだ」
春馬が説明していても、亜久斗は手で顔をおおったまま、うつむいている。
ひたいに脂汗がにじんでいるのが見える。
「亜久斗、そんなに苦しいの?」
「……おれは……嗅覚が鋭いんだ……こんなところに……長居できない」
口をひらくのもつらい、というように、フラフラと奥に歩いていく。
「あいつにも弱点があったんだな」
「あたしだって、くさいのはきらいよ。早く出口をさがしましょう」
壁に10メートルほどの間隔で、大きな換気扇が設置されている。
この換気扇が回転して、フロア内の空気を入れかえているらしい。それでも強烈にくさい。
「窓は開かないのかな?」
春馬は窓を調べるが、くもりガラスの窓は壁に固定されていて、開かないようだ。
こうなれば、少しでも早くここを出るしかない。
春馬と未奈が歩いていくと、蒼白な顔の亜久斗が立ちどまっている。
「どうかしたのか?」
「……この先からも……においが……」
亜久斗は話をするのも苦しそうだ。
「本当だ。ちがうタイプのにおいだけど……これも強烈だな」
春馬は深呼吸してみた。
「あっ、これはもしかして……」
春馬はにおいのもとをさがして歩いていく。
「うわぁ、なんてことだ!」
そこには、5枚の花びらを持つ直径1メートルほどの毒々しい赤い花が、大きく口を開けるように咲いている。
「この気味の悪い花はなに?」
少しはなれたところから、顔をしかめた未奈が質問した。
「ラフレシアだ。花言葉は『夢うつつ』。悪臭を放つので有名な花なんだ。ショクダイオオコンニャクとラフレシアがあるなんて……ここは悪臭の植物園だ!」
「…………」
亜久斗はラフレシアから目をそらして、よろめきながら壁にそって歩いていく。
「……どこかに……窓はないのか?」
フラフラした足どりで、今にも倒れそうだ。
「この部屋の窓はひらかないみたいだよ」
春馬が言うが、亜久斗の耳には入らないようだ。
「あたしももう限界。いきましょう」
「この窓が……開きそうだ……」
つぶやくような亜久斗の声が聞こえてきた。
春馬と未奈がいくと、亜久斗が必死で窓を開けようとしている。
片側を押すと20センチほど開くタイプの窓だ。
だが、亜久斗が押しても、びくともしない。
「鍵がかかっているんだ」
しかし、亜久斗はあきらめきれずに窓を押している。
顔が土気色だ。
「あきらめて、ほかに出口をさがそう」
春馬と未奈が先に進むと、少し遅れてよろめきながら亜久斗もついてくる。
「おそらく、これが出口だな」
部屋の奥に、入ってきたドアと同じ頑丈そうな鉄のドアがある。
壁にカードキーの読み取り機がついている。
「ドアを開けるには、カードキーが必要のようだな」
「このスイッチってなんだと思う?」
未奈が指さす。
カードキー読み取り機のとなりに、青と赤の大きな丸いスイッチがある。
青のスイッチには『開』、赤のスイッチは『止』と書かれている。
「わかったわ。青のスイッチを押したらドアが開くのよ」
声を張りあげて言った未奈だが、春馬は頭をかく。
「それだとかんたんすぎるだろう。なにか仕掛けがあるはずだよ」
「この部屋の仕掛けは、くさい植物よ」
「ショクダイオオコンニャクとラフレシアがあるのはめずらしいけど、仕掛けとはいえない」
「それじゃ、どうすればいいの!?」
聞かれても、春馬にもわからない。
ここは運を天にまかせて、どちらかのスイッチを押してみるか……。
「……どうする……」
亜久斗はほとんど立っていられないようだ。
「押すわよ」
未奈が手を伸ばす。
「『開』 『止』のどっちにするんだよ?」
「決まってるでしょう」
未奈は、『止』と書かれた青のスイッチを押そうとして────寸前で、赤の『開』を押した。
「あたしの推理だと、きっと逆よ」
それもありがちだ。
けど、『開』でドアが開くのもあたりまえだし……。
ドアには変化がない。
そして、心なしか、室内がしずかになったようだ。
「……?」
「あれ、おかしいなぁ」
「未奈の推理はちがっていたようだな。……それにしても、なんだ? なんだかさっきより、においが強くなったんじゃ……?」
「もしかして……」
──すべての換気扇が止まっている!
またたくまに、あたりにいっそう濃いにおいが充満してくる。
生魚の腐ったようなにおいと、下水のにおいがまざりあったような、強烈な悪臭だ。
「『止』は、換気扇を止めるスイッチだったんだ!」
未奈はもう一度『止』を押すが、換気扇は止まったままだ。
「青のスイッチを押せば、ドアが開くはずよ!」
そんなにかんたんじゃないと思うけど、今できるのは、それくらいだ。
未奈は殴りつけるように青の『開』のスイッチを押した。
開いてくれ……!
3人は祈ったが、ドアは動かない。
……カチャッ
やや間があって、遠くから金属のぶつかるような音が聞こえてきた。
「……? 今の音はなんだ?」
春馬がつぶやいたとき、いきなり亜久斗が駆けだした。
ものすごいスピードで、ラフレシアの横を駆けぬけていく。
足には自信がある春馬だが、必死の亜久斗には追いつけない。
「おい亜久斗、どこにいくんだ!」
「……開いた……の、は……!」
亜久斗が、ある窓に体をぶつけるようにして開けている。
そうか、さっきの金属音は、窓の鍵が開いた音だったんだ。
春馬がいくと、亜久斗は外側に20センチほど開いた窓から顔を出して必死で呼吸していた。
外からのすずしい風が、春馬のほおをなでた。
窓が開いて新鮮な空気が入ってきていた。
未奈にも知らせないと。
もどろうとした春馬にむかって、未奈が手をふっている。
どうしたんだ?
「ドアが開いたわ!」
未奈がさけんでいる。
入ってきたドアと同じ仕組みなら、ドアは全開になったあと、また閉まりはじめる。
「亜久斗、いそげ!」
春馬は全速力で走った。
ラフレシアの上を飛びこえ、樹木の間を駆けぬける。
目の前で、ドアがゆっくりと閉まっていく。
先に出た未奈が、廊下で手まねきしている。
うしろから、亜久斗が駆けてくる音がする。
呼吸をするとラフレシアの悪臭が肺に充満して吐きそうになる。
こうなったら、苦しいけど呼吸を止めて走るしかない。
目の前がぼやけてきたけど、無我夢中で走る。
ドアが閉まりかけている。残りはもう数十センチだ。
間に合わないのか……いや、まだだ!
一か八かでドアのすきまに、全身でぶつかっていく。
肩をぶつけながら、春馬はぎりぎり廊下にころがり出た。
プシュー
ふり返るとぶあついドアは、亜久斗を部屋に残したまま閉まった。
亜久斗は、ここで脱落なのだろうか?
第2回へつづく(5月13日公開予定)
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