第15章 アジトに潜入!
足音を立てないように、気をつけながら進む。
今からやるのは〈潜入〉──見つからないことが一番重要だ。
おれは工場を囲む壁に背中をつけて、ぴたりとはりついた。
壁ぞいの道を見まわす。あたりには他にも工場が立ちならんでいるけれど、日曜日で休みなのか、近くに人の気配はない。
工場の外は警戒しなくてよさそう。それなら、問題は……。
「この壁を越えて、中に入るところからか」
二メートル以上はありそうな壁を見あげる。ここからじゃ壁の中は見えない。
『ザザ、ザザザッ……ハイハーイ、二人とも、元気~?』
突然、ヘッドセットからまひるの大声が聞こえた。
「うっ」
うるさい。そんなに大声じゃなくても聞こえるって。
(まひるも緊張してるんだろう。オレたちと違って、一人だから)
と、星夜が心に語りかけてくる。
……それはそうか。はー、これくらいはがまんしよう。
「こちら朝陽。まひるの声、よく聞こえてる」
「こちら星夜、オーケー」
『了解。待たせてごめんね。だれかにジャマされると困るから、人に見つからなそうな場所に移動してたの。今は二人のこともはっきり視えてるよ。朝陽がポケットからチョコを落としそうになってるとことか』
「え!?」
おれは、はみでていたポーチをポケットにつっこむと、きょろきょろあたりを見る。
どこから視てるんだろ? あいかわらず、すごいスキルだな。
『今二人がいるのは、工場の真横で、中に入るには見つかりにくくて、いいポジションかな。朝陽、そこから壁を越えて入って』
「わかった。じゃあ星夜、問題なかったらヘッドセットで連絡するから。後から来て」
「了解」
まず、おれから!
おれはすばやくジャンプして、壁のてっぺんに手をかけた。
ひらり
横とびで壁をとびこえると、静かに着地して木のかげにかくれる。
よし。敷地への潜入、成功。
『はー、その運動神経、わけてほしい』
はいはい。
木のかげから、敷地の様子を、さっと確認する。近くに人は見えない。入るなら今だ。
「星夜、行けるよ。壁、越えられる? 必要なら手を貸すけど」
ヘッドセットに小声で話しかける。
『だいじょうぶだ』
声がした次の瞬間には、壁の上にすぐ星夜が姿を見せる。壁へ器用に乗りあがった星夜は、木のかげにかくれたおれを見つけると、そばへ、さっと着地した。
星夜も、けっこう運動神経いいよな。
よし、二人そろったし、さっそく工場へ──。
『二人とも、ふせて!』
「!?」
ヘッドセットから聞こえた声に、星夜と同時に姿勢を低くして、植え込みのかげにかくれる。
もしかして……見つかった?
じっと身動きせずに、耳をすます。しんっ──とした中に、ドクドクと音がする。
自分の心臓の音だ。激しい運動をしたわけでもないのに、ウソみたいにはっきり聞こえる。
『……もういいよ』
まひるの声が聞こえた瞬間、おれと星夜は深々と息をはいた。
『裏口で見張りをしている男が、ちょうどこっちを見そうになったの。でももう、だいじょうぶみたい』
「助かった。けど、あんまりびっくりさせるなよ」
『ごめんごめん。あ、今、工場の表と裏口の見張り二人がスマホを見てる。朝陽たちも、今のうちにあたりを見てみて』
よし。
植え込みから顔を出して、あたりの様子をうかがう。自分の目での確認も大事だ。
手前に駐車場。その奥に工場が見える。
駐車場に停まった黒い車は、久遠さんを連れさろうとしたものと同じ車だ。
工場は思っていたより大きい。うす汚れた壁が、なんとも不気味だ。
やなかんじ。
久遠さんとお父さんは、だいじょうぶかな。
「まひる、久遠さんたちは?」
『今確認したところだと、お父さんが夕花梨ちゃんのいる部屋に入ったばかりみたい。水原と何か話をしてる。とりあえず話し合いから……なのかな。もう少し時間がありそうだよ』
それは少しありがたい知らせだ。
『しばらくは朝陽たちのナビに集中するから、夕花梨ちゃんたちのことは優先度を下げるね。心配だろうけど、朝陽たちが部屋にたどりつけなかったら、どうしようもないから』
「わかった」
『じゃあ、ナビ再開! 朝陽たちから見て、向かって左奥に表口、右奥に裏口があるよ。出入り口は、その二か所だけ。どちらにも見張りがいる』
おれは、まひるの言葉に合わせて工場を観察する。星夜は、工場の側面を見て言った。
「窓は? 他に侵入できそうなところはないのか」
『窓は、ぜんぶカギがかけてあるし、金属の柵がついてるからダメだね』
「柵? おれと星夜の握力と、おれのスキルを合わせれば外せないかな」
『だーめ! しっかり固定してあるし、音がして見つかっちゃう』
あー、潜入って大変すぎ!
「じゃあやっぱり、工場に潜入するには、どちらかの出入り口からしかないか」
『そうだね。ちなみに、夕花梨ちゃんたちがいる部屋に近いのは、だんぜん裏口かな。しかも、表口の見張りよりも、裏口の見張りの男のほうが弱そうだから、ねらいやすいかも』
なるほど。
「他に裏口の情報ある? 見張りの持ち物とか、動きとか」
『財布の中のポイントカードによると、名前は風間! 武器は右ポケットにスタンガン。茶色の短髪で、今風の髪型。あ、おしゃれなブレスレットしてる!』
「まひる、ファッションチェックしてる場合!?」
でも、かくし持っている武器がどこにあるのか、わかるのはありがたい。
『表口の見張りは、土屋。ビルのアジトにいた中でも、特に体の大きかった人だよ。首も腕も太いし、筋肉のかたまりって見た目。武器は──左ポケットにナイフがある』
……ナイフか。やっぱりそういうものも持ってるんだな。
「表口は、より危険か」
そう星夜がつぶやくと、まひるも同調した。
『うん。表口は、やめたほうがいいんじゃない? 見張りの土屋、強そうだもん。筋肉質で肉体がもう武器ってかんじ。手に持ってる缶コーヒーだって、一瞬でつぶせそうな腕で──』
ん?
「まひる、今なんて言った?」
『え? 手に持ってる缶コーヒーをつぶせそうな腕だって……』
「じゃあ、表口。ねらうのは土屋だ」
『オーケー。表口──ええっ、裏口じゃないの?』
「星夜は、ここで待ってて。準備ができたら呼ぶ!」
サッ!
おれは植え込みのかげにかくれながら、表口へ小走りで向かう。
そして、あと十メートルくらいのところまでくると、植え込みの横からそっと顔を出した。
……よし、気づかれてない。
表口が見える。見張りの男、土屋の姿も、はっきり見えた。工場のドアの前に立って、道路へと続く正面の門を見張っている。
まひるが言ってたとおり、大きな体だ。けれど、手に持っている缶コーヒーを見て、思わずニヤリとした。
これなら、ねらえる!
『朝陽、なんでそっちに行っちゃうの~? リスクが高すぎ!』
「いいや、こっちのほうが倒しやすいから!」
耳元で騒ぐまひるに、小声で答える。
──集中。
ひゅっと息を吸って、土屋を目でとらえる。
その太い肩、腕──大きな手。
リンゴを軽くつぶせそうな指が、缶コーヒーのタブにかかる。
チャンスは一瞬。
缶に集中するように目を大きく見ひらくと、ぞわり、と、スキルを使うくすぐったいような感覚が背中を走る。
おれのスキルは、物を動かすこと。
それを活用する方法は、いろいろある!
缶のタブが立ちあがる。フタが開く。
──今だ!
ブシャアアアアアアッ!

缶が開いた瞬間、コーヒーが飲み口から噴水みたいに噴きあがった。
「うわあっ!」
噴きだしたコーヒーが、ようしゃなく土屋の顔や服にふりかかる。
まるで爆発した炭酸ジュースだ。
「なっ、なんだ、これ! 止まらねえ!」
缶がすっかり空になると、土屋は地面に缶をたたきつける。
そのころには、上着とズボンはコーヒーの染みだらけで、無残な姿になっていた。
「なんだ、これ!? 服がぐちゃぐちゃで気持ちわりい! 着替えるしかねえか。でも、なんで缶コーヒーが? 炭酸じゃないのに……」
土屋がドアを開けて、工場の中に入っていく。ドアが閉まる──けど、カギの音はしない。
よし。
(星夜、準備できた)
心の中で呼びかけると、すぐに星夜がやってくる。
おれたちは目を合わせて、静かにうなずいた。
((今なら、表口から入れる!))