第6章 星夜のヒミツのお手伝い
夕方。
六年二組の教室に、先生の明るい声が響いた。
「帰りのホームルームを終わります。みんな、気をつけて帰ってください」
「先生、さようなら」
おれは、クラスメイトと声をそろえてあいさつすると、自分の席で、うんと伸びをした。
テストには苦戦したけど、友だちとしゃべって、昼休みはバスケもして、いい一日だったな。
ちょっとめんどうだけど、家に帰って部屋の片づけもがんばるか!
あれ? でも、何か忘れてるような……。
「えー!? 夕花梨、今日も遊べないの?」
となりの席から女子の大きな声が聞こえる。
こっそり見ると、久遠さんが、二人の友だちに向けて申し訳なさそうに返事した。
「ごめんね。お父さんから、今日も早く帰ってくるように言われてて」
「そっか。でも、春休みからずっと遊べてないよね。本屋さんに行った帰り、近くにある夕花梨の家に寄って遊びに行こうって誘ったときも、お父さんに断られちゃったし……」
……そうなんだ。
「夕花梨、もしかして……わたしたちとあんまり遊びたくないとか?」
「ううん! そんなこと絶対ないよ」
久遠さんが、はっきり言う。友だちを見るひとみは、まっすぐで一生懸命だ。
おとなしそうなのに、大事なことはしっかり言える人なんだ。すごいな。
久遠さんの言葉に、女子二人も、ほっと胸をなでおろす。
「ほんと? よかった。きらわれたんじゃないかって心配してたんだ」
「心配かけてごめんね。家に帰ったらもう一度、お父さんに相談してみる。今度は、わたしから誘うから」
「わかった。楽しみにしてる!」「夕花梨ちゃん、また明日」
「うん、また明日ね」
女子二人の姿が教室のドアの向こうに見えなくなると、久遠さんは振っていた手を下ろして、机の上のかばんをぎゅっとにぎった。いつの間にか悲し気な表情を浮かべてる。
「はぁ……」
久遠さんの深いため息に、おれはあわてて目をそらした。
落ちこんでる。それ自体は変じゃないけど……だいじょうぶかな。
「……何か、あった?」
「え?」
久遠さんが驚いて、おれを振りかえった。
あっ。つい、声が出てた!
「ごめん、ヘンなこと聞いた? でも……すごく落ちこんでるみたいだったから」
「あ……」
久遠さんが、一瞬おいてかすかにほほ笑んだ。
さっきよりも、少しだけ明るい笑顔だ。
「だいじょうぶ。少し困ってるだけ。心配してくれてありがとう、朝陽くん。また明日ね」
「……うん」
久遠さんは、おれに手を振ってから、教室を出ていく。
少し困ってるだけ、には見えなかったけど……おれの考えすぎかな。
そうだよな、だれにでもヒミツくらいある。
おれにもまひるにも、星夜にも、きっとハル兄にも──。
「あー! ハル兄と、放課後、正門前で待ち合わせしてるんだった!」
おれは、あわてて教室を出る。全速力で昇降口を抜けて外に出ると、正門前でまひるが大きく手を振っていた。
星夜も、あ、ハル兄もいる。うげっ、おれが最後か。
「遅くなってごめん!」
ドタバタとかけよると、ハル兄が笑って言った。
「朝陽、学校おつかれさま。急に待ち合わせにしてごめんね。三人をびっくりさせたくて」
「びっくり? おれたちを?」
「ハル兄。朝陽も来たから、そろそろ教えてくれない?」
「わたしも、もう待ちきれない! ハル兄、はやくはやく」
「わかったわかった。じゃあ発表するよ。それはずばり、あれ」
ハル兄はそう言うと、学校の門の先に停まっているブルーの車を指さした。
汚れも傷もまったくない、ぴかぴかの車だ。新車かな──もしかして!?
「あれ、ハル兄の車? もしかして、車を買ったの!?」
「朝陽、大当たり。じつは、今日は仕事を休んで、あの車を受けとりに行ってたんだ」
「ふふん、わたしは何かあるってわかってたよ。ハル兄、春休みにそわそわしてたもん」
「気づかれてたんだ。まひるはよく見てるなあ。ということで、このまま家に帰るだけじゃもったいないだろう? みんなでショッピングモールに行こうよ。来週のおやつ用に、いろんな材料を売っている大きなスーパーに行きたいんだ。ついでに、他の買い物もしてこよう」
「買い物?」
やった! お菓子にジュースに、あ、新しいマンガも買ってもらえるかも。
まひるも、ニタニタと笑ってる。きょうだいの中で一番、買い物好きだからな。
「ふふふ、お買い物~! もう夏物の服も売ってるよね。新作チェックしよ。うーん、新学期からツイてる! ね、早く行こう。朝陽も早く車に乗って!」
「うわっ。まひる、押すな。ドアにぶつかる!」
おれは、後部座席のドアを開けて乗りこむ。すぐとなりに、まひるが弾むように座り、助手席に星夜が座った。運転席のハル兄にならって、三人ともシートベルトをカチリとつける。
五人乗りのブルーの車は、四人で乗ると広々していてちょうどいい。
星夜が、車の中をしげしげと見まわしながら言った。
「でも、ハル兄。いつ自動車の運転免許を取ったの? 持ってなかったよね」
「じつは、この春休み、仕事のあいまにこっそり自動車教習所に通ってたんだ。その様子なら、みんなをびっくりさせる計画は大成功だね」
ハル兄はハンドルをにぎった。
「これで、これからは車で出かけられるよ。まず初めは、みんなでお買い物だ」
「わーい、さっそく出発! 目指すはショッピングモール!」
「まかせて」
まひるの歓声に押されるように、車が動きだす。
窓の外を流れる見なれた景色も、今日は少し違って見えて、わくわくする。
学校前のこの坂、けっこう急で上り下りが大変なんだよな。でも、車なら楽ちん──。
「……ふう。じつは免許をとるまで大変だったんだ。筆記試験はすべて一回で合格したんだけど、道路で運転の練習をするための仮免許試験を五回、路上での修了試験なんて十回も受けることになっちゃって」
「「「えっ!?」」」
合計、十五回!?
(えーっと、星夜。運転免許を取るための試験って、そんなにかかるんだっけ?)
心の中で呼びかけると、すぐに星夜の心の声が聞こえてきた。
(いや……たしか、仮免許試験と本免許試験で、実技と筆記の試験に、それぞれ一回受かればいいから、実技は二回でもすむな。合格できないと、何度も再受験することになるはずだけど)
(じゃあ、それだけ落ちたってこと!?)
星夜がスキルでつないでくれたのか、まひるの心の声も聞こえた。
(わたしたち、この車に乗っててだいじょうぶ? あ、前! 二人とも見て!)
ぎょっとして前を見ると、フロントガラスいっぱいに空と坂道が見えた。
車が坂道を下りはじめた!
ガクン! ガタガタ!
ギュウウゥン!
「ひっ!」
車体を揺らしながら、車が坂道を爆走する。
坂の途中にある店が、一瞬で通りすぎていく。歩道を歩く人の姿もよく見えない。
まるで、ジェットコースターみたい!?
引きつった顔で星夜が叫んだ。
「ハル兄、もう少しゆっくり! 飛ばしすぎると危ないから!」
「え!? たしかに、そうだね!」
キキーッ!
「「「うわっ!」」」
突然、急ブレーキをかけられて、つんのめった体がシートベルトで、ぐっと押さえられた。
しめててよかったシートベルト!
胃に食いこんだけど!
「うん。たしかに、もっと慎重に運転しないとね。星夜、注意してくれてありがとう。よし、ここからは少しの危険もないようにするよ」
ギッ、ギギッ ガクン、ガクン……
少し進んでは止まり、また少し進んでは止まり。
強いブレーキの連続に、車体が不気味な音を立てる。今度は歩く人よりゆっくりだ。
と思ったら、今度は急発進して猛スピードを出してる!?
こんなに急発進と急ブレーキをくりかえしてたら──。
横を見ると、思ったとおり、まひるがハンカチで口を押さえていた。
「うっ……予測できない動きがわたしの胃と三半規管に効くっ。ぎもぢわるい……」
まひるの悲痛な声に、ハル兄がすぐ反応した。
「まひる、もしかして車酔いした? それなら急いだほうがいいね」
ギュウ~ン!
「ああ~! ハル兄、ゆっくりでいいから! だいじょうぶ。お願い、安全運転で~!」
まひるはそう叫ぶと、おれの肩をぎゅっとつかんだ。
「朝陽っ、スキルを使ってわたしの体を車の中で浮かせて! そうしたら、この振動から逃れられるはず~!」
「えっ、人を持ちあげるのはさすがにムリだって。一秒だけでもいいなら試してみるけど……」
まひるの体を持ちあげるように、眉間に力を集めて──集中!!
ふわっ、ゴツン、ドシン!
「いったあい! 天井に頭ぶつけた~! しかも、落ちてシートにおしりもぶつけちゃったあ。朝陽、もう車、車自体をスキルで止めて!」
「はい~!? だから、そんなのできないって!」
「だって、ううっ! シートベルトが食いこんで、おなかがさらに苦しいぃ。じゃあ、星夜あ、なんとかしてえ~」
「そんな無茶な、うっ。二人がうるさくて、オレも気分が悪くなってきた……」

助手席で目頭を押さえる星夜に、ハル兄が、ぎょっとした。
「星夜も車酔い!? 大変だ、やっぱり急がないと」
「「「いいから運転に集中して!」」」
新学期から、ツイてるんじゃなかったっけ?
真新しい車の中に、おれたち三人の悲鳴が、むなしく響いたのだった。
この続きは、4月25日に公開予定!
ショッピングモールで、ワクワクのお買い物!
さらに、クラスメイトの久遠さんが事件にまきこまれそうに…いったい何があったの!?
たのしみに待っていてね!
書籍情報
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