
私、宮美三風。家族のいない、ひとりぼっちの12歳…と思ってたら、四つ子だったことが発覚!? それぞれ別の場所で育った姉妹四人、一緒にくらすことになり…?
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第1巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!
※これまでのお話はコチラから
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9 僕は家族になれない
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翌朝。
「三風ちゃん三風ちゃん、今日はうちと同じ髪型にしてみいひん?」
朝食を食べおわったころ、二鳥ちゃんがそんなことを言いだした。
「えーっ、ツインテール? 私に似合うかなぁ?」
「似合うに決まってるやん! 同じ顔なんやもん」
牛乳をふきだしそうになった私に、二鳥ちゃんはケラケラ笑った。
「ややこしくなるからやめてちょうだい」
食器を流しに運びながら、一花ちゃんも面白そうに肩をすくめる。
「あんたたち、中身はともかく、見た目は一番似てるんだから、見分けられなくなっちゃうわ」
「だからおもろいんやんか!」
二鳥ちゃんはへこたれず、にひひっ、と笑って、自分のツインテールを持ちあげてみせた。
二人とも、昨日のことがウソみたいに、いつもと変わらない。
ううん、それどころか、いつにも増して明るい気がした。
もしかしたら、昨日の手紙で不安になっている私を、はげまそうとしてくれてるのかな。
「あ、いっそ四人みーんな同じ髪型にしたらどうやろ?」
「みーんなツインテール!?」
「そう! めっちゃおもろいやん? なあシヅちゃん?」
そうたずねた瞬間。
空気が急に冷え、辺りがしんとなった。
四月ちゃんは無言で、首を小さく横にふる。
それに合わせて、下ろした黒髪が静かにゆれた。
四月ちゃんは、まだおそろいの髪飾りを一度もつけていない。
相変わらず口数も少なくて、自分から何かを言いだすことだって、ほとんどない。
「「「…………」」」
お姉ちゃんたちの表情がくもって、私の心にも、不安の影が落ちた。
他人行儀な態度だって、きっといつかは時間が解決してくれる。
そう信じていたけれど……もし、ずっとこんなままだったら、どうしよう……。
《申し訳ありません。遅くなります。夕ごはんは先に食べてください》
そんな四月ちゃんからのメッセージがスマホにとどいたのは、その日の放課後。
家に帰っていた私と二鳥ちゃんは、顔を見あわせた。
「どないしたんやろシヅちゃん。部活とかも入ってへんやんな?」
「う、うん。だと思うけど……」
夕ごはんに間にあわないくらい遅くなるなんて、今まで一度もなかったことだよ?
私たちがとまどっていると、
「ただいま。今日は三風の好きなカレーよ」
買い物袋を手にさげた一花ちゃんが、明るい笑顔で帰ってきた。
でも、四月ちゃんのことを伝えると、とたんに不安そうな顔になった。
力なく、私たちは居間の座布団にこしを下ろす。
「……どないしたらシヅちゃんともっと仲ようなれるんやろ。最近めっちゃ距離感じるやん。真剣に話しおうたらわかってくれるかなぁ」
二鳥ちゃんがそうつぶやくと、一花ちゃんが眉を下げてうつむいた。
「そういえば施設にいたとき……四月みたいな子がいたわ」
「ほんま? せやったら、仲ようなる方法わかるんちゃうの?」
二鳥ちゃんはパッと顔を明るくしたけど、一花ちゃんはゆっくりと首を横にふる。
「四月はきっと……したくてああしてるんじゃないのよ。たぶん……心を開けない事情があるんだと思う。それは人それぞれちがうし……話してくれるまではわからないわ」
心を開けない事情……。
それって、私たちの力じゃ、どうにもできないことなのかな?
聞いてみたい。聞かせてほしい。でも……。
「直接聞くのは……きっと傷つけちゃう、よね」
私が言うと、一花ちゃんはうなずいた。
「せやけど、いつまでもあんなふうやったらさみしいわ。シヅちゃん、いっつも遠慮してるみたいやし……昨日も『お風呂いっしょに入ろ』って言うても『いいです一人で入ります』って」
「あ、私も、おととい断られちゃったよ」
「えっ、三風も?」
四人で暮らすようになってすぐ、お風呂はできるだけ姉妹いっしょに入ろう、って決めたの。
二鳥ちゃんが「ハダカのつきあいは大事やで」って言いだして、一花ちゃんも「ガス代の節約になるものね」って賛成したからね。
だけど、四月ちゃんは、だれともいっしょにお風呂に入ったことがないんだ……。
「はぁ……どないしたらええんやろ」
二鳥ちゃんはうなだれ、私もだまりこむ。
一花ちゃんは言いにくそうに、口を開いた。
「きっと……四月にすらどうにもできないことなんだと思うの。あの子、学校でもいつも一人だし、友達いないみたいでしょ。こないだ、それを聞いたら……四月、なんて言ったと思う?」
一度言葉を切った一花ちゃんが、声をひそめる。
「『友達は作らないって決めてるんです』って……!」
「「……!」」
元々静かだった居間が、さらにしいんと静まりかえった。
「それで私、思っちゃったの。四月の言う『友達』に、私たちも入ってるのかな、って」
「わ……私たちは『家族』でしょ!?」
私、おどろいて、思わずさけんでた。
「そうよ。家族よ」
一花ちゃんは縁側の向こうに目を向ける。
そこに見えるのは、のび放題だった雑草がぬかれ、すっかりきれいになった庭だ。
四月ちゃんが、してくれたんだよね……。
血がつながってて、ひとつの家に住んでて、同じ学校に通い、家事だってちゃんと分担してる。
私たち……だれがどう見ても家族だよ。なのに……。
「とりあえず、静かに見守った方がいいと思うわ」
「でも……何もできひんのは、やっぱりイヤやわ」
「それは、そうかもしれないけど……」
「なあ、三風ちゃんはどないしたらええと思う?」
「そうね、三風ならいいアイデアがあるんじゃない?」
「えっ、えっと……」
今度ばかりは、私も二人を納得させられるようなアイデアが出そうにない。
どうすればいいんだろ……。
必死に頭をひねっていると、
──ピロン
三人のスマホが、同時に鳴った。
《メール一件・自立練習計画実行委員会 今週の自立ミッション》
「……こんなときに課題だわ」
正直今は、それどころじゃないよ……そう思いながらメールを開いたんだけど。
《自立ミッション・四人でおそろいのものを身につけよう》
「「「おそろい……」」」
全員、メールを見つめたまま、だまって考えこむ。
心の声までは聞こえないけど、お姉ちゃんたちも今朝のことを思いだしているにちがいない。
私だって、四月ちゃんにおそろいの髪飾り、つけてほしいよ。
「……やって、みようよ。少しは何かが、変わるかも」
思いきってそう言ってみた。すると、
「せやな! きっかけ、作ってあげようさ」
「見守るだけじゃ、変わらないかもしれないものね」
二人もゆっくり顔を上げてくれた。
「まずは、四月ちゃんの好きなものを聞きだすことから始めてみたらどうかな?」
「それ、いいわね。考えてみたら、四月の好きなもの……まだひとつも知らないわ」
「せやな。好きなもんやったら話題にしやすいし、いろんな話したら、仲ようなれるやろうし」
「おそろいの髪飾りだって、きっとつけてくれるようになるよね!」
私たち、同じ顔を見あわせて、同時に力強くうなずいた。
うまくできるかどうかわからないけど、やってみよう。
かわいい末っ子の妹のために。
次の日の朝。
「ねえ四月、今日はデザートがあるの。ヨーグルトよ」
一花ちゃんが冷蔵庫から取りだしたのは、四つつながったヨーグルトだ。
味は、ストロベリー、ブルーベリー、ピーチ、プレーンの四種類。
私たち、いつも節約を心がけているから、そのヨーグルトはちょっとしたぜいたく品なんだ。
「シヅちゃんはどれが好き? どれでもひとつ選び!」
二鳥ちゃんは、四月ちゃんに真っ先に選んでもらおうと、ヨーグルトを差しだした。
でも、
「……なんでもいいです」
四月ちゃん、ぼそっとつぶやいて、うつむいちゃった。
「遠慮しないで。好きなの選んでいいのよ、四月」
「そ、そうだよ、四月ちゃん。好きなの取ってよ」
一花ちゃんも私も、ほほえみかけてみたけど、
「……本当に……あの……なんでもいいです」
四月ちゃんはかたくなだ。
なんだか、私たちが優しくすればするほど、心を閉ざしちゃうみたい。
本当はもっと、ねばりづよく寄りそってあげたいなって、思うんだけど……。
時間のない朝は、どうしてもむずかしいんだよね。
「……ほんならうちイチゴ!」
早い者勝ちとばかりに、二鳥ちゃんはストロベリーを取って、
「あっ……じゃ私、桃」
一花ちゃんもピーチを取る。
「えっ、えっ、あ……」
私は出遅れながらも、
「……じゃ、じゃあ私、プレーン……」
四月ちゃんの方をちらちら見ながら、情けなくつぶやいてしまった。
こんなんじゃダメだなぁ。次は、私から話しかけてみよう……!
その日、学校から帰ってきて、さっそくチャンスはやってきた。
「ただいまー。あーお腹すいたわー。なんかなかった?」
「ミニドーナツならあるわよ」
今だ!
私はさっそくドーナツの箱を食堂の棚から取ってきて、
「四月ちゃん、おやつはミニドーナツだよ。チョコとプレーン、どっちがいい?」
一番に四月ちゃんに差しだした。だけど、
「…………どっちでもいいです……」
四月ちゃんは困ったようにそう言うと、自分の部屋に引っこんじゃった。
「僕はいいです」「なんでもいいです」「どっちでもいいです」──
何かにつけて、そう答えてしまう気持ち、わからないわけじゃないよ。
私だって、施設にいるときは、そういうところ、あったから……。
「手のかかる子」「わがままな子」「自己主張の激しい子」──
そんなふうに思われて、きらわれて、居場所を失いたくなくて。
「これがいいな」と思っていても、つい「なんでもいい」と言ってしまうの。
でも、ここでは遠慮しなくていいんだよ。
私たちは家族なんだもん。家族という居場所は、なくなったりしないでしょ?
だから、ちゃんと「これがいい」「あれはイヤ」って言ってほしいよ。
それが、家族になる、第一歩のような気がする。
その夜。
夕飯を食べおわったころ、タイミングを見計らったように、二鳥ちゃんが大きな声で言った。
「テレビ見よか! シヅちゃん、たまには好きなチャンネル選びよ。何見たい?」
「僕は……なんでも」
「そんなこと言わんと、ほら!」
二鳥ちゃんは四月ちゃんの手を取ると、ぎゅ、とリモコンをにぎらせた。
わわっ、ちょっと強引?
あっ、でも、ひょっとしたら強引なくらいがちょうどいいのかも。
そのリモコンのボタンを押して、四月ちゃん……!
そうすれば、家族への一歩がふみだせるから。
私たち、息をつめて見守った。
四月ちゃんはとまどった様子で、手の中のリモコンをじっと見つめて……。
「…………あの…………僕…………………………なんでも、いいです」
いつもと変わらない調子でつぶやいて、リモコンを二鳥ちゃんに返してしまった。
やっぱり、今度もダメ……。
小さなため息をつこうとした、その瞬間、
──ダンッ!
「ええかげんにしいや!」
乱暴にリモコンを置いて、二鳥ちゃんがさけんだ。
「なんでシヅちゃんはいっつもいっつも自分の意見を言わへんの? 家族やのに!」
「やめて!!」
すぐに一花ちゃんが一喝(いっかつ)して、止めに入る。
それから、力強く、優しい口調で、こう語りかけた。
「ねえ四月。あのね、遠慮しないで、自分の思ってることを言っていいのよ? 私たちは、姉妹なんだもの。家族になって、自立するために、ここにこうして集まったんだもの」
その瞬間、四月ちゃんの目が大きく開かれた。
あっ、わかってくれた……!?
私たちの心に、小さな希望がともる。
ところが、四月ちゃんはほとんど吐息と変わらないような、小さな声をもらした。
「…………僕は、逃げるためだ……」
「えっ?」
逃げるため?
それってどういうこと?
思わず口を開きかけたそのとき、
「僕は、家族になれない……っ」
四月ちゃんは、ふりしぼるように言いきって、すばやく部屋を出ていってしまった。
書籍情報
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046318404
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