
お休みの日に、みんなで楽しく遊園地へ! 苦手だけど、がんばってジェットコースターに乗っていた三風は乗り物酔いでヘロヘロに……。休憩している三風へ「にとちゃん!」話しかけてきた、小さな男の子。この子、もしかして、二鳥ちゃんの弟!? とんでもない事態のいっぽうで、別行動していた一花チームは……?
つばさ文庫の大人気シリーズ第4巻が、期間限定でまるごと読めちゃうよ!
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15 言いわけするな
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あゆむくんが泣きやむまで、一花ちゃん、私、四月ちゃん、そして直幸くんの四人は、近くの木のカゲにかくれることになった。
「あゆむ、あゆむ。のどかわいてへん? お茶飲む?」
「グズッ、うぅっ…………のむ」
二鳥ちゃんはあゆむくんに、水筒のお茶を飲ませてあげたりしてるみたい。
「にとちゃん、しゅき……………………」
あゆむくんは、そうつぶやいて……泣きやんだのかな?
すすり泣きが、聞こえなくなった。
「……もう出てきてもええよ」
言われて、私たちがおそるおそる出ていくと……。
あゆむくんは、二鳥ちゃんにだきかかえられ、すうすうと、安らかな寝息を立てていた。
「ねてしもたわ。元気やしケガもないし、一安心や。まさかこんな林の奥におるなんて」
二鳥ちゃんがほほえんだので、私もつられてにっこり。
無事で、本当によかったよ。
「……あのう」
ちょうどそのとき聞こえたのは、直幸くんの小さな声。
私たち姉妹は、みんないっせいに彼に注目した。
「あの……。……宮美さんたちって、やっぱり何か、ヒミツを持ってますよね」
あっ……。
やっぱり、気づかれちゃったんだ。
それは、そうだよね。
私たちは四つ子なのに、あゆむくんは、二鳥ちゃんだけの弟、みたいに見えただろうし。
ひょっとしたら……。
杏ちゃんが、『二鳥ちゃんだけ関西出身とか?』って言いだした、あのとき……。
直幸くんはなんにも言わなかったけど、本当は少しだけ、『宮美さんたちには、何かヒミツがある』って、かんづいていたのかな。
四月ちゃんは、だれよりこわばった顔をしてる。
「……あのね――」
一花ちゃんが何か言いかけたとき。
直幸くんは、かぶせるように早口で言った。
「あのっ、宮美さんたちのヒミツが何かはわからないけど、あまり知られたくないっていうかそのっ、今、僕がここにいないほうがいいのなら、そうさせてください。だけど……もし助けが必要なときがきたら、なんでも言ってほしいです。僕のことはお気になさらず。それでは」
えっ、いいの?
と思う間もなく、直幸くんはペコリとおじぎをし、私たちに背を向けた。
「あっ、あ、あの……っ」
四月ちゃんが、直幸くんをよびとめる。
「直幸くん、ありがとうございました!」
あっ……!
四月ちゃん、ちゃんと直幸くんの目を見てる。
ちゃんと聞こえる声が出てる。
すごい。今までできなかったことが、できるようになってるよ。
直幸くんはかすかに笑ってえしゃくすると、今度こそ、その場から立ちさった。
四月ちゃんと直幸くん。
何があったのかは、わからないけれど……。
二人の距離は、少しだけちぢまったんだね、きっと。
「――ということがあって……結果的に、うちは、お母ちゃんとお父ちゃんに捨てられてしもうた、というわけ」
「そ…………そんな……そんなことがあったんですか……」
直幸くんが去っていったあと。
私たちは、あゆむくんをだきかかえ、インフォメーションセンターへ向かっていた。
歩きながら、二鳥ちゃんは四月ちゃんに、自分の過去を話した。
初めて聞かされた四月ちゃんは、あいづちすらうまく打てないくらいショックを受けてる。
一花ちゃんも、私も、何も言葉が出ない。
あらためて聞くと、本当にひどい話なんだもの。
インフォメーションセンターには、二鳥ちゃんの養父母さんが待っているはず。
あゆむくんが昔、転んでケガをしたことについて、誤解も起きているようだったし……。
二鳥ちゃんと養父母さんが出会ってしまったら、どうなるんだろう。
誤解をといて、仲直りすることなんて、できるのかな?
考えると、胸の奥がズシッと重たくなってくる。
……ズシッと重たい、といえば。
「ふう~~っ……」
私は大きく息をついた。
今、ねちゃったあゆむくんを、私がだきかかえているんだけど、本当に、重い……!
「三風、交代するわ。……よいしょっ、と……。……まぁ、本当に重いわね」
力持ちの一花ちゃんでも、やっぱり重たく感じちゃうんだ。
「ふふっ。せやろせやろ? あゆむ、ぐんぐん大きゅうなってる。先が楽しみや」
その横で、二鳥ちゃんはニコニコ。
あ、二鳥ちゃんらしい笑顔だな、と私は思った。
同時に、『二鳥ちゃんの、この笑顔を守りたい』という、強い気持ちがわいてくる。
――「もし、あの人たちが、二鳥に何かひどいことを言ってきたりしたら……私たちで必ず二鳥を守りましょう」
一花ちゃんも言ってたっけ。
やがて、入場ゲートの横の、やや地味な建物――インフォメーションセンターが見えてきた。
何が待ちうけているかわからないけれど……ここまで来たら、行かなくちゃ。
何が待ちうけていても、私たちは二鳥ちゃんを守るんだ。
「……ここですね」
「入りましょ」
「うん」
私は、『インフォメーションセンター』と書かれた扉を、大きく開けた。
インフォメーションセンターの、一番奥の部屋で、佐歩子さんと武司さんは待っていた。
「あ……あゆむッ!」
佐歩子さんはするどくさけび、一花ちゃんからあゆむくんの体をひったくるように取ると、
「あゆむ……! よかった……よかった……!!」
泣きそうな顔で、あゆむくんをぎゅっとだきしめた。
「きみらが……見つけてくれたんか」
おどろく武司さんに、私たちはうなずいた。
二鳥ちゃんは、だまって軽く下を向いている。
「そうやったの。ありがとうね……! ありがとう……!」
「ほんまに助かったわ、ありがとう」
佐歩子さんと武司さんはお礼をのべると、次に二鳥ちゃんに目を向けた。
「二鳥……。あんたが、二鳥やね?」
佐歩子さんに声をかけられた二鳥ちゃんは、無言でうなずく。
「こんなとこで会うなんて……私、本当に、びっくりしたわ……二鳥が、四つ子やったなんて」
「ほんまやで……双子はたまに見かけるけど、四つ子て、ほんまにあるんやな……」
佐歩子さんも武司さんも、話題に困っているみたい。
二鳥ちゃんは、ずっとだまっている。
佐歩子さんと武司さんに、言いたいことがたくさんあるはずなのに……。
いざ対面したら、言葉が出てこなくなっちゃったのかな。
こんなこと、二鳥ちゃんにはめったにないことだ。
それだけ緊張してるんだってことが、伝わってくる。
私……二鳥ちゃんのかわりに、あゆむくんが転んだ事件のことを、聞いてみようかとも思った。
でも、やっぱりここは、二鳥ちゃんが自分の言葉で、二人に聞いてみないといけないんじゃないかって……。
そう思って、言葉が出そうになるのをぐっとこらえた。
「あの……そしたら……」
「せやな。ほんなら、おおきに」
佐歩子さんと武司さんは、ついに部屋を出ていこうと、一歩ふみだす。
「ま、待って……っ!」
二鳥ちゃんは、やっと声を出して、二人をよびとめた。
「お母ちゃん、お父ちゃん、うち、あゆむをつきとばして転ばしたりしてへんよ。あゆむが公園で転んだとき――あのときは、あゆむが急に走りだして転んだんや。ちゃんと見てなかったうちが悪かった。でもつきとばしたりしてへん……!」
佐歩子さんと武司さんは、おどろいたような目で二鳥ちゃんを見た。
佐歩子さんは、とまどうように目をふせ、何も言わない。
そこで、武司さんが、佐歩子さんの代弁をするかのように、
「なんでそんな話、ここですんねん。……もう、ええやろ二鳥。聞きたないわ」
と、静かに言った。
「なんで信じてくれへんの……なんでうちはあんなふうに、捨てられなあかんかったん?」
二鳥ちゃんは引きさがらず、なおも問う。
すると、佐歩子さんが、言いにくそうにつぶやいた。
「捨てたわけやない……。けど、あんたがわからんようになって……距離をおきたかったんや」
「わからん……? わからんて、どういうこと?」
「あゆむが転んだとき、聞いたんや。なんで転んだん? って。そしたらあゆむは、二鳥につきとばされて転んだんやって言うやないの。だけどあんたは、あゆむが走りだして勝手に転んだて言うたし……私、あんたをウソつくような子に育てた覚えはなかったのに、なさけのうて……」
「なんやの、それ……」
二鳥ちゃんは、次の言葉が出てきそうにない。
私はいかりがこみあげてきた。
『距離をおきたかった』なんて、勝手な言い分だ。
それに、佐歩子さんは、二鳥ちゃんがウソをついてるって、決めつけてるよ。
「そんなふうに、決めつけないで、くださいっ」
おなかにぐっと力を入れて、立ちむかうように、私は言った。
「二鳥があゆむくんをつきとばして転ばすなんて、絶対にあるはずないわ」
一花ちゃんも堂々と言って、こぶしをにぎる。
すると、武司さんが面倒くさそうな口調ではきすてた。
「他人には関係ないことや」
「他人じゃないわ。私は二鳥の姉よ!」
「ひとつ、よろしいですか」
するりと割りこんだのは四月ちゃん。
彼女は、佐歩子さんと武司さんに、冷静な口調で語りかけた。
「よく、そのときのことを、思いだしていただきたいんです。本当にあゆむくんは、『二鳥につきとばされて転んだ』と言ったんですか? そのとき、あゆむくんは、まだ二歳くらいだったんですよね? そんなにはっきりとしゃべって、状況を説明できるとは思えないのですが」
「そんな……」
佐歩子さんは声をふるわせた。
「なんで、そんなこと言うのん? 私、ウソなんかついてませんよ? あのとき、病院であゆむに、『なんで転んだん? どないなって転んだん?』って聞いたら、『にとちゃんにドンってされた』って、あゆむはたしかにそう言うたんよ……!?」
「ふぅえぇえぇ…………!」
佐歩子さんが声をあららげたひょうしに、あゆむくんが目を覚ました。
「ああ、あゆむ、よし、よし……」
「ううぅえぇ…………うぁ~~~~~~」
ああっ、あゆむくん、体をよじって、グズり出しちゃった。
と思ったら……。
――コロンッ
あゆむくんのズボンのポケットから、何か小さいものがこぼれでて、ゆかに落ちた。
「これって……」
私はそっと拾いあげる。
それは、少し古びた、ひとつぶのどんぐりだった。
このどんぐり、きっと、あのアスレチックの林で拾ったものだよね。
「ん~う~~……にとちゃん……に……どんぐい……どん……ぐり……あげるの~…………」
あゆむくんは、少しグズグズ言ったあと、またスヤスヤねむってしまった。
「……『にとちゃんにドンってされた』……そう、あゆむくんは言ったんですね?」
四月ちゃんが確認するように問う。
その言葉で、私はハッとひらめいた。
「もしかして……! 『にとちゃんにドンってされた』は、『にとちゃん』『どんぐり』の聞きまちがいだったんじゃないですか!?」
「えっ……!?」
佐歩子さんはその場に固まる。
「きっとそうよ。だって、あゆむくんは、『どんぐり!』って、急に走りだして転んじゃったんでしょう。そうよね、二鳥」
一花ちゃんがたずね、二鳥ちゃんがうなずくと、四月ちゃんが続けた。
「『なぜ転んだの? どうなって転んだの?』と問われて、あゆむくんは、『にとちゃんに、ドン、ってつきとばされて転んだ』ではなく、『にとちゃんに、どんぐりをあげたかったけど、転んでしまった』……そう答えたかったのかもしれません」
「二歳っていったら、まだほんのちょっとしかしゃべれないって聞くわ。病院であゆむくんが言ったのって、『にとちゃんにドンってされた』じゃなくて、『にとちゃん……ドン』みたいな感じだったんじゃないんですか?」
一花ちゃんがにらむと、佐歩子さんの目がゆらぐ。
あの日の記憶を、必死によびおこすみたいに、しばらくだまりこんで……。
「……そんな……だって……」
佐歩子さんと武司さんは、顔を見合わせた。
記憶の中のあゆむくんのセリフが、一花ちゃんの言ったとおりだったのかもしれない。
二鳥ちゃんは、わずかに顔を上げた。
『わかってくれた? あやまってくれる? うちは、あゆむをつきとばしたりしてへんよ』
二鳥ちゃんの悲しい色の瞳は、そんなふうに語ろうとしているみたい。
ところが……。
佐歩子さんと武司さんの口から出てきたのは、期待していたのと大ちがいの言葉だった。
「だって……だって私……二鳥がウソついてるて思たら、こわくて聞けへんかった。おばあちゃんもおじいちゃんも、『二鳥はあゆむがねたましかったんやろう。また同じようなことするんちゃうか』って、なんべんも言わはったし」
「二鳥も知ってる思うけど、お母ちゃん、あんまり体が丈夫やないやろ。年取ってから初めての子どもができて、しんどいし、どないしたらええかわからんかったから、参ってたんや」
「か……かんちがいしたのは悪かったけど、私かて辛かってんで。二鳥があゆむを危ない目にあわすかもしれへん、万が一のことがあったらどないしょうと思たら、私、いつもずっと気を張ってなあかんようになった。ねむられへんようにもなった。今までしてきた自分の子育てに、急に自信がのうなってしもたんや」
「お父ちゃんはな、お母ちゃんが二鳥のことで悲しい顔するの、見てられへんかった。せやからもういっそ、距離をおいたほうがええ思たんや。二鳥かて、家では居心地悪そうにしてたやろ? 離れたのは二鳥のためでもあるんや。実の姉妹が見つかってんから、結局はこれでよかったやんか」
この人たちは何を言っているんだろう?
いかりで息がつまりそうだ。
私はとっさに言葉が出てこない。
一花ちゃんも四月ちゃんも、私と同じように、目を見開いたまま絶句している。
『お母ちゃんは優しくてかわいらしい人やけど、ちょっと子どもっぽくて、めっちゃ心配性』
『お父ちゃんは面白くてたのもしい人やけど、ちょっと考え方が乱暴で極端』
二鳥ちゃん、たしか、そんなふうに言ってたっけ。
二人の欠点が組みあわさって、こんなことになっちゃったのかな。
それにしたって、ひどい。
おばあちゃんやおじいちゃんが、二鳥ちゃんのことを悪く言ったのなら、佐歩子さんと武司さんは、二鳥ちゃんを守ってあげなきゃいけなかったはずだよ。
佐歩子さんが不安で苦しかったとしても、やっていいことと悪いことがあるでしょう?
『二鳥かて、家では居心地悪そうにしてたやろ?』って!
居心地が悪かったのは、佐歩子さんと武司さんが、二鳥ちゃんをさけてたからじゃない!
納得なんて、できないよ……!
歯を食いしばった、そのとき。
二鳥ちゃんが、目をカッと開いて。
息を、大きくすいこんだ。
「――言いわけするなっ!!」
空気がビリビリするような大声で、二鳥ちゃんはさけんだ。
「言いわけするなっ、逃げようとするな! お母ちゃんとお父ちゃんがうちにしたことは、絶対絶対、絶対まちがってた! 事情があっても誤解があってもずっとずっとずーっと続いていくのが家族やろ!? 大人の勝手な都合で子どもを仲間はずれにして、どっかよそにやってしまうなんてひどすぎるわ!」
「二鳥っ、なんやその言い方は」
武司さんが二鳥ちゃんをにらんだ。
私たち姉妹も、体ひとつ分くらい前に出て、負けじとにらみかえす。
すると……。
「うっうっうっ……」
佐歩子さんが、急に涙をポロポロこぼして泣きだしたの。
「佐歩子……」
武司さんは、泣きだした佐歩子さんから、あゆむくんをだきとる。
こんなにたくさん涙を流して泣く大人の人を見たのは初めてで、私は少しとまどった。
「うっううっ……ひどいことをして、ごめんなさい……もう、私たちのことなんて、忘れて……どうか忘れて……」
「忘れへんよ」
二鳥ちゃんは当然のように答えた。
『忘れない』じゃなくて。
『ゆるさない』と言っているように、私には聞こえた。
「忘れへん、絶対忘れへん、絶対忘れへんから。忘れへんから……」
二鳥ちゃんは低い声で何度もくりかえして。
佐歩子さんは、しかられた子どもみたいに泣いていて。
武司さんは、じっとだまりこんでる。
どこか底なしに暗い場所に、ゆっくりとしずんでいくような。
そんな悲しい気持ちに、私はつつまれていた。
誤解がとけても、仲直りなんてできなかった。
しかたのないことなのかもしれない。
どうしようもないことなのかもしれない。
わかりあうことができないことも、ときにはあるんだ……。
すっかりあきらめの気持ちになって、かたを落としたとき。
「フっ……」
二鳥ちゃんが、長く息をはいて、さらりと言った。
「……ああ、言いたいこと言うたらスッキリした。もうええよ。ゆるすことにする」
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