
銃を持った脱獄犯が、先生を人質に学校に立てこもってしまった! 事件を解決するために集まったのは、<世界一の特技>を持った小学生5人組⁉ 力を合わせて、凶悪犯をやっつけろ!
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第1巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!
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9 和馬は最強? 最弱!?
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「ここか」
光一は、きれいな白壁の家を、門扉越しにじっと見上げた。
どこにでもある普通の一軒家だ。玄関の入り口には、チューリップやパンジーなど、春の花が咲いたプランターがきれいに並べられている。
頭の後ろで手を組んだすみれが、拍子抜けしたようにぼそりと言った。
「ホントにここが和馬の家? 全然、忍びってカンジしないけど」
光一は、家の塀にはめこまれたステンレス製の表札を見る。そこにはアルファベットで〈KAZEHAYA(カゼハヤ)〉と入っていた。
健太はその表札を何度も見直しながら、首をひねった。
「ぼくが思ってたイメージとも違うなあ。光一、ほんとのところ、忍びってなんなの?」
「忍びとは、古くは飛鳥時代から江戸時代まで、諜報活動や暗殺などを行っていた人たちのことだ。江戸時代に書かれた、日本語をポルトガル語で解説した辞典、『日葡(にっぽ)辞書』にも『忍び』という項目があるから、実在していたのはほぼ間違いない」
「へえ、ただの作り話じゃないんだね」
「多くは、大名や領主などの有力者に仕えて……って、すみれ!」
気がつくと、すみれは門扉を開け、玄関先でインターホンを押していた。
「だって、光一の説明って長いんだもん。そういうのは、本人に聞けばいいでしょ?」
光一は、ため息をつきながら中に入る。その後ろに、健太とクリスが続いた。
「今は、忍びの人たちはどうしてるの?」
「それについては、いろいろな説がある。その特技を生かして警察官やスパイになったとも言われてるな」
「お父さんが警察官の和馬くんは、やっぱり忍びっぽいってことだね」
ガチャリ
受話器を取る音が、あたりに響いた。
「……どちら様ですか?」
スピーカーの向こうから聞こえる、落ちついた声。でも、大人のものじゃない。
光一がこくりとうなずいて見せると、健太はインターホンのマイクの前に立った。
「和馬くん? ぼく、健太だよ。四年生のときに同じクラスだった──」
「健太? 健太がなんでうちに」
「えっと、和馬くんに大事な話があって来たんだ。出てきてもらえると、助かるんだけどっ」
「……わかった」
そっけない返事とともに、インターホンが切れる。すぐに、玄関のドアがかすかに開いた。
すき間から、怪しがる表情の和馬が少しだけ顔を出す。
黒いTシャツに、ジーパン。小六にしては背の高い体は、鍛えているのか引きしまっていて、ちょっと大人っぽく見える。
和馬は、健太の奥にいる三人を見て、ますます疑わしそうに鋭い目つきになった。
「えっと、その……」
「おれが健太に頼んだんだ。風早と話がしたいって」
光一は、口ごもる健太の前に出た。
あいさつは、最初が肝心だ。
「おれは──」
「隣のクラスの徳川光一だろう。女子がよく騒いでるから、知ってる」
騒いでるって……おれ、何かしたか?
「光一って、イケメンだから結構女子に人気があるもんね。隣のクラスでも騒がれてるんだ」
「みんな、声をかける勇気はないけど、遠くからじっと見てるって感じだもんねえ……いいなあ、ぼくもモテたい!」
うっ、すみれと健太がいると話が進まない!
頭を抱えたものの、光一は気を取りなおして和馬に向きなおった。
「風早は、学校で起きてる立てこもり事件のことは、もちろん知ってるよな? 司書の橋本先生が人質にされてることも」
「ああ」
「おれたちは、警察が突入するよりも先に学校に侵入して、先生を助ける計画を立ててる」
光一がそう言った瞬間、和馬の眉がぴくりと動いた。
「……それで?」
「風早に、協力してほしい。おれ、知ってるんだ。風早の家が代々忍びの家系で、風早も現役の忍びだってこと」
光一の背後で、三人がごくりと息をのむ。
和馬は、一瞬口を開けたものの、すぐにさっきまでの無表情に戻った。
「忍びなんて信じてるのか? 〈世界一の天才少年〉の言葉とは思えないな」
和馬は興味をなくしたように、ついと光一から目をそらす。
まあ、そう来るだろうと思ってたよ。そっちがその気なら……。
「おれも、最初に健太から聞いたときは半信半疑だった。でも、〈世界一の天才少年〉としては、真偽のほどが気になったから、図書館でちょっと調べてみたんだ」
光一はそう言いながら、何食わぬ顔でバッグから一冊の本を取りだす。タイトルが見えるように、和馬の前にしっかりと掲げてみせた。
さっき図書館で借りてきたばかりのその本は、大型でかなりの厚みがある。
和馬は眉間にしわを寄せながら、タイトルをのぞきこんだ。
「『忍者大事典』?」
「三時間もかけたかいがあった。やっと見つけたこれに、風早家のことがしっかり載ってたからな。戦国時代よりももっと前から続く、由緒ある忍びの家系なんだろ」
光一はぺらぺらと、よどみなく一息に言いきった。
じつは、全部?だ。そんなこと全然調べていない。
図書館で本を借りたっていうのは正しいけれど、ただ忍者に関連する本の中で、一番古そうでくわしそうで、難解なものを選んで借りてきただけ。
でも、はったりをかますにはそれで十分だ。
春休みに借りた、交渉術の本に載ってた。
交渉術、その一。『人を説得するときは、自信と余裕を見せること』。
……こういう使い方は、あんまりほめられたものじゃないけど。
「今ここで、暗唱しようか。たしか、この本の248ページに……」
「そんなはずはない!」
途端に、和馬は口を開いた。
「うちのことは、本に載せないように徹底してるはずで──」
「ってことは、風早は自分が忍びって認めるんだよな」
「なに!?」
すっかりポーカーフェイスを崩した和馬は、怒りで顔を赤くした。
「はっ……はめたな!?」
うっ、ちょっと心が痛む。
光一は笑みを引っこめると、一行も読んでいない本をバッグにしまった。
「だまして悪かった。でも、あまりにもガードがゆるすぎじゃないか?」
「オレは忍びでも陰忍で、隠密行動が専門だから、話術は得意じゃないんだっ……!」
「ごめん、和馬くん! まさか、ぼくも光一が和馬くんを引っかけるつもりだったなんて、知らなくて」
「べつに、健太を責めてるわけじゃない。ただ……こんなことに引っかかった自分が、情けないだけだ」
和馬は渋い表情で、光一をにらんだ。その視線は、だれでも思わずたじろぐほど鋭い。
「それで、オレが忍びだと知って、先生を救出する作戦に協力させようっていうことか」
和馬の問いに、光一は真剣な表情でうなずいた。
「今、集まってるメンバーは、一人ひとりがものすごいスキルを持ってる。だけど、先生を助けだすためには、どうやってもこの四人じゃ足りないんだ」
「五人集まったところで、なにができるっていうんだ」
「風早が仲間になってくれれば──絶対に先生を無傷で助けだせる」
風早家の玄関が、?のようにしんと静まりかえった。
光一と和馬、二人の視線が正面から重なる。
すみれ、健太、クリスがかたずをのんで見守り──。
次の瞬間。
「──断る!」
和馬が目にも留まらぬ速さで、扉の取っ手を持ちなおした。
半開きだったドアが、今にも閉まりかける。
逃がすか!
光一とすみれは、ばっといっせいに閉まりかけのドアに飛びついた。
「ちょっとっ、和馬。逃げないでよ!」
「その特殊技能、使わないと宝の持ち腐れだろ!? 手伝えって!」
「だれが手伝うかっ。そんな危ないこと!」
和馬が、ギリギリとドアを引く手に力をこめるのを見て、健太も慌てて加勢に入る。
ドアを外側へ引っぱりながら、光一はすき間から和馬をのぞきこんだ。
「風早は、先生のことが心配じゃないのか!?」
「……それは、オレだって心配だ。でも、こういう事件には関わらないことにしてるんだ。下手なことをして、正体がバレるわけにはいかない!」
「そんなこと言わないで、いっしょに戦ってよ! 和馬くん~」
「忍びは、依頼を受けて仕事をするんだ。自分から事件に顔を突っこむものじゃない!」
和馬が、さらに強い力でドアを引く。三人の足が、ずるずると玄関の上を滑った。
「ちょ、ちょっと……そんなに強く引っぱりあってたら、壊れ……」
クリスは、加勢するべきか止めるべきか迷って、右往左往する。
「とにかく、早くドアを放せ! でないと」
「でないと、何が起きるの? 和馬」
扉の奥──和馬の背後から、か細い声が聞こえる。
その瞬間、ドアを閉めようと引っぱっていた力がふっと消えた。
「わあ!」
全力でドアを外に引っぱっていた光一とすみれは、もんどりうって後ろにしりもちをついた。
健太なんか、着地に失敗してごろんと転がったかと思うと、芝居がかった動きでばったりと玄関に倒れる。
「ったた、何だよ急に」
痛みに顔をしかめながら、光一はドアの奥に目をやる。
気がつくと、セーラー服を着た、きれいな女の人が立っていた。