
もうすぐ、夏休み! ある夜、姉妹で話をしていたら、二鳥の初恋の人で、アイドルの『椿吉トウキくん』との運命の出会いの話になって……? ふたりの間に、いったい何があったの!? 角川つばさ文庫の大人気シリーズ第5巻上が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!
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2 助けてくれた彼は
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あれは、小学六年生の、春休みのこと。
うち・二鳥は、しずんだ気分で、大阪の街をうろついていた。
その数日前、中学生自立練習計画に参加することを、決めたばっかりでな。
『もうすぐ大阪を離れて、関東に引っこさなあかんのか』とか、いろいろ考えてしまっててん。
小学校の卒業式も、もう終わってしまってたし、友達にも会いづらくて。
そのときのうち、ほんまにさみしい気分やった。
あてもなく、繁華街をぶらぶら、ぶらぶら……。
道なりに歩いたら、川に出た。
川っていうても、街中を流れてる、まわりがコンクリートの川な。
それでも、川面がキラキラ光って、きれいやったから、
『お母さんが残してくれた、赤いハート形のペンダントをすかしてみたら、もっとキラキラしてきれいかな?』
って、なんとなく思って。
ペンダントを取りだそうと、ポケットに手をつっこんでみたら――。
…………ない!
赤いハート形のペンダントがないねん。
カバンの中も、よう見てみたけど、やっぱりどこにもない。
どっかに落としてしまったんや!
うちは真っ青になった。
まだ、姉妹みんなと出会ってへんときやったからさ。
そのころのうちにとって、あのペンダントは、
『心のよりどころになる、たったひとつの宝物』
みたいな、大切な大切なものやったわけ。
「どこに落としたんやろ……!?」
うちは、地面にはいつくばるようにして、必死にペンダントをさがした。
けど、ちょうど日曜で人通りは多いし、街は広くて、ミゾもあれば、植えこみもある。
見つかりそうもない。どないしょう。
そんなとき――。
「うわっ!」
うちは、あやうく、人とぶつかりそうになった。
『何してんねん! 危ないやろ!』って、どなられるかも……!
反射的に、小さくなったうち。
でも――。
「……何してるんだ」
頭の上からふってきたのは、きれいな標準語や。
え? と思って顔を上げると、そこに立ってたのは、同い年くらいの男の子。
わ、この子、ちょっとカッコええな……。
なーんて、一瞬思ったけど、今はそれどころやない。
「ペンダント、落としてしもてん」
「ペンダント?」
「そ、そう。ハート形の、こんなペンダント」
うちは立ちあがり、スマホに保存してたペンダントの写真を、その男の子に見せた。
彼は、
「ふうん……」
って、写真を見つめてる。
「あのっ……いっしょにさがしてくれへん?」
わらをもつかむような気持ちでそう言うと、彼は腕時計をちらりと見て、
「……交番に行ったほうがいいだろう」
と、ぶっきらぼうな、それでいて、ためらうような口調でひとこと。
ううっ、そんな……、と、どうしても思ってしまった。
でも、すぐに思いなおした。
きっと、彼には彼の用事や予定があるんやろう。
いきなり、『ペンダントをいっしょにさがして』なんて言うても、ムリなのが当たり前や。
「交番……。……交番行ったら、見つかるやろか?」
「どうだろうな……」
「……はあぁ…………」
泣きそうになって、うちはまたしゃがみこんだ。
「うちの、ほんまのお母さんが残してくれた、たったひとつの大事なものやのに……」
なんで落としてしまったんやろ。
なんでもっと大事にしまっておかへんかったんやろ。
後悔で、胸がぺしゃんこになりそうになった、そのとき。
「……しょうがないな」
彼のつぶやく声が聞こえた。
顔を上げると、彼はまっすぐ立ったまま、首だけかたむけて、うちを見下ろしてた。
「あんた、今日はどのへんを歩いてきたんだ」
あ……。
いっしょに、さがしてくれるんや。
時間、気にしてるみたいやったのに――。
優しさが、じわっと心にしみていく。
「あ……あっちのほう!」
うちは、自分の来た道を指さして、彼といっしょに、大阪の街をかけだした。
出会ったばかりの男の子に、ペンダントをさがすのを、手伝ってもらうことになったうち。
けど、ペンダントは、なかなか見つからへんかった。
歩道、ミゾ、植えこみ、看板の下、とめてある自転車のあいだ、電柱のうしろ……。
男の子といろんなところをさがしまわって、二、三十分はたったかな。
あんまり必死にさがしてたもんやから、そのあいだ、うちら二人は、ずっと無言やった。
「……見つからないな」
商店街の入り口で、ふいに、彼がくやしそうにつぶやいた。
表情は真剣そのもので、ひたいには、うっすら汗がにじんでる。
「うん……」
かたを落としたうち。
ペンダント、どこに落ちてるんやろ。
だれかに拾われたんかな?
けっとばされて、ドブに落ちてしまったんかな?
カラスがくわえて、どっか持っていってしまったんかな?
イヤな考えばかり、うかんでくる。
でも、彼は、あきらめてない。
「どこか、見落としがあるんだろう」
って、来た道をふりかえった。
そのとたん、
「あっ!」
彼がさけんだ。
同じ方向を見て、
「あーっ!!」
うちも絶叫した。
商店街の入り口の、車止め!
こしくらいの高さの、石の柱の上に……うちのペンダントが置かれてる。
「あ〜〜〜……っ!」
もう言葉にならなくて、うちはすぐペンダントを手に取った。
まちがいなく、うちのお母さんが残してくれた、赤いハート形のペンダントや。
くさりは切れてないし、そんなによごれてもいない。
「だれか、親切な人が拾って、そこに置いてくれてたんだな……地面ばかり見ていたから、気づかなかったんだ」
彼は、ふと表情をゆるめた。
その横顔が、笑ったようにも見えて、うちはちょっとドキッとした。
「見てもいいか?」
「あ、うん」
差しだされた彼の手のひらに、うちはペンダントをのせた。
仲のいい友達にも、ペンダントをさわらせてあげたこと、なかってんけど……。
彼はペンダントをさがしてくれたいい人やし、少しだけならいいかな、って思って。
「思ったより大きいな」
彼は、ペンダントをじっと見て、
「この色味と、かがやきかたは……ルビーじゃなくて、ガーネットか。ペンダントというより、何かの工芸品のような、変わったつくりをしているな」
そんなことを言った。
うちはおどろいて、ポカンとしてしまった。
「ガー……ネット、って、これ、本物の宝石なん……!?」
「たぶんな」
と、彼はまた、かすかにほほえんで、うちの手のひらに、ペンダントをもどしてくれた。
見ただけで、なんていう種類の宝石かまでわかるなんて、この男の子、一体何者なんやろう?
そういえば、名前をまだ聞いてない。
あっ、お礼もまだ言えてない。
「あ、あのっ」
「おっと……!」
うちが口を開いたと同時に、彼は腕時計を見て、目を見開いた。
「もうすぐ始まるな。悪いが俺はもう行く」
「えっ、ええっ……!?」
彼は、信号が青になった横断歩道を、タッとかけだした。
追いかけるのが一瞬おくれて、人の波がワッときて、あっという間に見失ってしまって――。
「あんたもイベント広場に来るといい。いいものが見れるから!」
やけに楽しそうな、彼のその言葉だけが、最後に耳にとどいてん。
――「イベント広場に来るといい」
彼がそう言ってたから、うちは言葉どおり、川の近くにあるイベント広場まで行ってみた。
「……って、なんにもイベントやってないやん」
ステージには、だれのすがたもないし、何かもよおしが始まる気配もない。
ペンダント、見つかってほんまによかったけど、結局、お礼言いそびれてしもたな。
あの男の子、なんて名前やったんやろ。
もう会えへんのかな……。
切ないような気持ちで、ぼんやりと、そこにつったっていたら……。
――ジャーン!! ジャジャッジャーン!
「えっ!?」
突然、大音量で音楽が鳴りだした。
この曲、うち、知ってる。
っていうか、たぶんだれでも知ってる。
有名男性アイドルグループ・ディアマイフォーチュンの、今一番、はやってる曲や。
と思ったら、人気のなかったステージのとびらが、バン! と開いて――。
中からなんと、ディアマイのメンバーが出てきてん!
「えっ何?」「ディアマイや!」「ええっ、ウソ!?」――
「本物っ!?」「キャーッ!」――
歓声が飛んで、ステージのまわりに、あっという間に人が集まってくる。
信じられへん。夢でも見てるみたい――。
そう思ったとき、ディアマイのリーダーが、マイクに向かってさけんだ。
「ディアマイ、ゲリラライブ、スタートだ!」
――ワアアアアアアッ!
あたりはまるで、コンサート会場みたいに盛りあがってる。
ゲリラライブ……!
告知とか宣伝とかを一切せずに、ある日突然、広場や路上で行われるライブのことや。
ペンダントをさがしてくれたあの男の子は、この、ゲリラライブのことを言うてたんかな。
と思ったと同時に。
曲に合わせて、ステージの奥から、バックダンサーの男の子が次々に飛びだしてきた。
わ、わ、ええっ、すごい!
バク転してる子もいるやん。
目をうばわれて――。
「あっ……!!」
息が止まるかと思った。
その、バク転で出てきたバックダンサーの子が。
まさに、ペンダントをいっしょにさがしてくれた、あの男の子やってん!
「あっ……あっ……!!」
もうびっくりしすぎて、何を言うてええかわからへん。
うちはディアマイやのうて、バックダンサーの彼のすがたばかりを、目で追いかけた。
彼のダンスは、すごかった。
手も足もリズムにのって、しなやかに動いて、指の先までとぎすまされてて。
笑顔はパッとまわりを照らすようで、瞳はキラキラしてる。
見つめていたら、ほんの一瞬、チラッと目が合って。
彼はうちに、ニコッとほほえんでくれた。
そしたら、うち、耳の先まで、体が一気にカッと熱くなって……。
これがウワサに聞く、恋――。
うちの初恋。
ドキンドキン、ものすごい鼓動を打つ胸をキュッとおさえて、そう確信してん。
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