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注目シリーズまるごとイッキ読み!『神スキル!!! キセキの三きょうだい、登場!』第2回

第5章 星夜のヒミツのお手伝い


 オレ、星夜は、いつもの習慣で一人、図書館へ向かっていた。

 廊下には、たくさんの生徒があちこちに固まって、楽しそうにおしゃべりしている。その全員をよけて歩くのは、意外と一苦労だ。

 でも、できればぶつかりたくない。触れてしまうと、めんどうだから――。

 あっ。

 ドンッ

 後ろから走ってきた男子が、勢いよくぶつかってくる。

「っつ!」

「どけよ!」

(ああ、ムカムカする! ぜんぶ、朝陽ってやつのせいだ!)

 朝陽?

 思わず、ぶつかった男子を視ると、意識を向けたせいで、その男子の心の声が聞こえてくた。

(小学生のくせに、中学生のおれたちにたてつくなんて生意気なんだよ! バスケで負けて恥までかかされるし……おれは悪くないのに!)

 朝陽とバスケで勝負? でも、朝陽は意味もなく勝負を挑むようなことはしない。

 ……ということは、単なる逆恨みか。

 謝りもせず去っていく先輩を見て、オレは心の中で小さくため息をつく。

 はあ……聞きたくなかったな。

 やっぱり、学校は少し苦手だ。

 オレは、スキルを常にコントロールして、ふだんは、他人の心の声は意識しないと聞こえないようにしている。

 でも、油断しているときに人と振れてしまうと、勝手に心の声が聞こえてしまう。

 そのせいで、つい聞こえてしまう他人の心の声に落ちこんだり、いやな気持ちになったりするときもある。

〈神スキル〉――朝陽がつけた呼び方だけど、いいことばかりじゃない。

 特に、オレのスキルは……。

「……早く図書館に行こう」

 気を取りなおして中庭の奥へ向かう。

 この学校の図書館は、二階建ての大きな建物だ。

 小学校と中学校、両方の児童生徒が使うから利用者は多いけれど、図書館の建物は広く、人とぶつかることはない。

 図書館の中に入ると、しんとした静かな空気に包まれる。

 人の話し声も、心の声もしない。もしスキルのコントロールがゆるんで、心の声が聞こえたとしても、みんな、自分が読んでいる本の世界に夢中だ。

(えっ、この話、ここからどうなっちゃうのー?)

(この本おもしろい! 友だちにオススメしなきゃ)

 ……やっぱり図書館は落ちつく。人がたくさんいても不安にならない。

 ぐっと伸びをすると、少し緊張していた心と体がほぐれていく。

 よし、何か本を借りよう。そういえば、小説のコーナーに読みたい本があったな。

「たしか、この棚に」

 ぱたぱた、ぱたぱたぱた……

 本棚が並んだ通路から足音が聞こえてくる。

 小学校低学年の男の子が、本棚の間を歩いてる。きっと二年生くらいだろう。

 なんだか、朝陽の小さいころを思いだすな。まあ、朝陽は図書館に来るより、外で遊んでるほうが好きなタイプだったけど……。

 あれ? あの男の子、不思議な動きをしてる。

 男の子は本棚を見あげると、すぐとなりの棚に移動する。こっそりのぞきこむと、男の子はその棚を見て、さらにとなりの棚へと走っていった。

 不安そうに、きゅっとくちびるをかんでいる。

 ……何か、困ってる?

「コホン、コホン」

 近くにある読書用の席から、せきばらいがする。その方向を見つめて意識を集中すると、何人かの心の声がすぐに聞こえた。

(あの男の子、ずっとうろうろ歩きまわってる。読書のじゃまだなあ)

(さっきから足音が聞こえて気が散っちゃう! せっかく静かな図書館なのに)

 ……このままだと、トラブルになるかも。

 それに、あの男の子、何か事情があるような気がする。

 さりげなく、その男の子の後を追っていくと、男の子は本棚の間を抜け、貸し出しカウンターへ向かい、カウンターにいる二人の司書に近づく。

 話しかけるのかな? でも、司書は男の子に気づいていないみたいだ。

「そういえば、春休みに来るって言っていた六年生の女の子が、さっき久しぶりに来ていましたよ。ほら、六年生の本好きの女の子、わかります?」

「ああ、久遠さんね。わたしも会ったわ。なんでも春休みは家庭の事情で来られなかったって……あら、こんにちは、何か探しもの?」

「あ、い、いいえ……」

 男の子は、話しこむ司書の前まで来たものの、急に向きを変えた。

 あれ、司書に声をかけないのか? てっきり本を探しているのかと思ったけど。

 男の子が本棚へUターンすると、またどこかからせきばらいが聞こえる。

 気がつくと、棚を見つめる男の子の目に、うっすらと涙がにじんでいる。

 男の子も気にしてるんだ。でも……どうにもできなくて困ってる。

 ……ごめん。少し聞かせて。

 オレは心の中で謝ると、腕を軽く組む。

 人の心を読むときに、決まった姿勢は必要ない。でも、すみずみまでもれなく人の心の声を聞こうとするなら、集中が必要だ。

 男の子の背中を、じっと見つめる。

 その瞬間、オレの心に不安な気持ちがするりと入ってきた。

(ここにもない……あの本、どこにあるのかな?)

 男の子の心の声だ。はっきり聞こえる。

(はやく本を見つけなきゃ。昼休みが終わっちゃう。でも、本のタイトルがわからないから、としょかんの人にもきけないよ。ふしぎな、ふしぎの?)

 ……不思議?

(ううん、ちがうかな。女の子がうさぎを追いかけて、おかしな国に行っちゃうお話で……まちがったタイトルを言ったら、わらわれちゃうかもしれない)

 なるほど。さっきはまちがったことを言うのがこわくて、司書(ししょ)に聞けなかったのか。

 ……そういう気持ちは、だれにでもあるよな。

 探している本が何かは予想がついたけど、いきなりオレがその本をわたすと驚かれるか。

 けど、男の子はまったく違う本棚を見てる。このままじゃ見つかりそうもないな。

 それなら、こうするのがいいか。

「すみません」

 オレは、そばを通りかかった司書に声をかける。

この距離なら、男の子にもこの会話が聞こえるはずだ。そうすれば、きっとうまくいく。

「じつは、『不思議の国のアリス』を探しているんですけど、図書館にありますか?」

(あっ! それだ! ぼくが探してた本!)

 男の子が、目を輝かせてこちらを見てくる。

 よかった。合っていたみたいだ。

「『不思議の国のアリス』ですね。何冊かありますよ」

 司書が、通路の奥にある棚を指さした。

「置いてあるのは、すべて、あそこの本棚ですね。下から二段目にあります。貸し出しはされていないので、棚にあると思いますよ」

「ありがとうございます」

 お礼を言って、司書に言われた棚へすぐに向かう。

後ろから、小さな足音が聞こえる――あの男の子だ。

 ついてきている。よし、いいかんじだ。

 あとは、オレが目的の本を見つけないと。

 不思議の、不思議の……これだ。

 司書が言ったとおりの棚に、『不思議の国のアリス』が二冊、並んでいる。一冊は、漢字が多い大人向け、もう一冊は絵が多くて読みやすい、小学生向けの角川つばさ文庫の『ふしぎの国のアリス』だ。

 オレは男の子に気づいていないフリをしながら、大人向けの本を取る。棚の前から移動すると、すぐに、後をついてきた男の子とすれちがった。

 ちらり、と後ろを向くと、男の子が本棚に身を乗りだすところだった。

 小さな手が、棚から『ふしぎの国のアリス』を取りだして、ぎゅっと大事そうににぎる。

 まるで宝物を見つけたような、男の子のうれしそうな心の声が聞こえた。

(よかった! さがしてた本、あった。あったよ!)

「……スキルがあっても、悪いことばかりじゃないか」

 オレはあたたかい気持ちで、カウンターへスキップしていく男の子を見おくった。



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