
あかねとかえでは、見ためがそっくりのふたご。親たちから「ちゃんと女の子らしく、男の子らしくなって」と無理強いされちゃった2人は、ある「チャレンジ」を思いついて……?
読むとスカッとして、心がちょっとラクになる大人気シリーズ①巻を、まるごと無料で連載中!
※これまでのお話はコチラから
12 やりたいこと、本当にできてる?
「ええっ、柴沢くんが、ぼくのことを好きだって!?」
「そう、今日教えてもらったの。絶対かえでにふりむいてもらえる男になる! ってめちゃ燃えてたよ」
「ええええ~~~~」
陽がようやく落ちてきた、夏の夕飯前の時間。
うちが思いだしてその話をすると、かえではぎょっとしたように顔を青ざめさせた。
「どうするの、それ。ぼくが本当は男の子だって知ったら、柴沢くん、どんな気持ちになるか……」
「だからさ、藤司に告白するようにすすめるから、早めにフっておこうよ」
「フっておくって……。それで解決するような問題なのかな?」
「え? 恋なんて、フられたら、それでおしまいでしょ?」
うちが、きょとんとしてそう答えると、かえでは深く息をはいた。
「……とりあえずあかねは、これ以上なにもしないで」
かえでの顔色は、くもったまま。
どうしちゃったんだろ?
「あーちゃーん、かえちゃーん、晩ごはんできたわよー!」
うちが不思議に思っていると、おばあちゃんの声がとんできた。
「はーい、今いく!」
2人でリビングに入ると、ジューシーなお肉のにおいが、ふわりとただよっていた。
わーっ、ハンバーグだ! うち、大好物なの──。
そう思ったままにしゃべりそうになって、うちはあわてて口をふさぐ。
おばあちゃんの前では、かえでのフリをしないといけないから。
「わーっ、ハンバーグだ。うれしいな!」
一方かえでは、うちのフリをしているから、大げさにハンバーグに反応する。
「あーちゃん、いつもおいしそうにハンバーグを食べてくれたのを、ふと思いだしてねぇ。あーちゃんのほうは大きめに作っておいたから、たんとお食べ」
「ありがとう、おばあちゃん」
かえでは、ニコリと笑みをうかべてみせた。
いただきますと手を合わせると、うちはさっそくハンバーグに手をつける。
粗めのひき肉を使ってあるから、お母さんが作るのより肉々しくて、食べごたえがある。
上にかかっている特製デミグラスソースも、ケチャップとはちがって、味に深みがある。
うわあ、おばあちゃんのハンバーグも、すっごくおいしいなあ!
ハンバーグをほおばる、手と口が止まらない。
……だけど、それを素直に言うわけにはいかなくて。
「ぼく、おばあちゃんの作ってくれたハンバーグ、好きだな」
うちが、かえでとして気持ちを伝えるには、これくらいがせいいっぱいだった。
「あら、うれしいわ。あーちゃんは、どう?」
おばあちゃんから見た『あかね(実際はかえで)』の皿を見ると、まだ2口ていどしか減ってなかった。
「……うん、すごくおいしい。もったいないから、少しずつ食べるね」
「ふふ、冷めないうちに食べてあげてね」
おばあちゃんに見まもられながら、ちまちまと食べるかえで。
かえでは食が細いし、お肉もあんまり好きじゃないからな……。
うちは、おばあちゃんの目がかえでのハンバーグにむかないように、話をふる。
「ねえ、おばあちゃん。今日あかねが、体育の授業のサッカーで、5点も入れたんだよ」
うちは自分のことを、ひとごとのように話す。
おばあちゃんと話をするときは、いつもそうしないといけない。
「ええっ、すごいじゃない! あーちゃんは、運動が得意だものねえ」
おばあちゃんのこの言葉がむけられるのは、当然、うちのフリをしているかえでだ。
かえでは、ぎこちなくほほえむ。
「う、うん。かえでも、おえかきしてると、よくクラスメイトにほめてもらえるんだよ」
「そう。かえちゃんもすごいわね。将来は、画家さんかしら?」
「そ、そうかも? あはは……」
そして今度は、うちがかえでとしてほめられる。
なかなかややこしいし、なんだかもどかしい。
……ちゃんとうちの目を見て、うちのしたことを、ほめてほしいな。
うちらのなんとも言えない反応に、おばあちゃんは少しさびしそうにまゆを下げる。
「なんだかあたし、2人のこと、子ども扱いしすぎているのかしらねぇ。いやな思いをさせていたら、ごめんね」
「そんなことないよ! う……ぼく、おばあちゃんのこと、大好きだもん!」
「ぼ……うちも!」
2人であわててフォローすると、おばあちゃんはほっとしたように息をはいた。
「おばあちゃんも、あーちゃんとかえちゃんが、大好きよ」
──それから、うちは『かえで』として、おばあちゃんにいろいろな話をした。
だけどかえでは、あいづちを打つくらいで、ほとんどだんまりだった。
おばあちゃんがうちのために作ってくれた、特大ハンバーグを、どうにか食べ終えるまで。
◆
ごちそうさまをしてから、自分たちの部屋にもどると、ふぅとため息が出る。
かえではなぜか、部屋のすみで体操ずわりで、ぼんやりしている。
ムリやりハンバーグを完食したせいかな……。
「かえで、大丈夫? ハンバーグ、うちがこっそりもらえばよかったかな」
「……こっそりって、どうやって?」
「えーと、おばあちゃんになにかとりにいってもらって、そのスキにうちが食べるとか!」
「……」
返事がない。そうとう気分が悪いのかも。
「ごめんねかえで、これからはそうするね」
「これから……。これからもずっと、おばあちゃんをだますの?」
「えっ……?」
かえでは両手でひざを寄せ、体をさらにちぢめる。
「かえでったら、どうしたの? 夕食前も、なんか様子がおかしかったし」
「……」
「いくらふたごでも、だまってちゃわからないこともあるよ。ほら、言ってみなって」
うちは、かえでによりそって、やさしく肩をたたく。
すると、かえではポツリと、だけど重々しくつぶやいた。
「あかねとぼくの、今の生活……なにかがちがうと思わない?」
なにかがちがうって……どういうこと?
うちは首をかしげる。
「うちはべつに、思わないけど。だれにも文句を言われずに、やりたいことをやれるって、最高じゃん」
「ぼくも、最初はそう思っていたけど……本当に、やりたいことが自由にできてるのかな?」
「えっ……。できてるよ、そりゃあ」
男子っぽい、ラフな黒パーカに半ズボン。
思いっきりプレイできるようになったサッカー。
男子にはたよりにされ、女子にはカッコいいといち目おかれる。
男の子として学校生活を送りはじめてから、どれもがうまくいっているのだ。
だけどなぜか、かえでにたずねられたとき、うちはドキッとした。
うちが動揺したのを、かえでは見のがさなかった。
「……あかねだって、気づいてるんでしょ」
かえでは立ちあがって、まっすぐうちを見つめる。
「ぼくたちは毎日、いろんな人にウソをついてすごしてる。そのおかげで、たしかにいろいろ気楽にできるようになったけど、そのぶん、できなくなったことだってある」
「な、なによ、できなくなったことって」
「ついさっきだって、あったじゃない」
「だから、口に出してもらわなきゃ、わかんないんですけど!」
ハッキリと言わないかえでに、うちは口調を強める。
かえではビクッとひるんだけど、すぐにもちなおして、よくとおる声を出した。
「おばあちゃんに、本当の気持ちを伝えられなくなったこと。自分の好きな食べもの、ひとつでさえね。ぼくは、それがすごくつらかった」
「そ、それは……」
声が、ふるえる。
……うちだって、本当はもっと、ハンバーグのおいしさを、おばあちゃんに伝えたかった。
体育の授業での活躍も、もっとほめてもらいたかった。
うちが答えられないでいると、かえでは言葉をつづける。
「学校でだってそう。ヒミツがバレるのがこわくて、いつもまわりの子の言うことやすることに、びくびくしてるんだ……。それって、やりたいことができているの? 自分らしくいられているの?」
かえでは、ほとんど、泣きそうだった。
「かっ、かえでが気にしすぎなだけよ。なにごとも、少しは上手くいかないところがあるに決まってるし、うちは今の生活に満足してる。かえでだって、そうでしょっ?」
「でも、『チャレンジ』をすることで、辻堂先生に左野先生、クラスメイト──特に柴沢くんには、すごく悪いことをしてる。おばあちゃんだってさっき、悲しませちゃったし……」
かえでは目をふせ、まるで自分を責めるような表情をうかべている。
「かえではやさしすぎるんだって。他人のことより、自分のことを優先して考えなよ。ほら、今の生活なら、かわいい服を着て、うさぎのキーホルダーをつけて、おえかきやクラブも──」
うちの話をさえぎるように、かえでは頭を左右にふり、両手でおおう。
「ぼくはこれ以上、自分のことだけ考えられない。好きなことがやれても苦しいんだ……っ!」
そううったえるかえでは、誕生日会のときよりも、ひどい顔をしている。
かえでの、こういう他人想いで、やさしいところは長所だって、うちはずっと思ってきた。
でも、今は──……無性に、腹がたつ。
「……へえ、そう」
自分でもビックリするくらい、冷たい声が出た。
顔をあげたかえでは、まばたきをわすれて、うちを見つめている。
「つまりかえでは、『チャレンジ』をしてる、うちらのほうが悪いって言いたいんだよね?」
「……まあ……」
「じゃあさ、うちらがこんなことをしてるのは、どうして? ──お母さんとお父さんが、前の学校のクラスメイトが──みんなが、本当のうちらを認めてくれないからでしょっ!?」
顔が、体が、心が、熱い。
言葉にしていく中で、どんどん気持ちが高ぶっていく。
──うちは、自分たちのしていることがまちがってるなんて、思わない。
うちらがまちがっているなんて、バカげてる。
うちらはみんなの期待どおりに、元気な男の子とかわいい女の子になってあげてるんだもの!
「そ、それは……そうだけど……」
さっきとは反対に、今度はかえでが口をつぐむ。
反論できないみたいだ。
うちは、皮肉をこめた笑みをうかべる。
「かえでは『イイ子』ね。お父さんもお母さんも、みんなよろこぶよ?」
かえでは10歳になる前から、ずっとずっと、傷つけられてきたはずなのにね。
「あかね……」
「でもうちは、絶対、この生活を手ばなさない。もし、かえでがヒミツをバラしたりしたら、絶交だから」
うちはキッパリと言いはなつと、絶句するかえでに背をむけて、部屋から立ち去った。