
私、宮美三風。家族のいない、ひとりぼっちの12歳…と思ってたら、四つ子だったことが発覚!? それぞれ別の場所で育った姉妹四人、一緒にくらすことになり…?
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第1巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!
※これまでのお話はコチラから
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8 なぞの手紙
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日曜日のお昼。
私たち四姉妹は、全員そろって家を出た。
「あら、お出かけ?」
声をかけてきたのは、おとなりに住む佐藤さん。中年の明るいおばさんだ。
「はい。デパートへ、日用品を買いに行くんです」
私はうきうきしながら、そう答えた。
「まあそうなの。えらいわねえ。行ってらっしゃーい」
「行ってきまーす」
私、施設にいたころは、ショッピングなんてあまりしたことがなかったんだ。
服はたいていお古だったし、文房具とかは、施設に買いおきされてたからね。
だから、大きいデパートに行くってだけで、遊園地に行くみたいにわくわくするよ。
……ところが、到着して数分後。
「こっちのノートの方が安いでしょ!」
「こっちのノートの方がかわいいやん!」
文房具売り場で、一花ちゃんと二鳥ちゃんがケンカを始めちゃった。
二人は一歩もゆずりそうにない。
四月ちゃんは「僕にはどうにもできない」と言いたげな顔で、瞳だけあちこち動かしてる。
せっかくわくわくした気分になってたのに……あぁもう……私がなんとかしなくちゃ!
「……あっ、これだ!」
目についた、とあるノートを手に取り、私は二人に呼びかける。
「ね、ねえ、お姉ちゃん! このノートはどうかな? 五冊ひと束で四百円。四束買えば千五百円! まとめ買いで安くなるし、表紙が無地だから、デコればきっとかわいくなるよ?」
二人は、ギッ、と私の持つノートに目を向けた。
「……たしかにそうね」
「せやな。これにしよか」
うっすらかいた冷や汗をぬぐいつつ、私、小さくほほえんだ。
意見がちがっても、すぐ仲直りできるのって、家族だからだよねぇ。
しみじみしている私の手から、ひょいとノートがうばわれた。
「それじゃ、まとめて買いましょうか」
一花ちゃんはノートを全部で四束──二十冊も取って、そのままレジでお会計をすませる。
私たち四人の、全教科分のノートだ。
「半分持つで?」
二鳥ちゃんが手を差しのべ、私たち妹組もうなずいた。
だけど、一花ちゃんは笑って、ノートの入った袋をぐいっと持ちあげてみせる。
「大丈夫よ。このくらい平気」
「一花ちゃん、力持ちだね」
「まあね。体力にはちょっと自信あるわ。小学生のころ、ミニバスケの選手だったの」
「選手? すごい!」
選手だなんて、かっこいい! 思わず弾んだ声が出た。
「そんなにすごくないわよ。三風は、何か部活とか入ってた?」
「私、五年のときは手芸クラブで、六年のときはイラストクラブだったの。運動はぜーんぜん」
特に、球技なんて苦手中の苦手。
バスケでも、ドッジでも、投げたボールはたいてい、ねらった場所までとどかないんだよね。
ところが、今度は一花ちゃんが目を大きく見ひらいた。
「すごいじゃない! 私、手芸とか、図画工作とか、そういうの一番苦手だもの」
「本当っ?」
「ええ。あ、じゃあ、もし家庭科や美術の宿題が出たら、三風に助けてもらおうかな」
「う、うん! 私も、球技のコツとか教えてほしい!」
「もちろんいいわよ」
おたがいが、得意なことで、おたがいを助けあう。
そんな関係ってステキだなぁ。
まさに、家族、って感じ!
「ねえねえ、二鳥ちゃんは、何か部活してた?」
姉妹のことをもっと知りたくなって、私は声をかけた。
「いいや……そんなヒマ、なかったわ」
二鳥ちゃんはそっけなく答え、首をふる。
「そう、なんだ……。四月ちゃんは、何か部活、してた?」
四月ちゃんも無言で首をふる。
楽しくなるかなと思ったのに……。
二人はなぜか、この話題にはあまり乗ってくれなかった。
何かほかに……みんなが盛りあがれること……ないかなあ。
私は売り場をぐるっとながめてみる。
そうしたら、パッとアイデアが浮かんできて、前を歩く一花ちゃんに声をかけた。
「ねえ一花ちゃん」
ほかの二人に聞こえないよう、こっそり耳打ちする。
「あのね…………に……を……たいの、いいかな?」
すると、一花ちゃんはすぐにうなずいてくれた。
「いいわね。でも今日は財布にあんまり余裕がなくて……さすがに五百円では無理よね?」
「大丈夫! がんばってみるよ!」
「本当? 足りなかったら言ってね。私たち、地下で夕飯の買い物してるから」
「うん、じゃあまたあとで!」
私はお金を受けとって、別の売り場へと歩きだす。
すると、二鳥ちゃんがこっそりついてきて、私にささやいた。
「なあ三風ちゃん、うち、もう買い物飽きたわ。フロワフロッズのアイス食べに行こ」
フロワフロッズは、シングルコーンでも四百円くらいする、ちょっと高いアイスクリーム。
小学生のころ一度だけ食べたことがあるんだけど、すっごくおいしかった。でも──。
「ええっ、か、勝手にぜいたくなものを買うのは……」
「ぜいたく? あのアイスクリーム食べな、デパート来たって気ぃせえへんわ。一花とシヅちゃんはあとで呼んだらええやん。『はよ来なとけるで』って──」
そのとき、私たちの目の前を、一組の家族連れが通りすぎた。
お父さん。お母さん。真ん中には、三歳くらいの、小さな男の子。
とたんに、二鳥ちゃんは、その家族連れをじっと見つめて……。
「…………」
どうしちゃったんだろう。二鳥ちゃん、だまっちゃった。
何かを思いだしているような、うつろな、陰のある目をしてる。
「……やっぱり、ええわ」
ぽつりとつぶやいた二鳥ちゃんは、一花ちゃんたちの方へ、てくてくともどっていった。
背中が、なんだかしょんぼりして見えたけど……。
もしかして、養子のお家でのことを思いだしちゃったのかな。
それにしたって、どうして、あの家族連れだったんだろう?
周りには、私たちと同じくらいの歳の女の子と両親だって歩いていたよね……?
なんでなのかな……? そう考えこむと、自然と下を向いてしまう。
私たちは育った場所がちがうから、それぞれ胸にかかえている思い出だってちがうんだ。
今みたいなとき、何を考えているかわからないのは、仕方がないのかも。
ああ、でもでもっ。
もっともっと、二鳥ちゃんのことも一花ちゃんのことも四月ちゃんのことも、知りたいなぁ。
そうすればきっと、もっと仲のいい家族になれるはずだもん。
私は強くこぶしをにぎった。
その日の夜。夕ごはんを食べおわったころ。
居間でくつろぐお姉ちゃんたちに、私は声をかけた。
「あのね、見せたいものがあるんだ♪ じゃじゃーん!」
持っていた紙袋の中身を一度に取りだすと、
「「わっ、かわいい!」」
サプライズ大成功っ。
お姉ちゃんたち、同時にさけんでびっくりしてる。
私が取りだしたのは──おそろいの座布団カバー!
「えへへ……デパートで別行動したときに、買ったんだ。『和モダン』な柄にしてみましたっ」
ピンクの桜模様のカバーは、一花ちゃん。
赤い鹿(か)の子しぼりのカバーは、二鳥ちゃん。
水色の青海波(せいがいは)文様のカバーは、私・三風。
そして、紫色の矢絣(やがすり)文様のカバーは、四月ちゃん。
「和室にぴったりや! パステルカラーやから、渋すぎひんし」
「三風、よくこんないいの見つけたわね。っていうかお金……足りなかったでしょ?」
「えへへ……実はね」
デパートでこっそり一花ちゃんに「座布団カバーを買いたい」ってお願いしたあと。
私が向かったのは、百円ショップ。
大きめの和柄風呂敷を買って、元々持ってたハギレとぬいあわせて作ったんだ。
風呂敷なら、布のはしがほつれてこないからぬいやすいしね。
だからお金は十分足りたんだよ。
「帰ってから部屋で何かこそこそやってるなと思ってたら、これだったのね?」
「さすがやなあ~! 元手芸クラブなだけあるわ!」
座布団カバーは大好評。なんだか照れちゃうな。
施設にいたころは、寝具やカーテンは、決められたものを使うしかなかったっけ。
でも、この家では、好きなインテリアをそろえるのも楽しみのひとつ。
自分たちだけのお気に入りのものが増えていくのって、なんだかうれしいよね。
「……やっぱり三風は、居間で正解ね」
ふと、一花ちゃんがつぶやいた。
「当番を決めたときも、今日ノートを買ったときだって、陰でまとめてくれたのは、いつも三風だったし……なんていうか、三風自体が、みんなが集まれる居間みたいな存在ね」
そんなことを言われたら、うれしくて、口元がむずむずしちゃうよ。
私……自分には得意なことなんて何もないって、思ってたのに。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
居間を、みんながもっとくつろげる場所にしよう。家族のために、がんばるぞ!
私は両手のこぶしを、思いきりのびをするようにつきあげた。
ちょうどそのとき、
「…………あの……」
四月ちゃんが、居間に顔をのぞかせた。
パジャマ姿だから、今まで一人でお風呂に入ってたのかな。
手に持っているのは、二通の手紙。
「あっ、郵便受け、見てくれたんだね。ありがとう!」
四月ちゃんは、家の外の担当だから、門扉(もんぴ)についてる郵便受けもよくチェックしてくれるんだ。
私は手紙を受けとった。
「一通は、一花ちゃんあてだよ」
差出人は「小畑勇次郎・愛子」……一花ちゃんの里親さんだ。
封筒の裏には《千草から一花へ手紙が来ていたので転送します》と書きそえてある。
「あら……。ありがとう」
一花ちゃんは手紙を大事そうに受けとると、何も言わず、すぐポケットにしまった。
「もう一通はだれあてなん?」
「それが…………なんだろう? この手紙……」
封筒の裏も表も、真っ白。差出人の名前が、どこにもない。
不思議に思いながら、私は封を切った。
姉妹みんなが注目する中、出てきたのは、二つ折りにされた便せん一枚。
開いて、一行目に書かれてる文字を見て──私たちの時が止まった。
《私はあなたたちのお母さんです》
──ドクンッ
意味を理解したとたん──。
まるでだれかに引っぱたかれたように心臓が大きく脈打ち、指先までビリッとふるえた。
便せんを取りおとしそうになるのをなんとかこらえようと、指に力をこめる。
すると今度は、いきおい余って破きそうになる。
自分の体が、自分のものじゃなくなってしまったみたい。
体は火にあぶられるように熱いのに、頭はしんと冷えきっている。
《長い間、何の連絡もしなくて、ごめんね。お母さんもさみしくなってきて、自分の子どもといっしょに暮らしたいと思うようになりました》
いつの間にか、姉妹全員が、手紙を食い入るように見つめてた。
おびえ、とまどい、おどろき、期待……いろんな感情のこもった視線が、無言で便せんに注がれる。
聞こえるのは、自分の心臓の音だけだ。
《できれば四人全員を引きとりたいのだけど、お母さんにも都合があって、そうはできないの。せめて、あなたたちのうち、一番かわいそうな子を、一人だけ引きとってあげたいと思っているわ。近いうちにむかえに行きます。楽しみにしていてね。あなたたちの、お母さんより》
読みおわると、部屋は再び、時間が止まったかのような静けさにつつまれた。
「何やこれ…………。…………お母さん?」
二鳥ちゃんの口元は笑みの形にゆがんで、目はゾッとするほどこおりついている。
「イタズラかしら?」
いつもは優しい雰囲気の一花ちゃんも、するどい目つきで低くつぶやく。
「な…………なん、でっ……!?」
私はもうパニックになっちゃって、息がつまって、目の奥がジワッと熱くなって……。
こんな気持ち、生まれて初めて。心が今にも破裂しそうだよ。
「お母さん? 私たちの? ウソでしょ? だってこんな……だってどうして……っ」
便せんと封筒が、ふるえる手からすべり落ちた。
四月ちゃんは封筒を拾いあげると、表面をなでたり光にすかしたりして、慎重に調べている。
「……切手がありません。直に郵便受けに入れたんですね……」
小さな声がぽつりとひびき、私はハッと息をのんだ。
「私たちが買い物に行っている間に、お母さんは、うちをたずねてきていたの……!?」
何か、何かほかに手がかりとか……!?
私がもう一度手紙を確認しようとした、次の瞬間。
「……なんやねん! 都合って!」
──クシャクシャッ! ビリビリビリッ!
止めるヒマも、手を引く間すらなかった。
「に、二鳥ちゃん……! なんで、お母さ──」
「イタズラや! イタズラに決まってる!」
私の言葉をさえぎって、二鳥ちゃんは細かく破った手紙をゴミ箱にたたきこんだ。
「な…………なんで、そんなことするの……!?」
悲しくて、びっくりして、こらえていた涙が、流れでてしまう。
あわてて手でぬぐって、ほかの二人に助けを求めようとしたけど、
「そうね……イタズラよね」
一花ちゃんは、あっさりそう言うと、部屋を出て二階へ上がって。
四月ちゃんも、何も言わず自分の部屋に引っこんじゃった。
二鳥ちゃん、どうしちゃったの……どうしてあんなに怒ったの?
一花ちゃんも四月ちゃんも……何か言ってくれたって、いいじゃない……。
私……途方に暮れて、手紙が捨てられたゴミ箱を、ただ見つめることしかできなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
その夜。
「……ねむれないや」
布団に入っても、手紙のことが──手紙の送り主のことが、ずっと頭から離れなかった。
──お母さん。
どんな人なんだろう。
ずっとずっと会いたかったはずなのに。
あの手紙には、苦しさしか感じない。
──《一番かわいそうな子を、一人だけ引きとってあげたいと思っているわ》
一番かわいそうな子って、だれ?
どうして一人だけ……。
イタズラだって、お姉ちゃんたちは言ってた。
だけど、本当にそうなのかな。
だって、私たちがみんな親のいない子で、この家で四人だけで暮らしてるってことは、限られた人しか知らないはずなのに……。
さまざまな考えが浮かんではにごり、ねばついたヘドロのように心を汚していく。
「…………ぁあぁ~……」
思考は堂々めぐり。いくら考えても、答えが出ないよ。
「水でも飲んで、落ちつこう……」
私は布団から起きあがり、一階のろうかに下りた。
夜はしんと静かで、暗くて……ちょっと怖いな。
そのとき、
──ガチャ
玄関の開く音!
「だ……だれっ!?」
まさか、お母さん!?
心臓が、すごい速さで脈を打ちだした。
さけびたいくらいなのに、体がふるえて声が出ない……っ!
ドアはゆっくり……ゆっくりと開いていく。
入ってきたのは、
「……三風、起きてたの?」
なんと、一花ちゃんだった。
「い、一花ちゃん!? どこ行ってたの?」
「ねむれなくって……その辺をふらっと、散歩」
一花ちゃんにウソをついている様子はない。
でも、夜に一人で出歩くなんて、絶対おかしいよ。
「こんな夜中に危ないよ!」
「大丈夫よ」
「だっ、大丈夫じゃないよっ。ダメだよ! もう絶対しないでね!」
「……そうね。わかったわ。ごめんなさい。……ふぁ……」
言葉とうらはらに、一花ちゃんはまったく悪びれる様子がない。
あくびをかみ殺しながら、階段を、トン、トン、トン、と上がっていった。
こんな夜遅く、一人で散歩なんて、私にはできないし、したいとも思わない。
やっぱり、見た目はそっくりでも、私たち、中身は全然ちがうんだ……。
心の底に、冷たい何かがふりつもっていく気がする。
台所で一口水を飲んで、部屋にもどろうとしたとき、ふと気がついた。
そういえば、一花ちゃんにも手紙が来てたよね……?
一花ちゃんの手紙には、なんて書いてあったんだろう。
それも、少しだけ気になった。
書籍情報
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046318404
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