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ものがたり

注目シリーズまるごとイッキ読み!『四つ子ぐらし① ひみつの姉妹生活、スタート!』第12回 嵐の夜に


私、宮美三風。家族のいない、ひとりぼっちの12歳…と思ってたら、四つ子だったことが発覚!? それぞれ別の場所で育った姉妹四人、一緒にくらすことになり…?
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第1巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!

※これまでのお話はコチラから

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12 嵐の夜に

……………………………………

「三風っ!?」

「三風ちゃん! ほんまに心配したんやで!」

 一花ちゃんも、二鳥ちゃんも、帰ってきた私を見て、ひどくおどろいていた。

「ずぶぬれじゃない。それに真っ青!」

「カサ持ってなかったん? これでふき!」

 大きなバスタオルにふわりとつつまれると、心と体が、少しだけ温まった。

 私……一人じゃ、ないんだ。

 そんな思いが押しよせて、思わずゆっくりと息をはく。

 雨が降りだしたときに比べたら、私、少しは落ちついたみたい。

 それでも、雨の中を走ったせいで荒くなった息が、なかなかおさまらなくて。

「ハァ……ハァ……ごめん……。大丈夫だよ、お姉ちゃん」

 弱々しい声でつぶやいて、私はバスタオルに顔をうずめる。

「すぐお風呂入って。カゼ引いちゃうわ」

「ほんまに大丈夫? 何かあったん?」

「……それ……は…………」

 とっても怖かったの。小さいころのこと、思いだしちゃって、昇降口でふるえてたの。

 そう話したかったけれど。

 まだ、心臓がドキドキしてて、胸が痛い。

 話そうとしたら、怖かったこと、もう一度思いだして、また泣いちゃいそう……。

 あわてて目をぎゅっとつむると、涙といっしょに、言葉までのどの奥に引っこんでしまった。

 二人がこんなに心配してくれているのに、何があったか、説明もできないなんて。

 こんな弱い自分、大きらいだ。

 うつむいたそのとき、

 ──キィ

 ドアが開く音がして、私は顔を上げた。

 部屋から出てきたのは四月ちゃんだ。

 ……よかった、四月ちゃん、帰ってたんだ。

 じゃ、やっぱり、黒い車に乗って行っちゃったのは、四月ちゃんじゃなかったのかな。

 私、ほっとして、笑いかけようとしたけど、ほっぺたがうまく動かない。

 四月ちゃんはびしょぬれの私におどろいたのか、顔色をサッと変えて、

 ──パタン

 また自分の部屋に入って、ドアをしっかり閉めちゃった。

 びっくりさせちゃってごめんね、四月ちゃん。

 私……四月ちゃんに心を開いてほしい、なんとかしなきゃって思ってたけど、自分のことで精いっぱいみたい。

 情けないな……私、四月ちゃんのお姉ちゃんなのに……。

 そんなことを思ったら、弱った心に、また泣きたい気持ちがこみあげてくる。

「ゲリラ豪雨ってやつよね。きっとすぐ止むと思うんだけど……」

 一花ちゃんはそう言って、嵐の音がひびく窓の外を見た。

 けれど、夜になっても、雨や風や雷は、全然おさまらなかった。


 ──ザアァ…………ゴオッ…………ゴロゴロゴロ…………

 その夜。もうすぐ日付が変わりそうなころ。

 外は、相変わらずの嵐。

 風を受けて、家は時々、ミシミシと不気味にきしむ。

 私は布団の中で目を見開いて、じっと硬くなっていた。

 早く、朝が来ればいいのに……。

 目を閉じれば、イヤな思い出が夢にからみついてきそう。

 ねむるのもイヤだし、起きているのもイヤ。

 いっそ、お化けでも出てきた方がずっとマシだよ……。

 そう思った瞬間、闇の中で、ろうか側のふすまがすっと開いた。

「……え?」

 一体、だれ?

 背すじがすっと冷たくなった。おそるおそる、声をかけてみる。

「二鳥、ちゃん?」

 返事はない。

 布団のはしをぎゅうっとにぎって、もう一度声をかけてみる。

「い、一花ちゃん?」

 すると、闇がゆらいで、何かがこっちに迫ってきた。

「……っ!?」

 息を止めて目をこらすと──見えてきたのは、私と同じ顔に、ちょこんとメガネをかけた姿。

「し……四月ちゃん?」

 ど、どうして四月ちゃんが?

 私は起きあがって、布団から出た。

 ……あれ?

 ろうかも階段も、なんで真っ暗なんだろう。

 四月ちゃんの部屋は一階だよね。

 まさか、暗いまま、あの急な階段を上ってきたの?

「四月ちゃん、なんで、電気……」

 おずおず問いかけると、四月ちゃんは、いつもよりさらに小さくした声でささやいた。

「電気、つけたら起こしてしまうかもしれないし……手すりがあるから、平気でした」

「で、でも……」

 ──バリバリバリッ! ドーン!

「きゃっ──」

 ひときわ大きな雷がとどろいて、思わずうずくまった。

 心臓がぎゅっとちぢんで……またあの雨の日の記憶で、心がいっぱいになりかけたとき、

「……大丈夫ですよ」

 背中に、あったかい手が置かれた。

 ゆっくりと顔を上げると……そこにあったのは、自分とまったく同じ顔。

 いつもは目をそらしがちな四月ちゃんが、遠慮がちに視線を合わせてきてくれた。

「泣いていたみたいだったから……気になって、それで、来ました」

 低い雨音がひびく中、四月ちゃんの声は、闇なんてみんな払ってしまうように、きれい。

 ふさいでいた心に、ひとすじ光が射しこんできた。

 あの雨の日、雷におびえて閉じた目をこわごわ開いても、ろうかにはだれの姿もなかった。

 だけど、今、私の目の前には──四月ちゃんがいる。

「あの……背中、とんとん……しましょうか……?」

 背中、とんとん……。

 あまりにうれしくて、すぐに言葉が出てこない。

 ありがとう、そう言おうとしたら。

 あれ?

 ふと、ほおがぬれているのに気がついた。

 私……泣いてる。

 思考を停止させている間に、四月ちゃんはおどろいたように手を引っこめた。

「……あ……ごめんなさい……僕なんかが、すみません。やっぱり、もどりま──」

 思わず体が動いた。

 私、言葉をさえぎって、四月ちゃんをだきしめていた。

 細い体から、熱が伝わってくる。

「ここに、いて……っ」

 辛くてさみしいとき、やっと自分を助けてくれる人が来てくれた。

「うれしいの。うれしくて、泣いてるの……!」

 私、ひとりぼっちじゃないんだ!

 あたたかい光にふれたような気持ちで、胸がいっぱいになる。

 心の奥でずっと泣いていた、あの雨の日の小さな私にまで、お日様のキラキラした光が降りそそいでいくみたい……──。


 それから、四月ちゃんと私は、二人いっしょに布団にもぐりこんだ。

 四月ちゃんは、ずっと止めることなく、背中を、とん、とん、と優しくたたいてくれている。

 私はうでを回して、四月ちゃんの体をひしっとだきしめてる。

 四月ちゃん、あったかい……。

 だけど、細いなぁ…………。

 同じ顔だけど、一人一人ちょっとずつちがう。

 四月ちゃんは、ほかの三人よりも、肌が白くて、ほっそりしてるの。

 強くだきしめたら、折れちゃいそうなほど。

 私たちを起こすといけないからって、電気もつけずに、あの急な階段を上ったりして……。

 もし落ちたら、きっと本当に折れちゃってたよ。

 なのに、来てくれた──。

 なかなか打ちとけられなくて、本当はきらわれているんじゃないかって、思ったりもした。

 ──「僕は、家族になれない……っ」

 あの言葉は、すごくすごく悲しかったけれど。

 本当は、こんなに優しい子だったんだ。

 四月ちゃんの体温。

 背中をたたく手。

 かじかんだ指先がのびるように、心がほぐれていって……。

「……あのね、四月ちゃん……私、大雨の日、小学校に置いてけぼりになったことがあったの」

 私の口から──心の中から、ぽろりぽろりと、言葉がこぼれでていく。

 この話をだれかにするのは、初めて。

「すごく、すごく怖くて、さみしくて、トラウマみたいになっちゃってて……今日は、いきなり雨が降ってきて、その日のこと、思いだして、学校で泣いちゃった。もう中学生なのに……えへへ…………変だよね……」

 打ちあけるだけで、情けなくて、また泣きそうになっている自分がいる。

 だけど、ぎゅっと目を閉じて続けた。

「でもねっ、そのとき、一花ちゃんと二鳥ちゃんから電話をもらってね、『家族がいるんだ。一人じゃないんだ』って思ったら、ほんのちょっと、強くなれた気がしたの」

 私は甘えるように、四月ちゃんの胸に、おでこをくっつけてみた。

「今もね、四月ちゃんがこうしてくれてるから、私、ほっとしてるの……。もし、もう一度、同じように雨に降られても、今日のこのときのことを思いだしたら、きっと前を向けると思う。四月ちゃんのおかげだよ。……ありがとう」

 お礼の気持ちをこめて、私、四月ちゃんをぎゅーっとだきしめた。すると、

「………………」

「四月ちゃん?」

 背中をたたく手が止まってしまった。

 そっと様子をうかがうと、

「僕は……家族には、なれない。僕みたいな子は、家族を作っちゃいけないから……」

 四月ちゃんはまつ毛をふるわせて、そうつぶやいたの。


第13回へつづく

書籍情報


作: ひの ひまり 絵: 佐倉 おりこ

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046318404

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