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14 絶対にマネできないマネ
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人がいないことを確認してから、すみれが廊下へと飛びだす。その後ろに、光一は息を殺して続いた。
教室を出てすぐの階段を、四人それぞれが周囲に気を配りながら上る。
タンタンタン
小さな足音も、人気のない学校の中にはいやに響いた。
「夜の学校って不気味かと思ってたけど、電気が点いてるからヘンなカンジ」
「すみれ、あんまりしゃべるなよ。見つかるぞ」
光一の注意に、すみれは肩をすくめる。軽やかに階段を三階まで、息も切らさず上りきった。
階段のかげから、渡り廊下を確認する。明かりの点いた廊下に飛びだせば、隠れられる場所はどこにもない。
「……声が聞こえる」
和馬が口に手を当てて、注意をうながす。四人はごくりと息をのんで、耳をそばだてた。
教室棟の廊下から、足音に混じって、ぼそぼそと男の声が聞こえる。
「こっちは、三階の青木です。ええ、特に異常はないです……え、外ですか? 静かなもんですよ。さっきの騒ぎも、黒田さんの威嚇射撃で落ちついたみたいで……」
「あそこにいるの、青木? 見張りの連絡かな」
「多分な。学校にあったトランシーバーを利用してるんだろ」
それはこっちにも都合がいいな。
光一は、和馬とすみれに向かってうなずいた。
「青木が連絡を切った瞬間に、行くぞ」
「えっ、ぼくは?」
「健太は、ここで待機」
「だね」
「そそそ、そんな! 一人にしないでよお」
「だれだ! いるなら出てこい!」
廊下の先から、ばたばたと走る音が聞こえてくる。
あーもう、健太! 声がでかいって。
「しょうがない。すみれは正面から。風早は背後から、いけるか?」
光一の言葉に二人はうなずくと、渡り廊下の先に向かって走りだす。ちょうど、曲がり角ではちあわせするタイミングだ。
やや小太りな青木が、廊下の角を曲がる。
その瞬間、猛スピードで突っこむすみれの横で、和馬はぐっとかがみこむと、壁に向かって跳躍した。なんでもないことみたいに、トントンと壁と天井を飛びかって、青木の背後に回りこむ。
いや、背後からって言ったけど、普通は横から回りこまないか!?
動きがすばやすぎたせいか、青木は和馬にみじんも気づかない。ただ、目の前に現れた少女に目を丸くした。
「うおっ。な、なんでこんなところに、子どもがっ!?」
「そりゃ、当たり前でしょ。だって、ここは学校だもん。えいやっ」
青木がトランシーバーをつかむ前に、すみれは恐るべき反射神経で、その手を叩きおとす。
動揺した青木に、背後からばさりとカーテンが巻きついた。
「なっ、なんだこれは!?」
カーテンの上から、しゅるしゅるとなわとびがからみついて、青木がバランスを崩して倒れる。その奥に涼しい顔をした和馬が立っていた。
「こんなところでいいか?」
文句のつけようがない。
光一は、和馬に向かってぎこちなくうなずいた。その横で、すみれがくちびるをとがらせる。
「なんだ、せっかくあたしが投げとばそうと思ったのに」
「それにしても、すごい手際だったね……」
光一の背後からひょっこり姿を現した健太は、ぐるぐる巻きにされた青木を、びくびくしながら見おろした。
「でも、なんでカーテンとなわとびなの? 和馬くん」
「その場にあるものを使った方が、あとで足がつきにくい」
「おい、おまえらなんだ! だれのさしがねだ!? 警察……ってうわああ」
「おじさん、ちょっと黙ってて」
カーテンの下でもがく青木を、すみれがごろごろと廊下の奥へと転がしていく。
「ちょっと待て、すみれ。聞きたいことがある。人質は、職員室に捕まってるのか? けがは、ないんだよな?」
「はあ? そんなこと聞かれたって、教えるわけ──」
「えいっ!」
すみれがぐっと力をこめると、青木の体はものすごい速度で転がって、廊下のつきあたりにぶち当たった。仰向けに伸びた青木の腕を、すみれがむんずとつかむ。
「おじさん知ってる? 柔道には腕ひしぎ十字固めっていう関節技があってね」
「わああ、ああっ、いたたた! 折れる! 言う! 言うからやめろおっ!」
すみれがぱっと手を放すと、半泣きの青木の声がカーテンの下からぼそぼそと聞こえた。
「拘束はしてるが、人質に……いたたっ、けがはない! 多分、職員室で他のやつらが、見張ってるよっ」
「そうか」
すみれにこれだけ痛めつけられてるんだから、おそらく?の情報じゃないだろう。
……よかった。
「主な武器は、拳銃一丁だけか? 他のやつらは今、どこにいる?」
「黒田さんはっ、職員室だ。赤星は校内の見回りをしてて、白井は……倉庫」
倉庫?
「バリケードでも築くつもりか?」
「……いたたたっ!」
「おじさん、話しちゃったほうがいいと思うけど?」
「ああもう! わかった! おれたちは、この学校の中庭に一億円が埋まってるって聞いて、やってきたんだよ! その大金を掘りだす準備をしてんだ!」
「一億!?」
四人は思わず、そろって声を上げる。
学校の中庭に、一億円が!?
「いいい一億円って、ものすごい大金だよね!?」
「大金すぎて、どれくらいかぱっと想像もできないんだけど」
すみれは、腕を組みながら首をかしげた。
「例えばすみれの好きな駄菓子のまいう~棒なら、一本10円だから1000万本買える。すみれが毎日100本食べたとしても、274年は食べつづけられるぞ」
「いくらあたしでも、一日100本は食べないってば! って、にひゃくななじゅうよねん!?」
「今からさかのぼると、江戸時代の真っただ中だな。でも、一億円が埋まってるっていうのは?なんじゃないか?」
「?!?」
光一の言葉に、今度は青木がすっとんきょうな声を上げた。
「なんでだ!?」
「うちの学校は、三年前に大がかりな改修工事をしたんだ。中庭も整備しなおしたから、もし本当に埋まっていたら、工事業者が発見してるはずだ。でも、そんなニュースは聞いてない」
「運よく見つからなかったとか?」
「一億円が札束で保管されてるとしたら、小さなスーツケースくらいの大きさになる。見つからないことはないと思う」
「そん、そんな……」
廊下に転がされたままカーテンの中であがいていた青木は、弱々しい声を出しながら、ぱったりと手足の力を抜いた。
「おれは、何のために……ここまで……」
「あっ、気を失っちゃった」
「気を失いたくもなるだろ。一億円のために、わざわざ脱獄してこんなところまでやってきたんだからな」
でも、なんのためにそんな?を。一体だれが?
ありうるのは、脱獄犯の中のだれかが、脱獄を手伝わせるためのエサにしたってことだけど。
順当に考えれば、?をついたのはリーダーである黒田……。
いや、なんか頭がもやもやする。
まだなにか──。
ガガッ、ザザザ……
背後から砂嵐のような音がして、光一はばっと振りかえる。
廊下に落ちた青木のトランシーバーから、とぎれとぎれに声が聞こえた。
『おい、青木……今、何か音がしてたぞ。……だい……じょうぶか?』
「この声、だれ? なんか、ものすごく野太い声だけど」
「赤星だろうな」
光一はトランシーバーを拾うと、健太を手招きする。
「それじゃ、ここは健太の出番だな。青木の声は、さっき聞いてたよな?」
「う、うん」
『おい、青木。返事をしてくれ。様子を見にいった方がいいか?』
健太は、ふーっとひとつ、息をはく。光一は、トランシーバーのスイッチを入れた。
「あ、ああ。悪いな赤星さん。ちょっとトランシーバーを床に落としてよ。拾うのに時間がかかっちまった」
「……この声、本当に健太か!?」
ぎょっとした顔の和馬が、声をひそめてすみれに耳打ちする。
ものまねに関しては、健太の右に出るものはいない。
〈世界一のエンターテイナー小学生〉らしい、だれにも絶対マネできない特技ってわけだ。
これで、もう少しおっちょこちょいじゃなきゃいいんだけど。
トランシーバーの向こうの赤星も、すっかり健太の声にだまされたらしい。ほっとしたような笑い声が聞こえた。
そうだ。これを使えば──赤星も単独で倒せるかもしれない。
『ははっ、ドジすんなよ。もしかしたら、そろそろ警察が動くかもしれんからな』
「そうだな……んんん?」
光一は、学校の図面を開くと、ある部屋を指さす。健太がにっこり笑って、両手で丸を作った。
「そういや、赤星さんはどこを巡回してるんだっけな」
『今は体育館にいる。ほら、二階とつながってるあそこだ。さっきも言っただろ』
「ああ、そうだった。じつはな、さっき一階に人影が見えて、驚いてトランシーバーを落としちまったんだ」
『ばかやろう、それを早く言え! で、警察か? 何人だ?』
「それが、警察じゃない。子どもだったんだ」
『子ども? そんなわけがないだろ。見まちがいじゃないか?』
「そうかもしれないが、一回見に行ってみてくれないか? おれはここから警察の様子を見張らないといけないからさ」
『……一階のどこだ?』
かかった。
健太は光一が指さした部屋を、ゆっくりと読みあげた。
「給食室だ。渡り廊下の前にある」
第6回へつづく(5月15日公開予定)
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