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ものがたり

注目シリーズまるごとイッキ読み!『四つ子ぐらし① ひみつの姉妹生活、スタート!』第11回 やっぱり、私は一人


私、宮美三風。家族のいない、ひとりぼっちの12歳…と思ってたら、四つ子だったことが発覚!? それぞれ別の場所で育った姉妹四人、一緒にくらすことになり…?
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第1巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!

※これまでのお話はコチラから

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11 やっぱり、私は一人

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 湊くんと別れた私は、そのまま、教室で物思いにしずんでいた。

 ──「家族なんだもん。普通そうでしょ」

 一人、イスの上でひざをかかえ、湊くんの言葉を頭の中で何度もくりかえす。

 普通の家族ってなんだろう。

 そんなのわからない。

 湊くんには、生まれつき、お父さんや、お母さんや、きょうだいがいた。

 だけど──私は、一人だった。

 家族なんて、いなかった。

 そんな私には、わからないのかなぁ……。

 ──キーンコーンカーンコーン……

 急に鳴ったチャイムに、ハッと顔を上げた。

 あわてて時計を見ると、下校時刻はとっくに過ぎてる。

 さっきまで晴れていたはずの空は、灰色の厚い雲におおわれていた。

「……帰らなくちゃ……。……あ、その前に」

 私のクラスは、教室を最後に出る人が、掲示板の日めくりカレンダーをめくる決まりなんだ。

 べりっ、とカレンダーを一枚はがして、現れた日付は「4月25日」。

「あっ……!」

 小さく声がもれた。

 だって──明日は、私たち四姉妹の、十三歳の誕生日だったから。


 カバンを肩にかけ、薄暗いろうかをぬけていく。

 ろうかを曲がると、左が昇降口。

 右には、大きな鏡。

「──…………」

 私は、鏡の中の自分に目を向けた。

 二本の三つ編み。

 それをとめている、水色の髪飾り。

 色ちがいのおそろいで、いつも身につけているそれは、姉妹の証(あかし)みたいなもの。

 明日には、私たち、十三歳になるんだ……。

 また一歩、大人へ近づく日。

 なのに、四月ちゃんと私たちの距離は、遠いまま?

 十三歳になっても、姉妹の証をつけてくれないまま?

 そんなのって、イヤだよ……!

 胸の中にやるせなさが広がって、思わずぎゅっと目をつむる。

 どうにかして明日までに、私たち、変わらなくちゃ。

 でも、どうしたらいいの……?

 普通の家族なら、湊くんの言う通り「気がつくと元通り」になっているのかもしれない。

 だけど、普通じゃない、普通を知らない家族は……──。

 暗い気持ちで昇降口を出ようとしたとき。

 ふと、校門のそばに、黒い車が停まっているのが目に入った。

 わ……ずいぶん大きな車。だれかをむかえに来たのかな。

 助手席にいるのは、女の人だ──顔は見えない。

 何げなく後部座席に目を向けると、

「えっ……四月ちゃん!?」

 四月ちゃんが乗っているように見えて、私、思わず校庭へ飛びだした。

 だけど、確認する間もなく、その車はあっという間に走り去ってしまって……。

「四月ちゃん……じゃ、ないよね……」

 ドキン、ドキン……心臓がひとつ脈打つごとに、にぶい痛みが広がっていく。

 何か特別な予定があるときは、姉妹のだれかに必ず伝えること、と決めている。

 あんな女の人の話なんて、今まで、一度も四月ちゃんから聞いたことはない。

 女子はみんな同じ制服だし、遠目で見れば、似た子なんてたくさんいるし……でも……。

 絶対、百パーセント、あの子は四月ちゃんじゃないって、言いきれないよ。

 だって……私、四月ちゃんのすべてを知っているわけじゃないもん。

 四月ちゃんが何を考えているのか、全然わかんないもん。

 お姉ちゃんたちが何を考えているかも、最近はよくわかんないんだもん。

「私……ひとりぼっちだ」

 そうつぶやいて、うつむいたとき、


 ──ポツ……ポツポツ…………ザ……ザアアッ……!


「ひッ……!?」

 突然、バケツをひっくりかえしたような雨が降りだした。

 空気がいっぺんにむわっとしめり、息苦しさがドッと降りてくる。

「やだ……!」

 カサは? それより雨宿り!? イヤだ、早く、帰らなきゃ……!

 ──ザアアアアアアアアアアアアアッ…………!

 たじろいでいる間に、どんどん雨足が強まって、心臓の音が一気に激しくなっていく。

 もう、前も後ろも、右も左も、冷たくかすんで、何も見えない。

 雨……イヤだ、こわい、こわいっ!

 校舎に戻って雨宿りをしようと、昇降口へかけだしたその瞬間。

「あっ」

 ──ベシャッ

 しめった土に足を取られ、私は地面に倒れた。

 冷たい雨が、真新しい制服をぬらしていく。

 肩に、ほおに、額に、髪に……雨粒がようしゃなくおそいかかる。

 そして、追いうちをかけるかのように、

 ──ピカッ! ゴロゴロゴロ……ッ!

 雷が光り、轟音を鳴らした。

「あ……ぁ……」

 体の奥がふるえ、心ごと深い闇の底へ落ちていくみたい。

「…………たす……けて…………」

 こわれたように、雨は激しさを増していく。

 私は、はうようにして、なんとか昇降口までもどった。

 もう、自分が泣いているかどうかすら、わからない。

 びしょぬれになったまま、ひざをかかえ、うずくまった。


 雨には…………イヤな思い出がある。

 小学一年生の、ちょうど今ごろの季節のこと。

 その日も今日と同じように、下校時刻になると、まるで嵐のような天気になった。

 雨はたたきつけるように降り、風はうなりながら木々をゆらす。

 夕方みたいに暗くなった空には、ものすごい音と共に雷が走る。

 警報も出ていたのかな。

 大勢の保護者が、子どもを学校までむかえに来ていた、あの日──。

 昇降口は、色とりどりのカサやレインコート、長靴でごったがえしていて。

 土砂降りなのに、そこだけ虹がおりたようだった。

 でも、私のところには、だれも来てくれなかった。

 ふと気がつくと、周りには、だれもいない。

 全員が下校して、ポツンと一人残された灰色の昇降口で。

 私は体を丸め、柱のかげでふるえていた。

 同じ施設に暮らす上級生と、いっしょに帰るはずだったのに……。

 その日に限って、存在を忘れられていた。

 どれだけ待っても、私をむかえに来る人はいない。

 雷が光るたびに、怖くて、ぎゅっと目をつむった。

 恐る恐る目を開けても、冷たいろうかには、だれの姿もない。

 ──ザアアアアアアアアアアアアアッ………………

 雨の音だけが、とぎれることなく続いている。

 寒くて、体が、どんどん冷えていって……。

 私はこのまま、ひとりぼっちで死んでいくんだ……。

 どんなにつらくても、さみしくても、私を助けにきてくれる人はだれもいないんだ……。

 どうしようもない孤独のイメージが雨にしみついたのは、そのときだった。


「あのときから何も変わってない……私……」

 制服は、ぬれて泥だらけ。

 体はすっかり冷えきっている。

 このままじゃ、カゼを引くかもしれない。

 だけどかまわない。

 だって、どうせだれも心配しない。私はひとりぼっちだから……──。

 かかえたひざに、顔をうずめたそのとき。

 ──ピロロロロロロ、ピロロロロロロ、ピロロロロロロ……

 暗い思考が、ハッととぎれた。

 耳慣れないベルの音。

 だけど、たしかにすぐ近くから、私を呼ぶようにひびいている。

 うつろな目で、カバンの中を見ると、スマートフォンが光っていた。

 真っ暗な昇降口の中で、ほんのり光る小さな画面を見て、私は目を見ひらく。

《着信 家》

「──い、え……?」

 ふるえる指で、通話ボタンを押した。

 そのとたん、あふれだしてきた、私とそっくりな声たち。

「もしもし三風? いまどこ? すごい雨ね。大丈夫? あっ」

「早よ帰ってきぃ。カサ持ってる? むかえにいこか?」

「ちょっと勝手に取らないで! 三風、警報が出るかもしれないわ。風もすごいし……三風?」

「もしもし? 三風ちゃん聞こえてる? 一人で大丈夫? 雷、平気?」

 二人で、家にある固定電話の受話器を取りあっているのかな。

 お姉ちゃんたちの声が、かわるがわる聞こえてくる。

 スマホを耳に押しあてて、その声をじっと聞いていると──。

 体のふるえが、いつの間にか止まってた。

 一花ちゃんも、二鳥ちゃんも──私を心配してくれてる……。

 そうだ……私には、家で帰りを待ってくれている家族がいるんだ。

 ──ゴォッ!

 突風が昇降口の中に吹きつけ、ぬれた前髪が弾きとばされた。

 あのときとはちがう……だから、私も変わらなきゃ!

 風の音に消されないよう、涙声のまま、力いっぱいさけんだ。


「お姉ちゃん、わたし…………私、大丈夫だからっ!」


 スマートフォンを胸にだいて、キッと顔を上げる。

 決意をこめて、通話終了ボタンを押して。

 ぬれないよう、スマホをカバンの教科書の間にねじこんで。

 下駄箱に寄りかかりながら、ゆっくりと立ちあがった。

 ぬれた靴をちゃんと履き、昇降口に置いてあった自分のカサを広げる。

 おびえる足を、一歩前へ。

 どうにか歩ける。

 転ばずに進める。

 また一歩前へ。

 昇降口の外に出ると、雨がカサをいっせいに打った。

 怖い…………!

 だけど、これくらいで負けられないよ。

 一歩一歩、強くふみしめて、前へ、前へ、どんどん前へ──。

「……っ!!」

 体全部の勇気をふりしぼり、私は家を目指して、雨の中をかけだした。


第12回へつづく

書籍情報


作: ひの ひまり 絵: 佐倉 おりこ

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046318404

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