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ものがたり

注目シリーズまるごとイッキ読み!『四つ子ぐらし④ 再会の遊園地』第16回 ゆるさないけど、ゆるす


お休みの日に、みんなで楽しく遊園地へ! 苦手だけど、がんばってジェットコースターに乗っていた三風は乗り物酔いでヘロヘロに……。休憩している三風へ「にとちゃん!」話しかけてきた、小さな男の子。この子、もしかして、二鳥ちゃんの弟!? とんでもない事態のいっぽうで、別行動していた一花チームは……?
つばさ文庫の大人気シリーズ第4巻が、期間限定でまるごと読めちゃうよ!

※これまでのお話(4巻)はコチラから
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16 ゆるさないけど、ゆるす

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 えっ、聞きまちがい?

 私、とっさにそう思って、ポカンとしちゃった。

 ――「もうええよ。ゆるすことにする」

 二鳥ちゃん、そう言った?

 まわりを見れば、一花ちゃんも、四月ちゃんも、武司さんも、さっきまで泣いていた佐歩子さんまで、みんなおどろいた顔で固まっている。

 に、二鳥ちゃん、佐歩子さんと武司さんをゆるすの?

 本当に?

「ちょ、ちょっと二鳥、本当にゆるしちゃうの? ……いや、ゆるすなら別に、それはそれでいいと思うけど、どうして急にそんな……」

 一花ちゃんが問いかける。

 すると、二鳥ちゃんは、「うーん……」とうなって、うでを組んで、首をかしげた。

「んー……ゆるそうって、思ったから……かなあ」

 えっ、あれ?

 どうしてゆるそうって思ったのか、二鳥ちゃん自身も、よくわかってない感じ……?

「だから、どうして、ゆるそうって思ったのよ?」

「どうして……? どうしてゆるそうって思ったかっていうと……? ……それはまあ、うちが、心が広うて、優しゅうて、めっちゃええ子やからちゃう?」

 ニカッと笑って、得意げに胸をはった二鳥ちゃん。

 一花ちゃんは、『いやいや、まじめに答えてよ』と言いたげな視線を送ってる。

 だけど、

「それで……。…………ああ、そうか。なんでゆるそうって思ったか、わかったわ」

 二鳥ちゃんはふいに目元をゆるめて、ポツンとこう言った。

「そんな、『めっちゃええ子』――『ゆるせるうち』に育ててくれたのは、お母ちゃんとお父ちゃんやからや」

 佐歩子さんと武司さんは、わずかに目を見張る。

 沈黙の中。

 二鳥ちゃんは、いかりも悲しみもしていないような声で、とうとうと語った。

「うちな、お母ちゃんとお父ちゃんに捨てられてから、愛情ってなんなのか、わからんようになった。運動会で大声で応援してくれたことも、星を見に連れていってくれたことも、参観日に発表をほめてくれたことも、全部ニセモノの愛情やったんか? って。でもたぶんニセモノじゃなかった。だってあのときうちは、めっちゃうれしくて楽しかったから」

 言葉にも、表情にも、ムリをしているようなところがひとつもなくて。

 これは二鳥ちゃんの本当の気持ちなんだ、って、はっきりとわかった。

 二鳥ちゃんが苦しんで、おこって、迷って、たどりついた先にあった答え……。

「あのときはたしかにあったけど、今は消えてしまった……そういう愛情もあるんやって、なんとなくわかった。だからって『消えてしまった愛情なんて意味ないわ』とか『愛情なんてみんないつかは消えてしまうから意味ないわ』なんて思わへん。そんなん言うたら、人間いつかはみんな死んでしまうんやから、みんな意味ないことになってしまうやんか。大事なのは『今』や。『今』っていうか、『そのとき』っていうか、『そのときどき』……」

 二鳥ちゃんは佐歩子さんと武司さんをまっすぐに見つめて、おだやかに言いきった。

「だから絶対忘れへん。お母ちゃんやお父ちゃんとすごした日々のことも、もらった愛情のことも、それがどんなふうに終わってしまったのかも。忘れへんけど、前は向く。ゆるさないけど、ゆるす。うちにはそれができる」

 ゆるさないけど、ゆるす……。

 矛盾した言葉。

 それってどういうことなのか、二鳥ちゃんがどんな意味をこめて言ったのか。

 私には、よくわからないところもある。

 だけど、なんとなく……。

 二鳥ちゃんは、『愛情じゃなかったもの』と、『愛情』を、分けてあつかうことにしたのかな?

 そんな気がした。

『愛情じゃなかったもの』は、心からなるべく遠ざけて。

『愛情』には、感謝をして、ずっと心の奥に、大切にしまっておく。

 そんなふうにするって……。

 そんなふうにして生きていくって、今、決めたのかもしれない。

「そしたら、お母ちゃんもお父ちゃんも体に気をつけて。今までおおきに」

 ていねいにそう言うと、二鳥ちゃんはスタスタ歩いて、一番近くにあったドアから外へ出た。

 私たち姉妹もあとを追う。

 佐歩子さんと武司さんは、ただだまって、その場に立ちつくしていた。


 私たちが出たドアは、インフォメーションセンターの通用口だったみたい。

 そこは、ちょうど建物のウラだった。

 長くのびるフェンスの向こうには、大きな駐車場が広がっている。

 近くで私たちを見ている人は、だれもいない。

 遊園地の弾むような音楽や、だれかの楽しそうな笑い声が、小さく聞こえてくる。

 それは、今の気分には、あまりにそぐわないもので。

 かえって、悲しい気持ちが強くおしよせてきた。

「……っ」

 二鳥ちゃんはかたをふるわせて泣いていた。

 いくらゆるすって決めても、辛いものは辛いにちがいない。

 熱くて苦しい涙が、二鳥ちゃんの目から次々にこぼれ出て。

 かわいたコンクリートの地面に、ぽたり、ぽたりと…………。

 私ももうたえられなかった。

 こんな悲しいことってあるのかな。

 ――「幸せやろうなぁ……好きになった人のこと、ずっと好きでいられたら」

 いつだったか、下校中に二鳥ちゃんが言った言葉を思いだした。

 二鳥ちゃん、できることなら、佐歩子さんと武司さんのこと、ずっと好きでいたかったはずだ。

 さっき、どんな気持ちで、『忘れへん、絶対忘れへん』って、くりかえしていたんだろう。

 二鳥ちゃんを一番傷つけたのは、佐歩子さんと武司さんだったけど。

 幼い二鳥ちゃんを一番愛してくれていたのも、佐歩子さんと武司さんだったんだよ。

 一花ちゃんは二鳥ちゃんをぎゅっとだきしめた。

 一花ちゃんのほおにも、もう何本も涙のすじが光っている。

「私たちは絶対に、あんたを捨てたりしない」

 一花ちゃんが言うと、四月ちゃんがしゃくりあげながら二鳥ちゃんにだきついた。

 私も同じように、泣きながら二鳥ちゃんの体をだきしめた。

「みんな――」

 二鳥ちゃんは声をつまらせる。

 私たちはますますはげしく泣いた。

 二鳥ちゃんの苦しみを洗いながすように、いっぱい、いっぱい、いっぱい泣いた。


第17回へつづく

書籍情報


作: ひの ひまり 絵: 佐倉 おりこ

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046319067

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