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13 隠密! 学校潜入
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学校裏にあるマンションの三階通路から、和馬は校舎を見おろした。
ここは、学校の裏口からほぼ真正面にある。クリスが起こした騒動と、脱獄犯たちの威嚇射撃のおかげで、学校の周囲を警備していた警察官は、さっきよりもまばらになっていた。
徳川たちは、ちゃんと裏口の近くで待機しているだろうか。
和馬は不安に思いながらも、あらかじめバッグから取りだしておいたパチンコを持ちなおした。大きな音が鳴る、特製の小さな花火玉をセットする。
人通りがなくて、警察にもよく聞こえる……あそこがいいか。
「風早家の門外不出の花火玉だからな。確実に撃てば、引きつけられるはずだ」
やや離れた電柱の根元に、狙いをつける。
静かに目を閉じて、心を落ちつける。
集中しろ。
さっと目を開けたときには、狙うべき場所だけがはっきりと見えた。
流れるように、びんとゴムをひく。寸分の狂いもなく、玉は地面めがけて飛んだ。
バンッ!
「今度はなんの音だ!?」
「確認しよう」
さっきの威嚇射撃で過敏になった警察官が、拳銃に手をかけながら、音がした方へと険しい顔で走っていく。
よし、今だ。
光一は、マンションのかげからさっと駆けだした。
チャンスは一度。しかも、時間は稼げて、数十秒だ。
狙うのは、人目に付きにくい薄暗いところ──裏門脇の壁。
走りこんだ勢いのまま、壁に足をかけて飛びあがる。
いつの間にかすぐ横に並んでいたすみれと、一気に上へ乗りあげた。
振りむくと、数歩遅れて追ってきた健太が、壁に飛びつくところだった。
すでに、もう息が上がっている。
……こんなので、登れるのか?
思ったとおり、健太は壁に飛びついたものの、ずるずると重力に引っぱられて地面へ滑っていく。光一とすみれはちらりと目を合わせてから、健太の腕を、がしっとつかんだ。
「健太、なんかいつもより重いんだけどっ」
「バッグもポケットも、えらくふくらんでるけど……一体、何持ってきたんだっ……」
「ええっ、ただお菓子をたくさん入れてきただけだって~!」
「健太~!!」
ヤバい、そろそろ警察が戻ってくる!
「これは遠足じゃないんだ」
ぞ!
かけ声の要領で、光一はすみれと調子を合わせて引きあげる。乗りあがった健太に押されて、三人はぐらりと壁の向こう側に落下した。
辺りにかすかな土ぼこりが起きる。
「げほっ、警察は!?」
「なんとか、だいじょうぶそうっ……まだ、さっきの爆発音を確認しに行ってるみたい」
「いたた。そういえば、和馬くんは?」
「呼んだか」
音もなく、長身の和馬が目の前に着地する。木の葉が落ちてきて、光一は、はっと上を見上げた。
……街路樹をつたってきたってことか。
人間は、自分の目より上には注意が向きにくい。その特性を利用したんだろう。
それにしても、すごい身体能力だな。
光一は、和馬に最後尾につくよう頼むと、腰を落として花壇のかげを進む。一階の一番手前の教室に近づいて、窓に手をかけた。
「そこから入るの? でも、鍵がかかってるんじゃ……」
「委員会の後輩から聞いたんだけど、ここだけ窓の鍵が甘いらしいんだ。こきざみに動かすと、鍵が外れる──よし、こんなもんか」
光一が慎重にスライドさせると、レバーがずれた窓は、音もなく開いた。
四人は、外の警察官に見つからないように、すばやく中に入る。
見慣れた学校の教室。他の部屋と同様に、そこもすべての電気が点けられていた。
じっと耳をすます。
人の気配はない……か。いや。
自分のポケットから、ぼそぼそと声が聞こえて、光一はスマホを取りだした。
『ちょっと、聞いてるの? 本っ当に、本当に恥ずかしかったのよっ!?』
クリスだ。
他の人に聞こえないように押し殺しているのか、普段より声が小さい。
光一は、スマホの音量を上げた。
「今、ちょうど学校に入ったところだ。そっちは?」
『警察のテントよ。聴き取りをする今井刑事が、ちょっと席を外して……』
「クリス、すごいノリノリだったよね!」
「そうそう、てっきりあっちが本物かと思っちゃったよ」
『だから、あれは演技でっ……!』
「わかったわかった。それで、警察のテントで何か情報は聞けたか?」
クリスは恥ずかしそうに咳ばらいをすると、とっさに上げた声のトーンを落とした。
『まわりの刑事さんたちは、〈グニゴムは管理棟の一階にある職員室に捕まってるんじゃないか〉って言ってるんだけど……グニゴムってなんのことかわかる?』
「グニゴムは、警察用語で人質のことだ。橋本先生は、職員室か」
光一は和馬から返してもらった図面を取りだすと、職員室に赤ペンで大きく丸を付けた。
「さっき威嚇射撃のあった職員用の玄関からすぐだし、妥当な読みだな」
『あと、犯人のうちの一人は管理棟の三階にいて、上から校内を見張っているらしいわ』
「職員室に黒田一人ってことは考えにくいから、最低二人はいるはずだ。ってことは、あとはその見張りと、もう一人は校内のどこかを回ってるってところか」
「ぼく、二人の話が難しくってわかんないよ……」
「あたしも……」
いつの間にか、すみれと健太は持ってきたスナック菓子をばりぼりと食べていた。
「おい!」
「まあまあ。決戦前の腹ごしらえだって」
『さっきの威嚇射撃で、いったん突入は見送られたみたいだけど、風早警部は態勢を立てなおしたらすぐにでも突入させる気みたい。早めに……』
『クリスちゃん、どうかした?』
突然、スマホから若い男の声が聞こえた。この気の抜けた感じは、裏口で会った今井刑事だ。
『いいえ、なんでもないんです。早く先生が救出されないかなって──』
クリスの器用な言い訳に、すみれが口を押さえて笑いをこらえる。
ひとまず、警察はクリスに任せておいて、だいじょうぶそうだ。
光一がスマホをポケットにしまうと、クリスと今井刑事の声はほとんど聞こえなくなった。
「まずは、三階から行こう」
「徳川」
腰をかがめたまま教室から顔を出そうとした瞬間、声がかかる。
振りむくと、和馬が見おろしていた。
いつもの無表情。
いや、でもなんだか……。
「どうかしたのか?」
「──なんでもない。先を急ごう」
なんだ、風早のやつ。言いたいことがあるなら、言えばいいだろ。
でも、今日会ったばっかりなんだし、しょうがないか。
光一は、そう自分に言いきかせると、和馬の視線を無視して図面を折りたたんだ。