7 思いがけない大ピンチ!
かえでとうちが、いっしょに教室に入っていくと、すぐにクラスメイトが笑顔で声をかけてくれる。
「あかねくん、おはよう! かえでちゃんも!」
「おー、おはよ!」
「お、おはよう……」
新しい学校生活がはじまって、はや1週間。
特にトラブルもなく、うちらの『チャレンジ』は、うまくいっている。
「お、今日は早いな、あかね。双葉さんも、おはよ」
かるいノリでうちに話しかけてきたのは、柴沢藤司。
うちがクラスで一番なかよくなった男子だ。
「なぁあかね、今日の中休みもサッカーするだろ?」
「トーゼン! 今日も劇的ゴールを見せてやるよ」
「いつもあかねにばっか、いいとこもってかせないからな」
と、藤司が体をぶつけてくる。
うちもじゃれるようにして、かるくひじでつついてやった。
「あ、そういえばあかね、辻堂って先生のこと、知ってるか?」
その名前をきいて、思わずビクッと肩が揺れる。
辻堂先生って……この前、うちが女子トイレから出るところを見られた人だよね。
「あ、ああ、保健室の先生だよな」
「そうそう。さっき、おまえたちのことで話しかけられたんだよ」
「へっ?」
のどの奥から、変な声が出た。
「クラスメイトから見て、あのふたごになにか気になることはないか、不安そうにしていることはないかってさ。おまえら、まだ転校してきて1週間だし、気にかけてるみたいだな!」
……いやいやいや。
うちとかえでのヒミツを知らない藤司には、そう見えるんだろうけど。
それ絶対、転校生を気づかっているようにみせた、情報収集ですよね!?
原因に心あたりがあるだけに、冷や汗がとまらない。
おそるおそる、かえでのほうを見ると……。
うわああああ、目が合った!!
目をそらすこともできずにいると、かえではうちに、にっこりとほほえみかけた。
……口に出さずとも、かえでの言いたいことが、伝わってくる。
「あかね、なにをやらかしたの?」──ってね。
かえで、ふだんはおとなしいけど、怒るとすご────く、こわいんだよなあ。
昔、かえでのぬいぐるみにジュースをこぼしちゃったときにも、ガチでおこられて……って、思いだしてる場合じゃない!
「いい先生だよな~、辻堂先生って」
「ソ、ソウダナ~」
冷や汗をぬぐいながら、藤司にあいづちを打っていると、左野先生が教室へ入ってきた。
「はーい、そろそろチャイム鳴るから席ついて~」
ふう、助かった……。
ほっとしていると、かえでがさりげなく近づいてきて、うちの耳もとでささやく。
「あかね、家に帰ったら、たっぷりときかせてもらうからね」
「は、はい……」
ううっ、ゆううつだ。
それにしても、辻堂先生はどこまでカンづいてるんだろ。
さすがに、『チャレンジ』のことまでは気づいてない……よね……?
◆
かえでのとり調べ(!?)を受ける放課後まで、心が休まることはなかった。
はじまりは、1時間目の教室移動のために、藤司と廊下を歩いているときだった。
ふと視線を感じて、とおりすぎた階段のほうをふりむくと……。
「ひっ」
なんと、おどり場から見おろすように、辻堂先生が、じっとうちを見ていたの。
目もバッチリ合ってしまったけど、うちはサッと前にむきなおる。
や、やっぱり、めちゃくちゃ疑われてるよ、これ。
「ん? あかね、どうかしたのか?」
「い、いや、なんでも! ほら、さっさといこうぜ!」
なんとしてでも、ごまかさなくちゃ……!
それだけでは終わらず、次は、体育の授業からの帰り道。
なんとなく、地面のアリを数えながら歩いてたら、目の前の地面に大きな影ができた。
目をあげたら、そこに、辻堂先生がいた。
「うわっ!?」
い、いつの間に……。
「あのね、あかねくん。よかったら少しだけ──」
「えーっとすみません、次の授業の宿題ちょっと残ってるんで!」
じまんの脚力で、ピューッと逃げた。
さらに、給食の準備をする時間。
この学校では、配膳室まで食器や食缶をとりにいかなくちゃいけないんだけど……。
うちが白衣を着て廊下に出たとたん、おかずの入ったバットを持った辻堂先生と目が合った。
「あかねくんの担当のぶん、先生が持ってきちゃったっ」
えええっ。そ、そんな「うっかり」みたいな感じで言われても……。
給食のバットなんて、うっかり持ってこられるわけないでしょーが!
どんどん、手口が大胆になってる気がするんですけど!?
「よかったら、みんながとりにいっているあいだ、少し先生と話を──」
「あざます、じゃあオレ、かえでの手伝いをしてきますねーっ!」
もはやうちも意地になって、辻堂先生から全力ではなれた。
「はあ……つかれた……」
給食後のそうじを終えた、昼休み。
うちはたまらず、自分の席にぐったりと伏せていた。
辻堂先生……しつこい……しつこすぎる……。
学校の先生なんかより、探偵とかのほうがむいているんじゃ!?
そんなことを考えながら休んでいると、ふいに肩に手がおかれた。
「ひっ」
ま、まさか、また辻堂先生!?
おそるおそる顔をあげると、深刻そうな表情をうかべる、かえでだった。
「ど、どうしたの?」
「ちょっと、放課後まで待っていられなくなった。ついてきて」
「え、ええ!?」
いつもとは立場が逆転して、うちがかえでに引きずられるように、教室を出る。
かえでがむかったのは、3階のすみっこにある空き教室だった。
人どおりも少なく、ナイショ話をするには、もってこいのロケーションだ。
「あかね。辻堂先生とどんなことがあったのか、話してくれる?」
有無を言わせない、かえでの声音におされ、うちはよわよわしく状況説明をはじめる。
「──という感じで。女子トイレから出てきたの、辻堂先生に見られてたっぽいです……」
チラリと様子をうかがうと、かえでの目が、つりあがっていた。
「もう、あかねのバカ!」
かえでがこんなに声を荒らげるなんて、めったにないことだ。
「本当にごめん……。もうちょっと気をつけてトイレから出るべきでした……」
「それだけじゃなくて、辻堂先生の前で、『チャレンジ』についてもなにか、ボロを出したんじゃない!?」
「えっ、そこはバレてないと思うけど……」
「本当に? たとえば、うっかり口をすべらせて、『うち』って言ったりとか」
「そ、それは……言ってないとおも……う。お、思いたい……」
あいまいな返事をすると、すかさずかえでのするどい視線が飛んできた。
「ちょっと、自信ないです……」
そう正直に答えると、かえでは「やっぱり」とつぶやく。
「じつは、さっき外そうじが終わったところを、辻堂先生につかまってね。こんな話をしたんだ──」
●
「あなた、双葉かえでちゃんよね」
ぼくが名前を呼ばれてふりむくと、人あたりのいい笑みをうかべる、白衣の先生がいた。
「そうですけど。えっと、あなたは、保健室の先生ですか?」
「そうよ。さすがふたごね、反応がそっくり。はじめまして、私は辻堂保奈美といいます、よろしくね」
辻堂……。今朝、柴沢くんにぼくらのことをたずねた人だ。
ぼくは気を引きしめながら、ペコリとおじぎをする。
「……よろしくお願いします」
「お姉ちゃんから、なにか私のこと、きいてない?」
「わたしに、姉はいませんけど」
「やだ、まちがえちゃった。お兄ちゃんだったわね」
うっかりを装っているけど、これは、絶対にわざとだ。
……まさかこの先生、ぼくとあかねのヒミツに、気づいている?
ぼくはますます心の中で、警戒心を強める。
「くわしくはきいていないんですけど、兄が、先生の誤解をまねくようなことをしたかもと心配していました。なにかカンちがいをさせてしまっていたら、すみません」
「カンちがい……ね。そう、わかったわ」
口ではそう言っているものの、まったく信じていない気がする……。
「じゃあ、わたし、そろそろ失礼しますね」
「ええ。またお話ししましょうね、かえでくん。……あら、またまちがえちゃった」
ぼくはあえてなにも言わず、その場からはなれる。
辻堂先生に背をむけると、ひとすじの汗が、ぼくのほおを伝った。
◆
「ひぃいいいい……」
かえでの話をきき終えたうちは、思わず自分の両腕をさする。
辻堂先生ったら、あいかわらず、子ども相手にようしゃのない攻め口だ。
「とりあえず、先生のワナに引っかからずにすんだし、あかねの件もごまかしてみたけど……」
かえでは、大きくため息をつく。
辻堂先生は、確実に、うちらを疑っている。
「ぼくはもう、気が気でないよ。明日にでもあかねが、自分は女の子だって口をすべらせそうで──」
ガラリ
そのとき、ドアが開く音がして、うちらはハッと身をかたくする。
「ついに、きいてしまったわ」
ききおぼえのある、すずやかな女の人の声。
心臓をバクバクと鳴らしながら、とびらの先に目をむけると。
……そこには、汚れのない白衣をなびかせる、辻堂先生の姿があった。
「やっぱりあなたたち、本当は『あかねくん』が女の子で、『かえでちゃん』が男の子なのね」
「え、えと……いや、それはちが……」
「ここでは、これ以上話すのはやめておきましょう。それより、あとで保健室でゆっくりと……ね」
辻堂先生は、なにも言えないうちらにむかって、モナリザのようなふしぎな笑みをうかべた。
8 このままでいたいよ
放課後、うちとかえでは保健室をおとずれた。
気は進まないけど、完全にヒミツがバレてしまった以上、もう逃げることもできない。
2人同時に、ごくっとつばをのみこんでから、
「失礼します……」
うちは中の様子をうかがうように、ゆっくりと引き戸をあける。
「いらっしゃい、2人とも」
辻堂先生は顔をあげると、右手でふたつならべた丸イスを示す。
「立ち話もなんだから、よかったらすわって」
「は、はい……」
うちらがおずおずと、そろって腰をおろすと、辻堂先生はほほえんだ。
「ずいぶん緊張してるわね」
そりゃあそうだよ。
ようやく、『あかねくん』と『かえでちゃん』の生活がはじまったところなのに。
いきなり先生にバレちゃうなんて、絶望的だもの。
ぜったい、お母さんたちに報告される。
ぜったい、しかられて……今度こそムリやりにでも……。
辻堂先生は、ひとつに結んだ髪をほどきながら、口を開いた。
「ムリやり呼びつけて、ごめんなさい。でも……よかったら私に、あなたたちが、性別を偽っている理由を教えてもらえないかしら」
まっすぐに、うちとかえでの目を見つめて、きいてくる。
「はい……」
うちも、目をそらすことはしなかった。
もう、ここまできたら、はらをくくるしかないもの。
うちは、これまでの経緯を、正直に話した。
誕生日に、お父さんやお母さんから、「女の子らしく」「男の子らしく」するよう言われたこと。
それを、うちらはどうしても受け入れられなかったこと。
本当のうちらがしたいことや、ふるまいを、だれも認めてくれないこと……。
話しているうちに、あの日の記憶がよみがえって、涙があふれてきそうになった。
「──そういうわけで、うちとかえでは、この転校から、性別をとりかえることにしたんです」
「…………なるほどね」
ずっと静かにきいていた辻堂先生は、ゆっくりとひとつ、うなずいた。
……どうせ、辻堂先生だって、うちらをしかるんだ。
お母さんたちの言っていることが正しい、あなたたちはなんてことをしているんだ、ってね。
かえでは顔を青くして、うつむいている。
うちらのヒミツが、みんなにバレることはもちろん、次に辻堂先生から投げられる言葉が、こわいんだ。
うちは手を伸ばして、かえでの手を、ぎゅっとにぎった。
大丈夫だよ、かえで。
なにを言われようが、なにをされようが、うちが守るから──。
やがて、辻堂先生のうすいくちびるが動いた。
「……2人とも」
かえでをかばうように、うちはにぎった手に力をこめる。
「────がんばったわね」
「「……え?」」
予想外の反応に、うちらはそろって目をまたたかせる。
辻堂先生は、やさしい表情で、うちらの心をのぞきこむみたいに語りかけてくる。
「あなたたちの年齢で『自分らしいってどういうことだろう?』って考えているなんて、すごいことだって、先生は思うわ。『自分らしくいたい』というあなたたちの想いは、絶対にまちがってない」
ええっ……!?
キッパリと言いきる先生の言葉に、うちとかえでは、そろって目を見はる。
「おとなやまわりの期待にさからうのは、苦しいし、大変なことよ。なのに……それにさからって挑戦してみるなんて……本当におどろいた。あなたたちの勇気と行動力は、すごいよ」
「「…………!」」
まさか、そんなふうに言われるなんて思わなくて、うちとかえでは言葉が出ない。
先生は、うちらの顔を見くらべながら、きいた。
「それで……あなたたちのチャレンジは、まだはじまったばかりなのよね。これからも『チャレンジ』をつづけたいと考えているの?」
思いがけない問いかけに、うちとかえでは、目を見あわせる。そして、
「「は、はい!」」
「そう」
うちらが同時に大きくうなずくと、辻堂先生は短くそう答えた。
「それなら、これからこまったことがあれば、いつでも保健室にきなさい。ここの奥には、バリアフリートイレもあるから」
…………ん?
うちとかえでは、もう一度顔を見あわせる。
えっ、つまり先生は……うちらの『チャレンジ』をナイショにしてくれるっていうこと!?
それなら、これまでどおり、『あかねくん』と『かえでちゃん』としてすごすことができる。
ねがったりかなったりだけど……どうして?
性別を入れかえて生活してる生徒に気づいたのに、ほうっておくだなんて、先生としては大問題だよね?
「あ、あの……先生はどうして、ぼくたちに協力してくれるんですか?」
かえでも、うちと同じことが気になったみたいだ。
かえでの質問に、辻堂先生はあごに指をそえる。
「そうねえ。……私の個人的な理由もあるんだけど……そもそも、なにかにチャレンジしてる人って、応援したくなるじゃない? それで、なにか事情がありそうなあなたたちのことが、気になってしかたなかったの」
「じゃあ、ひょっとして、うちらのことを追いかけまわしてたのは……」
「ええ、学校の中で、なにかトラブルがおきる前に、私に手伝えることがないか、話をききたかったの」
なぁんだ、そうだったんだ……!
それなら早く、そう言ってくれればいいのに……って、きかなかったのはうちのほうか。
「辻堂先生、ありがとうございます! びびって逃げまわってごめんなさい!」
「いえいえ。こちらこそ、こわがらせちゃって、ごめんなさいね」
辻堂先生は髪を結びなおしながら、ほほえんだ。
一瞬、あらわになった首もとで、シルバーのチェーンがキラリと光る。
ひとまず、先生はうちらの『初めての味方』だって思って、いいんだよね!?
「やった! うちらの『チャレンジ』、続行だ────っ!」
「ちょっと、あかね、声が大きいって」
かえでは、あわてて人さし指を口に当てながらも、明るい顔でくすくすと笑った。
第3回へつづく(4月23日公開予定)
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