
お休みの日に、みんなで楽しく遊園地へ! 苦手だけど、がんばってジェットコースターに乗っていた三風は乗り物酔いでヘロヘロに……。休憩している三風へ「にとちゃん!」話しかけてきた、小さな男の子。この子、もしかして、二鳥ちゃんの弟!? とんでもない事態のいっぽうで、別行動していた一花チームは……?
つばさ文庫の大人気シリーズ第4巻が、期間限定でまるごと読めちゃうよ!
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13 僕もいっしょに乗るよ
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「……………………」
「……………………」
僕・四月と、直幸くんは、観覧車の近くにあるベンチにこしを下ろしていた。
僕と彼のあいだには、もう一人、だれかが座れるくらいのスペースが空いている。
僕と彼のあいだには、沈黙だけがある。
沈黙だけしか、ない。
「あの」
「はいっ」
ふいに話しかけられて、ギクリとした。
「あの……暑かったり、寒かったりし、しない?」
「いえ、大丈夫、です」
「のどかわいてるとか、おなかがすいてるとかは……?」
「いえ、大丈夫です」
答えると、彼は、「なら、いいんです」と、ホッとしたようにつぶやいた。
「……………………」
「……………………」
ふたたびおとずれた沈黙の中で、心拍数がじょじょに正常にもどっていくのを感じる。
僕と彼が、どうしてこんな調子かというと……。
以前に起きた、あの事件のせいだ。
直幸くんが、ある歌の歌詞を書きぬいたレポート用紙を家で落とし、杏さんに拾われ、いじめの告発状だと誤解されてしまった事件。
二鳥姉さんは、あのレポート用紙のことを、『ラブレター』なんてよんでいた。
一花姉さんまで、『恋わずらいってこと?』なんて言っていた。
まったく、みんなどうしてそう単純に恋愛と結びつけてしまうのだろうか。
あれはただの歌詞だ。
おそらく、直幸くんがちょっとつかれた気分のときに、なんとなく書いたものだろう。
みんな誤解しているんだ。
僕みたいなやつに、だれかが恋愛的な意味の好意を向けるなんてこと、あるわけがない。
かといって……直幸くんは、僕に敵意や悪意を向けているわけではないようだ。
というのも、僕は初対面で、鼻血を出してしまっていたのだけど……。
彼はあのとき、僕を保健室まで連れていってくれた。
しかも、彼がそのことについて、何かイヤなことを言ってきたことは一度もない。
これが小学校だったら、すぐに鼻血を出したことが広められ、『鼻血ブー』みたいな、くだらない、うんざりするようなあだ名をつけられていたことだろう。
そんなことしないってことは……直幸くんは、優しい、いい人なんだ、たぶん。
さっきだって、気をつかってくれたようだったし。
なのに。
「……………………」
「……………………」
最悪だ。僕、ろくに会話もできない。
一花姉さんは、「もどってくる」と、たしかに言っていた。
ここで、ずっと待っていたほうがいいのだろうか。
だけど、せっかく遊園地に来たのだし。
何もしないで、この気まずい中、直幸くんに待ってもらうのも悪い気がする……。
乗り物に乗るとするなら、近くにある、あの観覧車だけど……。
ふと、そう思った瞬間。
――「まあ観覧車って、カップルにピッタリの乗り物だよねー」
高校生っぽいお姉さんたちの話していた内容を思いだして、ふるえあがった。
観覧車は世間一般から見て、『カップルにピッタリの乗り物』……らしい。
直幸くんと二人で観覧車に乗ったら、他人からカップル認定されるおそれがある。
それは、直幸くんにとって迷惑なことにちがいない。
僕はきっと、彼にきらわれてしまうだろう。
いや……仮にきらわれたとしても、ゼロがゼロにもどるだけなのだけど。
直幸くんのお姉さんの杏さんと、僕の姉さんたちは仲がいいので、姉さんたちにも、何かしらの迷惑がかかるかもしれないし。
それに。
なんとなく、直幸くんには、きらわれたくない…………気がする、かもしれない。
「一花さん、おそいですね……」
直幸くんがつぶやいて、僕は、「あ……そうですね」とうなずいた。
そうだ。
そもそも、どうして一花姉さんは僕らを置いて、走ってどこかに行ってしまったのだろう。
直幸くんと二人っきりになった緊張で、肝心なことを考えるのを忘れていた。
あの電話の相手は、おそらく、三風姉さん。
スマホの着信画面がちらりと見えたから、まちがいはないはずだ。
一花姉さんは、なぜか、
――「弟ぉ!?」
とさけんでいた。
弟って、なんのことだろう。
思いだしながら、首をひねる。
弟……年下の男子……小さな男の子…………?
そういえば……さっきから、迷子放送が二度も入った。
さがされているのは、池谷歩武くんという、三歳くらいの男の子だった……。
――池谷?
「っ!」
僕は息をのんだ。
どうしてもっと早く気づかなかったのだろう。
池谷って、二鳥姉さんが養子になっていた家の苗字じゃないか。
つまり、一花姉さんの言っていた『弟』とは、『二鳥姉さんの弟』……!?
「ア、えっと、ど、どうかした?」
直幸くんは僕のほうに顔を向け、まばたきをした。
「あ……いえ……なんでも……」
とたんに僕は目をふせ、しどろもどろになってしまう。
だけど、その一方で、頭は急速に回転しはじめていた。
二鳥姉さんの弟だなんて、そんなことが本当にありえるのか……?
池谷という苗字は、そこまでめずらしくもないはずだし、偶然という可能性も――。
迷っていたそのとき。
――ピロロロロロロ、ピロロロロロロ、ピロロロロロロ……
僕のスマホが鳴りだした。
相手は……一花姉さん!
僕はすばやく通話ボタンをおした。
『あっ、もしもし四月、一花よ。ほったらかしにしてごめんなさい! あのね、今――』
「二鳥姉さんの弟さんが迷子になったんですか!?」
いきおいこんでたずねると、電話の向こうが静まりかえった。
次に聞こえてきたのは、おどろきのあまり、あ然としたような声。
『し…………四月ちゃん』
『シヅちゃん、なんでわかったん……?』
三風姉さんと二鳥姉さんだ。
この通話は、スピーカーホンになっているらしい。
三人は協力して、二鳥姉さんの弟――あゆむくんをさがしている最中なのだろう。
「迷子放送を聞いて、もしやと思いまして。気づくのがおそくなってすみません」
『いやいや……というか、ほぼノーヒントで気づいちゃうなんて、さすが四月ね。じつは――』
一花姉さんは、状況をかいつまんで説明してくれた。
二鳥姉さんは、養父母さんに捨てられた――?
その話も、気になるところではあったけれど……。
『――というわけなの。養父母さんと二鳥との話は、またあとでくわしく話すわ。今はとにかく、あゆむくんをさがさなきゃって――』
『かして!』
二鳥姉さんが電話口に出た。
『今、あゆむはどこにおるんやろって、三人で推理してたとこやねん。でな、あゆむは飛行機が好きやから、ぐるぐるプレーンに行ってるんとちゃうか? って思ってるんやけど……』
僕は話を聞きながら、遊園地の全体図を思いうかべた。
たしか、ぐるぐるプレーンは、メリーゴーランドやコーヒーカップの近くにあった乗り物だ。
「ぐるぐるプレーン…………その付近にあゆむくんがいる可能性は、どちらかというと低いと思います」
『えっ、なんで?』
「さっきから、二度も迷子放送が流れたでしょう? もし、あゆむくんがぐるぐるプレーンの近くでうろうろしているなら、すでに、だれかが見つけているはずではないでしょうか。あのあたりは人通りが多かったですし、遊園地のスタッフも何人か立っていましたから」
『あっ、なるほどそうか。ほ、ほんなら、あゆむがおるのは、人のおらんとこ? 建物のウラとか、トイレの奥とかやろか』
「その可能性も捨てきれません。なにしろ小さい子ですから、行動が予測しづらいので……。……ところで、あゆむくんは二鳥姉さんをさがしているんですよね?」
『う、うん、たぶんそうだと思う。私が言っちゃったの。二鳥ちゃんは別のところにいるって』
三風姉さんが答えてくれた。
「それなら、あゆむくんが向かうのは、二鳥姉さんとの思い出の場所……思い出の場所に、似ている場所なのではないでしょうか。『そこに行けば、お姉ちゃんに会えるかもしれない』と考えて……あるいは、そこまで考えなくても、記憶と似た景色の場所なら、親しみがわいて、体が自然とそちらへ向かうという可能性もあります。どこか心当たりはありませんか?」
『思い出の、場所…………』
二鳥姉さんは、あゆむくんとすごした記憶をたどっているのだろう。
少し間をおいて、返答があった。
『思い出っていうか……あゆむといっしょに、よう遊びに行ってたのは、マンションの敷地にある公園かな』
マンションの敷地にある公園……。
遊園地に公園と似た場所はあるだろうか?
いや、まだ情報が足りないのかもしれない。
「二鳥姉さん、その公園には、どんな特徴がありましたか?」
『えっと……木! 木がいっぱい生えてた! 住んでたマンションの、すぐとなりの公園やってんけど、街の中やと思えへんくらい木がぎょうさん生えてて、むしろ生えすぎっていうか、奥に行くとちょっとうすぐらいようなところもあって、ちっちゃい川も流れてて……あゆむはその公園、大好きやった』
『えぇ、すごい公園だね……』
三風姉さんのつぶやきが聞こえた。
たしかに、一般的なイメージの公園には当てはまらない。
『まあ公園っていうか……遊具もあるにはあったけど、どっちかっていうと、林やな』
「林――!?」
そのひとことで、僕はハッと前を向いた。
観覧車の向こうにある、立ち入り禁止になった、アスレチックの林……!
あそこなら、二鳥姉さんの言う、『公園』と、条件が似ているのではないか?
なおかつ、『人があまりいない場所』という、僕の推理にも当てはまる。
だけど……アスレチックの林はずいぶんと広そうだ。
どこか高い場所から、全体を見下ろすようにして、あゆむくんをさがせたらいいのに――。
――高い場所?
あるじゃないか!
「今から観覧車に乗ります!」
『へっ!?』
「観覧車に乗って、上からあゆむくんをさがすんです」
『ちょ、ちょっとシヅちゃん――』
電話からおどろいた声が聞こえたけれど、細かい説明はあとでもいい。
僕は観覧車の列にならぼうと、立ちあがって、一歩ふみだした。
すると、
「ま、待って!」
あっ……!
背後からよびとめられて、僕は銅像のように固まってしまった。
直幸くんといっしょだということが、すっかり頭からぬけおちていた……。
しかたなく、そのまま、ゆっくりとふりむく。
「あの、四月さん……」
予想どおり、直幸くんは、とまどったような表情をしていた。
少なくとも、僕が電話で話したことは、すべて彼に聞かれてしまっている。
『二鳥さんの弟さんって、どういうことなの?』
とか。
『どうして急に観覧車に乗るの?』
とか。
彼はきっとふしぎに思って、たずねてくるはずだ。
どうしよう……!
身がまえた僕。
だけど、直幸くんは、息を大きくすいこんで、こうさけんだ。
「あのっ……ぼ、僕もいっしょに、観覧車に乗るよ!」
「えっ?」
「アッ、や、あのっ……べ、別にそういう、あのっ、そういうアレではなななくて……!」
顔を赤くして、両手を体の前で、バババッ、カクカクカクッ、とふりまわす直幸くん。
……挙動不審(きょどうふしん)だ。
気の毒なくらい、あわてている彼を見ていると……。
反対に、僕の気持ちは少し落ちついてきて、状況を説明する余裕が生まれた。
「あの…………観覧車に乗るって言ったのは……男の子が迷子になってしまって……あのアスレチックの林にいるかもしれないと思って……観覧車から、ながめてさがそうと……」
といっても、言えたのは、やっとそれだけ。
すると直幸くんは、首をコクコク、とタテにふって、今度はすごい早口。
「ですよねですよね。あのっさっき電話で話している内容で、『迷子』とか『林』とか聞こえたのでもしかしたらそうじゃないかって思って、僕あの林なら行ったことあるからちょっとわかるしさがすの手伝ったほうがいいかなって思っ……アアッ、ごご、ごめん、い、イヤですか?」
ぱちっ、と一瞬だけ、彼と目が合って。
彼は、やっぱり、優しくていい人なのかもしれない。
彼は、もしかしたら、僕と少し似ているのかもしれない。
そんなふうに感じたら、迷いが消えて、声が出た。
「お……お願いします!」
あゆむくんの身が心配だし、ことは一刻を争うかもしれない。
さがすなら大勢のほうがいいし、土地勘のある人なら心強い。
僕らの事情に疑問をいだかれてしまうかもしれないけれど……もう、そのときは、そのときだ。
『四月』
スマートフォンから、一花姉さんの声が聞こえた。
『私たち、四月の推理、正しいかもしれないって思うわ。どっちにしても合流したほうがいいから、そっちへ向かうわね。電話はつないだままにしておきましょう』
「わかりました!」
僕は返事をして、直幸くんと二人、観覧車の列にならんだ。
よく考えてみれば、僕は観覧車に乗るのが初めてだ。
ほとんど待たずに、順番がやってきて、係員さんが案内してくれたのは、白いゴンドラ。
「先に乗って」
直幸くんにうながされ、僕は動くゴンドラに、おそるおそる片足を乗せて……。
よいしょ! と、飛びうつるように中に入る。
そのあと、直幸くんが乗ってきて、係員さんが扉を閉めてくれた。
僕も、直幸くんも、真剣な目で、さっそくガラス窓の外に目を向ける。
ゴンドラの中は、想像していたよりも、ずっとせまかった。
背の高い直幸くんといっしょだと、ますますせまく感じる。
ベンチに座っていたときよりも、十センチくらい、彼との距離が近い。
だけどいまさら、観覧車に二人で乗ったらカップル認定されるとかされないとか、そんなことを気にしている場合ではないのだ。
じわり、じわりと、じれったいスピードで……。
しかし確実に、僕らを乗せたゴンドラは上昇していく。
視界はだんだん開け、アスレチックの林の、全体が見えてきた。
あゆむくんはいるだろうか。
おいしげる木々の緑に目をこらす。
すると……。
「あっ」
直幸くんが小さくさけんだ。
「あっちの、ずっと奥のほうに、何か見えたんだけど……」
僕も彼と同じ方向をじっと見る。
木の葉や枝がジャマなうえ、元々視力がよくないこともあって、はっきりとは見えない。
だけど、たしかに、派手な色の、動く何かがちらりと見えた。
あれは――。
まちがいない!
僕はスマートフォンに向かってさけんだ。
「いました! オレンジ色の服の小さな子! 林の奥です!」
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