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ものがたり

注目シリーズまるごとイッキ読み!『四つ子ぐらし① ひみつの姉妹生活、スタート!』第5回 一人じゃない入学式


私、宮美三風。家族のいない、ひとりぼっちの12歳…と思ってたら、四つ子だったことが発覚!? それぞれ別の場所で育った姉妹四人、一緒にくらすことになり…?
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第1巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!

※これまでのお話はコチラから

……………………………………

5 一人じゃない入学式

……………………………………

 いよいよ、いよいよだ。いよいよ……うふふっ!

 私、今日は目が覚めたときから、ずっとわくわくしてる。

 だって今日は、待ちに待った中学校の入学式なんだもん!

「四月、たまご焼き、もう一切れ食べなさい。式の最中に具合が悪くなったら大変よ」

「せやせや。朝ごはんはしっかり食べなあかんで。三風ちゃん、おかわり!」

 一花ちゃんも二鳥ちゃんも、入学式が楽しみなのかな。

 こうして朝ごはんを食べてても、なんとなくそわそわしてるみたい。

 四月ちゃんはねむそうだけど、それは昨夜、緊張してあまりねむれなかったせいかもね。

 私だって緊張してる。でも、その百倍、ううん、百万倍、楽しみだよ!

「「「「ごちそうさまでした」」」」

 朝ごはんを食べおわったあと、私たち四人は、まっさらな制服に着替えた。

 上品なブルーグレイの生地に、白いラインの入ったセーラー服。

「うわぁ~……っ! かわいい!」

 前、横、後ろ。大きな鏡で、いろんな角度から自分の立ち姿を見てみる。

 おしゃれだし、大人っぽい。まるで自分じゃないみたい。

「今日から中学生だ~!」

 くるくるくるっ、と回ると、スカートがひらひらっ、とバレリーナみたいに広がった。

 何もかもがうれしくて、

「うふふふふふふっ」

 こらえようと思っても、顔がどうしてもゆるんで、笑いがもれちゃうよ。

「三風ったら」

「あははっ、なんでそんなテンション高いん?」

 お姉ちゃんたちに笑われちゃった。

 でも、私は恥ずかしがったりしないで、いきおいよくパッとふりかえる。

「だって仕方ないよ! 今日は入学式なんだもん。一花ちゃん二鳥ちゃん四月ちゃん! みーんないっしょのっ!」

 そう。

 私にとっては、人生で初めての「家族といっしょの入学式」なの!

 私、幼稚園や小学校のころは、入学式だけじゃなくて、授業参観も運動会も文化祭も……。

 家族が見にくる行事のときは、いつもさみしかったんだ。

 授業参観で、手を挙げて発表する姿を、優しく見守ってくれるお母さん。

 運動会で、声がかれるまで応援してくれるお父さん。

 文化祭で、目をうるませながら劇に拍手を送ってくれる、おじいちゃんやおばあちゃん。

 当たり前のように家族の愛情につつまれている子たちが、本当にうらやましかったの。

 だけど、今日は私も、家族といっしょっ!

 うれしくて、白いハイソックスをはいた足で、どこでもぴょんぴょんはねちゃいそう。

 学校じゅうの人に「見て! 私には家族がいるんだよ!」って、見せびらかしたいくらいだよ。

 ……ま、でも、はしゃぎすぎはダメだよね。

 なんてったって、もう中学生なんだし!

 忘れ物はないか、確認でもしようかな。

「ねえ一花ちゃん、カバンってどこ──」

「うちは二鳥や」

「一花は私よ」

「あっ、ごめん……」

 四人とも同じ制服で、同じ顔。

 姉妹なのに、ついまちがえちゃった。

「いいのよ。だけど、これじゃ本当にだれがだれだかわかんないわ」

 一花ちゃんが「どうしましょ」と言いたげに、ほおに手を当て、考えこんだ。

 姉妹にすら区別がつかないなら、中学で出会う人はきっと全員、私たちを見分けられないよね。

 もしかして、ちょっと不便……?

 そう思ったとき、となりから「ふっふっふ……」と芝居がかった声がかかった。

「こんなときにこそ、これや」

 二鳥ちゃんがじまんげに取りだしたのは、赤い髪飾り。

 スーパーに行ったとき、四人おそろいで買ってくれた、あの髪飾りだ。

「そうね。色がちがうし、ちょうどいいわ」

 うなずいた一花ちゃんは、ピンクの髪飾りでポニーテールを結った。

 なんだか、お姉さんらしさがぐっと増したみたい。

「な? 全然ムダちゃうかったやろ?」

 二鳥ちゃんは赤い髪飾りでササッと髪をまとめあげ、ツインテールに。

 明るく元気な二鳥ちゃんらしさが、見た目にも表れた。

「一花ちゃんも、二鳥ちゃんも、とっても似合ってるね!」

 同じ顔の姉妹だけど、よくよく見ると、それぞれにちがう魅力があるんだよ。

 一花ちゃんは、私より三センチも背が高くて、体つきも、なんだか大人っぽい。

 すらっとした長い手足は、スポーツ選手みたいに引きしまってる。

 目は、意志が強そうにキリッとしてるから、見つめられれば怖くなっちゃうかも。

 でも、声は春風みたいに優しくて、つい甘えたくなっちゃうんだ。

 二鳥ちゃんは、身長や体重は私と同じくらいだけど、私とは全然ちがう。

 きれいにみがかれた爪。さらさらの髪。肌もくちびるも、つやつやしてて。

 服も持ち物もおしゃれで、かといって気取ったようなところもなくて……。

 たとえるなら、雑誌の読者モデルのようなオーラを持っている、って感じかな。

「三風ちゃんは三やから、三つ編みとかどうやろ?」

「あっ、うん、いいかも」

 私は二鳥ちゃんに言われるまま、三つ編みにしてみたんだけど……、

「あっはっは、三風ちゃんの三つ編み、ロープみたい!」

 鏡の中に現れたのは、きっちり固く編まれた三つ編みを左右に垂らした、地味~な女の子。

「えぇー、ひどーい。お姉ちゃんが三つ編みって言ったんじゃない……」

 むくれてプイッと顔をそむけてみたけど、どうしてもにやけちゃう。

 だって「お姉ちゃん」という言葉を口にしたら、ちょっぴりうれしくなったんだもん。

「あっはは、ごめんごめん。ちょっと貸してみ」

 二鳥ちゃんは、私の三つ編みをほどくと、くしで髪をといて、三つ編みを作りなおした。

 毛束を細く引きだして、バランスよくほぐしたあと、仕上げにスプレーをしゅっとひと吹き。

「へえ、やるじゃない」

 一花ちゃんが目をしばたいた。それもそのはず。

 私の三つ編みは、ところどころくしゅっとゆるみができていて、こなれた、とってもおしゃれな雰囲気にしあがっていたの。

 さっきの三つ編みとは全然ちがう。このおしゃれな制服にも、ばっちり似合ってる!

「すごい……! 二鳥ちゃんすごいね。ありがとう!」

「せやろせやろ。イブちゃんみたいやろ? うまいことできたわ。うち天才やな!」

 イブちゃんというのは、アイドルグループ・スワロウテイルの、熱海イブちゃんのこと。

 二鳥ちゃんはスワロウテイルのファンらしくて、ふだんからよく歌を口ずさんでるんだ。

「えへへ、イブちゃんみたいかぁ……そう言われると、そうかもっ」

 私たちは鏡の前で、キャッキャとはしゃいだ。

 中学生になって、着る服も、髪型も変わった。

 どんどん別の自分に変身していくみたいで、うきうきするよ。

「さ、次はシヅちゃんの番」

 二鳥ちゃんに呼ばれて、四月ちゃんはビクッと肩をふるわせた。

 四月ちゃんは、思わずうっとり見とれてしまいそうなほど色が白い。

 体も、私やお姉ちゃんたちより、一回り小さいの。

 ちょっぴり悲しそうにも見える目は、いつも半分ほどしか開いていないんだけど……。

 そのおかげで、長いまつ毛や、黒々とした瞳が、かえって際立っている気もするんだよね。

 人のいない大きなお屋敷にねむる、お人形のような女の子。

 それが私たちの妹、四月ちゃんだ。

「どないする? 好きな髪型があったら言うてな。なんでもやったげるわ」

 二鳥ちゃんは紫色の髪飾りを差しだし、笑いかけた。

 だけど、四月ちゃんはうつむいて、だまりこんじゃって、

「…………いいです」

 と、蚊の鳴くような声で断ってしまった。

「え? なんで? シヅちゃんて、紫色のタオルとか、筆箱とか持ってるやろ? せやから、好きな色なんかなーって思って、紫にしてんけど……ひょっとして気にいらんかった?」

「……あの…………」

 顔をのぞきこんだ二鳥ちゃんに、何かを言いかけた四月ちゃんだったけど、

「……僕はいいです」

 こんどは、さっきよりも、ほんの少しはっきりと断った。

 メガネの奥のさみしげな目は、何も語ってはくれない。

 四月ちゃん、どうして断るんだろう……。

 おそろいが、恥ずかしい、のかな……?

 何と声をかけたらいいかわからなくて、私は三つ編みの毛先をいじる。

「……ま、一応これで見分けはつくし、つけとうなかったら別にええんやけど」

「ああっ、もうこんな時間! カバン持って。忘れ物ない? 急がなきゃ」

 気まずい空気が一瞬だけ流れたけど、お姉ちゃんたちの声にせかされて、結局、そのまま家を出ることになった。

 外は、入学式にふさわしい、いい天気だ。

 軽やかな風が吹き、青い空には、ベールのような白い雲がかかっている。

 四月ちゃん、髪飾りつけた方が、絶対かわいいのになぁ……。

 私は空をぼんやり見上げながら、なんだかもったいない気分になった。

 でも、なかなか周りになじめない子って、いるよね。

 仲よくなれるまで、もう少し、待ってみよっ。

 カバンの持ち手をきゅっとにぎって、私は小さく決意した。


◆ ◆ ◆ ◆


 私たちの通うあやめ中学校は、家から歩いて十五分の場所にある。

 クラスは、ひと学年六クラス。

 三学年合わせて、六百人以上もの生徒が通ってるの。

 中学校の敷地にくっつくようにして建っているのは、あやめ小学校と、あやめ高校。

 だから、小中高と合わせた学校全体の規模は、かなりのものなんだよね。

「ひええ、すごい人……!」

 特に今日は入学式で保護者も来ているせいか、昇降口の周りはごったがえしている。

 私たちは目を白黒させながら、クラス分けがのっている掲示板の前で、名前を探した。

「宮美……宮美……あっ、あった!」

 一花ちゃんは一組。二鳥ちゃんは二組。私・三風は三組。四月ちゃんは四組。

「みんなバラバラねー」一花ちゃんが残念そうにそうもらし、

「まあ、しゃーないわ」二鳥ちゃんは頭の後ろで手を組んだ。

「そうだよね……四人とも同じクラスだったら、大変なことになるもんね」

 言いながら、私はちょっと想像してみる。

 たとえば授業中、

「次の問題を……宮美さん」

 と、先生が指名する。

「「「「はい」」」」

 私たち四人が、同時に返事をして立ちあがる。

 するとすぐさま、クラスメイトが笑いをこらえながら声をあげるの。

「先生、このクラスは宮美さんが四人います」

「名前まで言ってくださーい」

 先生は「そうか……ええっと」と、名簿と四人を見くらべる。

 でも、四人ともまったく同じ顔だ。

 先生にも、だれがだれだかわからない。

 ふふふっ、おっもしろい!

「三風ったら、何笑ってるの?」

「うちら、こっちやから。ほなら、また~」

「えっ、あっ、お姉ちゃん……!」

 ハッとふりかえって見えたのは、一花ちゃんと二鳥ちゃんが三階に消えていく後ろ姿。

 私のクラスは、二人とちがって二階だ。

 四月ちゃんのクラスも二階だけど……あれっ、いつの間にかもういないや。

「あぁあ……やっぱり一人かあ……」

 入学式が始まるまで、しばらくは自分のクラスで過ごすんだけど……。

 全然知らない通学区域の学校で、顔見知りは姉妹以外に一人もいない。

 私……友達作るの、あんまり得意じゃないんだよね。

 でも、ひとりぼっちでも平気だというほどの、余裕も度胸もないし。

「……………………」

 プリントを読むふりをしたり、筆箱の中身を整理するふりをしたり。

 カバンにつけている、ペンギンのマスコットをいじったり。

 そわそわ、心細い気持ちで、教室の一番後ろの席にちぢこまっていると、

「あれっ?」

 突然の大きな声。

 びっくりして、電流が走ったように、ぴーん! と背すじをのばす。

 おそるおそる声がした方を向くと……。

 こちらをじーっと見つめて口を開いている、一人の男の子と目が合った。

「ねえ、さっきろうかでスワロウテイルの曲歌ってたよね。いつの間に移動したの? あれ? そういえば、髪型変わった?」

 明るい口調でしゃべりながら、男の子はどんどん近づいてくる。

「たしかに三階にいたのに……」

 不思議そうに首をひねる彼の目、好奇心で輝いてるみたい。

「あっ……あの、そのっ……その子、私のお姉ちゃんだと思う」

 私、つっかえながらそう答えた。

 スワロウテイルの曲といえば、二鳥ちゃんにちがいないもんね。

「お姉ちゃん? ああそっか、双子なんだね!」

「あ、あの」

「あっ、ごめんごめん、俺、湊。野町湊。席はちょうどとなりだよ。よろしくね!」

 ピンピンはねた、長めの髪。頭のよさそうな、ぱっちりした目。

 へんにかっこつけたりせず、制服を校則通り着こなしている姿が、優しそうでいい感じだ。

 それに、パアッとまぶしい、太陽のようなこの笑顔。

 私は、思わず差しだされた手を──、

「っ!」

 にぎっちゃった!

 胸が大きくはねるのと同時に、体もはねあがった。

「わ、私、宮美三風です! よろしくね!」

 反射的にイスから立ちあがったら、ガタタン! と大きな音が鳴っちゃった。

 すぐに手を離したけれど、湊くんの手のひらの感触は残ってる。

 骨ばった手が、男の子って感じで……うぅ、緊張するなぁ。

「へえ、三風ちゃんっていうんだ。かわいい名前だね。双子だなんてすごいなぁ。ほんとにそっくりだったよ」

 かわいい名前、なんて言われて、じわりとほおが熱くなる。

 胸に甘いお菓子でもつまらせたような気分になって、

 双子じゃなくて、四つ子なんだけど……。

 って、訂正したいのに、言葉がなかなか出てこないよ。

「あ、そうだ! 俺、写真とるのが趣味なんだけど、今度一枚とらせてくれない? 双子の姉妹をモデルにしたら、きっと面白い写真がとれると思うんだよね」

「や、あの……えっと……」

 私、そこでやっと口を開くことができた。

「実は、双子じゃなくて……」

「あれえ? あなた、さっき一組にいなかった? ピンクの髪飾りつけてたよね?」

 割りこむように、背の高い女の子が話しかけてきた。

「あれ? さっきトイレにいたよね? メガネかけてた子じゃん?」

「三つ編みにしたんだ。かわい~!」

 スカートを短く折った、派手な女の子たちも加わってきた。

「え? え? どういうこと?」

 湊くん、目をパチパチしてる。

 すると、何のさわぎかと、ほかのクラスメイトも次々に集まりだして──。

「なになにー!?」お調子者の男の子が声を張りあげると、

「この子双子らしいぞ」体育会系っぽい男の子が答えて、

「でもねでもね、なんかちがうっぽいんよー」派手な女の子が呼びかけたら、

「あっ、僕、たしかに見たよ、同じ顔の子。ポニーテールの!」

「私も見た! 二組の教室で、ツインテールだったでしょ」

「ええっ、四組にもいたわよ? 大人しそうなメガネの子よ」

 あっという間に、周りはガヤガヤ、にぎやかになっちゃった。

「ねえねえ」「どういうこと?」「双子なの?」「何人いるの?」──

 私はだんだん、教室のすみっこへと追いつめられていく。

 一人ひとりに説明していたら、らちがあかないよ。

 あーもう……! ええい、どうにでもなっちゃえ!

 目を閉じて、思いっきり声を張った。

「わ、私っ、四つ子なんですーっ!」

「えええええぇーーーーーーっ!?」

 どよめきがまわりじゅうに、ううん、クラスじゅうに広がった。

 ひゃあぁ……心臓ごとひっくりかえりそうだよ~!

 おそるおそる薄目で様子をうかがうと、クラスみんながあっけにとられた顔で固まってる。

 それを見たら……ふふっ、なんだか急におかしくなっちゃった。

 うふふふふっ! 四つ子の四姉妹って、やっぱりステキ!


◆ ◆ ◆ ◆


 体育館で、入学式が始まった。

 制服に身をつつんだ生徒たちが、次々に入場していく。

 今までと同じように、保護者の席に、私の家族はいない。

 だけど、新入生の席には、お姉ちゃんが二人、妹が一人。

 家族がいるの!

 小学校の入学式は……さみしくて、私、泣いちゃったっけ。

 周りのみんなの口から「お母さん」「お父さん」「きょうだい」「家族」という言葉が出るたびに「いいなあ。うらやましいなあ」って感じてたんだよね。

 ずっとずっと……私、家族がほしかったんだ……!

 思いだして、上を向いたら、目頭が熱くなった。

 卒業式ならともかく、入学式で泣きそうになるなんて、ちょっぴり変な気持ち。

 落ちつこうと、制服ごしに、お母さんの残したハートのペンダントをにぎってみる。

 私、中学生になったの。それに……もう一人じゃないんだよ、お母さん。


 あっという間に入学式が終わった。

 ホームルームのあとは、すぐに下校だ。

 私は、さようならのあいさつが終わったとたん、校庭にかけだした。

 制服のスカートが足の間でバタついたけど、そんなの全然気にならない。

 だって、向かう先には、私を待ってくれている人が、三人もいるんだもん。

 いっしょに帰ろうって、校門の桜の木の下で待ちあわせしてるんだ。

 かけ足に、スキップが交ざりそうだよ。

「お姉ちゃん! 四月ちゃん!」

 手をふり、さけんだ瞬間。

「あれ?」姉妹の近くにいる大きな人影に気づいて、私は立ちどまった。

 あれは──。

「富士山さん……!?」

 私たちが初めて出会ったときにいた、あの熊みたいに大きい男の人だ。

 ゆっくりふりむいた彼は、お孫さんでもだいたような、満面の笑みを浮かべている。

「やあ三風くん! 入学おめでとう!! 僕はすごくうれしいよ!!」

 うわわっ、そんなにさけばなくても聞こえるのに~!

 周りの人も大声にびっくりしたのか、こちらを何度もふりかえって見ている。

「あの子たち双子?」「三つ子か?」「四人いるよ」「えっ、じゃあ四つ子!?」──

「ええーっ」「すごーい!」「四つ子だって」「あのおっきい人、お父さんかなぁ?」──

 あぁまずい……! 目立っちゃった!

 私は視線を体じゅうに浴びながら、こそこそと、姉妹のとなりまで歩みよった。

「あーもうっ、おっちゃん、なんでここにおるんよ」

「そうですよ、もう来ないって言ってたじゃないですか」

「だって入学式だからさ!」

「答えになってませんよっ」

 二鳥ちゃんと一花ちゃん、目をつりあげてる。

 お姉ちゃんたちは、富士山さんのことがあまり好きじゃないみたいなんだよね。

 ──「国のえらい人、だなんて、うさんくさい」

 ──「あのノリ、ついていけへんわ」

 そんなふうに話しているのを、聞いたことがあるの。

 私は富士山さんのこと、きらいじゃないけど……好き、というほどよく知らないかも。

「まあまあ、いいじゃないか! めでたい日なんだし。これから始まる中学校生活、青春を存分に謳歌するといいよ!」

「あーはいはい、用がないんやったら帰ってー」

「ははは、まあまあそう言わないでくれよ。これを渡しに来たのさ。入学祝いだよ!」

 差しだされた紙袋には……わぁっ、新品のスマートフォンが四台入ってる。

 ついているカバーは、ピンク、赤、水色、紫色。

 私たち四人の色だ!

「スマホじゃないですか」

「しかもこれ、最新型やん!」

「す……すごい!」

 紙袋から中身を取りだし、私たちは目を輝かせた。

 四月ちゃんも一歩離れたところから、興味ありげにその様子を見つめてる。

「ありがとう! おっちゃん!」

「いえいえ、どういたしまして」

「でも……月々のお金とかは……」

 一花ちゃんの言葉にハッとした。

 そっか……スマホって毎月お金がかかるんだ。さすが、しっかり者の一花ちゃん。

 だけど富士山さんは、笑ってこう言った。

「心配しなくても、国の自立練習計画実行委員会が出してくれるから大丈夫。まあ、そのかわりと言ってはなんなんだけど……」

「なんですか?」

「週に一度、自立練習計画実行委員会から、このスマホに課題を送ることになったんだ。例えば『四人で協力して部屋のそうじをしよう』とか『四人で協力して洗濯をしよう』とか! いわゆる自立のためのミッションみたいなものだね。達成できたら指定のフォームから返信してくれ。写真をつけるのも忘れないでくれよ!」

「なーんや……」

「宿題つきですか……」

 お姉ちゃんたちはちょっと不満そう。だけど、

「これは中学生自立練習計画を受ける人の、義務だからね」

 と、富士山さんが指を立てると、二人ともしぶしぶ「「はーい」」と同時に返事をした。

 私は全然しぶしぶなんかじゃない。むしろ、すっごくうれしい!

 だって、初めてのスマートフォン、しかもおそろい。

 これがあればいつでも、姉妹や、学校の友達とだって連絡が取れるよね。

 それに、中学生自立練習計画を受ける人の「義務」っていうのが、一人前の大人が使うような言葉で、なんだかちょっとかっこいいなって思ったの。

 大人あつかいされるのって、うれしいな。成長をみとめてもらえた、ってことだもんね。

「それから君たち、記念写真をとらせてくれるかい?」

 いつの間にか、富士山さんはカメラをかまえている。

「さあ、ならんでならんで! 『入学式』の看板の周りに!!」

 わんわんひびく大きな声。ぐずぐずしてたらまた目立っちゃうよ。

 私たちはあわてて言うことを聞くことにした。

「はいチーズ! ……もう一枚! ……もう一枚! ……うーん……」

 どうしたんだろう。富士山さん、首をかしげてる。困ってるのかな。

「いやあ、なんだか暗くってね。うまい具合にとれないんだ」

 富士山さんがカメラをこねくりまわしていると、

「あの、それデジタル一眼ですよね」

 ふいに、明るい声がした。

「あっ、湊くん!」

「三風ちゃん!」

 人のよさそうな笑みを浮かべて、近づいてきたのは湊くんだ。

「なんか困ってたみたいだから声かけちゃった。……えーっと、この構図なら、ここのボタンで、ホワイトバランスを『くもり』にして……」

 湊くんはすぐに富士山さんのカメラをのぞきこんで、操作方法を教えはじめた。

「こうかい?」

「そうです。それから、露出補正をプラスにしてみてください。明るくなりますよ!」

 ひときわいきいきした、湊くんの笑顔。

 楽しそうな横顔から、わくわくしている気持ちが伝わってくる。

 そういえば、湊くん「写真とるのが趣味」って言ってたっけ。

 趣味なだけあって、カメラにずいぶんくわしいんだ。

 それに、知らない大人に話しかけて、助けてあげるなんて。

 勇気あるっていうか……だれにでも明るくて、優しい子なんだなぁ。

 自分にはむずかしいことを軽々やってしまう姿がまぶしくて、私、じっと彼の姿を見つめた。

「なるほど! ようしこれで……おお、できたぞ!」

 富士山さんが再びカメラをかまえた。

「おっ、なんや、うまいこといったみたいやで。とりゃ!」

「きゃ」「わあっ」「……っ」

 急に二鳥ちゃんがみんなをだきよせたから、私、一花ちゃんとぶつかりそうになっちゃった。

 中腰で転びそうになった四月ちゃんを、一花ちゃんがなんとか支えてる。

「危ないじゃないの」

「ごめんごめん!」

 怒った一花ちゃんの顔。イタズラっぽく笑う二鳥ちゃんの顔。びっくりした四月ちゃんの顔。

 みーんな私と同じ顔。私の姉妹なんだ!

 近づくと改めて意識しちゃって、照れくさいけど、爆発しそうなくらいうれしいよっ。

「えへへっ」

 私は笑って、自分からみんなにぎゅっと体をくっつけた。

 その瞬間、

「はい、チーズ!」

 ──パシャ

「ようし、いい写真がとれたぞ!! 国の福祉大臣も、クワトロフォリアの社長も、喜んでくださるにちがいない! ありがとう、君! 助かったよ。それじゃあ、またね!!」

 うでをぶんぶんふり、大満足といった足取りで、富士山さんはあっという間に去っていった。

 あっけにとられている私たちをよそに、

「どういたしましてー!」

 湊くんまでつられて大声になって、富士山さんを見送っている。

「三風、あの男の子、知りあい?」

「う、うん、同じクラスの……」

 一花ちゃんに説明しようとすると、湊くんがふりかえって、ほほえんだ。

「初めまして、野町湊です。三風ちゃんのお姉さんと妹さんだよね。よろしく」

「初めまして。長女の一花よ」

「うち、二鳥。よろしくっ」

「………………………………」

 四月ちゃんは恥ずかしいのか、カチコチに固まってる。

「あ、あの……この子は、四月ちゃん。末っ子なの」

 代わりに私が紹介してあげると、四月ちゃんはぎこちなく頭を下げた。

「本当にさっきはありがとう」

 一花ちゃんが姉妹を代表するようにお礼を言うと、湊くんは照れくさそうに頭をかいた。

「いいんだよ。人助け人助けっ。さっきのおっきい人は、お父さん?」

「ちがうわ。親戚(しんせき)のおじさんよ」

「へっ」「え?」「……」

 一花ちゃんがすごく自然にウソをついたので、私たち妹三人はびっくり。

 だけど……とりあえずは「親戚のおじさん」ということにしておいてもいいのかも。

 湊くんとは知りあったばかりだし……本当のことを言ったら気をつかわせちゃうかもだし……。

 それに、今日はせっかくの入学式。

 私たちのややこしい事情を一から説明するのは……どうしても、気が乗らないや。

 二鳥ちゃんも四月ちゃんも同じ気持ちなのか、何食わぬ顔でだまってる。

 私もつい、何も言わないままにしてしまった。

「へえ、親戚のおじさんなんだ。すごい人なんだね。さっき、大臣や社長がどうとかって」

「ああ、あれ? うふっ。おじさんのいつもの冗談よ。あの人、普通の会社員だもの。うちのお父さんとお母さん、今日は用事で先に帰っちゃったから、代わりに写真をとってもらってたの」

 クスクス笑いながら一花ちゃんは言う。

 演技があまりにも上手で、まるで本当のことみたいに聞こえた。

「あはは、なーんだ、そうだったんだ。……それにしても」

 湊くんは改めて、私たち四人をじっとながめる。

 な、なんだろう? と思った次の瞬間、

「三風ちゃんのお姉さんと妹さん、みんな本当にそっくりだね! すごいや!」

 出会ったときにも見た、あの太陽のような笑顔を向けてくれたの。

 えへへ、そうでしょ、すごいでしょ?

 つられて私も笑顔になる。

「うん! 私の自慢の家族なのっ!」

 言ったとたん、春風が通りすぎて、桜がぶわっと豪快に舞った。


第6回へつづく

書籍情報


作: ひの ひまり 絵: 佐倉 おりこ

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046318404

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