第16章 急接近は大ピンチ!
ドアノブを回すと、ドアは抵抗もなく開いた。
……やっぱり、カギはかかってない。
おれは、物音を立てないように静かに、ドアを押す。
キイィと響く音とともに、少し開いたすきまの向こうにうす暗い玄関が見えてくる。
玄関には、段ボールなどが、あちこちに積んである。工場の玄関にしては、少し散らかりすぎ。先にスキルで中を視たまひるから、聞いていたとおりだ。
でも、イメージできていなかったこともある。
シーン──
……静かだ。物音を立てたら、すぐ響きそうなくらい。
(やけに静かだ)
(ああ)
星夜が、心の中で同意した。
(近所にあやしまれないために、工場にいるメンバーを少なくしているんだろう。オレたちが見つかる確率が下がる点ではいいが、この静かさは想定外だな)
(……うん)
せっかくバレずに入ったのに、ここで見つかったら、無意味になる。
ここから、どう進もう?
玄関からのびる通路のわきにも、インクの缶や段ボールが積んである。
その荷物と荷物のあいだに、部屋のドアが見える。左右に二つずつ、バラバラの位置にある。
通路は途中で右に折れていて、さらに奥がある──のか。
見つからないように動かないと。
『朝陽、星夜』
「なに?」
おれは、まひるの高い声が外にもれないように、ヘッドセットを手で押さえた。
『工場にある、十五の部屋すべてをチェックしたよ。裏口の風間はまだ外で見張りをしてるから、今、工場の中にいる犯人は三人』
「三人か……」
ふつうの大人なら倒せる人数だけど、危険な相手なら別だ。
『夕花梨ちゃんがいる部屋に二人と、あと朝陽がコーヒーで追いはらった土屋で、三人ね。夕花梨ちゃんたちの部屋にいるのは、水原と火村。土屋は今、キッチンで服を洗ってて──』
「えっ、火村ってだれ? はじめて聞いたんだけど」
『事務所を調べた時にいた、ダークスーツのオジサン。犯人たちの話し合いでもリーダーっぽくみんなをまとめてたから、名刺をこっそりのぞいておいたの。偽名かもしれないけど』
さすがまひる、ぬけめない。
『とにかく、夕花梨ちゃんたちの部屋には二人だけ。土屋もそのうち見張りに戻ると思う。コーヒーがかかって気も抜けてるだろうから、今がチャンスだよ』
「わかった」
おれは手で口元をかくしながら、まひるに聞こえるギリギリの声で返事する。
倒す相手は少ないほうがいい。
あいつらに見つからないように、この通路を通りぬけて、二人のもとへたどりつく!
『夕花梨ちゃんたちの部屋まで行く最短ルートを案内するね。途中で廊下からそれて、ドアでつながっている作業室を抜けていったほうが早いよ』
「でも、見つからないように集中しながらだろ? ルートを覚えられるかな」
『だいじょうぶ。さっきは朝陽にアイディア負けしたけど、ここからはわたしの本領発揮。夕花梨ちゃんとお父さんがいる部屋まで二人をカンペキに案内──ナビゲートするから』
「りょーか」
『返事はうなずくだけでいいよ。それも視てる』
……こくり
星夜といっしょにうなずくと、すうっと、息を吸う音が聞こえた。まひるの呼吸。
おれは正面にのびる通路を見る。
『──まひるナビ、スタート』
ここからは、まひるのナビでつっきる!
『まず、正面の通路をまっすぐ十メートル、そこを右に曲がって三メートル進んで』
こくり
サササッ
かすかに腰をかがめた姿勢で、足音を立てないように通路を進む。
天井にある蛍光灯に、上からはっきりと照らされて、まるで丸裸にされたみたいでぜんぜん落ちつかない。
しかも、通路は工場の内部にあるから窓がない。見つかったら、外へ逃げることも不可能だ。
『次に左に曲がって、通路をまっすぐ進んで、ドア二つぶん』
こくり
サササササ
これってもしかして、目撃された瞬間にゲームオーバー?
──でも、電気を消すわけにもいかない。
『そのまま、五メートル進んで右に曲がって。つきあたりの左にあるドアから、目的の部屋に』
ササ
『待って!』
カツン──
今の、くつ音? 前から……じゃない。背後、今、通ってきたほうからだ!
『さっきの土屋! キッチンから出て、後ろの通路に出てくる!』
ヤバい!
おれは星夜を振りむいた。
(かくれよう! ええと、そこの部屋とか!)
(待て。適当に選んでカギがかかった部屋だったら、時間がムダになる。間に合わない!)
カツン、カツン──
背後の通路から足音が近づいてくる。
これじゃ、見つかる! ゲームオーバー!
『左っ、左のドア! カギは開いてる!』
ひだり!
ばっと左側の壁に飛びつく。ドア。音をさせないようにノブを回す。
開いた、はやく!
電気がついていない部屋へ、星夜と飛びこむ。
セーフ──と思ったとき、背後でバタンとドアが閉まる音がした。
まずい、急いで部屋に入ったときに強く閉めすぎた!
「何の音だ!?」
カツカツカツカツ! 通路から聞こえる足音が強く、大きくなる。
こっちへ、走ってきてる!
おれは、あわてて部屋の中を見まわす。
うす暗い。ほこりっぽい部屋だ。真ん中には大きな机。印刷物を確認するためのものか。
壁ぎわには、段ボールの山──。
って、これだけ!? 部屋には、まともにかくれられる場所がない!
『だいじょうぶ! 二人とも、真ん中の机の奥にしゃがんでかくれて! 早く!』
バッ!
星夜と、机の奥にスライディングする。
おれたちがぴたりと止まった瞬間、ドアが開き、パチリと音がして部屋の電気がついた。
ひっ──と、上げそうになった悲鳴を、手で押さえてのみこむ。
天井の照明で、おれと星夜の姿もすっかり照らしだされている。土屋に見られたら、ごまかす方法なんてない。
でも見つかってない──うまく机のかげにかくれられてるんだ。
「変だな。たしかにこの部屋から音がしたような……」
部屋の入り口のほうから、土屋の声がする。
ああ、でも、土屋の姿が見えない。どう動くのかも、こっちからはぜんぜんわからない!
まひる、どうする!?
『だいじょうぶ。わたしの指示を、よく聞いて。今から、ホラーゲームのかくれんぼだよ』
ヘッドセットから、まひるのささやき声が聞こえた。
『二人は、部屋の中心にある机にかくれながら、土屋と正反対の位置をたもって物音を立てずに移動して。それなら、土屋の身長と机の高さから考えて、見つからない。いい? わたしの指示したとおりに動いて。まず……左に、一歩移動』

一歩。じりっ
──カツン 土屋の足音。
『土屋が一歩入ってきた、左にもう一歩移動』
じりっ ──さらに一歩。
カツン
『ストップ。土屋が耳をすませてる。音を立てないで』
ぐっと、息を止める。
おれたち、本当に土屋からは見えてないよな?
(……おそらくは。土屋の心の動きにも変化はない。それに見つけたら大騒ぎするはずだ)
星夜が、心の中で答える。
はあっ、緊張でドクンドクンと鳴る自分の心臓の音が聞こえる。
体が震えないのが不思議なくらいだ。
「……ふん、さっきのは空耳だったのか? 部屋の中も、何も変わってねえよなあ」
『左に、一歩、二歩、三歩、ストップ、今度は右に一歩。十センチ頭下げる。次は左に──』
ただ、まひるの指示にだけ集中する。足音をさせないように、机のまわりを移動する。
『ストップ』
──ぴたり、と足を止める。
気づくと、おれと星夜はいつの間にか、最初にかくれた位置に戻っていた。
「……気のせいだったか」
土屋はそう言うと、キイィ──バタンと、ドアを閉めて、遠ざかっていった。
((はああぁ~~~、助かった……))
おれは星夜と、ぐったりと床に座りこんだ。
『うん。土屋は通路を表口に戻ってる。大きな音を立てなければ、だいじょうぶそう。朝陽、星夜、お疲れさま。指示どおりに物音を立てずに動いてくれたから、見つからずにすんだよ』
「こっちこそ、サンキュ。もうダメかと思った」
「オレも、こんなにヒヤヒヤしたのは人生で初めてかも……」
疲れた顔の星夜が、ささやく。
土屋の心の声を聞くために、星夜はずっとスキルを使ってたのかな。
星夜とはくらべものにならないけど、おれも疲れた……あ、そうだ。
まひるからわたされたチョコを取りだして、ひょいと口に入れる。
ん、おいしい。あまさが体にしみる。
(朝陽は切り替えが早いな。オレも見習って食べておくか)
(それがいいんじゃない。あ、おれのチョコもあげようか)
(──朝陽、後ろ!)
ドンッ
立ちあがった瞬間、高く積まれていた段ボールに背中が当たる。
うわっ、こんなところにも段ボールが!
段ボールの山がくずれる。大きな音をさせたら、今度こそ見つかる!
「くっ!」
星夜が、くずれた段ボールの一つを右手で押さえ、二つ目を左手で押さえる。
けれど、上からあと三つ、さらに段ボールが落ちてくる。
──おれがキャッチするしかない!
「んっ!」
両手と胸で、三つ重ねて受けとめる。
耳をすませる──通路から音はしない。さっきの男は気づいてないな。
「よかっ……」
ぐらっ
バランスがくずれて、一番上の段ボールが床へ真っ逆さまに落下した。
あー!
(朝陽、スキル!)
そうだ!
目を見ひらいて、段ボールをにらむように力を送る。
もうギリギリッ、止まれ!
──ぴたり
逆さまになった段ボールが空中で止まる。フタが開いた段ボールから飛びだした業務用の大きなカッターやガムテープも、床から一センチのところの宙に浮いていた。
『「「……ふう」」』
三人のため息が、きれいに重なる。
おれは、宙に浮かせたカッターを段ボールに静かに入れた。