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ものがたり

注目シリーズまるごとイッキ読み!『ふたごチャレンジ!① 「フツウ」なんかブッとばせ!!』第2回 どうなる、初登校⁉

7 思いがけない大ピンチ!


 かえでとうちが、いっしょに教室に入っていくと、すぐにクラスメイトが笑顔で声をかけてくれる。

「あかねくん、おはよう! かえでちゃんも!」

「おー、おはよ!」

「お、おはよう……」

 新しい学校生活がはじまって、はや1週間。

 特にトラブルもなく、うちらの『チャレンジ』は、うまくいっている。

「お、今日は早いな、あかね。双葉さんも、おはよ」

 かるいノリでうちに話しかけてきたのは、柴沢藤司。

 うちがクラスで一番なかよくなった男子だ。

「なぁあかね、今日の中休みもサッカーするだろ?」

「トーゼン! 今日も劇的ゴールを見せてやるよ」

「いつもあかねにばっか、いいとこもってかせないからな」

 と、藤司が体をぶつけてくる。

 うちもじゃれるようにして、かるくひじでつついてやった。

「あ、そういえばあかね、辻堂って先生のこと、知ってるか?」

 その名前をきいて、思わずビクッと肩が揺れる。

 辻堂先生って……この前、うちが女子トイレから出るところを見られた人だよね。

「あ、ああ、保健室の先生だよな」

「そうそう。さっき、おまえたちのことで話しかけられたんだよ」

「へっ?」

 のどの奥から、変な声が出た。

「クラスメイトから見て、あのふたごになにか気になることはないか、不安そうにしていることはないかってさ。おまえら、まだ転校してきて1週間だし、気にかけてるみたいだな!」

 ……いやいやいや。

 うちとかえでのヒミツを知らない藤司には、そう見えるんだろうけど。

 それ絶対、転校生を気づかっているようにみせた、情報収集ですよね!?

 原因に心あたりがあるだけに、冷や汗がとまらない。

 おそるおそる、かえでのほうを見ると……。

 うわああああ、目が合った!!

 目をそらすこともできずにいると、かえではうちに、にっこりとほほえみかけた。

 ……口に出さずとも、かえでの言いたいことが、伝わってくる。

「あかね、なにをやらかしたの?」──ってね。

 かえで、ふだんはおとなしいけど、怒るとすご────く、こわいんだよなあ。

 昔、かえでのぬいぐるみにジュースをこぼしちゃったときにも、ガチでおこられて……って、思いだしてる場合じゃない!

「いい先生だよな~、辻堂先生って」

「ソ、ソウダナ~」

 冷や汗をぬぐいながら、藤司にあいづちを打っていると、左野先生が教室へ入ってきた。

「はーい、そろそろチャイム鳴るから席ついて~」

 ふう、助かった……。

 ほっとしていると、かえでがさりげなく近づいてきて、うちの耳もとでささやく。

「あかね、家に帰ったら、たっぷりときかせてもらうからね」

「は、はい……」

 ううっ、ゆううつだ。

 それにしても、辻堂先生はどこまでカンづいてるんだろ。

 さすがに、『チャレンジ』のことまでは気づいてない……よね……?



 かえでのとり調べ(!?)を受ける放課後まで、心が休まることはなかった。

 はじまりは、1時間目の教室移動のために、藤司と廊下を歩いているときだった。

 ふと視線を感じて、とおりすぎた階段のほうをふりむくと……。

「ひっ」

 なんと、おどり場から見おろすように、辻堂先生が、じっとうちを見ていたの。

 目もバッチリ合ってしまったけど、うちはサッと前にむきなおる。

 や、やっぱり、めちゃくちゃ疑われてるよ、これ。

「ん? あかね、どうかしたのか?」

「い、いや、なんでも! ほら、さっさといこうぜ!」

 なんとしてでも、ごまかさなくちゃ……!


 それだけでは終わらず、次は、体育の授業からの帰り道。

 なんとなく、地面のアリを数えながら歩いてたら、目の前の地面に大きな影ができた。

 目をあげたら、そこに、辻堂先生がいた。

「うわっ!?」

 い、いつの間に……。

「あのね、あかねくん。よかったら少しだけ──」

「えーっとすみません、次の授業の宿題ちょっと残ってるんで!」

 じまんの脚力で、ピューッと逃げた。


 さらに、給食の準備をする時間。

 この学校では、配膳室まで食器や食缶をとりにいかなくちゃいけないんだけど……。

 うちが白衣を着て廊下に出たとたん、おかずの入ったバットを持った辻堂先生と目が合った。

「あかねくんの担当のぶん、先生が持ってきちゃったっ」

 えええっ。そ、そんな「うっかり」みたいな感じで言われても……。

 給食のバットなんて、うっかり持ってこられるわけないでしょーが!

 どんどん、手口が大胆になってる気がするんですけど!?

「よかったら、みんながとりにいっているあいだ、少し先生と話を──」

「あざます、じゃあオレ、かえでの手伝いをしてきますねーっ!」

 もはやうちも意地になって、辻堂先生から全力ではなれた。


「はあ……つかれた……」

 給食後のそうじを終えた、昼休み。

 うちはたまらず、自分の席にぐったりと伏せていた。

 辻堂先生……しつこい……しつこすぎる……。

 学校の先生なんかより、探偵とかのほうがむいているんじゃ!?

 そんなことを考えながら休んでいると、ふいに肩に手がおかれた。

「ひっ」

 ま、まさか、また辻堂先生!?

 おそるおそる顔をあげると、深刻そうな表情をうかべる、かえでだった。

「ど、どうしたの?」

「ちょっと、放課後まで待っていられなくなった。ついてきて」

「え、ええ!?」

 いつもとは立場が逆転して、うちがかえでに引きずられるように、教室を出る。

 かえでがむかったのは、3階のすみっこにある空き教室だった。

 人どおりも少なく、ナイショ話をするには、もってこいのロケーションだ。

「あかね。辻堂先生とどんなことがあったのか、話してくれる?」

 有無を言わせない、かえでの声音におされ、うちはよわよわしく状況説明をはじめる。

「──という感じで。女子トイレから出てきたの、辻堂先生に見られてたっぽいです……」

 チラリと様子をうかがうと、かえでの目が、つりあがっていた。

「もう、あかねのバカ!」

 かえでがこんなに声を荒らげるなんて、めったにないことだ。

「本当にごめん……。もうちょっと気をつけてトイレから出るべきでした……」

「それだけじゃなくて、辻堂先生の前で、『チャレンジ』についてもなにか、ボロを出したんじゃない!?」

「えっ、そこはバレてないと思うけど……」

「本当に? たとえば、うっかり口をすべらせて、『うち』って言ったりとか」

「そ、それは……言ってないとおも……う。お、思いたい……」

 あいまいな返事をすると、すかさずかえでのするどい視線が飛んできた。

「ちょっと、自信ないです……」

 そう正直に答えると、かえでは「やっぱり」とつぶやく。

「じつは、さっき外そうじが終わったところを、辻堂先生につかまってね。こんな話をしたんだ──」



「あなた、双葉かえでちゃんよね」

 ぼくが名前を呼ばれてふりむくと、人あたりのいい笑みをうかべる、白衣の先生がいた。

「そうですけど。えっと、あなたは、保健室の先生ですか?」

「そうよ。さすがふたごね、反応がそっくり。はじめまして、私は辻堂保奈美といいます、よろしくね」

 辻堂……。今朝、柴沢くんにぼくらのことをたずねた人だ。

 ぼくは気を引きしめながら、ペコリとおじぎをする。

「……よろしくお願いします」

「お姉ちゃんから、なにか私のこと、きいてない?」

「わたしに、姉はいませんけど」

「やだ、まちがえちゃった。お兄ちゃんだったわね」

 うっかりを装っているけど、これは、絶対にわざとだ。

 ……まさかこの先生、ぼくとあかねのヒミツに、気づいている?

 ぼくはますます心の中で、警戒心を強める。

「くわしくはきいていないんですけど、兄が、先生の誤解をまねくようなことをしたかもと心配していました。なにかカンちがいをさせてしまっていたら、すみません」

「カンちがい……ね。そう、わかったわ」

 口ではそう言っているものの、まったく信じていない気がする……。

「じゃあ、わたし、そろそろ失礼しますね」

「ええ。またお話ししましょうね、かえでくん。……あら、またまちがえちゃった」

 ぼくはあえてなにも言わず、その場からはなれる。

 辻堂先生に背をむけると、ひとすじの汗が、ぼくのほおを伝った。



「ひぃいいいい……」

 かえでの話をきき終えたうちは、思わず自分の両腕をさする。

 辻堂先生ったら、あいかわらず、子ども相手にようしゃのない攻め口だ。

「とりあえず、先生のワナに引っかからずにすんだし、あかねの件もごまかしてみたけど……」

 かえでは、大きくため息をつく。

 辻堂先生は、確実に、うちらを疑っている。

「ぼくはもう、気が気でないよ。明日にでもあかねが、自分は女の子だって口をすべらせそうで──」

  ガラリ

 そのとき、ドアが開く音がして、うちらはハッと身をかたくする。

「ついに、きいてしまったわ」

 ききおぼえのある、すずやかな女の人の声。

 心臓をバクバクと鳴らしながら、とびらの先に目をむけると。

 ……そこには、汚れのない白衣をなびかせる、辻堂先生の姿があった。

「やっぱりあなたたち、本当は『あかねくん』が女の子で、『かえでちゃん』が男の子なのね」

「え、えと……いや、それはちが……」

「ここでは、これ以上話すのはやめておきましょう。それより、あとで保健室でゆっくりと……ね」

 辻堂先生は、なにも言えないうちらにむかって、モナリザのようなふしぎな笑みをうかべた。


8 このままでいたいよ


 放課後、うちとかえでは保健室をおとずれた。

 気は進まないけど、完全にヒミツがバレてしまった以上、もう逃げることもできない。

 2人同時に、ごくっとつばをのみこんでから、

「失礼します……」

 うちは中の様子をうかがうように、ゆっくりと引き戸をあける。

「いらっしゃい、2人とも」

 辻堂先生は顔をあげると、右手でふたつならべた丸イスを示す。

「立ち話もなんだから、よかったらすわって」

「は、はい……」

 うちらがおずおずと、そろって腰をおろすと、辻堂先生はほほえんだ。

「ずいぶん緊張してるわね」

 そりゃあそうだよ。

 ようやく、『あかねくん』と『かえでちゃん』の生活がはじまったところなのに。

 いきなり先生にバレちゃうなんて、絶望的だもの。

 ぜったい、お母さんたちに報告される。

 ぜったい、しかられて……今度こそムリやりにでも……。

 辻堂先生は、ひとつに結んだ髪をほどきながら、口を開いた。

「ムリやり呼びつけて、ごめんなさい。でも……よかったら私に、あなたたちが、性別を偽っている理由を教えてもらえないかしら」

 まっすぐに、うちとかえでの目を見つめて、きいてくる。

「はい……」

 うちも、目をそらすことはしなかった。

 もう、ここまできたら、はらをくくるしかないもの。

 うちは、これまでの経緯を、正直に話した。

 誕生日に、お父さんやお母さんから、「女の子らしく」「男の子らしく」するよう言われたこと。

 それを、うちらはどうしても受け入れられなかったこと。

 本当のうちらがしたいことや、ふるまいを、だれも認めてくれないこと……。

 話しているうちに、あの日の記憶がよみがえって、涙があふれてきそうになった。

「──そういうわけで、うちとかえでは、この転校から、性別をとりかえることにしたんです」

「…………なるほどね」

 ずっと静かにきいていた辻堂先生は、ゆっくりとひとつ、うなずいた。

 ……どうせ、辻堂先生だって、うちらをしかるんだ。

 お母さんたちの言っていることが正しい、あなたたちはなんてことをしているんだ、ってね。

 かえでは顔を青くして、うつむいている。

 うちらのヒミツが、みんなにバレることはもちろん、次に辻堂先生から投げられる言葉が、こわいんだ。

 うちは手を伸ばして、かえでの手を、ぎゅっとにぎった。

 大丈夫だよ、かえで。

 なにを言われようが、なにをされようが、うちが守るから──。

 やがて、辻堂先生のうすいくちびるが動いた。

「……2人とも」

 かえでをかばうように、うちはにぎった手に力をこめる。

「────がんばったわね」

「「……え?」」

 予想外の反応に、うちらはそろって目をまたたかせる。

 辻堂先生は、やさしい表情で、うちらの心をのぞきこむみたいに語りかけてくる。

「あなたたちの年齢で『自分らしいってどういうことだろう?』って考えているなんて、すごいことだって、先生は思うわ。『自分らしくいたい』というあなたたちの想いは、絶対にまちがってない

 ええっ……!?

 キッパリと言いきる先生の言葉に、うちとかえでは、そろって目を見はる。

「おとなやまわりの期待にさからうのは、苦しいし、大変なことよ。なのに……それにさからって挑戦してみるなんて……本当におどろいた。あなたたちの勇気と行動力は、すごいよ」

「「…………!」」

 まさか、そんなふうに言われるなんて思わなくて、うちとかえでは言葉が出ない。

 先生は、うちらの顔を見くらべながら、きいた。

「それで……あなたたちのチャレンジは、まだはじまったばかりなのよね。これからも『チャレンジ』をつづけたいと考えているの?」

 思いがけない問いかけに、うちとかえでは、目を見あわせる。そして、

「「は、はい!」」

「そう」

 うちらが同時に大きくうなずくと、辻堂先生は短くそう答えた。

「それなら、これからこまったことがあれば、いつでも保健室にきなさい。ここの奥には、バリアフリートイレもあるから」

 …………ん?

 うちとかえでは、もう一度顔を見あわせる。

 えっ、つまり先生は……うちらの『チャレンジ』をナイショにしてくれるっていうこと!?

 それなら、これまでどおり、『あかねくん』と『かえでちゃん』としてすごすことができる。

 ねがったりかなったりだけど……どうして?

 性別を入れかえて生活してる生徒に気づいたのに、ほうっておくだなんて、先生としては大問題だよね?

「あ、あの……先生はどうして、ぼくたちに協力してくれるんですか?」

 かえでも、うちと同じことが気になったみたいだ。

 かえでの質問に、辻堂先生はあごに指をそえる。

「そうねえ。……私の個人的な理由もあるんだけど……そもそも、なにかにチャレンジしてる人って、応援したくなるじゃない? それで、なにか事情がありそうなあなたたちのことが、気になってしかたなかったの」

「じゃあ、ひょっとして、うちらのことを追いかけまわしてたのは……」

「ええ、学校の中で、なにかトラブルがおきる前に、私に手伝えることがないか、話をききたかったの」

 なぁんだ、そうだったんだ……!

 それなら早く、そう言ってくれればいいのに……って、きかなかったのはうちのほうか。

「辻堂先生、ありがとうございます! びびって逃げまわってごめんなさい!」

「いえいえ。こちらこそ、こわがらせちゃって、ごめんなさいね」

 辻堂先生は髪を結びなおしながら、ほほえんだ。

 一瞬、あらわになった首もとで、シルバーのチェーンがキラリと光る。

 ひとまず、先生はうちらの『初めての味方』だって思って、いいんだよね!?

「やった! うちらの『チャレンジ』、続行だ────っ!」

「ちょっと、あかね、声が大きいって」

 かえでは、あわてて人さし指を口に当てながらも、明るい顔でくすくすと笑った。


第3回へつづく(4月23日公開予定)
 

書籍情報


作: 七都 にい 絵: しめ子

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046321411

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