
私、宮美三風。家族のいない、ひとりぼっちの12歳…と思ってたら、四つ子だったことが発覚!? それぞれ別の場所で育った姉妹四人、一緒にくらすことになり…?
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第1巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!
※これまでのお話はコチラから
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2 ひとりぼっちの私
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──運命の出会いの一週間前。
「三風さん、大事な話があるの。ちょっと、来てくれない?」
先生に呼ばれて、私は職員室にやってきた。
といっても、学校の、じゃなくて、施設の職員室。
私・宮美三風は「かんろ児院」という施設で暮らしているんだ。
ここは、わけあって親と暮らせない子たちが、職員さんといっしょに生活している場所。
子どもの年齢は、幼稚園児から、高校生までいろいろ。
人数は、男女合わせて十二、三人くらいかな。
みんな、毎朝決まった時間に起きて、この施設から学校に通い、この施設に帰ってきて、みんないっしょにごはんを食べて、夜は決まった時間に消灯。
そんな暮らしをしているの。
職員室に呼びだされるなんて、めったにないから緊張しちゃう。
どうしよう。何か怒られるようなことしたかなぁ……小学校最後の確認テスト、けっこう悪い点だったし……『中学生になったら、こんなことじゃダメよ』とか言われるのかなぁ……。
窓の外では、桜が咲きかけていた。
今は春休み。四月から、私は中学一年生になる。
「失礼します……」
おそるおそる職員室に足をふみいれると、先生は「どうぞ座って」と笑顔でイスを指さした。
ゆっくりこしを下ろすと、先生は「ヒミツよ」って、チョコパイをひとつ渡してくれた。
「いいんですか?」
「うん。ほかのみんなにはナイショね」
そう言われると、罪悪感で食べられなくなっちゃう。
私がもじもじとつつみ紙をいじっていると、先生がゆっくりと口を開いた。
「今日はね、三風さんに、とっても大事な相談があるの」
「大事な……相談?」
「今、国の福祉省(ふくししょう)で、要養護(ようようご)未成年自立生活練習計画っていう試みがなされようとしているの。聞いたことある?」
「よ……ようよう……?」
私は首を横にふった。そんなむずかしい言葉、聞いたこともない。
「それは、つまりね、三風さんみたいな、施設で暮らす親のいない子が数人集まって、子どもだけで共同生活をすることで、自立の練習をする、っていう試みなのよ」
「自立の、練習?」
「ええ。三風さんのような保護者がいない子は、十八歳になって高校を卒業したら、施設を出て自立……つまり、一人で生きていかなくてはいけないの。知ってるわよね」
私はゆっくりとうなずいた。
それが合図だったかのように、胸が、ズン……と重くなる。
私には両親がいない。
十三年前の、四月二十五日のことだ。
赤ちゃんだった私は、かんろ児院に預けられた。
私のお母さんらしき人は、私の入ったバスケットを施設の玄関に置くと、何も言わず、すぐに走り去ってしまったんだって。
だから、私の誕生日である四月二十五日は、生まれた日じゃなくて、預けられた日。
バスケットのタグに「宮美三風」と書いてあったから、それがそのまま名前になった。
ほかにバスケットに入っていたのは、水色のハート形をしたペンダント、ひとつだけ。
ふだんは服の下にかくしているけれど、肌身離さず首にかけているの。
それが唯一の、家族とのつながり……。
だから、高校を卒業して施設を出たあと、たよれる人はだれもいない。
なのに、一人で生きていかなくちゃならなくなるときは、確実に、ようしゃなくやってくる。
「三風さん。一人で生きていくってことは、思っているより、ずっと大変なことなのよ。働いて、家賃や生活費をかせがなくちゃならない。身の回りの家事は全部一人でこなさなくちゃいけない。病気になったら一人で病院に行く。朝は一人で起きて、夜は一人でねむる……」
今までにも、何度か聞かされた話。
わかってるよそんなの……知ってるんだから、何度も言わないでよ。
耳をふさいで、首をふって、そう言いかえせたらいいのに。
私、思いを口に出して伝えるのが苦手だから、こんなときはだまって下を向いてしまう。
同時に心が、すうっと暗くなっていく。
私……一人で生きていけるのかな。一人で生きて……ひとりぼっちで、死んでいくのかな。
そんなことを考えると、永遠に止まない雨の中に、一人取りのこされたような気持ちになるの。
前も後ろも、右も左も、かすんで、何も見えない。
冷たくて、さみしくて、怖い……。
いい未来なんて、ひとつも想像できないよ。
必要なお金を出してくれたり、家に住ませてくれたり、ごはんを作ってくれたりする……。
何があっても、助けてくれる、心配してくれる、居場所をくれる、支えつづけてくれる……。
そんな人が、私の未来には、一人もいないんだ……──。
知らないうちに、顔をゆがめていたのかな。
ふいに、先生が肩をポンとたたいてきた。
「不安よね。いきなり一人で生きていくなんて、無理だって思うわよね。だれでもそうよ。だから、自立には、練習が必要じゃないかって、国のえらい人は考えたのよ」
「……」
だまっていると、先生が続けた。
「身寄りのない子が自立するには、練習が必要。だから、同じような境遇(きょうぐう)の子たちが集まって、子どもだけで、自立の練習をしながらいっしょに暮らせばいい。それが、要養護未成年自立生活練習計画……主に中学生が対象だから、略して、中学生自立練習計画、よ」
先生の口調は明るい。
だけど……なんだか、イヤな予感。
と同時に、先生がいっそう声を大きくした。
「で、国のえらい人がね、ぜひ宮美三風さんに参加してほしいって言ってるの。どうかな?」
ああっ、やっぱりそうきた。
肩をすくめながら、私は言った。
「あの、先生。つまり……それって……この施設を出て、別の場所で暮らさなくちゃならない、ってことですか?」
「そういうことになるわ。申し訳ないけど、四月から通う中学も別のところになるわね」
一気に体がこわばった。
施設を出て、知らない場所で知らないだれかと、子どもたちだけで生活している自分なんて、全然想像できなかった。
家族はいなくても、優しい先生や、いっしょに暮らす仲間がいる。
そう思ってこれまでがんばってきたのに……。
小学校で仲のよかった友達とも、離ればなれになっちゃうよ。
だけど「不安です、怖いです、イヤです」と、口に出すことはできない。
だって……そんなこと言って断ったら、先生は困っちゃうだろうし……。
「わがままね」とか「がっかりよ」なんて思われるかもしれないし……。
「三風さんはとてもしっかりしているし、大丈夫じゃないかなって、先生思うのよね。施設の先生はみーんな、三風さんのことをほめてるのよ。しっかりしてる、って」
勝手なことばかり言わないでよ……と思う。
だけどやっぱり言えないや。
「詳しいことはこの書類に書いてあるの。ざっとでいいから、目を通してくれるかな」
先生はそう言って、封筒から数枚の書類を取りだし、手渡してくれた。
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【要養護未成年自立生活練習計画(中学生自立練習計画)とは?】
・身寄りのない子ども四人だけで、一戸建ての家に住む。
・家には、自分専用のひとり部屋が用意される。
・その家から近い公立の中学校に進学する。
・家賃と学費は国が出してくれる。
・それとは別に、毎月決まった額のお金が、生活費として国からもらえる。
・もらった生活費から、食費、水道光熱費などを支払うことで、やりくりを学ぶ。
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なるほど……。
子ども四人だけで、普通の家で、まるで大人みたいに暮らすんだ。
家賃や学費だけじゃなく、毎月決まったお金がもらえるなら、ちょっと安心かも。
たしかに、自立のいい練習にはなりそうだよね。
「もし、どうしても気の合わない相手なら、いつでも帰ってきていいのよ。だから、会うだけ会ってみてくれないかしら? 先生、悪い話じゃないと思うの。国の担当職員さんたちも、とってもいい方で、三風さんたちが幸せになれるようにって、みんな真剣に考えてくれていて──」
先生の言葉が、次第に熱を帯びてきた。
私の心にも、その熱意がじわりと伝わってくる。
たくさんの大人が、私みたいな身寄りのない子たちのために、一生懸命働いてくれていた。
子どもだけで暮らせる計画を立てて、準備まで整えてくれていたんだ。
私が「子ども」でいられるのは、中学生と高校生、合わせてあと六年しかない。
遅かれ早かれ、自立しなきゃいけないときはやってくる。
逃れられない運命なら、いっそ立ち向かってみるのもアリ……なのかな。
いつまでも「未来が不安だ、怖いよう」って思っているばかりじゃ、何も始まらないのかも。
この計画に参加したら、一人でも生きていける、強い自分に変われるかもしれない……。
私は服の上から、お母さんの残したペンダントにふれてみた。
ハートの形をした石を、親指で何度もなぞる。
お母さん、見守っていて……。
心の中でそうつぶやいて、私は覚悟を決めた。
「……わかりました。やってみます」
思い切って答えると、先生は真剣なまなざしでうなずいて、立ちあがった。
「ありがとう。絶対に、うまくいく。先生はいつでも味方よ」
「はいっ。が、がんばります!」
つられて、思わずバッと立ちあがったら、
──バサバサバサッ……!
「あああぁ~……!」
ひざの上から書類がすべりおちて、みーんな床に散らばっちゃった!
「まあまあ」
先生は苦笑いしながら、いっしょに書類を拾ってくれる。
はぁ……先が思いやられるよ。
私って、昔からちょっとドジなんだよね……。
「ん?」
拾いあげた一枚の書類に、私は目をうばわれた。
紙のはしっこに、とってもかわいいロゴマークが印刷されてたの。
ピンク、赤、水色、紫色……カラフルな四つの葉を持つクローバーだ。
《──明るい未来を切りひらく──株式会社クワトロフォリア》
高級感のある書体で、大きくそんなタイトルが書かれている。
「先生……なんですか? これ」
「ああ、それは、クワトロフォリアのチラシね。なんでも、国がこの中学生自立練習計画を始められるようになったのは、この会社のおかげみたいよ」
「え?」
「クワトロフォリアって、とっても大きな会社でね。社長は大富豪で、この計画だけじゃなく、施設で暮らす子どもたちのために、何十億という寄付をしてくれたらしいわ」
「な、何十億!?」
何十億って……途方もない額だよ。宝くじの一等より多いんじゃない?
私は改めてチラシに目をやった。
かわいい四つ葉のクローバー。ピンク、赤、水色、紫色……。
マークを見つめながら、これから始まる四人の生活を想像してみた。
ほかの三人は、一体どんな子たちなんだろう。
不安が半分。「がんばるぞ!」っていう気持ちが半分。
私は服の上から、ぎゅっとペンダントをにぎりしめた。
◆ ◆ ◆ ◆
施設を出る日は、あっという間にやってきた。
朝、私はいつもよりずっと早く起きて、お気に入りの水色のブラウスに着替えた。
みんなに見送られながら、かんろ児院を出て、電車を乗りつぎ、新しい町へと向かう。
初めて降りる駅。
初めて通る商店街。
初めて通る住宅街。
建物、看板、バス停、坂道、駐車場、フェンス、電信柱、小さな畑、土のにおい。
全部が全部、初めてのものばかり。
今日から本当に、新しい家で、子どもたち四人だけでの暮らしが始まるんだ。
緊張と不安がふくらんでいく。
かさばる物は前日に宅配便で送ってあるから、荷物は貴重品を入れたリュックひとつだけ。
体は軽いはずなのに、心はなんとなく重い。
間違えないよう「家」までの地図を何度も見ながら、初めての町を進んでいった。
「次の角を……左だ」
角を曲がった先のつきあたりにあったのは、一軒の、ちょっと古そうな家。
ここが、中学生自立練習計画の家……四人で住む家。
私の新しい居場所……。
《家に入ったら、一階ろうか右手の部屋に集合してください》
地図にはそう書きそえてあった。
「よし……」
──ガチャ
覚悟を決めて、家のドアを開けた。
小ぶりだけど、きれいな玄関。
そこからまっすぐのびるろうか。
奥の部屋には、段ボールの山があるみたい。
足元に目を向けると、そこにはすでに靴が三足。
ほかの子たち……もう来てるんだ!
私は急いで靴をぬいで、すぐ右の部屋の扉を開けた。
開けた────瞬間だった。
「わ…わ……わ………私がいる!?」
そこには、私と同じ顔が三つならんでいたのだった。
書籍情報
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046318404
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