
新聞部の杏(あん)ちゃんに、身に覚えのないいじめギワクをかけられてしまった三風たち四姉妹。あさってまでに、姉妹のいじめ告発状を書いたのが誰かつきとめないと、「四つ子はいじめっこ」と新聞に書かれて学校中にギワクを広められちゃう!? いったいどうしたらいいの?
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14 気まずくなった理由
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「フリースクール、イーリス……」
私は、印刷された字を声に出して読んでみた。
「あの、ごめん……フリースクールって、なあに?」
「あ、知らない? フリースクールってのはさ、その……学校に行けなくなった人が通う、学校っていうか、塾っていうか……俺もよく知らないけど、そういうところみたい」
学校に行けなくなった人……?
「それって、不登校の人、ってこと?」
私がたずねると、湊(みなと)くんはうなずいた。
それから、過去のことから順番に、わかりやすく話をして聞かせてくれた。
「話したとおり、俺と杏(あん)とナオは、おんなじマンションに住んでてさ。幼稚園のころから……いいや、幼稚園に通う前の、覚えてもいないくらい小さなころから仲がよかったんだ。小学生になってからも、いつもいっしょに遊んでたっけ」
「へえ、そうなんだ……!」
幼稚園に通う前の、覚えてもいないくらい小さなころから仲がよかった、なんて。
そんな関係、すっごくいいな、あこがれちゃう。
「俺たち三人は幼なじみで、親友だったんだけど……小五になったとき、三人ともクラスが分かれちゃったんだ。俺は一組、杏は三組、ナオは四組。男子と女子だから、なんとなく杏とはあまり話さないようになって、ナオともクラスが遠かったから、本当に、なんとなく離れていっちゃってさ。習い事を始めたりして、下校が別々になったら、そのうち登校も別々になって……」
――「小五くらいになると、野町(のまち)くんと大河内(おおこうち)さん、別々に下校してたみたいだよ」
ういなちゃんも言ってたっけ。
――「まー小五にもなるとねえ……男子と女子がいっしょにいたら、ひやかされたりするらしいじゃん?」
とも。
湊くんは何度かまばたきをして、静かに言った。
「それで、しばらくしたら……小五の秋くらいからかな。ナオが……急に学校に来なくなっちゃったんだ」
「えっ……?」
直幸くん、不登校になっちゃったってこと?
「最初、もちろん心配だったから、ナオに何度か会いに行ったさ。でも、いじめにあったわけでも、友達がいないわけでもないらしくて……理由は何もわからなかった」
そのときのことを思いだしているんだろうな。
湊くんの声は、さみしそうにしずんでいる。
「いろいろ、考えたんだ。『ナオって元々そんな活発なタイプじゃないし、俺がついてればこんなことにならなかったのかな』とか、『でもムリに声かけたら逆に傷つけるかな』とか、『もしかして、ナオは俺には想像もつかない、どうにもできないようなことでなやんでるのかな』とか、『杏やナオは俺のことどう思ってるんだろ』とか……そんなこと思ったら、何もできなくて」
私がもし、湊くんと同じような立場だったとしたら……。
同じようになやんで、同じように何もできなかったかもしれない。
『何かしてあげたい』ってあせる気持ちと『何もできないんじゃないか』っていう無力な気持ち。
きっと、辛かっただろうな……。
「それで、とうとう、ナオが学校に来ないまま、小学校を卒業したんだけど……。三月の末、この《長いあいだ、借りててすみませんでした》って書かれたレポート用紙といっしょに、てぶくろが俺の家のポストに入ってたんだ」
「てぶくろ?」
うん、と湊くんはうなずく。
「小四のとき、俺と杏とナオの三人でスケートに行って、俺がナオに貸したまま忘れてたやつ。そのレポート用紙の下のほうには《フリースクール イーリス》って印刷されててさ。そこで初めて、ナオが、学校来てないときフリースクールに通ってたってことを知ったんだ」
ふう……、と、湊くんの小さなため息が、だれもいない教室にはきだされた。
「昔はあんなに仲よかったのに……親友だったのに、もう一年以上もちゃんと言葉を交わしてないし、近況も知らなかった……。返されたてぶくろ、俺の手にはちょっと小さくなっててさ……そんなに長いあいだ、会ってなかったんだなって、すごく後悔したよ。もちろん、会ってないあいだ、ナオは元気にすごしてたのかもしれない。でも、結局くわしく聞けてなくて」
「そうだったんだ……」
「うん」
湊くんはうなずいて、少しだけ顔を上げた。
「それから俺、決めたんだ。中学からは絶対に、もっと他人と話そうって。男女だからとか、クラスがちがうからとかで、話すタイミング失ってズルズル離れていっちゃうのイヤだからさ。その気持ちを忘れないように、この紙、筆箱に入れておいたんだ」
湊くん、過去にそんな苦い思い出があったんだ。
杏ちゃんたちと気まずそうにしてたのは、そういう理由だったんだ。
湊くんの明るい性格は、生まれつきのものじゃなくて、努力で得られたものだったんだね。
それから、湊くんは、自分をあざけるように、ちょっとだけ、くちびるのはしを上げた。
「でも、結局俺、変われたのはうわべだけで、中身は全然変わってないのかも。中学になってから、まだ杏ともナオとも、まともに話せてないんだよな。話したいんだけど、何を話していいかわかんないっていうか、いまさらっていうか……」
その気持ち、なんとなく、想像できるなぁ。
何か、大きなきっかけがあって気まずくなったのなら――。
たとえば、『大ゲンカをした』とかなら、あやまって、仲直りすればいいって、すぐわかる。
でも、ほんの小さなきっかけしかないときは――。
だれが悪いわけでもないし、何が悪かったのかもわからないときは――。
どうすれば元の関係にもどれるかわからなくて、時間が止まったままになっちゃうのかも。
私は湊くんをはげましたくて、できるだけ明るい声で、言ってみた。
「湊くん、前に私に、『きょうだいなんて気づけば元通り』って、言ってくれたでしょ。湊くんと杏ちゃんと直幸(なおゆき)くんは、きょうだいじゃなくて友達だけど……でもっ、うんと小さいころから仲がよかったんだから、ほとんど、きょうだいみたいなものだって思わない? 気づけば元通りに……ならないかな?」
私が湊くんをはげますなんて、変な感じだ。
すると湊くんは、
「そう、かな」
ってつぶやいて、私のほうを見た。
「そうだよ、きっと。直幸くん、湊くんに聞いてほしいことがいっぱいあると思うよ。フリースクールってどんなところだったかとか、学校に行ってないとき、どんなふうにすごしてたかとか」
私、ちょっぴり自信を持って、そう言えた。
私だって、姉妹と初めて会えたとき、自分のいた施設はどんなところだったかとか、どんな友達や先生がいたかとか、聞いてほしいことがいっぱいあったんだ。
話しているうちに、離ればなれだった時間が、ちょっとずつうまっていくような気がしたっけ。
湊くんは、しばらくじっとだまったあと。
ほんの少し、かがやきを取りもどした笑顔で、ほがらかに言った。
「今度『いっしょに帰ろう』って、二人をさそってみようかな。なんたって、帰るところ、同じマンションだもんな」
「うん。それがいいよ」
私も笑って、うなずいた。
ずっと気まずかった幼なじみが、やっと打ちとけるんだもの。
湊くんと杏ちゃんが、帰り道にどんな話をするのかは、ちょっと気になるけど……。
それでも、気になる気持ちより、うれしい気持ちのほうが、ずっと大きい。
「……ああ、それで、三風ちゃんはどうして、ナオのレポート用紙を持ってたの? 何か聞きたかったんだよね?」
「あっ、そうだ!」
私は、あわてて告発状の文章を湊くんに見せた。
今度はもう、なんのためらいもない。
「これ、じつは、いじめの告発状なの。あっ、私たち、いじめなんてしてないよ。でも、昨日、『新聞部にとどいたのよ』って、杏ちゃんからわたされて……」
「告発状……!?」
湊くんはまゆねを寄せ、首をかしげる。
「『宮美さんのせいで、毎日が変わってしまった』……? これ、ナオの字だよな?」
「私もそう思う……。直幸くんが、私たちのせいで傷ついてるってことなのかな?」
「いや……そんなこと、あるかなぁ?」
「だ、だよね? あ、でも、なんだか、二鳥ちゃんがあやしい動きをしてて、何か本当のことを知ってるかもしれないんだけど、わかんなくて……」
オロオロする私に、湊くんはきっぱり言った。
「とにかく、ナオに会って話を聞こう。まだ学校にいるかな?」
「どうだろう? あっ、そうだ。姉妹に聞いてみるよ!」
「えぇ、どうやって聞くの? もしかして、テレパシー?」
「も……もうっ、湊くんまで、あんなウワサ信じてたの?」
ちょっぴりおこってみせたら、湊くんは「じょうだんだよ」って、くったくなく笑った。
ささいなことなのに、くすぐったいくらいうれしくなっちゃう。
私、大切な友達を失わずにすんだんだね。
……って、しみじみしてる場合じゃないや。
私はカバンを開けて、ほんのちょっと迷って、スマートフォンを取りだした。
「スマホのメッセージで聞いちゃおうかなって……校内だけど、緊急事態だから」
「なるほど。……ま、ちょっとくらい、かまわないさ。俺、だれか来ないか見張ってる」
「ありがとうっ」
私はスマホで、
《告発状の送り主は直幸くんみたいなの。彼をさがして!》
って姉妹にメッセージを送った。
「よし、俺たちもナオをさがしに行こうか」
「うんっ」
私が返事をして立ちあがった、そのとき。
サイレントモードにしていたスマホの画面が、パッと光った。
あっ、四月ちゃんからの返信だ。
《直幸くんと杏さん、新聞部の部室でケンカしてます! 北校舎三階、すぐ来てください!》
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