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ものがたり

注目シリーズまるごとイッキ読み!『ふたごチャレンジ!① 「フツウ」なんかブッとばせ!!』第4回 やりたいこと、本当にできてる?


13 モヤモヤと、「特別」な友だち


 次の日になっても、うちの気分はサイアクだった。

 かえでとは、おばあちゃんの前でだけは会話をかわすけど、2人きりになると、おたがいひとことも発しない。

 生まれてこのかた、うちとかえでは、いつだって最高のきょうだいで、親友だった。

 それなのに、うち、『絶交』とか言っちゃって。かえで、真っ青になってたな……。

 ……そりゃあね、言いすぎたって、自分でも思うよ。

 かえでを、傷つけたいわけじゃなかったし。

 むしろうちは、これから先、傷つくかえでを見たくないんだ。

 かえでに、笑っていてほしい。

 毎日好きな服を着て、休み時間に好きなことをして、好きなクラブに入って──。

 絶対、今の生活をつづけるほうが、かえでにとっても幸せなはずなのに。

 ──あかねとぼくの、今の生活……なにかがちがうと思わない?

 昨日、かえでに言われたことが、ずっと頭の中でひびいている。

 ……ううん、なにもちがわない。

 かえでが、人に気をつかいすぎてるだけ。

 かえでがみんなのために、本当の気持ちをおし殺そうとしているだけ──。

 まちがっているのは、かえでのほう。うちは絶対に折れないんだから。

 そう心に決めているのに、胸のモヤモヤが晴れない。

 左野先生がせっかく、月に一度のレクリエーションの内容を募集するっていう、おもしろそうな話をしてるのに。

 ……ああもう、こういうときは、体を動かすのが一番!

 放課後になると、うちは小学校から少しはなれたところにある、小さなグラウンドへむかった。

 今日はなんだか、だれとも遊びたい気分じゃなかったから。

 ほとんどただの空き地で、クラスメイトどころか、だれもこない。

 だから、1人マイペースで練習するのに、ピッタリなんだよね。

 フェンスがあるおかげで、ボールが飛んでいっちゃう心配もないし。

「よっ……ほっ……と」

 ポンッ、ポンッと、ひざに当たるたびに、サッカーボールがかるくはねる。

 無心でサッカーボールを蹴っていると、なにも考えずにいられる。

「ひゃくさんじゅうご……ひゃくよんじゅう……ひゃくよんじゅうご……」

 今日はかなり調子がよくて、リフティングの記録がぐんぐん伸びる。

 このままいけば、200回までいけちゃうかも。

「ひゃくはちじゅうご……ひゃくきゅうじゅう……ひゃくきゅうじゅうご……」

 ろく、しち、はち、きゅう──。

「「200っ!!」」

 最後に勢いよく蹴ると、ボールは空高く、まっすぐに浮かぶ。

 落ちてきたボールを片手でキャッチすると、うちはもう片方の手でガッツポーズをした。

「よっしゃ、200回達成! ……って、ん?」

 200回目のカウントをしたとき、うち以外の声もきこえたような……!?

  パチパチパチパチパチ

 拍手の音に見まわすと、フェンスのむこうで、同い年くらいの男の子が、手をたたいていた。

「おめでとう! 200回もつづいてるの、俺、初めて見たよ!」

「あ、ありがとう」

 いつの間に、そこに? とか、

 なんでそんなにうれしそうなの? とか、いろいろツッコみたいけど、その中で、真っ先に頭にうかんだのは──。

「あの、どこかで会ったこと、あったかな……?」

 だけど男の子は、首を横にふった。

「ううん。ここ、ギリギリ俺の学区じゃないし、初めましてだと思うよ。急に声かけてごめんね」

 そっか、同じ学校の子じゃないのか。

「ううん、気にしないで。それより、きみもこっち側にきたら?」

「そうだね。じゃあ、ちょっと待ってて」

 男の子がフェンスに手をかけると、するするっと顔の位置が低くなっていく……?

 うちがおどろいていると、男の子はゆっくりフェンスの切れめから、グラウンドへ入ってきた。

 ──車いすに、身をあずけた状態で。

 成長しすぎた植えこみにかくれて、その子の腰から下が見えてなかったんだ。

 うちがどう反応すればいいか、迷っていると、男の子はおだやかに口をひらく。

「たまたま通りがかったんだけど、あんまり上手いから、つい立ち止まって見ちゃったよ」

 屈託のない明るい笑顔に、うちはドキリとする。

 色素のうすいサラサラの髪に、少し猫目の、大きな瞳。

 あらためて見ると、かなりカッコいい。

「じつは、リフティング200回できたのは、さっきのが初めてだったんだ」

「へえ! じゃあ、その瞬間に立ちあえた俺、ラッキー!」

「ふふ、大げさだよ」

 うちもつられて笑うと、男の子は自分の胸に手を当てた。

「俺、明里太陽って言うんだ、よろしく。きみは?」

「双葉あかねだよ。よろしく」

「あかねちゃんか。あっ、名前で呼んでよかった?」

「いいよ。なんなら、呼びすてでもいいし──」

 ──って……あれ?

 今、この子……うちのこと、なんて呼んだ?

 ききまちがいだよね、だって、今のうち、髪は短いし、BOYSデザインのTシャツと短パンだし、おいてあるランドセルも黒色だし。

 うちがそわそわしていると、太陽は首をかしげる。

「どうかしたの?」

「いや、ええっと、さっき……『あかねちゃん』って言った? 『あかねくん』じゃなくて?」

「うん。だってきみ、女の子だろ?

「えっ、女子に見える?」

「男子って言われても違和感ないけど……しゃべり方とか、ふんいきとか、女の子っぽいなって」

「………………!」

 女の子っぽい。

 ひょっとしたら、生まれて初めて言われたかも……!

 思いもよらなかった言葉に、うちが動揺していると、太陽がおそるおそるたずねてくる。

「あの、もしかして、男子だった……?」

 ……そうだ、「オレは男子だ」って、言わないと。

 もし、太陽に緑田小の友だちがいて、うっかりうちの話題がでたら、大変なことになっちゃうよ。

 でも、でも、でも……。

「……あの、うちが女子だとしてさ、こんなふうにランドセルを地面にほうって、サッカーしてるなんて、変だよね。こんな男っぽいかっこうしてさ」

 うちがうすく笑うと、太陽はつられて笑みをうかべることなく、キッパリと告げた。

「変? いや、あかねが男でも女でも、俺にとってなにも変わらないし、おかしくないよ」

「えっ……」

 太陽の真剣な顔を見れば、わかる。本心からそう思っているって。

 そっか、うちのこと、変だって思わない人もいるんだ……。

 …………なんだろう、この気持ち。

 やっぱり太陽とは、ありのままで接したい。

 学区がちがうって言ってたし、いい、よね……?

「……うん、うち、女子なんだ」

「やっぱり」

「すぐにうちが女子だって当てたの、太陽が初めてだよ」

「そうなの? じゃあ俺ら、気が合うのかもね」

 お陽さまのような、心がぽかぽかしてくる笑顔。

『太陽』って名前、本当にピッタリだなあ。

 ……うち、もっと太陽のこと、知りたい。

「ねえ、うちもきいていい? 太陽は、その……体、どこか悪いの? さっきは立ってたよね?」

 車いすに目をやりながら、そっとたずねる。

 さっき気づかなかったのは、太陽がフェンスにつかまって立ちあがってたからなんだ。

「ああ、俺、生まれつき体が弱くてさ。今日はかなり調子いいけど、一応これにのって移動してるんだ」

「そうなんだ……。じゃあ、運動もきびしい感じ?」

「そうだね。学校にいける日でも、体育はぜんぶ休んでるかな」

 そっか……。

 うちがリフティング200回を達成したとき、太陽はすごく喜んでいた。

 きっと、自分でもボールを蹴りたいんじゃないかな……?

 うちがつい、シュンとすると、太陽はニコリと笑った。

「そんな顔しないで。俺はスポーツが好きだから、くやしく思うときもあるけど……自分でプレイすることだけが、スポーツじゃないからね」

「そ、そうだよね。見るのだって、すごく楽しいもん」

「うんうん。俺、サッカー観戦が好きなんだ。あかねとおんなじ、京本選手のファンでさ」

「ええっ、ホント!? ……あれ、うちが京本選手のファンって、どうして知ってるの?」

 すると、太陽はうちのランドセルを指さす。

「あのストラップについてるユニフォームの柄と背番号、京本選手でしょ」

 な、なるほど。太陽ったら、よく見てるなあ。

 でも、太陽も同じ選手が好きだなんて、うれしい!

「じゃあ、この前の試合、見た!?」

「見た見た。後半ラスト5分で決めるとこもすごかったし、礼儀正しくて、相手チームへのリスペクトが伝わってくるのがよかったなあ」

「そうっ、そうなのっ! うちも、人柄をふくめて京本選手が好きなんだ! あと、前半も──」

 息がはずんでしまうくらい、話が盛りあがる。

 ぜんぜん会話がとぎれなくて、気がついたら、あたりがうす暗くなっていた。

「わっ、もうこんな時間。話しこんじゃって、ごめんね」

「こちらこそ。俺、学校も休みがちだから、友だち少なくてさ。こんなふうに楽しく話せたのはひさしぶりだったから、つい」

 照れくさそうに、自分の髪をなでる太陽。

 この楽しい時間が終わるのは、うちにとっても、なごり惜しかった。

「じゃあさっ、また明日もここで会おうよ」

「うん、ぜひ! 明日は、あかねのシュートを見せてほしいな」

「わかった、まかせて!」

 スマホの連絡先を交換して、手をふる。

「太陽、またね!」

 やった、また明日も会えるんだ!

 車いすで、ゆっくりと進む太陽のうしろ姿を見まもるうちの笑顔は、なかなか消えなかった。

 藤司は、学校で一番の友だちだけど、太陽とは、なんていうのか……『特別』な友だちになれそうな予感がするんだ。

 ようやく歩きはじめて、ふと気づく。

 いろんなモヤモヤがおさまって、なんだかこう、おだやかな気分だ。

 今なら、ちゃんと冷静に、かえでと話せるかも……!



「「……あ」」

 家に帰って玄関をあがったところで、先に帰宅していたかえでと、バッタリはちあわせした。

「あ、かえで……」

「あかね……」

「「……………………」」

 いざ顔を合わせると、うちらの間に、また昨日と同じモヤモヤが、たちこめてきそうだった。

 のどのところまで出かかっていた「ごめんね」が、ひっこんでしまう。

「ただいまっ!!」

 かわりに口から出たのは、定型のあいさつと、笑みだった。

 身がまえていたかえでが、けげんそうな顔をする。

「いやあ、寄り道してたら、おそくなっちゃった! かえで、もう宿題終わった!?」

「え? う、うん……」

「さすがだなあ。うちも早くやらなきゃ! わからないとこあったら、教えてくれる?」

「い、いいけど……」

「サンキュ! じゃあうち、手を洗ってくるね!」

 うちは、かえでの肩に、ポンと手をおいて、横をすりぬけた。

 ──昨日のいざこざは、なかったことにしちゃおう。

 もう、かえでとぶつかりたくないし!


14 もしも、ウソがばれたら


 昨日、あかねが笑顔で話しかけてきたのをきっかけに、ぼくらはまた、ふつうに会話できるようになった。

 でも、ぼくは暗い気持ちのままだ。

 いっしょに登校したあかねが、すぐに校庭にくり出したのを見届けて、ぼくはつくえにつっぷす。

 ──それにしても、一昨日の夜はサイアクだった。

 ぼくが思いきって口に出したら、こわい顔で言いかえされて、「絶交」だなんておどされて。

 あかねだって、まわりにウソをつきつづけるのが平気なわけない。そんな子じゃない。

 なのに意地になって、『チャレンジ』の悪い部分から、目を背けてるんだ。

 まるで、一昨日のことは、なにもなかったことにしたいみたい。

 でも、そうやっていつまで、だれにも本当のことを言わないままでいるつもりなんだろう……。

 ああ、なんだかもう、ぼくはつかれちゃった。

 ……もういっそ、本当に、ぼくたちのヒミツを、バラしちゃおうかな────なんて。

 でも、そう頭の中に思いうかべただけで、心臓がバクバクして、息の吸い方もわからなくなる。

 だって、そんなことをしたら──……みんなが、どんな目でぼくを見るだろう?

 はあ、このままグルグルと考えていたら、気分がわるくなってきそう。

 ぼくはムリやり考えるのをやめて、つくえの中から自由帳と筆箱をとりだす。

 教室の窓から外をながめると、校庭にある、ひときわ大きな桜の木が目に入った。

 いつもは動物やキャラクターの絵しか描かないけど、無心になるには、スケッチするのが一番。

 ひたすら手を動かして、真っ白な紙に大木を生みだす。

 幹を描いて、枝を描いて、葉を描いて、影を描いて……うーん、なんだかうまくいかない──。

「ねえねえ、鈴華ちゃん、きいてよ」

 そのとき、そばで甲高い声がひびいた。

 どうやら、北大路さんたちのグループが、おしゃべりしているらしい。

 声のしたほうへ視線をむけると、みんなのまんなかで、北大路さんはあいかわらず、派手な服を着ていた。

 今日は、スパンコールのついた、ワインレッドのワンピースだ。

「私、この前、家族と東京にいったんだけどね、変なかっこうの人が歩いてるのを見たの!」

「変な人?」

 北大路さんが首をかしげる。

「そう。前を歩いてた若い男の人から、ずっとコツコツ、音が鳴っててさ。なんの音だろうって見たら、その男の人、ヒールをはいてたのよ! 前にまわったら、イヤリングもお化粧もしてた!」

 ドクンと、ぼくの心臓が、とびあがる。

「ええっ、すごっ!」

 ……いや、とびあがるなんてものじゃない。

 わしづかみにされて、つぶされているみたいだ。

「ヤバー、ほんとに東京って、そういう人がいるんだ。見てみたーい」

「でしょー、ビックリしちゃってさ~。写真とっとけばよかったなあ」

 ぼくは、脂汗と体のふるえが止まらない。

 スカートのすそを、にぎりしめる。

 やっぱり。

 もし、ぼくが男の子だってことをみんなが知ったら、そんなふうに思われるんだ……。

「ねっ? 鈴華ちゃんもおかしいと思うよね?」

 話をもち出した女の子が、返事をうながすように、北大路さんのほうを見た。

 北大路さんは、みんなといっしょになって、笑っていなかったのだ。

 バカバカしすぎて、笑う気すらおきなかったのかな……。

 おそるおそる顔をあげると、北大路さんが一切笑みをうかべることなく、口を開くところだった。

「──おかしいかどうかっていう以前に、その人が、あなたにそんなふうに言われる筋合いはないと思うんだけど」

「えっ?」

 まさか、そんな反応が返ってくるなんて、思ってもみなかったんだろう。

 北大路さんに見つめられた子は、きょとんと目を丸くして、固まっている。

「きくけど、その男の人がヒールをはくことで、あなたはなにかこまったの?」

「い、いや、そんなことはないけど……」

「なら、本人の自由でいいんじゃないの? 笑いものにするなんて、失礼だと思うわ」

 北大路さんが真顔で言いきると、みんな、気まずそうな表情でだまってしまった。

「そうだね……ごめん」と、話題を出した子が言う。

「私、お手洗いにいってくるわ」

 北大路さんはそう言って、つんと澄ました顔で立ちあがる。

 そのとき、バチッと目が合ってしまった。

 し、しまった……! すぐに目をそらしたけど、時すでにおそし。

 北大路さんはまっすぐに、ぼくの目の前へきた。

「え、えっと、あの……」

 ぼくがもごもごしていると、北大路さんはキッパリした口調で告げる。

「双葉さん。あなた、転校してきたときからずっと、びくびくしてるわね。言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさい」

「ご、ごめんなさい……」

 ぼくは、思わずあやまってしまう。

「……はあ、もういいわ」

 ぼくがうつむくと、北大路さんはきびすを返して教室を出ていってしまった。

 北大路さんの姿が見えなくなっても、ぼくの心音はうるさいままだった。

 ぼく、やっぱり、北大路さんに嫌われているみたいだ。

 ショックだけど……あの子はすごいな。

 あんなふうに、自分の意見をはっきり伝えられるなんて。

 もしかして、北大路さんがさっき、ぼくに言いたかったことって、そういうこと?

 いや、考えすぎかな。単に、ぼくにムカついてただけかも……。



 ──あかねと、あたりさわりのない会話しかしないようになってから、数日。

 ぼくが、朝の日直の仕事として、職員室までノートの山を運ぼうとしたとき、

「あっ、……ええと双葉さん。おれが持つよ!」

 柴沢くんが、そわそわした感じで声をかけてきた。

「えっ、だって悪いよ」

「いやいや、女子に重いもの持たせられないって。いいから、ほら貸して」

 ことわったのに、柴沢くんはぼくの腕から、ノートの山をとりあげる。

「あ、ありがとう……」

 どう接すればいいのかわからなくて、ぼくはお礼を言いながら、うつむく。

「エンリョしなくていいからさ、これからもおれをたよってよ」

 柴沢くんはニコニコしながら、ぼくの顔をのぞきこむ。

 気持ちがまっすぐ伝わってくるぶん、よけいにつらい。

 ……どうふるまえば、好きじゃなくなってもらえるんだろう。

 いっそ、嫌われればいいの?

 でも、わざと嫌われるなんて、イヤだよ……。

 2時間目の授業が終わって、中休みになった。

 教室をとびだしていく子、集まっておしゃべりをする子、つくえにふせて寝はじめる子──。

 いろいろなクラスメイトがいる中、ぼくがぼんやりとすわったままでいると、凜ちゃんが本をかかえて近づいてきた。

「かえでちゃん、図書室にいこうと思うんだけど、いっしょにいかない?」

 凜ちゃんはあの日、初めて会話をして以来、こうして話しかけにきてくれるようになっていた。

 図書室か。

 ずっと教室の中にいるのも息が詰まるし……ちょうどいいかも。

「うん。わたしもなにか借りようかな」

「図書カードをわすれずにね」

「あ、ほんとだ」

 お道具箱の中から図書カードを取りだし、いっしょに教室を出る。

 廊下を歩いていると、凜ちゃんが声をひそめてたずねてきた。

「あのね…………かえでちゃん。最近、あかねくんといっしょにいるとき、つらそうに見えるんだけど……なにかあった?」

「えっ……」

 疑問形だけど、きっと凜ちゃんは、なにかあったことを確信してる。

 だから、ぼくが話をしやすいように、こうして教室から連れだしたんだ。

 ……やっぱり、凜ちゃんにはかなわないな。

 初めて話したときだって、ぼくの様子がおかしいことに、気づいてくれたもんね。

 ぼくは心があたたかくなるのを感じながら、素直にうなずいた。

「うん、ちょっと。……じつは少し前に、あかねと大ゲンカしちゃって」

 本当は、ケンカなんて感じじゃないんだけど、そうとしか言えない。

「きょうだいゲンカか。わたしも、お姉ちゃんとしょっちゅうケンカしてるよ」

「えっ、凜ちゃんが?」

「うん。ほとんど口ゲンカだけど、たまに手も出ちゃうね」

「ええっ!?」

 凜ちゃんはいつもおだやかな子だから、すごく意外だった。

「手が出るって……どれくらい?」

 どうしても気になってきいてみると、凜ちゃんは意味深にほほえむだけだった。

「ふふ、きょうだいゲンカなんて、どこの家でもそんなもんだよ、きっと」

「そ、そっか、別にめずらしいことじゃないんだね。……わたしは、今まであかねとケンカらしいケンカをしたことがなくて、どうしたらいいかわからなくて」

「ええっ、初めてのケンカなの!?」

 今度は、凜ちゃんが目を丸くした。

「すごいなあ、ふたごって。それとも、ふたごっていうのは関係ないのかな? かえでちゃんもあかねくんも、ぜんぜんタイプはちがうけど、きっとすごく気が合うんだね」

 凜ちゃんの言葉に、ぼくはハッと気づかされた。

 あかねは、性格も好きなものもなにひとつ同じじゃないけど、おたがいの一番の理解者で、そばにいるのがあたりまえな存在だった。

 だから、ぼくらは、いつの間にか、仲が良くて当然だって思っていたけど……。

 ──言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさい。

 これは、北大路さんに言われた言葉。

 そうか。ぼくらはこれまで、あえて言葉にしなくても、わかりあえてきた。

 ──だからこそ、ダメだったんだ。

 また、ケンカになってもいい。

 ぼくは、もう一度、自分の気持ちを、意見を、あかねにぶつけたい!

「かえでちゃん、どうかした?」

 だまりこんだぼくを見て、凜ちゃんは不思議そうな顔をしていた。

 ぼくはごまかすかわりに、笑顔でこう言った。

「凜ちゃん、ありがとう」

「いいえ。早く仲なおりできるといいね」

 ああ、凜ちゃんと友だちになれて、本当によかった。心から、そう思う。

 もし、この先、ぼくらの『チャレンジ』のことを打ち明けても……凜ちゃんだけは、ぼくの友だちでいてくれないかな?

 ──できることなら、今みたいな……『女の子同士』の関係のままで。

 でも、それはきっと、むずかしいんだろうな。

 だって、『チャレンジ』をやめたら、ぼくは男子にもどらないといけないんだから……。



 放課後になって家に帰ると、中にはだれもいなかった。

 おばあちゃんは用事があって出かけていて、あかねはまだもどっていないらしい。

 多分、ランドセルを持ったまま遊びにいったんだろう。

 いつ帰ってくるのかもわからないので、ぼくはひとりで宿題を進めながら待った。

 ぼくが家に着いてから、1時間と少しがたったころ。

 ガタガタと、玄関の引き戸を開けようとする音がきこえてきた。

 この乱暴さは、あかねだ。

 よしっ、あかねにちゃんと言わなきゃ。もう一回、話し合おうって。

 ぼくは玄関までかけていって、カギをはずし、戸をひく。

「おかえり、あかね、あのね、──!?」

 ……でも、それ以上、ぼくは言うことができなかった。

 あかねの目は真っ赤にはれて、顔も、ぐちゃぐちゃになるほど大泣きしていたから。

 ぼくと目が合うと、あかねは涙なんて気にもとめずに、笑うみたいに顔をゆがませた。

「かえで。かえでの言う通りだったよ。やっぱりうちらは、ただのウソつきだったんだ。うちのせいで、友だちを傷つけちゃった……!」


第5回へつづく(5月7日公開予定)
 

書籍情報


作: 七都 にい 絵: しめ子

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046321411

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