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ものがたり

注目シリーズまるごとイッキ読み!『四つ子ぐらし① ひみつの姉妹生活、スタート!』第13回 気づかなかった想い


私、宮美三風。家族のいない、ひとりぼっちの12歳…と思ってたら、四つ子だったことが発覚!? それぞれ別の場所で育った姉妹四人、一緒にくらすことになり…?
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第1巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!

※これまでのお話はコチラから

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13 気づかなかった想い

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「……家族になれないって思うのは……どうして?」

 責めるような言い方にならないように、私は慎重にたずねた。

 こんなに優しい四月ちゃんが、どうしてこうもかたくなに「家族になれない」なんて言うの?

 何か、必ず理由があるはずだよ。

「それ、は…………」

 四月ちゃんは、言うのをためらっている。

 ううん、怖がってる……?

 くっついている体が、いつの間にか硬くなっていた。

 いつもはわからなかった四月ちゃんの心の様子が、ふれあったところから伝わってくる。

 きっと、何か大きな理由が、四月ちゃんの胸に……閉じた心の扉の奥にあるんだ。

 長い沈黙のあと、私は思いきって口を開いてみた。

「……あの、紫色ってきらい?」

「えっ?」

 ビクッと四月ちゃんの体がふるえた。

「あ、えっと……四月ちゃんは、髪飾りつけてないから、紫色、きらいなのかなって……」

 そんな理由で「家族になれない」と言っているんじゃないよね。

 だけど、何か話の糸口になればと思って、聞いてみた。

 なんでも言っていいんだよ。いつまでも待つからね。

 そんな思いをこめて、四月ちゃんの体をそっとなでる。

 返事をしてくれるかどうか、不安になったころ、

「……そんなこと、ないです。紫は、一番好きな色です」

 四月ちゃんのくちびるが、わずかに動いた。

 かすかな息が、私のまつ毛にかかる。

「なら……」

 どうして? と、私は四月ちゃんの顔をのぞいた。

「……それは……」

 四月ちゃんはゆっくりと寝がえりを打って、背中を向ける。

 あっ……また、心を閉ざしちゃう……?

 一瞬、そう思った。

 だけど、ちがった。

 四月ちゃんは──ためらいがちに、髪を左右に分けたの。

「……わかりますか、ここ」

 ピカッと雷が光って、部屋の中が照らされた。

 同時に、四月ちゃんの首の後ろがはっきりと見えた。

「……っ! これ……!」

 そこには──とがったもので思いきり引っかかれたような、古い傷あとがあった。

 四月ちゃんの細くて白い首すじに、その傷あとは、とてもいたましくて……。

 言葉を失った私に、感情のこもらない声で、四月ちゃんはつぶやく。

「小学生のころ……たぶん、コンパスの針か何かで、刺されて」

「刺されて?」

 私、耳をうたがって、バッと体を起こした。

 背中を向けている四月ちゃんの体が、小さくふるえはじめている。

「僕、ずっといじめられていて……それで……」

 だから、髪を結んで髪飾りをつけることができなかった。

 だから、姉妹とお風呂に入れなかった。

 言葉にならない四月ちゃんの想いが、痛いほど伝わってくる。

 まるで、私の首のうしろにも、同じ傷ができたみたいだよ。

「いじめって……、先生たちは、何もしてくれなかったの?」

 たずねると、四月ちゃんはだまって首をふった。

「学校も、施設も、子どもの人数がすごく多かったから……先生の目が、とどかなくて……」

「そんな……」

 いじめられてて、しかも助けてもらえなかったなんて。

 四月ちゃんがそんなひどい目にあってたなんて、私、今まで想像もしなかった。

 ──「…………僕は、逃げるためだ……」

 あの言葉は、そういう意味だったんだ。

 四月ちゃんは、いじめから逃げるために、中学生自立練習計画に参加したんだね。

 四月ちゃんの心の中に降っていたのは、私とよく似た、雨なんかじゃなくて……。

 もっと冷たい、もっとするどい、きっと、吹雪(ふぶき)みたいなものだったんだ。

「ごめんね、四月ちゃん……。辛かったよね……痛かったよね……」

 上手ななぐさめの言葉なんて、思いつかなくて。

 私はつぶやきながら、泣いてしまわないよう、くちびるをかみしめることしかできなかった。

 遠くの方で雷がひびいて、四月ちゃんがふたたび話しだす。

「それでも、たえて……でも、あるとき、ガマンできなくなったんです。あの日……」

 ふるえる四月ちゃんの背中を、私はゆっくりさすった。

「すごく寒い日で、雪も降っていて……そんな日に、僕、宝物を川に捨てられたんです」

 宝物……四月ちゃんの宝物ってなんだろう。

 そう思ったけど、私はだまって続きを待った。

「……浅かったから、僕、すぐに飛びこんで、落ちた辺りを必死に探しました。なんとか見つかったんですけど、手にも足にも、しもやけができて……もうこんなところから逃げだしたい、いなくなりたいって思うようになって」

 冬の川に飛びこむなんて、よっぽど大切な宝物だったはず。それを捨てられるなんて……。

「それは……ガマンできなくなって当然だよね……」

 でも、四月ちゃんは首をふって、

「ガマンできなくなったのは、それだけが理由じゃなくて……」

「え?」

「そのとき、唯一の友達だった女の子が……僕のかわりにいじめっ子にどなってくれて……でも、次の日、その女の子──英莉(えいり)ちゃんの、靴がなくなってしまって……僕のせいで、英莉ちゃんまでいじめに巻きこまれてしまったんです」

「そんな……」

「僕といると、だれも幸せになれない……僕は友達なんか作っちゃいけない……本当に最低の人間だから」

「そんなことないよっ!」

 ──「友達は作らないって決めてるんです」

 あの言葉の理由も、やっと今、わかった。

「四月ちゃんは最低なんかじゃないよ。私たちの大切な、最高の妹だよっ。私を心配して、ここにこうして来てくれたんだもん!」

 こらえきれなくなって、私は布団にもぐり、四月ちゃんをだきよせた。

「大丈夫だよ四月ちゃん……。もし四月ちゃんがだれかにいじめられたら、絶対、みんなで守ってあげる。四月ちゃんには、三人もお姉ちゃんがいるんだよ……!」

 私だって、いじめられたことがある。

 怖くて「やめて」とすら言えず、そのときはめそめそ泣いているだけだった。

 だけど──。

「家族のためなら、私、すっごく強くなれるから」

 四月ちゃんを守りたい。

 そう思うと、勇気の火が、何もない暗闇にぽっと灯った。

「………………」

 しばらく、四月ちゃんはだまっていた。

 ねむっちゃうのかな、と思ったとき。

「やっぱり……なれません……」

「え?」

「僕は、家族にはなれません……」

「……私たちのこと、好きになれない?」

「そんなこと、ないです……でも…………」

 そこから、言葉が続かない。

「四月ちゃんは、私たちの妹だよ。これからも、ずっと、いっしょだよ……」

 つややかな黒髪に顔をうずめ、ゆっくりと呼吸をする。

 体じゅうに、四月ちゃんの香りが広がった。

 今度は、私が、四月ちゃんの背中をとんとんする番。

「大丈夫だよ、四月ちゃん。もう大丈夫……私たち……何があっても四月ちゃんのことが大好きだよ……だから」

 急にねむけがおそってきて、頭がぼんやりする。

 起きよう、としても、まぶたが自然と下りてきちゃう……。

「……だから、安心して家族に……なって……」

 消えかける意識の中で……四月ちゃんの声が聞こえた。

「…………今日だけ……そうします」

「今日、だけ……?」

 そう聞こえたような気がして、問いかえした。

 ほんの少し弱まった雨と風の音が、遠くの方でひびいている。

 四月ちゃんからの返事はなくて……いつしか、私はねむりに落ちていた。


第14回へつづく

書籍情報


作: ひの ひまり 絵: 佐倉 おりこ

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046318404

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