
お休みの日に、みんなで楽しく遊園地へ! 苦手だけど、がんばってジェットコースターに乗っていた三風は乗り物酔いでヘロヘロに……。休憩している三風へ「にとちゃん!」話しかけてきた、小さな男の子。この子、もしかして、二鳥ちゃんの弟!? とんでもない事態のいっぽうで、別行動していた一花チームは……?
つばさ文庫の大人気シリーズ第4巻が、期間限定でまるごと読めちゃうよ!
……………………………………
16 ゆるさないけど、ゆるす
……………………………………
えっ、聞きまちがい?
私、とっさにそう思って、ポカンとしちゃった。
――「もうええよ。ゆるすことにする」
二鳥ちゃん、そう言った?
まわりを見れば、一花ちゃんも、四月ちゃんも、武司さんも、さっきまで泣いていた佐歩子さんまで、みんなおどろいた顔で固まっている。
に、二鳥ちゃん、佐歩子さんと武司さんをゆるすの?
本当に?
「ちょ、ちょっと二鳥、本当にゆるしちゃうの? ……いや、ゆるすなら別に、それはそれでいいと思うけど、どうして急にそんな……」
一花ちゃんが問いかける。
すると、二鳥ちゃんは、「うーん……」とうなって、うでを組んで、首をかしげた。
「んー……ゆるそうって、思ったから……かなあ」
えっ、あれ?
どうしてゆるそうって思ったのか、二鳥ちゃん自身も、よくわかってない感じ……?
「だから、どうして、ゆるそうって思ったのよ?」
「どうして……? どうしてゆるそうって思ったかっていうと……? ……それはまあ、うちが、心が広うて、優しゅうて、めっちゃええ子やからちゃう?」
ニカッと笑って、得意げに胸をはった二鳥ちゃん。
一花ちゃんは、『いやいや、まじめに答えてよ』と言いたげな視線を送ってる。
だけど、
「それで……。…………ああ、そうか。なんでゆるそうって思ったか、わかったわ」
二鳥ちゃんはふいに目元をゆるめて、ポツンとこう言った。
「そんな、『めっちゃええ子』――『ゆるせるうち』に育ててくれたのは、お母ちゃんとお父ちゃんやからや」
佐歩子さんと武司さんは、わずかに目を見張る。
沈黙の中。
二鳥ちゃんは、いかりも悲しみもしていないような声で、とうとうと語った。
「うちな、お母ちゃんとお父ちゃんに捨てられてから、愛情ってなんなのか、わからんようになった。運動会で大声で応援してくれたことも、星を見に連れていってくれたことも、参観日に発表をほめてくれたことも、全部ニセモノの愛情やったんか? って。でもたぶんニセモノじゃなかった。だってあのときうちは、めっちゃうれしくて楽しかったから」
言葉にも、表情にも、ムリをしているようなところがひとつもなくて。
これは二鳥ちゃんの本当の気持ちなんだ、って、はっきりとわかった。
二鳥ちゃんが苦しんで、おこって、迷って、たどりついた先にあった答え……。
「あのときはたしかにあったけど、今は消えてしまった……そういう愛情もあるんやって、なんとなくわかった。だからって『消えてしまった愛情なんて意味ないわ』とか『愛情なんてみんないつかは消えてしまうから意味ないわ』なんて思わへん。そんなん言うたら、人間いつかはみんな死んでしまうんやから、みんな意味ないことになってしまうやんか。大事なのは『今』や。『今』っていうか、『そのとき』っていうか、『そのときどき』……」
二鳥ちゃんは佐歩子さんと武司さんをまっすぐに見つめて、おだやかに言いきった。
「だから絶対忘れへん。お母ちゃんやお父ちゃんとすごした日々のことも、もらった愛情のことも、それがどんなふうに終わってしまったのかも。忘れへんけど、前は向く。ゆるさないけど、ゆるす。うちにはそれができる」
ゆるさないけど、ゆるす……。
矛盾した言葉。
それってどういうことなのか、二鳥ちゃんがどんな意味をこめて言ったのか。
私には、よくわからないところもある。
だけど、なんとなく……。
二鳥ちゃんは、『愛情じゃなかったもの』と、『愛情』を、分けてあつかうことにしたのかな?
そんな気がした。
『愛情じゃなかったもの』は、心からなるべく遠ざけて。
『愛情』には、感謝をして、ずっと心の奥に、大切にしまっておく。
そんなふうにするって……。
そんなふうにして生きていくって、今、決めたのかもしれない。
「そしたら、お母ちゃんもお父ちゃんも体に気をつけて。今までおおきに」
ていねいにそう言うと、二鳥ちゃんはスタスタ歩いて、一番近くにあったドアから外へ出た。
私たち姉妹もあとを追う。
佐歩子さんと武司さんは、ただだまって、その場に立ちつくしていた。
私たちが出たドアは、インフォメーションセンターの通用口だったみたい。
そこは、ちょうど建物のウラだった。
長くのびるフェンスの向こうには、大きな駐車場が広がっている。
近くで私たちを見ている人は、だれもいない。
遊園地の弾むような音楽や、だれかの楽しそうな笑い声が、小さく聞こえてくる。
それは、今の気分には、あまりにそぐわないもので。
かえって、悲しい気持ちが強くおしよせてきた。
「……っ」
二鳥ちゃんはかたをふるわせて泣いていた。
いくらゆるすって決めても、辛いものは辛いにちがいない。
熱くて苦しい涙が、二鳥ちゃんの目から次々にこぼれ出て。
かわいたコンクリートの地面に、ぽたり、ぽたりと…………。
私ももうたえられなかった。
こんな悲しいことってあるのかな。
――「幸せやろうなぁ……好きになった人のこと、ずっと好きでいられたら」
いつだったか、下校中に二鳥ちゃんが言った言葉を思いだした。
二鳥ちゃん、できることなら、佐歩子さんと武司さんのこと、ずっと好きでいたかったはずだ。
さっき、どんな気持ちで、『忘れへん、絶対忘れへん』って、くりかえしていたんだろう。
二鳥ちゃんを一番傷つけたのは、佐歩子さんと武司さんだったけど。
幼い二鳥ちゃんを一番愛してくれていたのも、佐歩子さんと武司さんだったんだよ。
一花ちゃんは二鳥ちゃんをぎゅっとだきしめた。
一花ちゃんのほおにも、もう何本も涙のすじが光っている。
「私たちは絶対に、あんたを捨てたりしない」
一花ちゃんが言うと、四月ちゃんがしゃくりあげながら二鳥ちゃんにだきついた。
私も同じように、泣きながら二鳥ちゃんの体をだきしめた。
「みんな――」
二鳥ちゃんは声をつまらせる。
私たちはますますはげしく泣いた。
二鳥ちゃんの苦しみを洗いながすように、いっぱい、いっぱい、いっぱい泣いた。
書籍情報
注目シリーズまるごとイッキ読み!
つばさ文庫の連載はこちらからチェック!▼