
あかねとかえでは、見ためがそっくりのふたご。親たちから「ちゃんと女の子らしく、男の子らしくなって」と無理強いされちゃった2人は、ある「チャレンジ」を思いついて……?
読むとスカッとして、心がちょっとラクになる大人気シリーズ①巻を、まるごと無料で連載中!
1 あかね「くん」と、かえでちゃん
深夜12時をすぎ、お父さんもお母さんも眠りについたころ。
まっ暗なリビングの、大きな鏡の前で、ゆらゆらと動く人影があった。
なにをしてるんだろう。
鏡にむかって、布みたいなものを体にあててる?
あ。あれって──。
「かえで?」
背中にむかって声をかけると、その体がビクッと固まった。
かえでは胸の前でギュッとひらひらした布をだきしめ、おそるおそるこちらをふりかえる。
「……ああ、あかねかぁ」
うちのすがたを見ると、ほっとしたように、肩で息をつく。
窓からそそぐ月明かりで照らされたかえでの顔は、うちにそっくりだ。
「かえでったら夜中に起きだして、ぜんぜんもどってこないから、心配したんだからね!」
「そっか、ごめん。ぼくが起こしちゃったかな」
「いつもはあれくらいの音じゃ起きないんだけどね」
うちとかえでは2段ベッドで寝ているから、おたがいの気配はすぐにわかる。
うちは眠りが深いほうだから、こうやって夜中に起きることはほとんどないけど。
「それにしても、なつかしいの引っぱり出してきたね、かえで!」
うちはかえでから、持っていた布を受けとって、目の前で広げる。
それは昔、うちが習わされていたクラシックバレエの衣装。
発表会用にお母さんが作ってくれた、うすむらさき色の、ふわふわでキラキラなドレスだ。
まるで、お姫さまや妖精みたいな。
「……ま、うちは好きじゃなかったけど」
結局、1年ももたずにやめちゃったんだよね。
小学4年生になった今、うちが一番好きなのは、サッカー。
うちにはバレエより、ボールを蹴って走りまわるほうが、性に合ってるんだ。
だから、バレエを習っていたころを思いだすことは、正直ほとんどなかったけど──。
「かえでは、夜中に持ちだしたくなるくらい、記憶に残ってたんだね」
うちは衣装の上のほうを両手で持つと、かえでの体に合わせる。
「うんうん、すっごく似合う!」
「ほんと?」
「ちょーかわいいよ、かえで!」
うちがほめると、かえではもじもじしながらも、うれしそうに目を細くした。
──うちの名前は、双葉あかね。
そしてこっちは、かえで。
うちの──弟。
うちとかえでは、見ためも身長も、すべてがそっくりなふたごだ。
でも、趣味はうちと正反対で、かえではかわいいものが好き。
保育園のころは、うさぎのぬいぐるみを肌身はなさず持っていたし、スーパーに売っている、おもちゃのネックレスやゆびわをお母さんにねだって、たくさん集めていたっけ。
この『かわいい』衣装も、本当はかえでが着たかったんだろうなあ。
でも、お母さんやお父さんは、かえでには空手を習わせた。
まあ、うちと同じように、1年以上はつづかなかったけど。
「かえで、こんな夜中にやらないで、もっと堂々としなよ!」
「うん……でも、お母さんが心配しちゃうから」
「心配? なんで?」
「だって、ぼくは男の子だし……」
「ああ、でも、男子がかわいいもの好きだっていいじゃん」
「それはそうだけど……」
口ごもるかえで。
……そういえば最近、かえでがかわいいものを好きって言ったり、ほしいって言ってるとこ、見てないな。
かえでははずかしがりやだし、まわりに主張しづらいのかも。……あ、そうだ。
「かえで、いいこと思いついた!」
「え、なに?」
「来週、うちらのお誕生日会があるでしょ? お父さんたちに、おそろいのドレスをリクエストして、いっしょに着ようよ!」
ふたごであるうちらは、当然、生まれた日も同じなわけで。
プレゼントは、2人で相談して、同じものを色ちがいでもらうのが、わが家のルールなの。
「え……でも、ぼくがドレスなんて……」
たじろぐかえでの肩を、うちはポンとたたく。
「だいじょーぶ。うちら、ちっちゃいころからおそろいの服ばっかり着せられてきたじゃん。『ふたごファッションがかわいいー!』ってさ」
「そ、そうだけど……」
「それに、みんなはうちが──『あかねくんがドレスを着てる』のを見たほうが、ずっとビックリするよ!」
「うーん……。でも、あかねはドレスなんか興味ないでしょ?」
「うん、でもいいの。2人でみんなをおどろかせようよ!」
そう笑顔で答えると、かえでの表情も、ふっとやわらかくなる。
そして、ゆっくりとうなずいた。
「ありがとう、あかね」
「いいってことよ」
うちはグッと親指を立てる。
よく男子にまちがわれるうちが、ドレスを着るなんてなあ。
うちのクラスでのあだ名は、『あかねくん』なの。
そのほうがなんだかしっくりきて、うちは気に入っている。
女子とおしゃべりするより、男子と外で遊ぶほうが、楽しいしね。
うちのドレス姿を見たクラスメイトは、自分の目を疑うかも。ふふっ。
「お誕生日会、楽しみだねっ」
うちらは顔を見あわせて、ほほえみあった。
◆
あれから1週間が経って、5月に入った。
今日は5月1日、うちらのお誕生日会の前日だ。
「よーし、飾りつけかんりょー! かえでは?」
「ぼくも終わったよ」
かえでが台がわりにしていたイスから降りると、うちはにぎやかになった部屋を見まわす。
どんと壁にかけられた、『HAPPY BIRTHDAY』と書かれた横断幕。
細く切ったおりがみを丸めてつなげた、色とりどりの輪飾り。
うちが担当したところは、赤や青というはっきりしたビビッドカラーを、かえでの担当したところは、パステルカラーのあわい色を使っていて、それぞれの好みが出ている。
すわる場所を示すネームプレートの文字は、みんなの好きな色をきいて書いた。
かえではピンクで、うちは黒。黒は色あい的に、輪飾りには使わなかったけどね。
「うんうん。われながら、なかなかいいできばえじゃん!」
カラフルになった部屋に満足したうちは、ふんと鼻から息をはいた。
じつは、うちらはもうすぐ、おばあちゃんの家に引っ越すことが決まっている。
だから、この場所でむかえられる誕生日は、これで最後なの。
それもあって、たくさんの子がきてくれる予定なんだ。
「そうだ、かえでのぬいぐるみコレクションも、飾りとしてならべとこうよ」
「えっ、でも……」
「かわいいじゃん、せっかくいっぱい持ってるんだし」
なんて、部屋をデコレーションしていると、1階から声からひびいた。
「あかねー、かえでー、ごはんできたわよー!」
「早くこないと、冷めるぞー」
「「はーい」」
お母さんとお父さんに呼ばれて、うちらは階段を下りてダイニングへむかう。
ん、この食欲をそそるにおいは、ひょっとして……!
「わあ、やった!」
テーブルの上にならぶメニューを見て、思わず声が出た。
今日のおかずは、デミグラスソースのかかったハンバーグ。
うちはこれが、一番の大好物なんだ。
かえでは、もっとさっぱりしたもののほうが好きだけどね。
「いただきまーす!」
さっそくハンバーグをほおばると、口いっぱいに肉汁が広がる。
みじん切りで入ってるたまねぎも、食感が変わって、いいんだよなあ。
夢中で口に運んでいると、あっという間に平らげてしまった。
ふう。あ、そういえば。
「ねえお母さん。うちらのドレス、まだ届いてないの?」
部屋の飾りつけに集中していて、すっかりわすれていたけど。
先週、かえでと2人ですぐにドレスのデザインを決めて、お母さんに注文をおねがいしたから、そろそろ届いていないとおかしい。
バースデーパーティーは、もう明日の午後なのに。
「そのことなんだが……」
お父さんが、なぜか顔をくもらせて、重々しくくちびるを動かす。
「えっ、もしかして、誕生日会に間にあわないとか!?」
うちがあわてて身をのりだすと、今度はお母さんが口を開いた。
「あのね……あかね、かえで。あなたたちはふたごで、ずっとそばにいるから、影響しあっているだけなんだろうと思って、今まであまり口出ししてこなかったけど……2人とも、明日で10歳になるんだし……ねえ。そろそろやめにしない?」
「え? やめるって、なにを?」
「あなたたち、まわりになんて呼ばれてるのか、知っているでしょう?」
「ああ、『あかねくん』と『かえでちゃん』のこと? いいよ、気にしてないから。ね、かえで」
「う、うん」
かるい口調で答えると、顔を見あわせたお父さんとお母さんの空気が変わった……気がした。
「2人はそれでよくてもな……」
「ええ……。とにかく、明日はお母さんたちの言うことをききなさい。わかったわね」
「? はあい」
結局、ドレスはお誕生日会に間にあうのかな……?
でも、もう一度きけるようなふんいきじゃなくて、うちはおとなしくイスにすわり直した。
かえでもなにかを感じとったのか、チラチラとお父さんとお母さんの様子をうかがっていた。
2 お誕生日に、さよなら
「あかね、ちょっと」
次の日。少し早めのお昼ごはんを食べ終わると、お母さんに声をかけられた。
「なに?」
「あかねはこれを着て」
そう言ってお母さんが差しだしたのは、うちがかえでといっしょに選んだ、こしの部分に大きなリボンがついた、やさしいピンク色のドレスだ。
「なんだ、届いてたんじゃん」
うちは笑いながら、お母さんに手伝ってもらってドレスを身にまとう。
うーん、かわいいとは思うけど、やっぱりうちの趣味じゃないな。
こんな機会がなかったら、うちは絶対に着なかっただろう。
いかにも女の子らしいデザインをむずがゆく思っていると、お母さんに肩をたたかれる。
「すわって。髪もセットするから」
「えっ、いいよ。うちはオマケみたいなものなんだし」
あくまでドレスを着る主役は、かえでだから。
すると、お母さんの目がするどくなった。
「あかね、早くすわりなさい」
ぐいとすわらされて、あっという間にくるくるに髪を巻かれた。
「もう、こんなのしなくていいって言ったのに……。そういえば、かえでは?」
「かえでは2階で、お父さんにやってもらってるわ」
「そっか。みんながくる前に、見てこようっと」
どこかとれちゃったりしてないか、飾りつけの最終確認もできるしね。
階段をあがって、一番手前にある部屋のとびらをノックする。
「かえでー、着がえられた?」
あれ、おかしいな。中に人がいる気配はするけど、返事がない。
「かえで、お父さん、入るよ?」
首をひねりながら、ドアノブに手をかけて開くと──。
うちは、言葉を失った。
うちに背をむけているお父さんの腕が、かえでのほっそりした首へのびていく。
首もとをつかんだかと思うと、ぐっと力を入れて──。
……いや、ちがう。
お父さんは、かえでのネクタイをしめているんだ。
まゆを下げ、されるがままでいるかえでが着ていたのは、ドレスじゃなかった。
お父さんのスーツを白くしたような、ピシッとした服装をしている。
「えーっ、なにそれ、カッコいい! うち、それが着たいなあ──って、あれ?」
われに返ったうちは、あわててお父さんに確認する。
「誕生日プレゼントは、色ちがいのドレスを2着って、おねがいしたよね?」
お父さんは、真剣な顔つきで答える。
「これからのおまえたちにとっては、これが『おそろい』なんだよ」
「? 意味わかんない。かえで、うちの服と交換しよう」
うちが手さぐりでドレスの背中にあるジッパーを下ろそうとすると、お父さんがどなった。
「だから、ドレスはかえでが着るべきものじゃないんだ!」
大きな声に、うちとかえでの肩が、ビクッとふるえる。
お父さんもそのことに気づいたのか、次は声のトーンをおさえた。
「いいか? 男の子はふつう、こういうスーツを着るんだよ」
「で、でも……かえでが好きなのは、それじゃないもん」
「もう、好きか好きじゃないかだけで選ぶ年じゃないだろ」
「なにそれ……」
お父さんのどなり声をききつけたのか、お母さんも2階へあがってきた。
うちはすかさず、お母さんにうったえる。
「ねえ、お母さん! お父さんが、いじわる言うんだけど」
お母さんは、うちらの味方になってくれると思っていた。信じていた。
「あかね、かえで。そういうワガママをもうやめなさいって、昨日言ったの」
でも、お母さんもうちらを責めるように、けわしい表情をしている。
なにも言えずにいると、かえでがうちのドレスを指さして、消えいるような声をしぼりだす。
「……ぼくは、ドレスを着ちゃいけないの?」
少しの間のあと、お母さんは静かにつぶやいた。
「お母さんはね、『あかねくん』と『かえでちゃん』を生んだつもりはないの……」
お母さんは、苦しそうに顔をゆがめながら、声をふるわせる。
「おねがいだから2人ともちゃんとして? ちゃんと男の子らしく、女の子らしくなって……!」
その言葉に、ズキリと、胸ににぶい痛みがはしった。
息をすうのが、苦しい。
そのとき、お母さんとむきあっている、かえでの表情が変わった。
ひどいことを言われたのに、怒るわけでも、泣くわけでもなくて。
……かえでは、せいいっぱい、ほほえんだのだ。
「そっか。今まで心配かけてごめんね、お母さん」
ピンポーン
はげしく心臓が脈うつ中、まぬけなインターホンの音が鳴りひびいた。
「きっとお友だちがきたのね。すぐに入ってもらうから、2人はここにいていいわよ」
そう言って、お母さんたちは部屋を出ていってしまった。
「……どうして謝ったのよ」
かえでと2人きりになると、つい、心の声が口に出た。
「ぼく、お父さんやお母さんを悲しませてまで、ドレスを着たいわけじゃないから」
かえでらしい理由だ。
でも、うちはこんなドレス、着たくない。
ぜんぜん、うちらしいって思えないもん。
そう思うことは、ワガママなの……?
「あかねは、ぼくのためにドレスをリクエストしてくれたのに……ごめんね」
「いや、かえでのせいじゃないから……!」
なんて返せばいいのかわからなくて、うちは言葉をにごす。
──女の子は、かわいいものが好きで、コイバナに目がない。
男の子は、かっこいいものが好きで、ゲームやスポーツに目がない。
たしかに、そういう子が多いけど。
みんながみんな、そうじゃないとダメなの?
うちは、ぐるぐると考える。
女の子らしくって、なに?
男の子らしくって、なに?
『ちゃんと』するって、なに──?
少しすると、お母さんに連れられて、ぞろぞろとクラスメイトがやってきた。
「おじゃまします。おっ、部屋の飾りつけ、すげーな」
「そりゃあ、あかねくんたちの転校前、最後のお誕生日会だもん」
「2人がいなくなっちゃうなんて、さみしくなるね」
部屋を見まわしながら、クラスメイトは口々に話している。
うちはあわてて気をとりなおす。
「みんな、きてくれてありがと!」
明るく呼びかけると、みんなの視線が一気にうちへ集まる。
「……もしかして、『あかねくん?』」
「え? そうだけど」
なんだか、変な反応だ。あっ、そうか!
うちがこんなフリフリのドレスを着るわけないから、ビックリするよね。
そうだ。みんなはきっと、うちらといっしょに怒ってくれるはず。
お母さんとお父さんが、まったくうちらの気持ちを、わかってくれないことを!
「えへへ、おどろいた? それがさあ──」
「あー、よかった」
え?
「『あかねちゃん』に、もどったんだね!」
「…………へ?」
うちは、ぽかんと口をあける。もどったって、どういうこと?
「ドレス、すごく似合ってるよ、あかねちゃん!」
「やっぱり、そういう服を着てると、あかねも女子だったんだなって気がするな」
「えっ、それってあかねちゃんに失礼じゃない?」
「いや、すげー似合ってるって言ってるんだからよ!」
「あ、はは……そう?」
うちはどうにか、のどの奥から言葉をしぼりだした。
「先生が、前に言ってたの。『あかねくん』は、気の弱いかえでくんを心配して、逆に自分が男っぽくふるまってるだけだろうって。やっぱりそうだったんだね」
クラスメイトの視線が、かえでにうつる。
「かえでくんも、すごくかっこいいね」
「そうしてると、ちょーイケメンじゃん!」
「……ありがと」
かえではまたもや、ニコリとしてうなずく。うちから見れば、仮面みたいな笑顔だ。
でも、そのおかげで、この楽しげなふんいきはこわれなかった。
みんなわざわざきてくれているんだし、重い空気にするわけにもいかない。
うちはうちで、なにもなかったみたいに、どうにかおしゃべりをつづける。
お母さんが、ホールケーキを運んできた。
「みんな、あかねとかえでのために、きてくれてありがとう」
「わー、おいしそう!」
歓声があがる中、お母さんは10本のキャンドルに火をともす。
パチンと明かりを消すと、みんなが手をたたきながら歌いはじめた。
♪ハッピーバースデートゥーユー
ハッピーバースデートゥーユー
うちは、その歌を、ぼうっときいていた。
みんな、いったいだれのことをお祝いしてるんだろうって、思いながら……。
まるで、知らないだれかの誕生日会に、まぎれこんでしまった気分だ。
♪ハッピーバースデーディア、あかねちゃん、かえでくん──
──『あかねちゃん』に、もどったんだね!
歌なんかより、クラスメイトに言われたことが、頭の中をはいずりまわる。
…………ああ。
うち、「いつか『あかねちゃん』にもどる」なんて思われてたのか。
かえでのために、ムリして男っぽくふるまっているなんて、気をつかわれてたのか。
気づかされちゃったからには、これからは家でも学校でも、『女の子』らしくならなくちゃいけない?
……なんだか、お誕生日会っていうより、『自分』との──
「おわかれ会みたい……」
「ん? あかねく……あかねちゃん、なにか言った?」
「ううん、なにも」
「そっか。おめでとう、あかねちゃん! かえでくんも!」
「「ありがとう」」
今までで、一番サイアクな誕生日だった。