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ものがたり

注目シリーズまるごとイッキ読み!『世界一クラブ 最強の小学生、あつまる!』第5回 クリスの大変身


銃を持った脱獄犯が、先生を人質に学校に立てこもってしまった! 事件を解決するために集まったのは、<世界一の特技>を持った小学生5人組⁉ 力を合わせて、凶悪犯をやっつけろ!
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第1巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ! 



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※これまでのお話はコチラから

 


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12 クリスの大変身

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「ねえ、本当にやるの……?」


 クリスは、正門側のマンションのかげで、スマホに向かってひそひそとささやいた。


『ああ。テレビ局のカメラが最低でも四台は生中継してるな。できれば、その全部を巻きこんでほしい。やり方は、もう頭に入ってると思うけど──』


 スピーカーの向こうから、光一の落ちついた声が聞こえる。みんなは、学校の裏門にほど近い位置に控えているはずだ。


 ああ、わたしにも、これくらい自信があれば……。


『クリス、聞いてるのか?』


「えっ、う、うん……」


『先に機動隊が突入してからじゃ遅いんだ。作戦の第一段階は、クリスが鍵になる。頼んだ』


「ね、ねえ。でもやっぱり……」


『クリス! がんばって!』


『ぼくたちも、ここから応援してるから~』


 これは、絶対逃げられないわ……。


「わかったわ……」


『じゃあ、あとでな』


 クリスは、電話をつなげたままのスマホをポケットに入れて、暗い顔をした。


 マンションの塀から、こっそり正門をのぞきこむ。


 もう夜だというのに、校庭のライトはすべて点灯していて、昼のように明るい。


 正門の前では、その明かりに負けないくらい、たくさんのマスコミのライトが、レポーターの人たちを照らしだしていた。


「小学校に脱獄犯が立てこもるなど、前代未聞の事件です!」


「三ツ谷小に立てこもっている脱獄犯たちは、ヘリを用意するように要求したまま、一度たりとも姿を見せません。明日の朝には、犯人たちとの交渉期限が来てしまいますが、警察は一体どうするつもりなのでしょうか?」


「もし要求が受けいれられた場合、脱獄犯の一人、白井の運転で犯人たちは人質を連れ、この場から脱出する予定のようです。明日の朝までに、何かしらの動きがあると思われ、現場では一段と緊迫感が──」


 あぁ、カメラが一台、二台……数えられないくらいあるわ。


 こわいこわい、こわすぎる。


 やっぱり協力するなんて、言わなきゃよかった……!


 でも。


 わたしが動くのを、みんな、今か今かと待っているのよね。


 ……はあっ。


 クリスは、ポケットから震える手でコンパクトを取りだす。


 三つ編みをほどいて髪の毛を整えると、鏡の中の自分に向かいあう。流行の恋愛ドラマに出ていた女優を思いうかべながら、口角を上げてにっこりと笑顔を作った。


 やるしかない……。


 そう、やるしかないのよ、わたし。


 だいじょうぶ。できるわ。ぜったいできる。


 できるわっ!


 クリスは、いつもはおどおどとした瞳を、ぱっと見開く。ピンクの縁眼鏡を、モデルのように鮮やかに取った。


 なめらかな手つきで、それを胸ポケットにしまうと、燦然と輝くライトに向かって、ゆっくりと歩きだしたのだった。




「クリス、だいじょうぶかな」


 スマホでテレビ中継を探す光一に、すみれがぼそっと言った。


「役割的にしょうがないんだけど、一人でやらないといけないし。さっきも、すごい不安そうだったし……」


「クリス本人ができるって言ったんだ。おれたちは、それを信じるしかないだろ。あ、これがちょうどいいな」


 光一がチャンネルを変える手を止めると、テレビの生中継が、ばんと画面に映しだされる。


『見てください! 夜にもかかわらず、たくさんの人が集まっています』


 カメラの真ん中に、レポーターの女性が一人。奥には、夜になっても、やじ馬とマスコミでにぎわう正門が見えた。


 警察のテントの向こうに、大型バスのような車が停まっている。けれど、普通のバスとは違って窓はなく、青い塗装に白いラインが入っている。機動隊の特殊車両に間違いない。


 機動隊は、やっぱりもう準備してるのか。


 その車をよく見ようとした瞬間、ちらりと栗色の何かが映りこんだ。


『マスコミはもちろん、近隣の方々、三ツ谷小に通うお子さんをお持ちの保護者に……えっ? 子ども!?』


「あ、クリスちゃんだ!」


 突然のことに画面は多少ぶれつつも、迷いこんできたクリスにカメラがズームインする。


 栗色の髪の毛は、ライトの光を浴びてきらきらと輝いていた。みんな、あまりのことに驚いて、騒然としていたあたりが、しんと静まりかえる。


 クリスは、さっきまでとは全く違う雰囲気で、しっかりと一歩ずつ前に踏みだす。そこだけ、モデルが歩くランウェイになったみたいだ。


 クリスが一歩進むごとに、大人たちがその異質なオーラに圧倒されて、さーっと道をあけた。


 おいおい。


「モーセの十戒か」


「なにそれ?」


 すみれが、説明を求めて声を上げる。


「モーセっていうのは、旧約聖書に出てくる古代イスラエルの指導者だ。実在については──」


「あっ、長くなりそうなら明日でだいじょうぶ」


「自分から聞いといてそれか!?」


 まあ、確かに今はそれどころじゃないか。


 正門の前に並んだ警察官も、クリスに気づいて、ぎょっと動きを止めた。


 今だ、クリス!


 光一の声が聞こえたかのように、クリスはタイミングよく、大声を出した──あくまで可憐に。


『どいてっ、どいてください!』


 クリスは突然駆けだすと、警察官のすき間をさっと通りぬける。黄色い立入禁止のテープに手をかけた瞬間、背後から我にかえった警察官に押さえこまれた。


『きみ! 何をしているんだ!』


『危ないだろ!』


 クリスを取りかこむように、重装備の警察官や刑事が、わっと集まってくる。


 クリスが登場したときの静けさは、一瞬で消えさる。あっという間に、何事が起きたのかと、マスコミとやじ馬がどっとつめかけた。


『なんだ、何が起きたんだ?』


『大変なことになりました! どうやら、一人の少女が学校の中に入ろうとした模様です!』


『放してください! わたし、先生を助けたいんです!』


 テレビ局のカメラに、クリスの顔が大写しになる。


 クリスは警察官に腕をつかまれながら、ぽろぽろと涙をこぼした。今にも胸が張りさけそうといわんばかりの表情だ。


 テレビ中継を見ながら、四人は呆気にとられたように口をぽかんと開けた。


「さっきまでと全然違うんだけど!?」


「演技だって知ってても、ちょっと同情しちゃうくらいだね」


「日野は、できれば敵に回したくない……」


『わたし、昨日の夜、このあたりで犯人たちの車を目撃したんです!』


 クリスは、カメラに向かって身を乗りだした。クリスの涙に誘われて、周囲のテレビ局員や記者が、いつの間にか、話に聴きいっている。


『あやしい車だなと思ったんですけど、すぐに忘れてしまって。でも、そのときにわたしが通報していれば、先生はっ……』


『じゃあ、あなたは先生が心配でここに来たのね?』


『はいっ。いてもたってもいられなくって。もし先生になにかあったら、わたし、わたし……どうしたらいいかっ』


 ダメ押しに、クリスが口元をかくしながら涙を流した瞬間、勢いよくフラッシュがたかれた。


『もう少し、くわしく話を聞かせてくれるかな』


 他局よりも近くでと、カメラがクリスに迫る。マスコミが押しよせたせいか、警察官があわただしく彼らを押しかえしはじめた。


『みなさん、下がってください!』


『おい、ちょっと警備に声かけてこい!』


 応援に呼ばれた警察官やマスコミが、さらにどっと集まる。


 みんな、口々に何かを叫んで、現場は異常な熱気にあふれた。


 クリスの演技力と存在感は、ずば抜けてるとは思ってたけど、まさかここまでとはな。


 って、あれ、本当に本人だよな?


 とにかく、これで予定通り周囲の警備が──。


『静粛にしてください!』


「……父さんだ」


 和馬が、渋い表情でぽつりと言った。


 テレビカメラに、風早警部が映しだされる。警部の一声で、辺りは再び、しんと静まりかえった。取っ組みあっていた大人たちも、ぴたりと動きを止める。


『マスコミの方は下がってください! これ以上踏みこむと、公務執行妨害ですよ』


 警部の発言に、マスコミは警察からあわてて離れると、じりじりと後退した。


 せっかく、いい感じだったのに……!


 マスコミが距離を取ったすきに、警部はクリスに音もなく近づく。今度は、二人の向かいあう様子が、カメラにしっかりと映された。


『きみ、昨日あの犯人たちの車を見たというのは本当なのかな?』


 警部は、疑わしそうにクリスの顔を上からのぞきこむ。


『一体、いつ見たんだい? どこで? どんなふうに? そんな報告は受けていないが、説明できるかい』


『もちろんできます。わたし、先生を助けるために役に立ちたいんです。ぜひ、説明させてください』


 クリスは、風早警部の視線を真正面から受けとめる。一言一言、しっかりと聞こえるように宣言した。電話で話していた、気弱なクリスからは想像もつかない。


 けれど、風早警部はじっとなにかを見透かすように、クリスの表情を見つめたままだ。クリスの緊張が高まるのが、画面越しの表情でもわかった。


「ももも、もしかして、クリスちゃん疑われてない!?」


「マズいな……」


 ここで追いかえされるのは困る。


 クリスには、まだ警察に張りついててもらわなきゃいけないんだ。


 眉間のしわを深めながら、警部がクリスの腕をつかんで遠ざける。


『くわしい話は、きみの家で聴こう。他の刑事に送っていかせるから──』



 バーン!!



 最初は、テレビ越しかと思った。


 けれど、音が聞こえたのは……背後からだ。


 光一は、一瞬学校の方角を振りむいた後、すぐにテレビ中継を食いいるように見つめる。現場は混乱していて、カメラの映像はピントが狂ったり傾いたりして、ちっともよくわからない。


 ただ、レポーターの声はしっかりと聞きとれた。


『今、犯人の一人が騒ぎを聞きつけて、拳銃を発砲した模様です! どこへ……あ! 威嚇射撃の跡があった玄関のガラスが、粉々に砕けています!』


『それ以上騒ぐと、次は、人質を撃つ!』


 突然、どすの利いた低い声がテレビ越しに耳をつんざいた。後ろから中継を見ていた和馬が、ぐっと顔を近づける。


「犯人か」


「拡声器を使って、玄関から話してるみたいだな」


 すみれが焦れたように、光一の手からスマホを引ったくった。


「……よかった! クリスは無事みたい。警部が、警察のテントに連れてってる」


「テントで事情聴取するんだろ。脱獄犯たちへの対応で、家に帰すのは後回しになるだろうな」


 これで、なんとか第一段階はクリアだ、けど。


 どくりと、心臓が嫌な音を立てた。


 橋本先生は無事なのか?


「……オレたちも行こう」


 和馬は静かに言うと、暗闇の中ですっと立ちあがった。


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