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3 白と黒の部屋
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「今回の『絶体絶命ゲーム』は、途中で『ゲーム終了』はできませーんっ♪ 脱落するか、ゲームクリアか。死か生か(デッド・オア・アライブ)! シンプルだねっ♪」
ユキが、明るく宣言する。
春馬は覚悟を決めた。
夏のゲームでわかったことだ。ここから逃げるすべはない。
「こうなったら、やるしかないな」
つぶやいた春馬に「脱落したら、殺されるのか?」と秀介が聞いた。
「わからないんだ。でも、危険なのはたしかだ」
でも、今回は前とちがう。
秀介と、いっしょに戦える。それだけで、ずいぶん心強かった。
「秀介、絶対に2人で生き残ろう」
「あぁ、うん、そうだね」
秀介の顔は青ざめていて、言葉も歯切れが悪い。
はじめてのゲームで、緊張しているのだろう。
「あたしだって、かならず生きて帰るわ」
となりにいた未奈も、しずかだけど強い口調で言った。
「オッケー★ それじゃ、ルールを説明するよっ♪」
ユキの声と同時に、天井から大きなモニターが下りてきた。
画面に、9階建ての細長いタワーの図面が映る。デパートのマップのようだ。
「みんながいる、この建物は『絶命タワー』! ここは8階。『白と黒の部屋』ね」
図面の中の、8階部分が点滅する。
「ここからゲームスタート♪ みんなには出口をめざしてもらいますっ! 12時間以内に『絶命タワー』から脱出できた人が勝ちっ! 今回は大・大・大サービスで、ゲーム開始から3時間は、1階の扉を開けておきまーす♪」
モニターの映像が切りかわり、1階の扉が映しだされる。
鉄製の頑丈そうな外開き扉だ。
高さ5メートル以上で、1枚の幅は3メートルはある。
「ビルの8階から1階まで下りるだけなら1分もかからねぇぞ」
剛太の質問と同じことを、春馬も考えていた。
「オフコース! 各階にゲームや楽しい仕掛けが待ってるよっ♪」
「タワーから脱出できるのは、何人ですか?」
春馬がきく。
前回は、最後になって、脱出できるのは、たった1人だと言われた。
あのときの絶望はわすれられない。
「それは……いろいろ? 1人だったり? 10人全員だったり? 0人だったりするかもっ♪」
「ちょっと待ってください、1人なんですか、全員なんですか!?」
それが一番大事なポイントだ。
「いろいろって言ってるでしょ!」
かんじんなことは教えてくれないようだ。
それに、おかしいな。ユキは今、10人と言ったけど、ここには9人しかいないぞ。
「じゃあ、この階のゲームの説明をするねっ♪」
ユキが言うと、
ガガガガガ……
フロア中央部分の床がひらいた。
下から、遊園地にあるようなメリーゴーランドがあがってくる。
「わあ、なんだこりゃ!?」
「ここでのゲームは『メリーゴーランドから逃げろ』でーす。みんなには、このメリーゴーランドに乗ってもらうよっ♪ 好きなお馬さんを選んでね♪ かかってた音楽とメリーゴーランドが止まったら脱出してね!」
「脱出? どこへ逃げるんですか?」
春馬が質問した。今、気がついたが、この部屋には窓もドアもない。
「オゥ、イッツ・ア・ミステイク♪ ドアを開けるんだったわ。未来はいつもドアの先。ドアを開けなきゃ、未来は見えない。オープ───ン・ザ・ドア──!」
ガガガガガ……
白い壁の長辺側のはしに、電車にあるような、両開きのガラスのドアがあらわれた。
そのドアとむかい合うように、反対側の黒い壁にも、もう1枚のドアがあらわれる。
「白か黒か。どちらかのドアを選んで、廊下に出てね! 最後まで部屋に残ってた人が、この階の脱落者だよ」
まずはスタートダッシュ勝負か。
走りには自信がある。これなら勝てそうだ。
「白い壁のドアは、下へいく階段に通じているよ。黒い壁のドアは、上へいく階段ね。どっちにいくか、みんな、よく考えて選んでね」
ユキは「1階の扉を開けた」と言っていた。
ということは、出口は1階だ。
全員が下へいくドアを選ぶはずだ。だれも、上にいくドアを選ばないと思うけど……。
そのとき、モニターの映像が切りかわった。
画面に映ったのは、女の子だった。
色白でロングヘアの美少女が、さるぐつわをかまされ、椅子にしばられている。
彼女には見覚えがある。前のゲームでいっしょだった、人名だ。
「キャ────かわいそうっ! かわいい女の子が危機一髪だよぉっ!!」
ユキはおおげさに驚いてみせるが、みんなはシラッとしている。
「あれは麗華さんじゃないですか……どうしてここにいるんです?」
幹夫がふしぎそうに言う。
幹夫が麗華を知っている? どういうことだ?
「そうよ、あの子は桐島麗華。みんな、知ってるよね? ねえ、おかしいと思わない? 彼女はこれまで数回あったゲームに、毎回参加しているの。でも、一度もクリアしたことないんだって。どういうことかなあ?」
春馬の参加したゲームで、麗華は、絶命館を脱走して野犬に襲われたことになっていたが……。
そういえば、あのあと考えていて、気づいたことがあったのだ。
「ゲームの10人めの参加者は、彼女ですか?」
春馬は聞いた。
「そうだよっ。彼女がいるのは、このタワーの屋上♪ 椅子にしばられてかわいそうだよねっ♪」
「あんな女、どうなっても関係ねぇ」
投げやりに言った剛太に、ユキは笑顔をむける。
「つめたーい♪ こまっている人がいたら助けにいくようにって、学校で教わらなかったの?」
「学校は、いってねぇからな!」
「そうなんだぁ、納得っ★ でもね、そういう態度は女子からきらわれるよぉ?」
「うるせぇ、知ったことか!」
「えーっ、みんな麗華ちゃんを見はなすの?」
改めて聞かれると、答えにこまる。
けれど、麗華は信用できない人物だ。
「それと、ゲーム続行が不可能だと判断されたり、ギブアップを宣言した人は脱落でーす。じゃ、メリーゴーランドに乗りながら、上にいくか下にいくか考えてねっ♪ さー、チョイス・チョイス!」
春馬たちはメリーゴーランドの前にいき、それぞれ馬を選んでまたがった。
「音楽が鳴りはじめたらゲームスタートだよ♪ 12時間以内に、絶命タワーから脱出してねっ! 脱出できなかった人は、アウトーッ! そーそー言い忘れたけど、12時間後に、ここは爆発しちゃうんだ♪ 逃げ遅れたら、死んじゃうかもねっ。そうだ、だれかが麗華ちゃんを助けにいかないと、彼女も爆破に巻き込まれちゃうねっ」
「前のゲームでも、絶命館が爆発するって言われてたけど、ぼくは助かったよ」
春馬が口をはさむ。
「春馬って抜け目なーい。でも、今回も同じように助かるという保証はないわよ」
たしかに、それはそうだけど……。
「それじゃ、ゲームを始めるわね。音楽が鳴り終わったら、馬から降りて出口にむかっていいよっ。でも、フライングしたらその場で脱落だから、気をつけてね。じゃ、みんな準備はいい?」
そう言うと、ユキはなにかを手に持った。
防護マスクだ。
どうして、あんなものを持っているんだろう?
「ミュージック、スタ──────ト!」
春馬が質問する前に、ユキが宣言した。
もうどうしようもない。脱出をめざしてゲームをするしかない。
チャラチャ♪ チャラチャ♪
チャラチャララ~♪
のんびりした楽しそうな曲がかかり、メリーゴーランドが回転を始める。
本当に遊園地みたいだ。
春馬は上下する木馬に乗りながら、白い壁にあるドアを視線で追った。
あれが、下へいくドアだ。
音楽が止まったら、すぐに木馬から飛びおりられるように、腰を少しうかせる。
しかし、音楽はなかなか止まらない。
また馬が回転して、下へいくドアが近づいてきたが、音楽はまだつづいている。
そして、ドアが遠ざかっていく。上にいくドアを選ぶものはいないだろう。全員が、下へのドアにむかうはずだが……。
ふとモニターに目がいった。
麗華のほほに食いこんださるぐつわが、はっきりと見える。
いいや、騙されないぞ。上へいくドアを選んだら、脱落になる。
でも、彼女は本当に苦しそうだ。
「おい、いつまでこんな曲を聞かせるんだ!」
剛太のイラついた声が聞こえてきた。
「あぁぁぁぁ、下へいくドアが遠ざかっていく。神様ぁぁぁぁぁぁ」
情けない声を出したのは幹夫だ。
「大丈夫、ぼくは運がいいんだ。負けない、負けない、負けない……」
陽平は、自分に暗示をかけるように、くり返している。
ユキが防護マスクをかぶっている。
これはなにかがある。また、下へいくドアが離れていく。今、音楽が止まったら最悪だ。もう少しつづいてくれ。しかし、春馬の願いは届かない。
とつぜん、音楽が止まった。同時に、メリーゴーランドが停止する。
「よーし、いくぞぉぉぉぉ!」
剛太がさけびながら馬から飛びおりた。
「まずい、最悪のポジショニングだぞ!」
春馬の乗った木馬は、黒い壁に一番近い位置に止まっている。
プシュ─────ッ!
そのとたん、フロア中の床と天井から、白いガスが噴射された。
「うわぁ!!!」
トップを独走していた剛太が、ガスをまともに食らって転倒する。
その横を貴美子が駆けぬけていく。
プシュ─────ッ!
プシュ─────ッ!
あちこちから噴きだすガスを避けながら、遅れた陽平と幹夫が、ヨロヨロと走っている。
顔に包帯を巻いたメイサは、やる気のなさそうな足どりで、白い壁側のドアへむかっている。
自分もつづこうとした春馬の前を、未奈が横ぎった。
黒い壁側のドアにむかっている!?
「おい、どこへいくんだ!」
春馬は未奈の腕をつかんだ。
「決まっているでしょう。麗華を助けるのよ!」
「あの映像は罠だ。下の階へいこう」
「いやよ」
未奈は春馬の腕をふりほどこうとする。
「待てってば!」
未奈の腕をひっぱったまま、白い壁側のドアへむかおうとしたとき、秀介がやってきた。
「春馬、逆だ!」
「秀介まで、なに言ってるんだ。下にいこう」
「いいや、春馬は未奈といっしょに上にいくんだ」
秀介は春馬の腕をつかんで、強引に連れていこうとする。
剛太、メイサ、貴美子、陽平、幹夫はガスに邪魔されながらも、下へいくドアに飛びこんだ。
今からじゃ、下へのドアは間に合わない。それなら、上にいくしかないのか……。
未奈が上へいくドアに入ると、亜久斗もあとにつづくのが見えた。
「どうして、亜久斗まで!?」
つぶやいた春馬だが、部屋に残っているのは、もう2人だけだ。
春馬と秀介のどちらかが、ここで脱落するしかない。
どうしたらいいんだ?
「秀介、いっしょに考えよう。どうすればいいのか……」
そのとき、
プシュ─────ッ!
床から噴出したガスが、春馬の顔に直撃した。
「うわぁ!」
目がツーンとして、なにも考えられなくなる。
動けなくなった春馬は、腕をひっぱられるのを感じた。
秀介が春馬を連れていこうとしているのだ。
「未奈についていこう」
「えっ。待ってくれ。秀介は事情を知らないから」
「いいや、わかってないのはおまえだ」
わかってない? なにをわかってないっていうんだ?
「おれは、春馬をここに連れてくることを条件に、『絶体絶命ゲーム』のオーナーから生活費を支援してもらってたんだ」
「!?」
なんだって?
じゃあ、あの幽霊屋敷ですがたが見えなくなったのは、秀介に仕組まれたっていうのか?
「おれは、親友のおまえを裏切った」
春馬の手を引っぱりながら、秀介が言う。
「バカ、こんなの裏切りじゃねぇ」
「おれは、このゲームに勝つ資格はないんだ。だから──春馬が勝て」
言葉と同時に、春馬はつき飛ばされた。
春馬がよろめきながら数歩進んだうしろで、
プシュ───!
いきおいよく、ドアが動く音がした。
必死で目を見ひらくと、ガラスのドアのむこうに悲しそうに笑う秀介がいた。
「ルールに違反してまで、春馬に会いにきた未奈を、守れ!」
「秀介!」
ドアがロックされる。壁にカードキーの読み取り機がついていた。
カードキーがないと開かない仕組みだ。
「秀介!」
『8階のゲームの脱落者は、上山秀介です。脱落者に命の保証はありません』
廊下のスピーカーから、アナウンスされる。
瞬間、部屋の中が、ガスで真っ白になる。
「秀介────っ!」
秀介はどうなったんだろう……!?
春馬が部屋を見ていると、ガスがじょじょにうすまり、室内がぼんやり見えてきた。
ドアの前で秀介が倒れている。
「秀介!」
ドンドンドン!
春馬は力いっぱいドアをたたいたが、秀介はピクリとも動かない。
どうしたんだ、まさか死んだのか?
次の瞬間、照明が消えて部屋は真っ暗になる。
春馬はがく然として、動けなくなった。
「──そろそろ上にむかおう」
立ちつくす春馬のうしろから声がかけられた。
未奈だ。1人で上にむかわず、待っていたらしい。
「未奈のせいだ。未奈のせいで、秀介は脱落したんだぞ」
「な、なによ。あたしは関係ないでしょう」
「どうして上へのドアを選んだんだよ!?」
「それは……麗華を助けたかったからよ。決まってるでしょう」
未奈はとってつけたように言った。
「罠だ。麗華が野犬に襲われる映像を見ただろう」
前の『絶体絶命ゲーム』で、春馬と未奈は野犬に襲われる麗華の映像を見た。
そこで、麗華は死んだように見えた。
けれど、あのとき、違和感があったのだ。
あの夜、雨が降っていた。しかし、映像の中で、麗華が倒れこんだ土は、乾いていた。
「あの映像は、にせものだって言いたいんでしょう」
「知ってるなら、どうして?」
「それは……麗華はいっしょに戦った友だちじゃない」
未奈は下手な言い訳をした。彼女はなにかをかくしているようだ。
「早くしないと亜久斗が先にいっちゃうよ」
未奈は急ぎ足で廊下を歩いていく。
しかたなく、春馬もあとにつづく。
ここにいてもなにもできることはない。
それに、前のゲームで野犬に襲われて死んだように見えた麗華も、ゲームで負けて死んだように見えた亜久斗も生きていた。
春馬も、殺されると思ったけど無傷だった。
それなら、倒れていた秀介も生きているかもしれない。
いや、絶対に生きている。また、きっと秀介に会える。
そう信じて、今は進むしかない。