
もうすぐ、夏休み! ある夜、姉妹で話をしていたら、二鳥の初恋の人で、アイドルの『椿吉トウキくん』との運命の出会いの話になって……? ふたりの間に、いったい何があったの!? 角川つばさ文庫の大人気シリーズ第5巻上が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!
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4 楽しみ、夏休み!
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「わわっ、二鳥ちゃん……!」
「ずいぶん、大荷物ですね……」
ある日の放課後。
昇降口に現れた二鳥ちゃんを見て、私と四月ちゃんは、目を丸くした。
体操服に体育館シューズ、アルトリコーダーに、置き傘が二本、家庭科で使ったエプロンに、美術で使った絵の具セットとスケッチブック……。
二鳥ちゃん、両うでに、荷物をどっさりさげてたんだもん。
「いやー、ははは……。大変やわ」
と、二鳥ちゃんは、きまりが悪そうに笑ってる。
「引っ越しみたいね!」
私のとなりで、大河内杏ちゃんが、おもしろそうに笑った。
すると、湊くんと、杏ちゃんの双子の弟の、大河内直幸くんが、同時にクスッとふきだした。
「まったくもう。少しずつ荷物を持って帰らなかったから、いざ明日から夏休み、ってなったとき、そんなふうにいっぺんに持って帰らなきゃならなくなるのよ」
やれやれ、というように、一花ちゃんはため息をついてる。
そう。明日から夏休み。
終業式を終えた私たちは、みんなでいっしょに下校することにしたんだ。
一花ちゃん、二鳥ちゃん、私・三風、四月ちゃん、湊くん、杏ちゃん、直幸くん。
七人そろうと、それだけで、なんだかにぎやかな雰囲気。
昇降口を出て歩きだすと、すぐに強い日差しが、頭の上にふりそそいだ。
「うわっ……あっついなぁ」
湊くんは手で、目の上に日よけを作ってる。
「どっか、すずしいところにワープしたいなぁ……洞窟の中とか、森の中とかさ」
森の中、と聞いて……。
私はこの前見た、心理テストを思いだした。
――『森の中にある小屋の中にいたのは、あなたが今まさに、恋をしている人です』
そのとたんに、胸がギューン!
私、湊くんの言葉に、相づちを打つこともできない。
だけど、杏ちゃんは、湊くんの横で、なんなく言葉を返している。
「できるものなら、私は今すぐ家にワープしたいわ……」
「それでもいいけど……鍾乳洞とか、深い森とか、そういうとこの写真、とってみたいんだ」
「あぁ、そういうのもいいかもしれないわね」
杏ちゃん……やっぱり、湊くんを自分の彼氏にしようと、ねらっているのかな?
それとも、杏ちゃんは湊くんの幼なじみだから、おしゃべりをすることぐらい、なんてことないのかな?
どちらにせよ、私、杏ちゃんより出おくれているなぁ。
……いやいや、出おくれてるって、何考えてるんだろう。
やっぱり、私、湊くんのことが好きなのかな。
前に遊園地に行ったときも、私、湊くんといっしょに行動したくて、必死になってたし……。
ななめうしろから、湊くんのすがたを見つめていたら……。
なんだか、頭がホワ〜ン……、としてきて……。
ハッ、ううん、ないない!
この、『ホワ〜ン』はきっと、暑さのせいだよ。
「二鳥ちゃん! 荷物、大変でしょ。何か持ってあげるよ!」
モヤモヤした気持ちを、頭のすみにおしやって、私は二鳥ちゃんに明るく声をかけた。
「ほんまに? ええの? いやー優しい妹がいて幸せやわ〜」
二鳥ちゃんは、パッと笑顔になったけど、
「ダメよ三風、甘やかしちゃ。痛い目を見ないと、二鳥の計画性のなさは、いつまでたっても直らないわ。ほら、今日もらったプリントにも、『夏休みの計画を立てましょう』って書いてあったでしょう」
と、一花ちゃんはきびしい顔。
「あ、たしかに、そんなプリント、もらったね……」
私は思いだす。
ホームルームで配られた、『夏休みの注意事項』のプリント。
『夏休みの計画を立てましょう』とか、『規則正しい生活をこころがけましょう』とか。
いろいろ細かく書いてあったなぁ。
『髪をそめてはいけません』とか、『水難事故や交通事故に気をつけましょう』とか、『冷たいものを食べすぎて、お腹をこわさないようにしましょう』なんてのもあったっけ。
そういえば、昨日、富士山さんからもらったメールにも、ほとんど同じことが書かれてた。
「夏休みは夏休みで、大変なことがたくさんありそうですよね。子どもだけですごすとなると、よけいに」
と、四月ちゃん。
「そう。そうなのよ」
一花ちゃんは大きくうなずく。
「ぱっと思いつくのは、給食を食べられないから、お昼ごはんを毎日作らなきゃいけないってことね。単純に面倒だし、食費もその分、かかるでしょう。それから、学校に行かなくてもいいから、夜ふかしとか朝ねぼう……いわゆる昼夜逆転しちゃうのも心配。それにエアコン! ずっと家にいるってことは、ずっとエアコンをつけてるってことだから、その分、電気代がたくさんかかるわ。夏休みの宿題だっていっぱい出てるでしょ。それに――」
うわわ、えええ〜……。
で、でも、たしかに……。
一花ちゃんに一気に説明されて、私、不安になってきちゃった。
子どもだけで夏休みをすごすのは初めてだ。
『自由だ〜』とか、『のんびりできそう』とか、なんとなく、気楽に感じてたけど……。
「もしかして、夏休みって、大変なことだらけなのかな……?」
「そうよ。だからこそ、計画的にならなくちゃ。とくに二鳥」
ビシッと言われ、二鳥ちゃんは、「うう〜」と、しょんぼりしてる。
一花ちゃん、こんなこと言ってるけど……。
じつは、二鳥ちゃんの荷物を、ひとつだけ持ってあげてるみたいなんだ。
本当は優しいんだよね。
「う〜……。しゃあないやん。明日のSSフェス、めーっちゃ楽しみで、そっちの準備のことばっかり考えてたら、学校の持ち物持って帰るのなんか、すっかり忘れててんもん」
二鳥ちゃんがそう言った瞬間、
「SSフェス?」
前を歩いていた湊くんと杏ちゃんが、同時にふりかえった。
二人につられるようにして、直幸くんもふりかえる。
彼はそのひょうしに、たまたま四月ちゃんと視線がぶつかって、あわてて目をそらしちゃった。
「SSフェスのこと、知ってるの?」
私が聞くと、湊くんは、
「もちろん」
とうなずく。
「今朝やってたニュースで見たよ。『いよいよ明日、緑の森自然公園で、SSフェスが開催されます』って」
杏ちゃんも、
「私は雑誌で読んだわ。野外ライブイベントって、すごく楽しそうよね!」
へぇ、思ってたより有名なんだ。
あっ、興味があるなら、湊くんも、私たちといっしょに、SSフェスに行かないかな?
この前、遊園地にさそってもらったし、私からもおさそいしたいな。
一瞬、そう思ったけれど、
「ニュース見て、俺も行きたいなぁって思ったんだけど、明日と明後日は、じいちゃんと写真をとりに行く約束してるんだよなぁ」
あぁ、残念、湊くんには予定があるみたい。
「おじいちゃんと写真をとりに? ステキねぇ」
一花ちゃんがしみじみと言うと、湊くんは笑顔でうなずく。
「うん。じいちゃんの家に泊まるんだ。じいちゃん、昔、写真家をしてたからさ。家じゅうに、写真が飾ってあるんだよ」
へぇ、ステキだなぁ。
夏休み、たいていの人は、親戚の家で、お泊まりしたりするのかな?
私たち、親戚が一人もいないから、ちょっとうらやましくなっちゃうよ。
「SSフェスには、四人で行くの?」
杏ちゃんに、そう聞かれると、
「せやねん! うちら四人みんなでSSフェスに行くねん。なんでかって言うとな、うちが大阪で出会った運命の人が――」
二鳥ちゃんは、待ってましたとばかりに、自分とトウキくんとの出会いを語った。
湊くんたちは、私たちが子どもだけでくらしているってことは知ってる。
だけど、私たちの生い立ちや事情――。
つまり、私たちが別々の場所で育ったことや、中学生自立練習計画のことなんかは知らない。
だから、そこだけは、あえてふれないように、はぶいて説明しちゃったんだけどね。
「えええっ! つまり、二鳥ちゃんを助けてくれたのはアイドルだったってこと!? それって、すごすぎない!?」
いきさつを聞いて、杏ちゃんは大興奮。
「ふふーん、せやろせやろっ」
と、二鳥ちゃんは鼻高々。
「じゃあ、そのトウキくんに会いに行くのね。どんな人? イケメン?」
「めっちゃイケメン!」
「うまくお礼が言えるといいわね。がんばって!」
「ありがとう!」
杏ちゃんに応援されて、二鳥ちゃんはとってもうれしそうだ。
いいなぁ。
私のことも、だれかが応援してくれないかなぁ……。
私の視線は、自然と湊くんに向かっていた。
ああぁ、これじゃ私、
『自分の湊くんとの恋愛を、だれかに応援してほしい』
なーんて思っているみたいだ。
みたいっていうか……そのとおり、なのかな?
そう思ったと同時に、視線に気づいた湊くんが、ふいに私を見た!
「ん? どうしたの?」
「なななな、なんでもないのっ」
私、首をふったり手をふったり、大あわてでごまかしちゃった。
「うーん、それにしても〜……」
杏ちゃんは、ふとそう言うと、急に三、四歩、前にかけだして……。
くるっとふりむいて、私たち四つ子の顔を、順番にジロジロと見た。
えぇ、何?
思わず、足を止めたら……。
杏ちゃんは、こんなことを言いだしたの。
「トウキくん、絶対びっくりするわよ。だって、そんな運命的な出会いをした女の子が、四つ子だったんだもの!」
私たち四人は、そっくりな顔を見合わせた。
たしかに、トウキくんは、二鳥ちゃんが四つ子のうちの一人だということを知らない。
杏ちゃんの言うように、四人で会いに行ったら、びっくりさせちゃうかもしれないなぁ。
「ねぇ、どうする? もし、『ずっときみをさがしてたんだ!』って、トウキくんにせまられたら。……三風ちゃんが!」
「えぇ、私がぁ?」
「そう。二鳥ちゃんはトウキくんにひとめぼれをして、トウキくんは二鳥ちゃんとまちがって、三風ちゃんにひとめぼれをしちゃうの!」
えええ……それ、すごい展開だなぁ……とっさに返事ができないよ。
まぁ、杏ちゃんも冗談で言ってるんだろうけど。
「はぁー……。杏は少女漫画の読みすぎなんだよ」
あきれたように言った直幸くんをちらりと見て、杏ちゃんは大きい声でまた言った。
「三風ちゃんとはかぎらないわよね。トウキくんがひとめぼれをするのは……四月さんかもしれないわ!」
「へっ!?」
直幸くんはギクッとした顔で固まる。
「四月さんならどうする? トウキくんに、『きみは、僕がずっとさがしていた、運命の人だ』なーんて言われちゃったら」
そんなことを聞かれるなんて思ってもみなかったのか、口をパクパクさせる四月ちゃん。
杏ちゃんと直幸くんは、じーっと答えを待っている。
四月ちゃんは、視線をあちこち泳がせて、メガネをかけなおしたりして……。
ぼそりと答えた。
「ちがいますって言います」
「そりゃそうだよね!」
湊くんが同意して、私たちは、ほんの少しだけ笑ってしまった。
ヒヤヒヤすることを言われた二鳥ちゃんまで、いっしょになって笑ってる。
その話はそれきりで、私たち、だれからともなく、ふたたび帰り道を歩きだした。
はぁ、それにしても、杏ちゃんってば。
いくら顔が同じだからって、アイドルのトウキくんが、私にひとめぼれをするなんて、ありえないんだから。
それに、ひとめぼれをされたって、困っちゃうよ……。
私の視線は、また自然と、湊くんのほうへ向かっていた。
太陽の光が、湊くんの白いシャツに反射してまぶしい。
明日から夏休み。
学校はない。
ってことは、当分、湊くんに会えなくなるんだ。
でも、杏ちゃんは湊くんと同じマンションに住んでるから……。
会おうと思えば、会いたいときに、すぐ会えるんだろうなぁ。
あぁ……杏ちゃんがうらやましいよ。
ため息をつきそうになったとき、
「あぁ、それにしても、明日から夏休みかぁー。暑い中、登校しなくてすむのはうれしいけど、三風ちゃんたちに会えなくなるのはつまんないな」
湊くんが、急にそんなことを言いだして……!
私、自分の考えが外にもれちゃったのかと思って、ドキッとした。
「あ、そうだ! 俺のおじさんが、田舎でスイカを作っててさ。毎年どっさりおすそ分けをもらうんだけど、みんな、スイカ好き? 夏休み、みんなで集まってスイカを食べない?」
その言葉で、私の心はかがやきだした。
「それなら、ウチに来ればいいのよ。子どもだけのほうが、気楽でいいでしょ」
一花ちゃんの提案に、みんなが、「賛成!」と言った。
「みんなでスイカパーティーやー!」
二鳥ちゃんは、さっそくはしゃいでる。
あ、『みんなで』ってことは、杏ちゃんもいっしょか……。
だけどだけどっ、夏休み中、一回でも湊くんに会う予定ができたことが、すごくうれしいよ!
「それじゃあ、またね。三風ちゃん、あとで、メッセージを送るよ」
「うん! 待ってるよ、湊くん……!」
私たちは、曲がり角で、手をふってわかれた。
楽しい夏休みになりそうだ。
まずは明日、SSフェス。
私は、青空に向かって、かけだしたいような気分になった。
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