
三風たち四つ子の四姉妹は、学校でも大注目! テレパシーが使えるとか、毎日こっそり入れ替わってるとか、いろんなウワサが広がって、ついに新聞部に取材されることになっちゃった!?
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第3巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!
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8 体育の時間、僕は
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あれは……先週の水曜日のことでした。
僕・四月は、体育館で、体育の授業中……。
飛んできたバレーボールを、思いきり顔面に受けてしまったんです。
僕はすぐに顔をおさえ、うつむいたまま、見学者席に移動しました。
鼻は痛んだけれど、どうやら、メガネはこわれていないようで。
ふっと気をゆるめて、しゃがみこんだとき。
「あ……っ! 血が出てるよ」
ななめ前から男子の声がかかり、心臓が止まるかと思いました。
今思えば、彼も見学者だったのでしょうか。
僕はこわくて、彼に目を向けることすらできませんでした。
「ほ、保健室に行ったほうがいいですよ」
彼はなおも言います。
たしかに、顔をおさえていた僕の手には、ちょっとだけ血――鼻血がついていました。
僕は気が動転していたせいで、広い校舎のどこに保健室があるのかよく思いだせず、鼻血を垂らした顔を見られるのもイヤで、下を向いたまま、無言で首をふりました。
そうしたら彼は、
「つれていってあげるよ!」
と、僕の手首をつかんだのです。
恐怖で体が固まり、反射的に、さらに深くうつむきました。
そのまま、彼に手を引かれて、わたりろうかを通り、校舎の中に入っていって……。
うつむいたままろうかを歩きながら、僕はすっかり元気をなくしていました。
必死で練習したのに、運動おんちなせいで、僕の打ったサーブは一本も入らなかったし。
サーブがだめなら、せめてレシーブを打とうとしたら、見事に失敗して、あげく鼻血を出すし。
今だって、手を引いてくれている親切な人の顔すらまともに見れないし。
僕なんていないほうがいいんじゃないだろうか……。
僕は世界にとって余計な存在なんじゃないか……。
いても迷惑になるだけなのかもしれない……。
思考が果てしなくネガティブになって、体ごと、どこか暗い場所へ落ちていきそうでした。
ただネガティブ、というだけではなくて。
『こんなにネガティブで陰鬱(いんうつ)なことを考えているのは、きっと僕一人だ』
という思いが、僕をますます深い孤独の沼にしずめていくのです。
そのとき、僕の手を引いていた彼がふいに足を止め、早口でこう言ったんです。
「いきなり連れだして、本当にすみませっ……い、いきなり話しかけてごめんなさい、びっくりさせてしまって……ううっ、こんなはずじゃ、あのっ……僕って、いても迷惑になるだけの存在なので――」
うつむいたまま、ハッとした僕。
この人、僕と同じような気持ちでいる――?
すると彼は、
「あ、ぁ、へ、変なこと言ってすみません!!」
とさけぶなり、ものすごい速さで走って、どこかに行ってしまって。
しばらくして、おそるおそる顔を上げると……。
そこは、保健室の前でした。
◆ ◆ ◆ ◆
四月ちゃんの身にそんなことが起こっていたなんて……!
私たち三人の姉は驚愕(きょうがく)した。
「大変だったわね四月」
「気づかんとほんまにごめんな! うち、そのときたぶん、自分の試合に夢中やった」
「ええっ? いえいえ、二鳥姉さんは全然悪くないですよ」
ヘコむ二鳥ちゃんを、四月ちゃんはあせってフォローしてる。
そういえば、四月ちゃんのいる四組と、二鳥ちゃんのいる二組って、合同で体育の授業をしてるんだっけ。
「た、たしかにちょっと、変な人みたいだけど、だれなんだろうね、その人……」
私がたずねると、
「さあ……顔は一切見ていませんし、声も、声変わりしかけているような、不安定な声で……。体操服にはゼッケンなどついていないので、名前もわかりません……それに……」
「それに?」
「もし、彼がだれだかわかっても、僕、お礼もうまく言えないかもしれないし……彼だって困るに決まってます。僕なんかと友達になりたくないでしょうから……」
「「「そんなことないよ」」」
私たちは同時に、熱っぽくさけんだ。
「ていうか、シヅちゃん、友達できたんとちがうの? ショートカットのほっそりした女の子と、体育の着替えのときいっしょにおったやん」
「えっ、そうなの?」
私は思わずほほえんだけど、四月ちゃんは相変わらずの調子。
「いえ……彼女は同じクラスの、望月(もちづき)紀美香(きみか)ちゃんっていう、趣味と特技が勉強の子で……。入学して少ししてから、小学校で習った内容の、確認テストがあったでしょう?」
「あぁ、あの、四月ちゃんが学年一位だったやつだよね」
国語・99点。算数・100点。理科・100点。社会・98点。英語・100点。
四月ちゃん、あの確認テストで、本当にめまいのするほどすばらしい成績を取ったんだ。
「そのテストの成績表をうっかり落として、例の望月紀美香ちゃんに見られてしまって……それ以来、僕、ライバル視されてるみたいなんです。友達っていうのとは、ちょっとちがうかと」
「そ……そうなんだ……?」
勉強がすっごくできるっていうのも、じつは大変だったりするのかな……?
なんて思ったそのとき。
「ああ、つかれたし、おなかがすいちゃった! 今日は買い物に行くのもめんどうだわ。冷蔵庫に、何が残ってたかしら」
だしぬけに、一花ちゃんが言った。
「えっと…………卵……?」
私がやっとひとつ思いだすあいだに、
「卵、キャベツ、ネギ、豚バラ肉、それから小麦粉もあります」
四月ちゃんはすらすらと、パーフェクトに答えちゃった!
すると、一花ちゃんはにっこりと笑う。
「さすが四月は記憶力がいいわ。いてくれて、いつも助かっちゃう。私、四月と家族になれてよかった」
「うちも!」
二鳥ちゃんはすかさず四月ちゃんの右手を取り、
「私も!」
私もすぐに四月ちゃんの左手を取る。
友達を作るのがむずかしくたって、四月ちゃんには私たちがいるよ。
私たち、『四月ちゃんと家族になれてよかった』って思ってる。
もちろん、『記憶力がいいから』じゃないよ。
いてくれるだけで、本当に幸せなの。
だから、『四月ちゃんと友達になれてよかった』って思う人だって、きっといるはずだよ。
そんな思いをこめて、ぎゅっと手をにぎったら……。
思いが伝わったのかな。
四月ちゃんは、はずかしそうに笑って、そっと手をにぎりかえしてくれたんだ。
「夕飯、お好み焼きにしようさ」
二鳥ちゃんがそうよびかければ、
「「「賛成」」」
重なるそっくりな姉妹の声。
影法師(かげぼうし)を四つならべて、夕暮れの中を一歩一歩、私たちは歩いて帰ったのだった。
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