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11 救出作戦、始動!
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「さあ、みんな。たくさん食べてね」
光一の母、久美が割烹着姿でお盆から大皿を下ろす。
エビの天ぷら、寿司に、刺身のサラダ。鶏のからあげに、お吸い物に──。
テーブルの上は、久美の得意料理でいっぱい。
徳川家は和食が基本だけど、今日は来客があるからかいつも以上にバラエティ豊かだ。
でも、多すぎるような……。
小皿を準備しおえると、光一は眉を下げながら自分のイスに座った。
「母さん、ちょっと作りすぎなんじゃないか?」
困惑顔の光一に、割烹着を脱いで和服姿に戻った久美が、口元を手で隠しながらほほ笑んだ。
「だって、今日はたくさんお友達が来てくれたから、うれしくなっちゃって。みんなの好きなものがあるといいんだけど。ほら、冷める前にどうぞ」
おだやかに笑う久美の言葉を合図に、お茶を配っていたすみれが、ばたばたと光一の横に座る。すみれの向かいにクリス、その横に健太が腰を下ろした。
「それじゃ、いっただきまーす!」
「いただきます」
「どれから食べるか迷っちゃうね! あっ、からあげもあるよ!」
「いただきます……」
どれを取るか迷っているクリスをよそに、すみれと健太がわれ先にと、片っぱしから自分の皿に料理を確保していく。
二人とも、目が本気だ。
すみれは大口を開けて、からあげをひょいと放りこむ。口を動かしながら、へらあっと相好を崩した。
「めちゃくちゃおいしいっ。朝も夜も久美さんのご飯が食べられるなんて、超ラッキー!」
「おいしい! この衣、お店で作ったみたいにサクサクだよ。外はパリッと、でも中からじゅわっと、肉汁があふれ出して、はしが止まらないよ~。さあ、あなたもぜひ味わってみてください! 一度食べたら、やみつきになりますよ~」
すみれのやつ、これに味をしめて毎日通ってきたりしないだろうな。
それに健太は、なんでグルメレポーターみたいになってるんだ。
「まだまだあるから、ゆっくり食べてね。そう、デザートのタルトもあるのよ。あとで、アイスといっしょに出してあげるわね」
久美の言葉に、テーブルから二人の歓声が上がる。もちろん、すみれと健太だ。
クリスは、恐縮して体を小さくしながら、一番近くにあった白和えをゆっくりと口に運んだ。
「……おいしい! ほうれん草じゃなくて、春菊の白和え……? でも、ふつうのものとちょっと違う。甘味があるし、もしかしてナッツも入っていますか?」
「あら、クリスちゃん。そんなところに気づいてくれるなんて、うれしいわ。光一は気づいてても、あんまり言ってくれないし」
「すみません。突然来て、こんなにいろいろしていただいて」
「いいのよ。光一ってあんまりお友達を連れてこないから、またいつでも遊びにいらっしゃい」
……その言い方だとまるで、おれに友達が少ないみたいじゃないか。
光一は目を細めながら、いつの間にか半分まで減っていたアジの南蛮漬けを確保する。
「えっ、光一それから食べるの? しぶっ!」
「おれは和食党なんだよ。すみれも、好きなもんばっかり取ってないで……」
って、もう全部の皿を、一口以上食べおえてる。
「それじゃあ、健太くんの部屋と、すみれちゃんとクリスちゃんの部屋を、客間に準備してくるわね。お代わりは光一がよそってあげて」
久美がダイニングを出ていくと、すみれは口をもぐもぐと動かしつづけながら、いたずらっ子みたいに笑った。
「よかったね。久美さんにバレてないみたいで」
和馬の家をあとにして、それから。
機動隊が突入の準備を始めていると知ると、光一はすぐに最初の指令を出した。それは、『徳川家での泊まりこみの勉強会に、参加する許可をもらってくること』だった。
徳川家にいったん集合して、勉強会の振りをしながら作戦決行の準備を進める。光一の母、久美が寝静まるのを待って出発する作戦だ。
「それにしても、いい考えだったね、光一。ぼくとすみれの宿題を終わらせるため、転校生のクリスにいろいろ教えてあげるためっていう二つの理由にすれば、許してもらいやすいって」
「久美さんに電話までかけさせるなんて、思わなかったけど」
「こんなときだから、保護者の連絡くらいないとOKがでないと思ったんだ。あまり時間も残ってないから、できるだけしっかり準備をしたいしな」
それに、父さんがずっと海外に単身赴任してるから、母さんも人が多い方がよろこぶし。
すっかりテーブルの料理を食べつくし、すみれと健太はデザートを手にリビングのソファに移動する。クリスは、スカートのひだをそろえて、すみれの横に座った。初めて来たところだからか、落ちつきなく家を観察している。
「すみれ、テレビ点けてくれ」
光一の言葉に、スプーンをくわえたすみれが、リモコンでスイッチを入れる。テレビが点くとすぐに、三ツ谷小学校が大写しになった。
『三ツ谷小の前では、犯人と警察の膠着状態が続いています。警察のテントにも、特に大きな動きは見られません。今のところ、犯人側が要求しているヘリが来る気配もなく──』
光一は、食いいるようにテレビを見つめた。
警察はまだ、動いてないみたいだな。一体、いつ突入するつもりなんだろう。
おれだったら早朝にする。犯人の疲労も蓄積して、集中力も切れるころだ。夜より、多少は視界もいい。でも、それは犯人たちも予想しているかもしれないし──。
風早警部の性格なら、わざと時間をずらして今、っていう手もやりそうかと思ったんだけど。警察の中でも、対応が分かれてるのか?
テレビ画面に映る校舎は、全部の電気が点いていて、背景の夕闇から浮きあがって見える。
いつもの学校じゃないみたいで、気がつくとみんな、しんと黙りこくっていた。
「……なんで、脱獄犯たちは三ツ谷小に来ちゃったんだろうねえ」
広いリビングに、健太のつぶやきがむなしく響いた。
あいつらが来なければ、橋本先生だって人質にならずにすんだのに。
光一は、ぎゅっとにぎりしめた拳をかくして立ちあがる。
「……ちょっと寝てくる」
抑えた声で言うと、先にリビングをあとにしたのだった。
仮眠を取ったり、学校に持っていく荷物を準備したり。時間はあっという間に過ぎた。
日も暮れ、もうすっかり夜になったころ。
少しだけ開けたふすまから、光一は室内をのぞきこんだ。寝室の中央で、久美はすやすやと寝息を立てている。
音を立てないようにふすまを閉め、光一は抜き足差し足で廊下を進む。電気は消したままだから、どこもかしこも真っ暗だ。
でも、ここで音を立てるわけにはいかない。もう作戦は始まっているのだ。
つきあたりにあるドアの前で、足を止める。ここは、光一の父親である悠人の書斎だ。悠人がアメリカに赴任している間、管理は光一に任されている。
コンコンと軽くノックをすると、音もなくドアが開く。真っ暗な部屋から、三人が黙ったまま姿を現した。愛用のリュックを背負ったすみれ。不安げにショルダーバッグの紐をぎゅっとにぎったクリス。健太のバッグは、異様にふくれている。
みんなを引きつれて物置に入ると、光一は一番奥にある窓を開ける。近くのカゴに足をかけて、ひょいと窓から裏庭に飛びだした。すみれ、クリスがそれに続く。
けれど、いつまでたっても健太が出てこない。
光一は、響かないように小さな声でそっと声をかけた。
「おい、健太?」
「今、行くよ! ちょっと、ちょっとまっ……わああ!」
ガラン、ガランガラン!
物置の中から、何かが倒れる大きな音が響いた。
すみれが、ひょいと外から窓に飛びこむ。次の瞬間、健太が窓から勢いよく転がりでてきた。どしんと地面に顔から着地する。クリスが、おそるおそる手を差しだした。
「……だいじょうぶ?」
「あはは、だいじょうぶだいじょうふ……」
「もう、健太ってば。音を立てたら、久美さんが起きてきちゃうじゃない」
すみれは再び外に出ると、ぴしゃり! と大きな音を立てて窓を閉めた。
……不安だ。
光一は渋い顔をしながら、学校へと歩きはじめる。後ろから、三人が静かに後を追った。
「え、そっちから行くの? いつもと違うけど?」
「通学路は、大通り沿いだからな。人目が多いだろ」
「あ、そっか」
「なんだか緊張してきたよ……」
健太が、うつむきながら、ポケットにつっこんだ手をがさがさと動かした。
「ほんとに、だいじょうぶかなあ。だって、拳銃だよ!? 凶っ悪な脱獄犯なんだよ!?」
「だから、さっき作戦会議をやっただろ」
「それはそうなんだけどさあ、他のみんなは心配じゃないの?」
「え、スポーツ大会の試合よりは緊張してるけど」
「そそそ、そんなレベル? クリスちゃんは? えっと、クリスちゃん?」
クリスは、光一から手渡された指示書を見ながら、ぶつぶつと小さな声でつぶやいている。
朝、学校に登校してきたときに比べると、派手な格好だ。
ピンクの花柄、フリルがたくさんついたワンピースに、おしゃれなヒールの高いサンダル。
もちろん、これも作戦のうちだ。
「おーい、クリス、クリスってば!」
「なっ、なに? 驚くから突然話しかけないで……」
「さっきから、あたしも健太も話しかけてたってば」
「……ごめんなさい。だって、心配なの。ただでさえ、人前に出るのは得意じゃないのに」
すみれの後に続いて、クリスがぼそぼそと言いながら公園に入る。
「でも、さっきめちゃくちゃ予習してたじゃん」
「もちろん、全部頭には入れたわ。でも……」
クリスは、街灯の下で立ちどまる。
がらんとした夜の公園には、四人以外の人影はない。つまり。
「和馬くん、いないね」
健太の声を聞きながら、光一はもう一度、公園を注意深く見わたした。
けれど、やはり和馬の姿はない。
──どうする?
もちろん、和馬が協力してくれなかった時のことも考えた。いくつか作戦がないわけでもない。
でも、けた違いに危険度が上がる。
橋本先生を無事に助けるのが目的なのに、メンバーがけがをしたら元も子もない。
公園から学校は、目と鼻の先だ。校庭の明かりを点けたままなのか、夜なのに白く照らされた校舎の角が見えた。
先生は絶対に助けたい。でも──。
……あきらめるしかないのか!?
「徳川」
突然、肩に手を置かれて、光一はその場でびくりと体を震わせた。
引きつった顔で後ろを振りむく。ちょっと驚いた表情の和馬が、見取り図を持って立っていた。
「今、どっから出てきた!?」
「木の上から降りてきただけだ」
どうして当たり前のことを聞くんだ? という顔をしながら、和馬は頭上の枝を指さした。
風早警部も近づいてくるとき気配がなかったし、この親子、危険すぎる……。
「……頼む、寿命が縮むから先に声をかけてくれ」
「え? ああ、わかった」
「あーよかった! 和馬くんが来てくれて」
「でも、なんか見た目は全然忍びっぽくなくない?」
すみれが、和馬のまわりをくるくると回る。
黒いシャツにジャケット。確かに黒ずくめではあるけど、絵で見る忍びとは似ても似つかない。
「いかにも忍びらしい格好をしていたって、怪しまれるだけだろう」
「それもそっか」
……よかった。とりあえず、これでなんとか決行できそうだな。
光一は、二人の珍妙なやりとりを見ながら、内心胸をなでおろす。
不安要素が、完全になくなったわけじゃない。
学校への侵入、凶悪な脱獄犯たち、機動隊が突入するまでのタイムリミット。
──そして、拳銃。
でも、今は迷うときじゃない。やるときだ。
「ねえ、せっかくみんなでやるんだし、円陣組まない? チームでの試合で、よくやるんだ」
「……ここでか!?」
「ほら早く。光一が計画を言いだしたんでしょ」
光一は、急かされて手を前に出す。
その上に、痛いくらいの勢いですみれが手を置いた。健太、クリス、和馬とそれに続く。
円陣を組んだメンバーの顔を、光一はぐるりと見まわす。
世界一の特技を持ったやつらが、これだけ集まったんだ。この五人なら、絶対にやれる──はず。
もしものときは、おれがなんとかする。
「行こう、作戦開始だ!」
光一は、自分の不安をぐっと飲みこんで、力強い声で言った。
第5回へつづく(5月8日公開予定)
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