
あかねとかえでは、見ためがそっくりのふたご。親たちから「ちゃんと女の子らしく、男の子らしくなって」と無理強いされちゃった2人は、ある「チャレンジ」を思いついて……?
読むとスカッとして、心がちょっとラクになる大人気シリーズ①巻を、まるごと無料で連載中!
※これまでのお話はコチラから
5 どうなる、初登校⁉
9月の第1週の月曜日。
うちらにとって、特別な朝がやってきた。
なんていったって、今日は新しい学校の始業式があるのだ。
朝ごはんも食べて、歯もみがいて、寝ぐせも直して。
ランドセルももう背おうだけだし、あとは──。
「くつしたもはいて……っと。よーし、バッチリ!」
「ぼくも着がえたよ」
「よーし、じゃあふりかえるよ?」
せなか合わせで着がえていた、うちとかえでは、
「うん、せーのーっ」
同時にふりかえると、手をとりあって、同時にさけんだ。
「「わあっ、かわ(カッコ)いい!」」
うちが着ているのは、黒の半そでのパーカシャツに半ズボン。
うんうんっ、われながら、ザ・男子って感じじゃない?
うち、こういうシンプルなやつにあこがれてたんだよね。
「あかねはすごくしっくりくるけど……ぼ、ぼくは、変じゃない?」
「かえでも似合ってるよ。ほら、自信もって、胸はって!」
かえでが着ているのは、リボンがついた淡いピンクのブラウスに、白のフリルスカート。
どこからどうみても、おしとやかでかわいらしい女子だ。
今のうちらのすがたをお母さんやお父さんが見たら、絶対にゆるさないだろう。
え? ならどうやって、この服を買ってもらったのかって?
引っ越しの前に、うちが女子らしい服を、かえでが男子らしい服をえらんで買ってもらったんだ。
あの『悪夢のバースデー』のあと、うちとかえでが心を入れかえたと信じてるお母さんには、もうしわけなかったけど……。
とにかく、これでカンペキな、『あかねくん』と『かえでちゃん』の完成だ!
「ごめんね、あかね。少しだけ待って」
かえではそう言って、ランドセルも持って部屋を出ていく。
うちは、わすれものがないか確認してから、黒のランドセル(もとはかえでの)を背おった。
かえで、どこへなにしにいったんだろ。
しびれを切らして、うちはかえでをさがしにいく。
洗面所をのぞくと、かえではつま先立ちをしながら、鏡の中の自分を見つめていた。
髪型をチェックしているのかと思ったら、なぜか台の上にのって、ほぼ全身が映るようにする。
──そっと、スカートのすそをつまんで、はなして。
くるりとまわると、スカートが円をえがくように、ふわりと広がる。
かえでの表情も、花がひらくように、やわらかにほどけていく──。
紙吹雪をかけあったときに、かえでがはじめて見せた、とびきりの笑顔だった。
そうだよね、やっと好きな服を着られたんだもん。
かえでが笑顔でいると、うちもうれしくなる。
これからは毎日、笑っているかえでを見られたらいいなあ。
「かえでー、そろそろいけそう?」
「あっ、うん、大丈夫」
声をかけると、かえではあわてて台から降りた。
「い、今の、見てた?」
顔を赤くして、もじもじと体を揺らす。
「さあ、どうかな~?」
「ぜ、絶対見たでしょ!」
ますます顔を赤らめるかえで。
うはあ、好きな子にいじわるしたくなるらしい男子の心が、ちょっとわかったかも。
「ヒミツ。さあさ、早くいこ!」
「わわっ」
かえでに赤のランドセルを背おわせて、ぐいぐい玄関へ引っぱる。
ドタバタしていると、おばあちゃんが見送りにきてくれた。
「あら、もういくのね。あーちゃん、かえちゃん、いってらっしゃい!」
「「いってきます」」
おばあちゃんは、うちらの姿が見えなくなるまで、ずっと手をふっていてくれた。
これからうちらがかよう緑田小学校は、全校生徒が200人ほどしかいないらしい。
もともと規模の小さい学校なのか、前の学校と比べると、校舎はちんまりしている。
ほとんど1学年につき1クラスしかなくて、4年生も、1組だけだ。
15分ほど歩くと、少しだけ紅く色づいた、豊かな木々にかこまれている小学校に到着した。
夏休みに一度登校したときとはちがって、生徒のにぎやかな声で活気づいている。
けっこう人見知りなかえでは、下をむいて、すっかりかたくなってしまっている。
「もうっ、かえで、今からそんなに緊張してどうするの!」
「だ、だって……」
「たしかに、かなり注目されてるけどさあ」
転校生って、めずらしいからね。
ほかの生徒たちの視線を感じながら、夏休みに教えてもらった下駄箱にくつを入れて、職員室へむかう。
「失礼します! 左野先生いますかーっ!」
うちが元気よくさけぶと、「はーい!」と職員室の奥のほうから声がきこえた。
「おはよう、あかねくん、かえでさん!」
笑顔でうちらの前にやってきたのは、高身長だけど垂れ目がやさしそうな、若い男の先生だ。
「前きてくれたときにも少し話したけど。あらためて、僕が4年1組の担任の、左野矢玖です。わからないことがあったら、なんでもきいてね」
「はい、よろしくお願いします!」
「……お願いします」
担任の先生、フレンドリーでやさしそうで、よかったなあ。
心の中でほっとしていると、左野先生はうちとかえでを交互に見つめ、感心したように言う。
「いやあ、きみたち本当にそっくりだね。髪型や服を同じにしたら、見わけがつかないかもなあ」
「へへ、よく言われます」
うちとかえでは、思わず、笑ってしまいそうになる。
「そろそろ、みんな教室にそろっているだろうし……少し早いけど、いこうか」
腕時計から目をはなし、歩きはじめた左野先生のうしろについていく。
先生に1ミリも疑われてないんだし、これはもうだれにもバレないでしょ。
気を大きくしていると、すかさずかえでが耳もとでささやいた。
(気をぬいちゃダメだからね、あかね)
(えぇっ?)
(先生より、同級生のほうが深く関わることになるんだし、少しでも疑われたらアウトでしょ)
慎重なかえでらしい考えだ。
(た、たしかに。なんかドキドキしてきたかも……)
ヒソヒソ声で話していると、2階にあがった突きあたりのクラスで、先生の足が止まった。
「最初は輪に入りにくいかもしれないけど、先生もサポートするし、安心して。さあ、みんなにあいさつする準備はいいかな?」
緊張の一瞬だ。
うちとかえでが同じタイミングでうなずいたのを確認して、先生はガラッとドアを開けた。
教室に入ったとたん、クラスメイトの視線が、うちらに集まる。
「えっ、おんなじ顔!」「ふたご!?」
あちこちから、どよめくような声があがった。
「みんな静かに! じゃあ転校生の2人は、さっそく自己紹介をお願いしていいかな?」
「はいっ!」
先生にそううながされて、まずうちが大きくうなずいて、一歩前に出る。
絶対に、疑わせない。
なんていったって、出だしが肝心なんだから!
「みなさん初めまして、オレ、双葉あかねっていいます。スポーツはぜんぶ得意で、とくにサッカーが大好きです!」
ペコリとおじぎしてから、かえでに視線を送る。
かえでは、うちより一歩うしろに立ったまま、かすかな声で話す。
「ええと……わたしは双葉かえでです。おえかきや、読書が好きです」
言葉をつまらせながらも、どうにか言いきった。
すると、ひとりのクラスメイトが立ちあがった。
「これからよろしくね、あかねくん、かえでちゃん。私、学級委員の北大路鈴華っていうの」
声をかけてくれた女子をひと目見て、うちは、ぎょっとしてしまう。
くるくるに巻いたツインテールに、レースをふんだんにあしらった、ラベンダー色の派手なワンピース。キリッとととのった顔だちも相まって、まるで舞踏会のドレスみたいだ。
そのかっこうは正直、このクラスからかなり浮いている気がした。
「おう、よろしく!」
一瞬、あっけにとられたのを悟られないように、元気よく返事をする。
「よ、よろしくおねがいします……」
かえでも、かぼそい声だけど、うちにつづいてあいさつした。
「あかねくん、かえでさん、ありがとう!」
先生がそう言うと、クラスメイトは自然と拍手をはじめる。
パチパチと手をたたく音につつまれながら、うちは小声でたずねた。
(ねえかえで、だれにもバレてないよね?)
(うん、バレてないよ)
(まあ、みんな思いもしないか。まさか──)
((うち〈ぼく〉らの性別が、入れかわってるなんて!))
6 すべて順調?
うちは一番うしろのドア側の席に、かえでは教室の反対側、一番うしろの窓側の席にすわることになった。
休み時間になると、クラスメイトがとぶようにやってきて、うちの席をとりかこんだ。
そのほとんどが男子だ。
「なあ、双葉たちって、ふたごなんだよな?」
「そのとおり。オレがお兄ちゃんで、かえでが妹だよ」
「やっぱり、あかねが兄ちゃんなんだ。自己紹介、堂々としてたもんな!」
「そういえば、あかね、サッカー得意なんだって? 中休みにやろうぜ」
「えっ、やるやる!」
うちは思わず食いつく。
先生は、うちらがなじめるか心配していたけど、クラスメイトはなかま外れにするどころか、興味しんしんに話しかけてくれる。
この調子なら、すぐになかよくなれそう。
緊張から一転して、期待で胸がふくらむ。
かえでのほうも、うまくやってるかな?
ちらりとかえでを見ると、あっちは、たくさんの女子にかこまれていた。
「かえでちゃん、その服かわいいね! どこで買ったの?」
「ええと、ま、前住んでたところにあるお店で……」
「かえでちゃん、ヘアアレンジも凝ってる。自分でやってるの?」
なんて、次々ととんでくる質問に、わたわたしながら答えている。
人垣のすき間から見えた、かえでの表情は、明らかにこまっていた。
かえでは、これまでも、大人数でわいわい盛りあがるタイプじゃなかったからなあ。
でも、だれの目から見ても、かえでは「かわいい女の子」みたいで、よかった。
──それにしても、こんなに簡単なことだったんだなあ。
うちは、男子になれば、お兄ちゃんらしい、カッコいいとほめてもらえる。
かえでは、女子になれば、かわいいとほめてもらえる。
うちらの中身は、なにも変わっていないのにね。
どこにおけばいいのかわからなかったパズルのピースが、急にするすると絵にはまっていく感覚だ。
とにかく、だれにもうちらのヒミツはバレなかったし、出だしはカンペキだよね!
……って、いかんいかん、かえでを助けてあげないと。
うちは女子の輪の中にもぐりこんで、かえでのそばにいく。
「なあ、なんの話してんの? オレもまぜてよ」
そんなふうに声をかけると、女子たちの視線がうちにむいて、きゃっと少しうれしそうになる。
「あかねくんはサッカーが得意なんだよね。チームとか入ってたの?」
「あ、ああ。前にいたチームでは、フォワードだったんだ」
「フォワードって?」
「相手チームに攻めこんで、点を入れるポジションのこと」
「へーっ、すごーい、なんかかっこいい!」
女子たちの質問に答えながら、目をやると、ほっと肩をおろしたかえでは、「ありがとう」と言うように、うちを見た。
◆
ふー、今日は始業式だけだったし、あっという間に帰りの時間だなあ。
教室を出ていくクラスメイトに手をふりながら、うちもランドセルを持ちあげる。
「かえで、帰ろー!」
2人で廊下を歩いていると、ピタリとうちの足が止まる。
「あかね、どうかした?」
「ごめん、ちょっとトイレ」
なんだかんだ、けっこう緊張してたのかな、うち。
急に、いきたくなっちゃった。
すると、かえではなぜか、じっとうちの顔を見つめる。
「え、なに?」
「あかね、どっちのに入るつもり?」
「えっ、どっちのって…………あ」
そうだった! そこのところを考えてなかった!
うちは腕を組んで、必死に考える。
──男子トイレに入るべきか、女子トイレに入るべきかを……。
この学校じゃあうちは男の子なんだし、やっぱり男子トイレ?
でも、それはちょっと勇気がいる。
かといって、女子トイレに出入りするところなんか見られたら……。
家までガマンするのが一番楽……ああでも、意識すればするほど、いきたくなってくる。
えーい、ごちゃごちゃ考えるのはやめて、人気のないトイレを探そう!
「かえでは、そこで待ってて!」
「あ、あかね? ちょっと、どうするの!?」
うちは、猛烈ないきおいで階段をあがって、4階のすみにあるトイレに飛びこむ。
ここなら、まず人はこないはず。
「ふー、すっきりしたっ」
上にかかっているのれんを手でめくり、うちはトイレをあとにする。
さて、かえでのところにもどりますか。
「ねえ、あなた」
ドキッ!
階段に片足を下ろしかけたとき、とつぜん、うしろから声をかけられて、びくっととびあがる。
ふりむくと、白衣に身をつつみ、髪をひとつに結んだ女の先生がいた。
左野先生と同じか、ちょっと年上くらいかな?
女の人にしては背が高めで、すっと鼻筋のとおった、つやのある顔だちをしている。
「あなた、転校生の双葉あかねくんよね? そっくりなふたごのきょうだいがきたって、学校中でウワサになってるの」
すずやかだけど、ゆったりとした、落ちついた声音。
知らない先生を前にして、自然と背すじがのびる。
「はい、これからよろしくおねがいします。えっと、保健室の先生ですか?」
「ええ、そうよ。私の名前は、辻堂保奈美。ケガしたり、なにか悩みごとがあったりしたら、いつでも保健室に会いにきてね」
「はい、わかりました!」
うちが大きくうなずくと、辻堂先生はほほえんだ。
「いい返事ね。ところで、あかねくんって…………男の子だったよね?」
「えっ!?」
ドキッとうちの心臓が跳ねる。
「そ、そうですけど」
「じゃあ、どうしてさっき女子トイレから出てきたの?」
辻堂先生は、首をかしげている。
ウソ、見られてたの……?
ぶわあっと顔中に──いや、体中に汗がにじんだのがわかった。
……ダメよあかね、落ちついて。
冷静にっ、冷静に答えるの!
「じょ、女子トイレから? やだなあ、先生の気のせいじゃないですか?」
「でもほら、女子トイレののれんが揺れてるわ」
辻堂先生は、うちのうしろを指さす。
「えっ、ウソ!?」
あわててふりむいたけど、男女どちらののれんも、少しも揺れていなかった。
まさか、と思って、もう一度先生のほうを見ると。
「ごめんね、今のはウソ」
辻堂先生は、自分の顔の前で手を合わせる。
………………まずい。うち、カマをかけられたんだ。
頭の中で、サイレンが鳴りひびいた気がして、うちは唇をかみしめる。
やっと自分たちらしくすごせると思ったのに、ここでおしまい?
……そんなの、イヤ!
うちらのチャレンジは、これからはじまるところなのに!
どうにか、ごまかさないと……!
「ねえ、あかねくん、もしかして、なにか──」
「いやっ、今日は風が強いから、そのせいでのれんが揺れてるのかなって思って。風なんかのせいでカンちがいされたら、こまりますから。じゃあ、うち、これで失礼しまーす!」
「あっ、ちょっと」
うち、足の速さには自信があるのだ。
先生に背をむけて、一目散に階段をかけ下りる。
1階に着くと、ヒマそうに窓から外をながめていたかえでが、足音でうちに気づく。
「あっ、あかね。おそかったね、おなかくだしてたの?」
「え? いやあ~うん、そんなところ!」
ちゃんとごまかしといたし、ここでかえでに伝えて、おびえさせる必要はない……よね!
「ほら、早く帰ろ!」
辻堂先生から逃げるようにして、うちはずんずんと下駄箱へむかった。
◆
あかねがかえでをつれて、下駄箱へむかっているころ。
「──すごい。あんなに速く階段を下りられる子、はじめて見たわ」
辻堂先生が下をのぞきこむと、すでにあかねの姿を目視することはできなかった。
「それにしても、あの子、どうして女子トイレに入っていたのかしら。のぞきとか、女子にちょっかいを出すようなタイプじゃなさそうだし……なにか事情がありそうね」
辻堂先生は、ほおに右手をあてながら、考えこむ。
「活発で運動神経バツグンな兄、あかねくんと、おとなしくてかわいらしい妹、かえでちゃんか。そして、さっきあかねくんがうっかり言った、『うち』……」
辻堂先生は、ほおにあてていた手を上に動かし、しゅるりと髪をほどく。
「──あのふたご、気になるわね」
真剣なまなざしを宙にむけるのと同時に、サラサラの黒髪が、白衣にこぼれ落ちた。