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5 美少女もラクじゃない?
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結局、光一たちはいったん調査を中断して、商店街へ行くことになった。もちろん、美少女の眼鏡を修理するためだ。
健太に尋ねられて、その女の子は日野(ひの)クリスと名のった。そして、今日から三ツ谷小の六年一組に転校してくるはずだったと。
すみれの予想は、大当たりだったわけだ。
最初は正門に向かったけれど、何が起きているかわからず、聞く人もいない。ぐるりと学校の周囲を回っていて、裏門に偶然やってきたらしい。
クリスは、この街に昨日引っ越してきたばかりで、道も、お店の場所も全然知らない。
眼鏡を壊したあげく、放置するわけにはいかない、となったのだった。
でも、すごく気まずいな……。
四人の先頭を歩く、光一の足どりは重い。
とりあえず、まずは自己紹介。
光一、すみれ、健太の三人は名前と、同じクラスであることをクリスに説明した。
クリスは、自分の名前と簡単ないきさつこそ話したものの、それ以外はほとんどしゃべろうとしない。まるで隠れるように、すみれの後ろについて歩いていた。
微妙な雰囲気の中で、健太だけがクリスに果敢に声をかける。
「えーっと、クリスちゃんはさ。どうして三ツ谷小に転校してきたの?」
「親の仕事の関係で……」
「そそそ、そうなんだ~。えっと、髪の毛の色きれいだね! 茶色っていうかなんていうか」
「祖父がイギリス人だから……」
「へえ! イギリスかあ。ぼくもいつか行ってみたいなあ。ローストビーフを、お腹いっぱい食べたいんだ。クリスちゃんは、イギリスに行ったことあるの?」
「あの……わたしに気をつかって、話しかけてこなくてもいいですよ……」
ピキーンと、辺りの空気が固まる。健太は、力なくがっくりと肩を落とした。
「うーん。ぼくは別に気をつかってるわけじゃなくて、そっちの方が楽しいからなんだけど」
すみれが、光一の横に早足でやってくる。クリスに聞こえないように、声をひそめた。
「ねえ、なんかとっつきにくくない? 見た目はウワサ通り、すっごいかわいいんだけどさ」
「引っ越してきたばかりで、緊張してるんじゃないか?」
「でも、テレビで見た時と全然違うんだけど」
そう言いながら、すみれはさらに一歩足を速めて、光一の前に出た。
「美少女コンテストのVTRではハキハキしゃべってたから、今とフンイキが全然違うっていうか……」
「どっちかっていうと、おどおどしすぎてて、声がかけにくいくらいだな」
光一が振りむくと、クリスは目を合わせないように、さっと視線をそらす。
重い沈黙の中、学校から歩くこと十分。
たどりついた商店街の入り口で、光一はほっと胸をなでおろした。
商店街の真ん中くらいに、修理もできる眼鏡屋がある。店主のおじいさんとは、母親が親しいこともあってそこそこ仲がいい。
そこに行けば、なんとかなるだろう。
先生を助ける作戦も早く立てたいし、さっさと行くか。
光一は、アーケードの下を一歩踏みだす。
学校が休みになったこともあって、商店街はいつもより人通りが多かった。あちこちに、家でじっとしていられない子どもたちの姿が見える。
それにしても、さっきから視線を感じる。すれ違う人が、みんなこっちをチラチラ見てるような。
周囲から集まる視線に気づいて、健太がうれしそうに胸をそらした。
「なんかさ、すごく注目浴びてない? もしかして、ぼく有名人になっちゃったのかなあ!」
「いや、それはないと思う」
多分、注目されてるのは健太じゃなくて……。
光一は、後ろを歩くクリスをちらりと盗みみる。
って、いない!? いや、そうじゃない。
「ちょっとー! 二人とも、置いてかないでよ!」
気がつくと、すみれとクリスのまわりに小さな人垣ができていた。正しくは、クリスに声をかけにきた人にすみれは巻きこまれて、だけど。
老若男女、いろんな人が二人を囲むように集まっている。
なんだこれ、美少女効果ってやつか!?
「あなた、ときどき雑誌モデルやってる子だよね! スゴーイ、実物もめっちゃかわいい!」
「ね、このお洋服すっごくステキね! どこで買ったの? 教えて!」
「前にテレビに出てた女の子だよね。もしかして、この近くに……」
話しかけられたクリスがこわごわ足を止めると、見る間に、むくむくと人垣がふくれあがる。
光一も巻きこまれそうになって、早々に、その人垣からはいだした。
「どうなってるんだ? クリスって、そんなに有名人なのか? 健太」
「光一はテレビより本ってかんじだもんね。ぼくは、特集番組で何度か見たことあるよ。いいなあ、ぼくもあんなふうに注目されたいよ~!」
今度はなんとかうまいこと抜けだせた健太が、心底うらやましそうに叫ぶ。
たしかに、健太はいっつもモテたいって言ってるからな……。
光一は、緊急用に持ちあるいているスマホを取りだして、検索画面を開いた。
日野、クリス……っと。
すぐに、いくつかの動画が見つかる。
タイトルに『美少女コンテスト 結果発表』と書かれているものをタップすると、スマホの小さな画面に、きれいに着飾ったクリスがぱっと映しだされた。
今は三つ編みにしている髪の毛を、さらりとおろしている。
まさに、美少女って雰囲気だ。ずらりと並んだコンテストの参加者の中でも、ひときわ輝いて見える。
画面の中、満面の笑みのクリスは、自信たっぷりの足どりでステージの前に進みでると、うれしそうにトロフィーを受けとった。
「『Thank you very much. It is an honor to receive a wonderful award. I am so touched.』」
スマホをいっしょにのぞきこんだ健太が、難しい顔になった。
「光一、何て言ってるの? 英語で、全然わからないんだけど……」
「ありがとうございます。すばらしい賞を受賞できて光栄です。とても感動しています。ってさ。受賞コメントみたいだ」
「かっこいいなあ。でも……」
健太の言いたいことはわかる。
光一はスマホを掲げると、映像と実物を見くらべた。
「全然違うな」
たくさんのフラッシュを浴びながら、にっこりと笑みを浮かべたクリス。
たくさんの人に囲まれて、あわてふためきながら縮こまっているクリス。
まるで別人だ。
一体、どっちが本当なんだ?
「あ、あの……わたし、眼鏡を」
クリスが一生懸命に声を上げるけれど、小さすぎてすぐに周囲の人たちにかき消されてしまう。
だんだんと二人の周りの人垣が狭まって、一番手前にいたおばさんが、すみれにどんとぶつかった。
「ああもう! みんな、離れて!!」
すみれがお腹から大声を出すと、近くに集まっていた人たちが、くもの子を散らすようにさっと距離をとる。
そりゃあ、すみれの強さは、ここらへんでは知れわたってるからな。
すみれはクリスの手をぎゅっとつかむと、迷わず駆けだした。
「行こう! クリス」
「え、ちょっと……」
「ほら、早く!」
「早くって、待って……そんなにっ、走れな……」
ばたばたと音を立てながら、二人の姿があっという間に商店街の奥へと消えていく。
「待って!」
「少し、話だけでも!」
二人の後を、あきらめきれない数人が追いかけていく。たまたま居あわせたおばさんが、何事かと目を白黒させた。
まったく、何か問題を起こさないと気がすまないのか!
「……おれたちも行くか」
光一は仕方なく、二人を追って、のろのろと走りだしたのだった。
第3回へつづく(4月24日公開予定)
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