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ものがたり

注目シリーズまるごとイッキ読み!『ふたごチャレンジ!① 「フツウ」なんかブッとばせ!!』第5回 うちらって、わるい子?


16 あと一歩の勇気


「あかねくん、かえでさん!」

 つぎの日の放課後。教室でかえでと藤司と3人で話しているところに、左野先生がそばへきた。

「クラブ活動の件だけど、そろそろ2人の希望をきいてもいいかな?」

「はい! オレは、サッカークラブがいいです」

「あかねくん、体育でも大活躍だもんね。かえでさんはどうする?」

「え、えっと、わたしは……おえかきクラブがいいかなって」

「秋倉さんが所属してるし、かえでさんは絵が上手だもんね。2人とも、特技が活かせてすごくいいと思う」

 左野先生はメモをとりながら、にこやかに告げる。

「藤司は、来年もサッカークラブ、つづけるだろ? チームメイトだな!」

 声をかけると、藤司は「お……おう」と笑いかえしてきた。

 そうだよね、よかった。

 そこに、

「元気でいいねえ」

 ふと、おだやかで、低くしわがれた声がひびく。

 視線を移したとたん、左野先生はピシッと姿勢を正した。

「こ、校長先生! わざわざ教室までいらしてくださったんですね」

「転校生と、まだ一度も話せていなかったのが気がかりでね。こんにちは、あかねくん、かえでさん」

「「こんにちは」」

 うちらはそろってペコリと頭を下げる。

 背は少し低くて白髪が目立つ、おばあちゃんと同じくらいの年齢の男性だ。

 朝会で、台の上で話しているところは何度か見ているけど、こうして直接言葉をかわすのは初めてだった。

「左野先生からきいていた通りの優秀な生徒がきてくれて、とてもうれしいよ。あかねくんのゴール、わたしも見てみたいな、豪快なんだろうね。かえでさんも、かわいらしい絵を描くそうじゃないか。ぜひコンテストに絵を出してみてね」

 かえでがひかえめにうなずくと、校長先生の視線が、さらに藤司にむく。

「柴沢くんも、ひさしぶりだね。やはりわたしの言うとおり、サッカークラブにしておいてよかっただろう? あかねくんも入部するようだしね」

「は、はい……」

 藤司は言いよどみ、少しいごこちが悪そうに目を泳がせる。

 ……どうしたんだろ。

「それじゃあ、わたしはそろそろ失礼するよ。左野先生、じゃまして悪かったね」

「いいえ、ありがとうございました」

 校長先生が教室を去っていくと、左野先生はひとりごとのようにつぶやく。

「校長先生、生徒ひとりひとりに目をかけてらっしゃって、すごいなあ。僕も見習わないと」

 たしかに、校長先生がわざわざ、うちらのために教室まできたのは、ビックリした。

 うちは左野先生にきこえないように、声をひそめる。

「なあ藤司、校長先生と、なにかあったのか?」

「いや……別にたいしたことじゃないよ」

「そ、そうか」

 気になるけど……藤司がそう言うなら、これ以上追及はできない。

「それより、そろそろ下校時間だぜ。途中までいっしょに帰らないか?」

「わるい。オレもかえでも、ちょっと用があるんだ」

 うちがそう答えると、かえでも、ゆっくりとうなずいた。

 そう。これから、うちらにとって、大事な用事があるんだ──。



「辻堂先生─!」

「あら、あかねちゃん、かえでくん。いらっしゃい」

 うちらが保健室のドアを開けると、辻堂先生はやさしく迎えいれてくれる。

 先生に呼びかけられて、うちは少し、こそばゆくなる。

 うちのことを女子として扱うのは、この学校では辻堂先生だけだ。

 以前ならイヤだったけど、今は少しほっとする。

 保健室には、ほかにだれもいなかった。

「先生、相談にのってもらっていいですか?」

「もちろんよ、どうぞすわって」

 辻堂先生は、しっかりとうなずく。

 それから、念のためドアのところまでいって、あたりを見まわして、鍵をかけてくれた。

 うちらのヒミツを知った辻堂先生は、本当にだれにもヒミツを言わずに、ただ協力してくれた。

 唯一、うちらが信頼できるおとなだ。

 うちは、ときどき、トイレを借りることもあった。

「それで……2人そろってどうしたの?」

 ならんですわったうちとかえでの顔を見くらべて、先生が表情をあらためる。

 うちは、せなかをピンとのばした。

 となりで、かえでも同じように先生を見つめている。

 うちはドキドキしながら、口を開く。

「うちとかえでは……このまま性別をとりかえていていいのか、迷ってるんです」

「先生は、ぼくたちのしてること、悪いことだって思いますか……?」

「そうねえ。先生は、大事なのはそこじゃないと思う。悪いか悪くないかなんて、どうでもいいことよ──なんて、教師の言うことじゃないわね」

 あごに指をそえて話す辻堂先生は、自分の言葉に苦笑した。

「じゃあ、先生は、うちらがずっとこのままでも怒らない?」

「ええ、もちろん。怒る権利なんて、だれにもないわよ。だから、あかねちゃんとかえでくんが、ずっと今のままでいたいって思うなら、先生は喜んでサポートをつづけるわ。……でも、ちがうのでしょう?」

 辻堂先生のするどい問いに、うちらは静かにうなずいた。

 かえでが、いつも気を張り詰めていること。

 うちが、太陽を傷つけてしまったこと……。

「はい。『とりかえ』をしても、なにも問題がないってわけじゃなかったし……」

「結局、自分らしくいられないんです。でも、じゃあどうすればいいか、わからなくて……」

 かえでも、両手をにぎりながら、不安そうに答える。

「そうね。じゃあまず、あなたたちが、自分らしく話をしてみたい人に、まっすぐにむきあってみるのはどうかしら」

「えっ……」

「あなたたちらしくいるために、『あかねくん』と『かえでちゃん』になることは、本当に必要なの?」

 うちは、ハッと息をのむ。

 先生の言葉が、ある人の顔を思いうかべさせた。

 茶髪に猫目で、すっごく気が合う子。

 だけど、もう二度と話すことはできないかもしれない……太陽だ。

 太陽と接するとき、うちは自分の性別のことなんかぜんぜん考えずに、気持ちのまま、おしゃべりができた。

 そっか。だから太陽といっしょにいると、楽しいんだ。

 太陽の前では、ウソいつわりのない、うちそのものでいられるから。

 でも、だからこそ……。

「もし、本当のことを話して、受けいれてもらえなかったら……」

「そうね。きっとそのときは、とても傷つくわね。もしかしたら、伝えなければよかったと思うような結果になるかもしれない。それでも……よ。あなたたちが自分のことを理解してほしい、相手を信じているという気持ちを、『伝える』ことが大切なんじゃないかしら」

「「……」」

「それに……もし、傷つく結果になったとしても、あなたたちには、それぞれ、最強の味方がいるでしょう」

 うちとかえでは、迷わず、おたがいの顔を見あわせる。

 その様子を見た辻堂先生は、ほほえんだ。

「2人でなら、きっと勇気を出せるわ。一歩踏みだしてみたら、次に進む道が見つかるかもしれないわよ」

 うちは床においていたランドセルをかつぎ、とびらに手をかける。

「先生、ありがとうございます。うち、いってきます!」

「ええ、いってらっしゃい」

 先生は、ひらひらと手をふって、うちを送りだしてくれた。


17 太陽に会いたい


 うちはランドセルを揺らしながら、全力で、あのグラウンドのほうへむかう。

 ──太陽に、会いたい。

 ずっと連絡はとれないし、太陽の家なんて知らないし、手がかりは、これまでの会話だけ。

 あのグラウンドがギリギリ学区外ってことは、太陽が通っているのは、あざみ小学校のはず。

 もうほとんど下校しているだろうけど、とにかく、学校にいってみよう。

 いなかったら、一番近い病院にいってみる。

 それでもダメだったら、学校の近所の家の表札を、1軒ずつ見てまわればいい。

 太陽の『明里』って苗字、めずらしいからね。

 絶対、見つけだしてみせる。

 あざみ小学校の学区に入ると、下校中の生徒の姿があった。

「太陽────! 太陽、いる────っ?」

 まだまだ暑いこの中で、体の弱い太陽が、みんなといっしょに帰るはずがないのに。

 でも、なにもせずにはいられず、うちはさけびつづける。

 ジロジロと見られたって、はずかしくなかった。

 みんなの進行方向に逆らいながら小走りしていると、ポツリとこんな声がきこえてきた。

「太陽って、もしかして明里のこと?」

 よっしゃ、きたあ!

 すかさずうちは急停止して、声の主のもとへとびつく。

「そうっ、明里太陽っ! きみ、どこにいるか知ってる!?」

「さ、さあ、まだ学校にいるんじゃね? アイツ休んでばっかりだから、学校にきた日は放課後に残って、補習とか受けてるっぽいし」

 よしっ、有力情報ゲット!

 太陽が帰っちゃう前に、いかないと!

「教えてくれてありがと! ホントに助かった!」

 お礼を言って、うちはふたたびダッシュした。



 あざみ小学校の正門にたどりついたうちは、そわそわと様子をうかがっていた。

 門の前には、ちょっとこわそうな先生が立っていて、うかつに中に入れないの。

 わすれものをとりにきた生徒のフリをすれば、かわせるような気もするけど……もしあの先生が、全校生徒の顔と名前を覚えていたら、アウトだ。

 うーん、どこかから中に入れないかなあ。

 フェンスにそって歩いていると、ふと、1か所穴があいているのに気づく。

 かなり小さいけど、うちならギリギリ通れるかも。

 太陽の下校を待ちぶせするっていう手もあるけど……いつになるかわからないし、きっと、お父さんかお母さんが車でお迎えにきて、長話はできないはず。

 ……ここまできたら、やるしかないか。

 うちは決心すると、先にランドセルをおしこんで、どうにか内側に入れる。

 人気がないのを確認して、うちも穴をくぐりぬけた。

 よし。あとは堂々と、ここの生徒のつもりで歩こう。

 うちは全身についた土をはらうと、校舎のほうへむかう。

 下駄箱で太陽のくつを探すと、4年2組だということがわかった。

 うう、うわばきがないのが心もとない。

 先生とすれちがったときに、なにか言われたらどうしよ。

 でも、運よくだれともすれちがわずに、4年2組の教室へたどり着いた。

 話し声はきこえないけど、人の気配がある。

 だれだろう。おねがい、太陽でありますように……!

 そっとうしろのとびらを開けて、中をのぞきこむ。

 プリントにとりくむ、そのうしろ姿は──。

「太陽だっ……」

 うれしくてうれしくて、つい、口に出してしまう。

 静かな教室にひびきわたるには、十分な声量だった。

「えっ…………あかね?」

 ふりむいた太陽の目が、まんまるになる。

「ど、どうしてあかねがここに!?」

「あの……太陽にどうしても会いたくて、こっそり……」

「しのびこんだの?」

「うん、フェンスの穴から……」

「マジか。やるなあ、あかね」

「ナ、ナイショにしてくれるよね? ねっ?」

 思わず必死になって言うと、

「うん、もちろん」

 太陽は口もとに手をあてて、クスリと笑う。

 ひさしぶりに太陽の笑った顔が見られたことに、うちはホッと胸をなでおろす。

「あー、よかった。……ねえ、そっちにいっていい?」

 うちはそっと、太陽の席に近づいた。

 うちと太陽の間に、微妙な空気が流れる。

「……太陽、話したいことがあるの」

「……うん」

「まずは、謝りたい。この前はイヤな思いをさせて、本当にごめんなさい」

「俺は謝罪より、どういうことなのかが知りたいよ、あかね」

「わかった」

 うちはランドセルからスマホをとり出して、電源を入れ、1枚の写真を太陽に見せた。

 転校初日にとった、かえでとのツーショットだ。

 スカートをはいた、うちとそっくりなかえでの存在に、太陽はまばたきする。

「すごい、そっくり! そっか、これがあかねの友だちが言ってた、ふたごの妹?」

「うん──って、言いたいところなんだけど、実は、弟なの」

「えっ、これが弟!?」

 今度は目を白黒させて、写真を何回も見なおす。

「そう、ふたごの弟で、うちはふたごのお姉ちゃん。うちが女子だっていうのは本当のことだよ」

「えっと……じゃあ、このあいだの友だちはどうして……?」

「弟──かえでが女子で、うちが男子だっていうことにしてるんだ。……うちら、学校で、ウソをついているの」

 ハッキリと言葉にすると、あらためて胸が痛んだ。

「そうだったんだね……」

 予想外の告白だったんだろう。

 太陽は動揺した様子で、あいづちをうったきり、しばらくだまりこんだ。

 それから、ふたたび視線をうちにむけなおす。

「どうしてあかねたちが性別をとりかえているのか……よかったら、俺に教えてほしい」

 太陽の真剣なまなざしに、うちの口は自然と開いた。

「うん。うちとかえでは、ずっと前から──」

 もう、ウソはつかない。すべて、言葉にするんだ。

 うちが気づかなかっただけで、10歳になる前からずっと、「女の子らしく」なることを望まれていたこと。

「男の子らしさ」を求められていたかえでが、どんどん笑顔と言葉を失っていったこと……。

 誕生日会の日に、みんなにハッキリと言われたときに感じた、激しい胸の痛み──。


 うちの話をきき終えると、太陽は神妙な顔つきでつぶやく。

「そっか。大変な思いをしてきたんだね……」

「うん。……ねえ太陽、うちの話、信じてくれる?」

「もちろんさ」

 うちがおそるおそるたずねると、太陽はすぐにうなずいた。

 そんなに簡単に信じちゃって、いいの?

 だってうちは、うちが女子だってすぐに気づいてくれた太陽のこと、うらぎったんだよ。

「うちらは2人して、みんなをだましてる。ひどいって、思わない?」

 声がふるえる。

 うちの不安を見透かすように、太陽はおだやかに口を開く。

「悪い心で人をだましている人は、一生けん命、こんなところまで謝りにこないよ」

 そう言って、うちの服に残っていた砂ぼこりをはらってくれる。

「それにね……あかね、もしかして、まだ俺が送ったメッセージ、見てない?」

「えっ?」

 あわててアプリを確認すると、太陽からメッセージが届いていた。


あかね、この前はカッとなっちゃってごめん。

落ちついて考えられていたら、あかねは人をだまして喜ぶような子じゃないって、

すぐにわかったのに。

あの友だちがああ言ったのには、なにか理由があるんだよね。

俺はあかねのこと、信じてる。


 心臓が、ブワッと熱くなった。

 太陽は、うちが事情を話す前から、うちのこと、信じてくれてたんだ。

 うれしくてうれしくて、涙がこぼれそうになる。

「太陽……ありがと」

 うちがほほえみかけると、太陽は照れくさそうに頭をかいた。

「あかねがこれからも男子のままでいるのかは、俺にはわからないけど。俺はあかねがどっちを選んでも、ずっと友だちでいたい」

「うん、うちも。だって、太陽みたいな友だちが、ずっとほしかったんだもん」

 言いながら、ぶあつい雲のすき間から光がさしたみたいに、ぱあっと視界がひらけた気がした。

 ──あなたたちらしくいるために、『あかねくん』と『かえでちゃん』になることは、本当に必要なの?

 うちの中で、辻堂先生の問いがもう一度きこえた。

 うちは、かえで以外に、本当の自分を認めてくれる人なんかいないって思ってた。

 でも……そんなことはなかった。

 太陽みたいに、そのままのうちを好きになってくれる人だって、いるんだ!

 だったら……。

 短く切りそろえた髪に、そっとふれる。

「太陽。うちは──」

  コツ、コツ、コツ……

 うちの話をさえぎるように、廊下で足音がひびく。

「まずい、先生が俺の補習プリントの進みぐあい、たしかめにきたのかも」

「ええっ!?」

 ど、どうしよう。

 うちがしのびこんだことがバレたら、いっしょにいる太陽まで怒られちゃうかも!

 みるみる近づいてくる足音にあわてていると、太陽は立ちあがって、うちの腕をぐいと引っぱる。

「あかね、こっちにきて、しゃがんで」

「えっ、う、うんっ」

 言われるままに身をかがめると、太陽はうちと自分を、教卓の下におしこめた。

 太陽の鼓動と、うちの鼓動とが、重なってきこえる。

 すぐに、ガラリとドアが開かれた。

「明里くん、どこかわからないところは──って、あら?」

 太陽の姿が見当たらないことに、気づいたようだ。

「荷物はそのままだし、お手洗いにでもいったのかしら」

 先生は不思議そうにつぶやくと、ふたたび足音を立てながら、教室をあとにした。

「ふう、なんとかなったみたいだね」

「だね。ああ、緊張したあ。ありがと、太陽」

「どういたしまして」

「ていうか、太陽は、わざわざかくれる必要なかったんじゃない?」

「あっ……た、たしかに。俺、そうとうあせってたみたい」

 目と鼻の先の距離にいる太陽は、はずかしそうにほおをかいた。

「またひとつ、2人だけのヒミツができちゃったね」

「そうだね」

 うちと太陽は顔を見合わせて、クスリと笑った。

 教卓の下は暑くるしいけど、心の中は、おどろくほどすがすがしかった。


第6回へつづく(5月14公開予定)
 

書籍情報


作: 七都 にい 絵: しめ子

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046321411

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