
銃を持った脱獄犯が、先生を人質に学校に立てこもってしまった! 事件を解決するために集まったのは、<世界一の特技>を持った小学生5人組⁉ 力を合わせて、凶悪犯をやっつけろ!
角川つばさ文庫の大人気シリーズ第1巻が、期間限定で1冊まるごと読めちゃうよ!
※これまでのお話はコチラから
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4 敵の敵は、ライバル!?
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正門の前は、防弾チョッキにシールドで武装した警察官四、五人が、厳重に固めていた。パトカーも数台横づけされていて、ものものしい雰囲気だ。
「さて、と」
正門から少し離れると、光一は金網越しに学校の敷地をのぞきこんだ。人が少ないここからの方が、学校の中がよく見える。
警察のものなのか、校庭には見慣れない黒いテントがいくつか並んでいる。
人の行きかう校庭に比べて、校舎はしんと静まりかえっている。廊下も教室も、すべての窓のカーテンが閉められ、昼間なのに電気が点いていた。
正門から入ってすぐのところに、灰色のミニバンが停まっている。その奥にある職員用玄関のドアに、光一の目がとまった。
丸い小さな穴から、くもの巣状に入った大きなヒビ。
あれは、銃痕?
まさか橋本先生が撃たれたのか!?
いや、落ちつけ。ヒビは低い位置にあるから、威嚇射撃のはず──。
「そこのきみ! 離れなさい!」
数メートル先に立っていた警察官が、鋭い声で近づいてくる。
調査を始めたばかりで、変に注目されたらたまらない。
周囲の人たちからも視線が集まるのを感じて、光一はすぐに正門前の人ごみへ紛れこんだ。
「どうだった?」
調査を待っていた健太に、光一は首を振る。
「正門には、警察官がぎっしりだな。昇降口も鍵がかかってる。しかも、校庭に警察がテントを張って、校舎をずっと見はってるみたいだ」
「正面から学校に入るのは、無理そうだね。テレビ局とか、マスコミの人もたくさんいるし」
光一は、周囲に目を走らせる。
ざっと数えて三、四十人。登校した直後よりも、人の数はますます増えていた。
この人数の目をかいくぐるだけでも、至難の業だな。
「どこか、別の侵入経路を考えないとな。目立つ行動はひかえて……そういえば、すみれは?」
「え? ああ、光一を待ってたんだけど、途中で『じゃああたしは裏口を見てくるね!』って」
そう言いながら、健太が裏口へと続く歩道を指さす。
げっ、それは絶対にマズい。
光一は顔を引きつらせると、バッグを健太に渡して、全速力で走りだした。
「健太、おれは先に裏口に行く。後ろから、追いかけてきてくれ」
「えええ!? どうしたのさ、そんなに慌てちゃって。すみれなら、危ない目には……光一ってば~!」
健太の叫びを背後に聞きながら、光一は走る速度を上げた。
おれだって、すみれが危ない目にあうのは、あんまり心配してない。
どちらかというと、すみれの場合、危険になるのは本人じゃなくて──!
「わあっ!」
「なんだ、この子は!?」
向かう先から聞こえた悲鳴に、光一は顔をしかめた。
ああもう!
裏口に向かって全力疾走する。学校の敷地を取りかこむ柵に沿って、歩道の角を曲がった。
校舎の裏側に出る。
どしんっ!
すぐ目の前で、大柄な男性の警察官が、ばったりと倒れた。
その奥から響く、案外かわいい高めの声。
光一が見ている間にも、ぽんぽんと人が投げとばされていく。
「ちょっと、向かってこないでって。向かってこられると、つい、投げちゃう、ん、だって、ば!」
「やっぱりな……」
すみれの、柔道ばか。
光一は心の中で文句をつけると、騒動の中心に駆けよった。
「すみれ、やめろ! ストップ!!」
「光一!? ストップって……」
「よし、今だ! かかれ!」
動きが鈍ったすみれに、警察官が一気に五人で飛びかかる。さすがのすみれも、手足全部を取りおさえられて、ばったりと地面に押しつけられた。
その奥には、さっき倒されたのか五人の警察官が伸びている。
「ちょっとっ、光一! なんで警察の味方をするわけ!? あたしは何もしてないのに、最初に寄ってたかって飛びかかってきたのはあっちの方で」
「何もって、きみ。今、裏口の門を乗りこえようとしてただろう!?」
すみれを取りおさえていた警察官の一人、若い刑事が声を荒げた。背が高くて体も強そうなのに、顔はどこか優しげな雰囲気がある。
「刑事さんだって、子どものときはそれくらいやってたでしょ?」
「それは、まあね。たしかに僕も、深夜にだれもいない学校のプールに忍びこんで、友達と泳いだ覚えがあるよ? でもね──」
一瞬、懐かしそうな顔になりかけた刑事は、血相を変える。
「ここは、本当に危険なんだ! 中の様子がどうなっているかもまだ──」
「おい、今井(いまい)!」
騒がしかった周囲に、お腹に響くような低い声が響きわたった。光一だけでなく、あのすみれも思わず肩を小さくする。
歩道を歩いてくる、男の姿が見えた。
年は四十代半ば、光一の父親と同じくらいだろうか。けれど、その迫力は圧倒的だ。
今井と呼ばれた若い刑事より、体は一回り小さいが、プレッシャーのようなものがある。
「何をやってるんだ」
「風早(かぜはや)警部!」
今井刑事は急いですみれから離れると、慌てた様子で風早警部に駆けよった。
「その、今さっきですね。そこの女の子が、裏口の門を乗りこえようとしたので、取りおさえたところで」
「警察官五人がかりでか?」
「えっと、その……なにぶん、手が付けられなくてですね」
「ぷぷっ」
いつの間にか、後ろから追いついていた健太が、笑いを我慢して肩を震わせていた。
風早警部が手で追いはらうように合図すると、すみれを取りおさえていた警察官が離れていく。
警部は、服についた土を叩きおとしているすみれに、静かに歩みよった。
「今、学校の中でどんな大変な事件が起きているか、知らないのか。近づいただけで、無差別に銃で狙われてしまう可能性もある。こんなことは、二度としないように」
「じゃあ、警察の人は橋本先生を無事に助けてくれるんですか!?」
すみれは、不満そうに顔をふくらませながら、きっと風早警部をにらみあげた。
「どういうことだね?」
「おじさんたちが、本当に事件を解決できるか、わからないじゃないですか。だって、立てこもり事件は解決が難しいんですよね?」
すみれのやつ、余計に怪しまれるようなこと言うなって。
「きみの名前は? この学校の児童かね」
すみれは、ちらりと光一の方を振りかえる。
……おれが入ったほうがマシか。
光一は、風早警部を警戒しながら、すみれの横に静かに並んだ。
「すみません。立てこもり事件は人質がけがをすることが多いと、おれが話したのでつい……」
「ふむ。たしかに、きみの言うとおりだ。人質をとった立てこもり事件は、対応が難しい。少しのミスでけが人が出てしまう、デリケートな事件だ」
「だったら──」
「だからこそ、警察が一括してきちんと対応することが大事なんだ!!」
風早警部の声が、騒動であたりに集まっていた人たちにも響きわたる。やじ馬の大人たちが、気まずそうに顔を見あわせた。
「だれかが事態をかきみだせば、人質はもちろん、犯人にも警察にも死傷者がでかねない。私は警部として、被害を最小限に抑えるよう行動する責任がある。こういう無鉄砲な行いは、事態を悪化させ、人質の身も余計に危なくするんだ。しかも、今回は……」
しかも?
「今回は、何なんですか?」
「いや……犯人たちが、凶悪なやつらばかりだからな」
いぶかしむ光一の前で、風早警部は首をさっと横に振った。
「きみたちが、先生を心配する気持ちはわかる。だが、ここは警察に任せて大人しく家に帰りなさい。それと」
突然、肩に手を置かれて光一はびくりとする。風早警部が、音もなく光一のすぐ横まで回りこんでいた。
いっ、いつの間に来たんだ!?
風早警部の視線はちっとも揺るがない。鋭い目つきで、光一をひと睨みした。
っていうか、顔が近っ!
「まさかとは思うが──いや、次にやったら、すぐに保護者の方に連絡して、引き取りに来てもらう。覚悟するように」
「……はい」
風早警部は、光一の肩から手を放すと、警備を厳重にするよう指示を出して、今井刑事とともに今来た道を戻っていく。
警部というから、おそらく、校庭にあるテントから指示を出すのが本当の仕事なんだろう。
すみれが起こした騒動で、あたりに集まっていた人たちも、一人二人と立ちさっていく。
光一はほっと息をついた。
「なんだか、えらく威圧感のある警部だったな」
「ホント。さすがのあたしも、ちょっとフンイキに押されちゃった」
「ぼくたち、思いっきり怪しまれなかった?」
「怪しまれただけなら、いいんだけどな」
もしかして、学校に侵入しようと企んでることまでバレたのか?
それとも、おれのただの深読みか……。
とにかく学校に侵入するには、マスコミとかやじ馬だけじゃなくて、あの風早警部の目もあざむかなきゃいけないってことか。
「ますます、学校に入るのが難しくなったな」
「今井刑事の方は、まだちょろそうだったけどね」
「すみれくん! 何を言っているんだ。あんまり警察を馬鹿にするんじゃない!」
この声、風早警部!?
思わず光一は、びくっと首をすくめた。すみれも、周囲をきょろきょろと見まわす。
けれど、どこにも警部の姿はない。
「えっへっへ、驚いた?」
動揺する二人の横で、健太がおかしそうに笑った。
「風早警部の声って、こんな感じだったよね。どう? 似てた似てた?」
「似てたとか、そういうレベルじゃないって……」
光一は、正体が健太だとわかって、はあっと息を吐いた。
世界一なだけあって、健太のものまねは、ときどき似すぎていて冗談にならないときがある。
まさに、今がそれだ。
「け~ん~た~……」
健太の背後で、すみれの怒りの炎がめらめらと燃えあがる。
こうなったら、もう止められない。
「じょ、冗談だってば!」
「問答無用!」
すみれが、鬼のような剣幕で健太に迫る。健太はぎゃっと声を上げながら、一目散に逃げだした。
「だから、許してってば~!」
ちょっと待て。そんなにやみくもに走ると……!
思った通りに、健太が走りだした方から、一人の女の子がこっちに歩いてくる。
「健太、前!」
だめだ、間にあわない!
「へ?」
ドンッ!
「わああっ!」
「きゃっ」
健太と女の子、二人の悲鳴の合間に、カシャンと何かが落ちる音がした。
「いたたた、今日はこんなのばっかだよ……」
そう言いながら、健太が体を起こす。ぶつかった女の子は、すばやく起きあがると、慌てたように地面に目を走らせた。
「ないっ!? ないっ!? どこっ、眼鏡……」
「眼鏡?」
健太が、立ちあがろうと手をついた瞬間。
グニッ!!
健太の手の下敷きになったものが、無残な音を立てた。
ピンク色の太い縁の眼鏡が、ちらりと見える。
「あっ!」
健太が青くなりながら慌てて眼鏡を拾いあげると、右側のアームが不自然な方向へ曲がっていた。
「どどど、どうしよう」
「どうしようって言っても」
光一は、ぶつかった少女をじっと見つめる。
女の子は、大きな三つ編みを振りみだして、地面にあるはずの眼鏡を探していた。
「あのう……」
健太が、手のひらにのせた眼鏡をおずおずと差しだすと、少女はピタリと動きを止めた。
「もしかして、探してるのって……これ?」
下を向いていた女の子が、ゆっくりと顔を上げる。
怒鳴られるか、文句をつけられるか。
健太も、すみれも光一も、ごくりと息をのむ──はずだった。
人間、全然予想もしていないものを見ると、固まってしまうらしい。
三人とも、ぽかんと?のように口を開けた。
それくらい、その女の子の顔は印象的だった。
星が瞬きそうなつぶらな瞳に、整った顔立ち。よく見ると、大きな三つ編みは栗色をしていた。
「もしかして、この子が噂の美少女転校生、じゃない?」
「美少女って、よくわからないけど、ほんとうにオーラが出るんだね……」
女の子は、三人の変化にはみじんも気づかない。ただ健太の手の上にのった眼鏡を見て、そのかわいい顔を青ざめさせた。
「わ、わたしの……眼鏡!!」
まあ、そうだよな。
光一は、健太を励ますように、ぽんと肩に手を置いたのだった。