第11章 信じられない計画
わたし、まひるは、星夜から届いたメッセージを見て、目を丸くした。
〈キケン〉。こんなに強い言葉を使うなんて、星夜にしてはめずらしい。
「どうしたんだろう? 何を聞いたのかな」
「さあ。とにかく、星夜のくわしい話は家に帰ってから」
じれったそうに返事した朝陽が、走りだそうとする。
朝陽の視線は、夕花梨ちゃんのお父さんと会っていた男──道の先で角を曲がろうとしている水原に、ぴたりと向いている。
「おれたちも追おう。早く行かないと見うしな、うわっ! まひる、急にフードをつかむな!」
「落ちついて。そんなに足音を立てたら、すぐ見つかっちゃうでしょ」
もう、朝陽はまっすぐすぎ。
わたしは、朝陽が立ちどまったことを確認してから、つかんでいたフードをはなした。
「これからの尾行はもっと注意しないと。夕花梨ちゃんのお父さんはふつうの人だけど、あの水原って男はたぶんヤバい仕事の人じゃない? 警戒心も、もっと強いし、見つかると危ない。慎重に尾行しないと」
「うっ……」
あ、朝陽、言いかえせなくて黙っちゃった。ほんと、素直だなあ。
そういうところ、好きだけど。
「だいじょうぶ、急ぐことないよ。わたしにまかせて」
わたしのスキルも、星夜に引けを取らないくらい、尾行にうってつけだから。
朝陽に見せびらかすように、わたしはパチパチと瞬きしてから、目を閉じる。
あの男──水原は、そこの角を曲がっていった。
距離が近いから、そこまで集中しなくても視えるはず──。
視えた!
背が高い男。眼鏡に黒いシャツ。黒いズボン。
まちがいない。さっきの男、水原だ。角を曲がって、その先の道をまっすぐ歩いてる。
前を向いて歩いているけれど、まわりを注意ぶかく確認してる。
理由がないかぎり、人はこんなに注意して歩かない。やっぱり何かあるんだ。
スキルで水原をじっくり観察していると、朝陽の声が聞こえた。
「まひる、視えた? あの男はどっちに行ってる?」
「さっきの角を曲がってまっすぐ。あ、角から次の交差点を左に曲がった!」
「じゃあ行こう。まひるは、スキルで男を視てて」
「え? それはもちろん……」
ぐいっ!
突然、朝陽に手をぐっと引かれた。
「手、つないで行こう。まひるは視てるあいだ、ずっと目を閉じていないといけないだろ。おれが引っぱってく」
「え~っ、わたし、目を閉じたまま歩くの!? こわいんだけど~~~」
「まひるがケガしないように、おれが注意するから。男は左に曲がって、次はどっち?」
「え……っと、三つ並んだ自動販売機の先を右に曲がった。近づきすぎないよう距離をとって」
「オーケー」
朝陽が、思っていたよりやさしく、手を引いてくれる。この調子なら、だいじょうぶかな。
でも、目を閉じて歩くと不安だなあ。それに、視えてる映像と実際に歩いてる場所が違うから変なかんじ。酔いそう……。
でも、ハル兄の車よりはマシかも。
それにしても、あの男はどこへ行くつもりだろう。どれくらい歩く?
もといた公園から、だんだんと離れていく。その方角は、駅とは反対方向だ。
遠くには行かないのかな。最寄りの駐車場も過ぎたから、車にも乗らなそう──。
「まひる、ストップ!」
「え?」
ぱっと目を開けたときには、もう歩道の段差に足が引っかかっていた。
「きゃ~~~っ!」
「よっ!」
前に転びかけたわたしを、朝陽がすかさず受けとめてくれた。
「まひる、だいじょうぶ? ごめん。あの小さな段差につまずくとは思わなくて」
「ええ~! それ、わたしがどんくさいってこと!? ひどい! 朝陽のばかばか~!」
「いたた、まひる、落ちつけって。それよりあの男は?」
はっ、つい男から目をはなしちゃった~~~!
「まひる、行こう!」
見失ったことに気づいて、朝陽が走りだす。わたしも後を追って、男が曲がった角へ走った。
まだいてくれと願いながら、ビルのかげから道をのぞく。
──あっ、いた! あの男、水原がちょうどビルに入ってく。
「あそこ、だな」
「うん」
男の姿が見えなくなると、わたしは朝陽の後ろについてビルに近づく。
八階建ての商業ビルだ。いろんなお店や会社、塾も入っていて、特に変わったところはない。
「うーん。本当に、ここ? ヤバそうな雰囲気はないけど」
思わずつぶやく。朝陽も、不思議そうにビルの入り口を見つめた。
「ふつうのビルだな。ポストの表札や看板がないフロアもあるけど、よくあることだし」
「そうね。星夜から『あいつは、キケンだ』ってメッセージが来ていたわりに、拍子抜け」
でも、とりあえず視てみるか。
わたしは心をとぎすませて、そっと目を閉じる。
最初は、真っ暗だ。でも、ビルの壁を通りぬけるようにイメージすると、まぶたの裏にくっきりとビルの内部の映像が視えだした。
──つきあたりにあるエレベーターの中に、あの男がいる。
まさか視られているとは知らない男は、のんきにスマホをいじりながら、エレベーターが目的の階まで上がるのを待っていた。
エレベーターの階数表示の中で光っているのは、『4』のボタン。
行き先は四階みたい。
エレベーターのドアが開くと、男は廊下に出て、ドア横にあるインターフォンを押す。二言、三言話すと、すぐにドアが内側から開いた。
──さて、何があるのか視せてもらうわ。
わたしもすかさず、男が入っていく部屋の中に、ぐっと意識を集中する。
ドアを開けたのは、ダークスーツを着た男だ。仲間らしいくだけた様子で、わたしたちが尾行してきた男、水原に話しかけた。
「まひる、どう? あの男はどこに行った?」
耳元で朝陽の声がした。
「今、四階の部屋に入ったところ。朝陽、ポストか看板に、四階の会社の名前はある?」
「株式会社アルネストって書いてある……ネットで検索しても、何も出ないな」
ううん。わかるのは、小さな会社ってことくらいかあ。
やっぱり、わたしが視るしかない。
──もっとすみずみまで。
するどく息を吸って止め、まぶたの裏に集中する。
水原たちが入った部屋はそんなに広くない。向かいあった革ばりのソファが二つ。低いローテーブル。校長室の応接間みたいな雰囲気で、どう見ても普通だ。
部屋の奥にあるドアに、水原とスーツの男が近づいていく。そちらがメインの部屋らしい。
ドアが開く。
あの星夜が、『キケン』と言うからには、次の部屋には、とんでもない危険物があるはず。
きっと壁には本物の日本刀が置かれていて、サングラスの男が機関銃を持って──。
「ってえ、ふつう~~~!」
思わず、目を閉じたまま叫ぶ。
そこにあるのは、事務用の机とノートパソコン。壁には、よくあるスチールの棚だけ。
どう見ても、ふつうの会社の事務所だ。イスに座ってる男たちも、カジュアルな服を着たふつうの大人ばかり。
「なあんだ、星夜が心配しすぎただけか……」
ちょっと残念。
わたしの失望をよそに、水原は、そこにいる男たちと会議をはじめた。
けれど、会話は聞こえない。スキルで映像は視られても音は聞けないから、口をパクパクしているのが視えるだけで、もどかしい。
だいぶ興味がなくなってきたけど、いちおう、もう少し視てみようかな。
開きっぱなしのノートパソコン、棚、机の引き出し、床に置いてあるバッグ……。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」
よし、机の引き出し! どんな人でも、大事なものはカギがかかる場所にしまうよね。
ちょっと失礼しま~す。
カギのかかった引き出しに、頭からつっこむように近づく。ぐんと通りぬけるみたいに中に入って視ると、暗い引き出しの中に黒いモノが浮かびあがった。
何これ。黒いL字形のものに引き金がついている?
──えっ、拳銃!?
「えっ、ちょっと待って。うそ、そんな」
そう言いながら、めまいがしそうになる。まぶたを閉じたまま視ている映像の中で、暗闇にとけこんだ黒い拳銃が、机の引き出しの中に視える。
いや、おもちゃでしょ。こんなところに本物の銃があるはずない……。
ううん、違う。こんなところに、銃のおもちゃがあるほうがおかしい!
「……どうしよう。本物の銃が、ある」
「えっ!?」
朝陽が息をのむ。
わたしはおそるおそる、もう一つ下の引き出しの中を視る。
最悪! 箱に入った銃の実弾が並んでいる。その下の金庫は?
「うわっ、この金庫、パスポートがいっぱい! こんなにあるなんて、絶対に変。もしかして、ぜんぶ偽造パスポート!?」
星夜が言ったとおり、本当に『キケン』な人たちだ。
ここ、ふつうの会社の事務所じゃなくて、犯罪組織のアジト!?
視線を部屋に戻した瞬間、一人の男が突然立ちあがって机をたたきだし、びっくりする。音や声は聞こえないけど、話しあいがヒートアップして、どなりあっているみたいだ。
こわい顔をした水原が、パソコンで画像を開いて見せている。
──あれは、夕花梨ちゃんの写真!
こんなヤバイ人たちが怒りながら話すような、犯罪行為のターゲットになってるってこと?
とんでもないもの、視ちゃった……。
「あっ、話しあいが終わったみたい。ポロシャツの男が一人、事務所から出ていく!」
「まひる、こっち!」
目を開けた瞬間、朝陽に引っぱられるように、ビル横のゴミ置き場にかくれる。
思わず出しかけた頭を、朝陽に押さえられる。ビルとビルのすきまから見える道をこっそりのぞくと、白いポロシャツの男が通りすぎていった。
さっき事務所から出ていった人だ。
「まひる、行ける?」
「もちろん」
あの男を追おう!
人目につかないよう、さっと道に出る。
白いポロシャツの男は歩道の先にいる。かなりの早足だ。かと思いきや、急に立ちどまる。
本で読んだことがある、尾行をまくための常とう手段だ。
──あの男も、尾行を警戒してるんだ。
わたしは朝陽と手をつなぐと、男から距離をとって、スキルで視ながら後を追う。
わたしたちの姿を見られない位置から追いかければ楽勝だと思ったのに、男はすぐに角を曲がる。急に走る。曲がる。立ちどまる。何度も曲がって、見失いそうになる。
そうして追いかけるだけで、あっという間に三十分が経っていた。
「はー、ずっとスキルを使っておなか空いたあ。お菓子を買いたくても、さっきから一軒もお店がないよね。朝陽、何か持ってない? あめだま一個でもいいから~」
「ええ? しょうがないな……はい、非常食用チョロルチョコ」
「やった! ありがと、朝陽。じゃあ、わたしのぶどうグミも一つあげる」
「って、自分でお菓子持ってるじゃん! おれのチョコ返せ!」
「ざ~んねん! もうわたしの口、のど、食道を通って、胃の中で~す! ……とはいえ、そろそろ限界かも。家を出てから、もう三時間だよ? 今日はここで切りあげない? とりあえず、キケンな物を持ってる人たちだってことはわかったんだから」
「でも……あいつらがなんで久遠さんたちをねらうのか、まだわかってないから」
朝陽がチョコを食べながら、真剣な声で言った。
「まひる、ここまでありがとう。もう少し、おれ一人で追ってみる」
……はー、朝陽はやさしいな。そんなこと言われたら、一人にできないじゃない。
「それは却下。朝陽を一人にしたら、暴走してよけい大変なことになるもん」
「うっ……じゃあ、どうしたらいいわけ?」
「そんなの決まってるじゃん。わたしが最後までつきあうよ」
そう言って、歩きだす。うん、まだまだがんばれそう。
「あ~、でもやっぱり疲れたよ~。右に左に曲がって、足がボロボロ~」
「弱音はやっ! でも、たしかに変なルートだな。やけに角を曲がるし、回り道も多い?」
「それ! さっきのアジトからここまで、まっすぐ来れば半分くらいの時間で着くのにね」
わたしはスマホでマップを開くと、今、通ってきたルートを朝陽に見せた。
「アジトを出発して、ほら、ここ。この道をまっすぐ来ればよかったのに、左に曲がって、右に曲がって、また右に曲がって戻ってきてる。ここも、ここも……」
「ほんとだ。じつは、めちゃくちゃ方向音痴とか?」
「迷ってる様子はないから、それはないかな。つまり、この遠回りには意味がある」
わたしは、マップ上のルートを指でていねいにたどる。
曲がるのは、いつも大きな通りぞい? ううん、住宅地の中でも曲がってる。
コの字形に、まるで何かをさけるみたいに──。
駐車場? 違う、それよりもっとたくさん街にあるもの。
「──コンビニ!」
わたしは、指でマップをトンッとたたいた。
「あの人、コンビニをさけて進んでる! ほら、ここも、ここも……コンビニの一つ手前の角で曲がってる。だから、お菓子を買うチャンスがなかったんだ」
「でも、なんでコンビニをよけるの? 交番とか警察署ならわかるけど」
「今のコンビニは、お店の入り口から外に向けて防犯カメラをつけてる店が多いの。警察は何か事件があったときに、その付近の防犯カメラを使って犯人を追跡する。つまり──」
今、あの人は、警察に追跡されたくない大事な場所に向かってる!
「さすがまひる、頭いい!」
「ふふん、それほどではあるけど?」
朝陽と笑いながらうなずきあうと、心も体も元気が出てくる。
きっとこの先に答えがある。そう思うと、がんばれる!
男を追って、角を一つ、二つ、三つ──曲がったところで、重いものを動かすような音がした。
電柱のかげから本物の目でのぞくと、男が道の先にある門を開けて中に入っていっている。
古ぼけた門のとびらに、ブロック塀。建物には、文字が消えかかった看板がかかっている。
──白林印刷所。
「……古い、印刷工場?」
でも、今度はだまされない。
わたしは目を閉じる。
さっきのビルで視たものを思いだして、不安で少し震えた手を朝陽がにぎってくれる。
……視る。真実を──!
印刷所の入り口のドアをすりぬける感覚。すると、まぶたの裏に映像が浮かぶ。
工場の玄関だ。さらに壁をすりぬけて中に入ると、いくつかの小さな部屋がある。棚や机は、どこも作業道具でいっぱいだ。
印刷所にあってもおかしくない物ばかりだけど、なぜかドキドキして、ぎゅっと手をにぎる。
さらに、さらに奥へ──。
小さな体育館くらいの広い空間がある。ここが、印刷をするための工場のメインの部屋みたいだ。印刷機が二つ並んでる。インクの缶がいくつも視える。
尾行してきた男があれだけ警戒していたなら、必ずどこかにある。
ヒミツが。
公務員、財務省。データ。大がかりな犯罪組織、印刷工場──。
もしかして? それなら、証拠は絶対にここにある!
部屋のあちこちを視るのをやめて、隅にある布のかかったあやしい荷物に意識を向ける。
布の下をのぞくと、積まれた大きなケースが視えた。
頑丈なジュラルミンケースだ。どれもカギがかかっている。
でも、わたしには関係ない。
一瞬で、わたしの目は、ジュラルミンケースの中を視る──。
「……見つけた」
かすかに黄色がかった紙に入った模様。偽造を防ぐために入れられた小さな模様や文字。
でも、そこに入った文字はだれにでも読める。
10000。
一万円札!?
しかも、大きな紙にいっぱい印刷されている、切られていないものだ。
大事件、見つけちゃった!

「……あの人たちは、ニセ札を作ろうとしてる!!」
わたしはまぶたに映るニセ札に驚き、かすれた声で言った。
この続きは、5月9日に公開予定!
事件の計画を見ぬいた朝陽たち。このままでは、久遠さんたちがあぶない!?
たのしみに待っていてね!
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