3 うちらが、うちらでいるために
みんなを送りだして、部屋に2人きりになった。
クローゼットにしまっておきなさいと言われたドレスとスーツは、床に脱ぎすてたまま。
さっきまでのにぎやかな空気とはうって変わって、お葬式みたいだ。
「かえで。このドレス、着てみる?」
「ううん。ぼくには着られない」
かえでは迷うこともなく、すぐに首を横にふった。
でも、うちはもうわかっていた。
かえでの発する言葉のひとつひとつが、かえで自身を傷つけていることを。
みんなのために、自分をギセイにしようと思っていることを。
だって、うちは今日、みんなの空気に合わせているだけで、すごくしんどかったもの。
「うちは……うちがしたくないのに、『女の子らしく』なんてなりたくないっ!……」
にぎったこぶしが、ブルブルとふるえる。
「あかね……泣いてるの?」
「えっ」
かえでの声でわれに返ると、ポロポロと涙がこぼれて、カーペットをぬらしていた。
「へへ。こんなに涙がでたの、いつぶりかな」
10歳になって、ふいにつきつけられた、冷たい現実。
これが、『おねえさん』『おにいさん』になるってことなのかな。
体もまわりの環境も、みるみる変わっていって……。
その先にある、『おとな』に近づいていくのが、うちはこわいよ。
ねえ、かえで。
うちらも、変わらないといけないのかな?
今のうちらは、『ワガママ』なのかな……?
うちは涙をぬぐうと、自分で作った輪飾りを壁からはずす。
そして──力をこめて、細かく引きちぎった。
「あ……あかね?」
おどろくかえでにかまわず、『HAPPY BIRTHDAY』の横断幕も、ハサミでまっぷたつに裂く。
「ちょ、ちょっと」
うちはハサミをおくと、こんわくしているかえでを見すえる。
「かえで! 今日、うちらのお誕生日会なんてなかった。そうでしょ!?」
「……!」
「だって、みんながお祝いしてたのは、本当のうちらのことじゃなかったんだもん。だから、みんなから言われたことも、ぜんぶナシ!」
うちの言葉に、かえでは目を見ひらいた。
ギュッと両手をにぎると、うつむいて、よわよわしい声を出す。
「で、でも……」
「かえでは本当に、祝ってもらったって思えたの?」
「そ、それは……」
かえでは、だまりこむ。
そして──顔をあげると、かえでが作った輪飾りを手にとった。
「ううん。さっきのお誕生日会は、ぼくたちのじゃなかった」
そう言いながらていねいに、ぴりっと輪飾りをやぶいた。
かえでの本心をきけて、うちはほっとする。
「だよね。よーし、さっさとわすれよ!」
うちらは輪飾りをバラバラにして、らんぼうにゴミ袋につっこむ。
あーあ、こんなイヤな思いをするために、作ったわけじゃなかったんだけどな。
あ、そうだ。
「そりゃっ!」
うちはゴミ袋をつかむと、かえでにむけて、いきおいよくひっくり返した。
輪飾りだったものが、紙吹雪のようにかえでにふりそそぐ。
「わわっ、ちょっとあかね!?」
「あははは、かえで、頭がおりがみだらけ!」
「や、やったなあ!」
「ぎゃーっ!」
すかさずかえでに反撃されて、うちも紙吹雪をあびる。
「しかえしのしかえしだー!」
「しかえしのしかえしのしかえし!」
紙吹雪が積もって、うちのドレスと、かえでのスーツがおおいかくされていく──。
10分ほどやりあうと、さすがに疲れて、カーペットにたおれこんだ。
「はー、楽しかったあ……」
「だね。でも、見つからないうちにかたづけないと」
「だねえ。これは確実に、しかられる」
でも、まだ動けない。動きたくない。
あおむけに倒れこんだまま、かえでがポツリとつぶやいた。
「でも、これからどうすればいいんだろう。ぼくたちは、だれにもお祝いされないままなのかな。転校先でも、ずっと……」
その言葉に、うちの胸も、ギュッとしめつけられる。
これから先、ずーっと、変わった子と思われるか。
みんなの顔色をうかがいながら、生きていくしかないのかな。
「ねえ、なにかないかな、かえで!? うちらが、うちらでいられる方法が……」
かえでは少し考えこんだあと、ハッとしたように口を動かす。
「ぼくが男の子で、あかねが女の子だから、いけないんだよね。だったら──」
「だったら?」
「転校先で、性別をとりかえちゃえば……本当に、『あかねくん』と『かえでちゃん』になれば……!?」
「こっそり、うちが男の子で、かえでが女の子になるってこと? そっか……そうすれば!」
──女の子は、かわいいものが好き。
──男の子は、かっこいいものや、スポーツが好き。
うちとかえでは、性別が変われば、みんなと同じになる。
だれにも文句を言われずにすむ。
無謀に思えるかもしれないけど、うちらには、それができる。
だって、こんなにもそっくりなんだから!
────でも、本当にそんなこと、できるのかな……。
見ためで区別はつかないとはいえ、ものすごいチャレンジだ。
「それじゃあ、転校までに……」
「──うん。考えてみよう。あ、あかね。このことは──」
「わかってるって。絶対、2人だけのヒミツ」
窓から入りこむ、あざやかなオレンジ色の光が、うちらをやさしくつつみこんだ。
4 チャレンジの第一歩
お誕生日会から3か月が経ち、きびしい日差しが照りつける、8月になった。
とうとう迎えた、引っ越しの日。
クラスメイトたちは、わざわざ駅の改札口まで見送りにきてくれた。
「これ、あたしたちからのプレゼント!」
手わたされた袋には、ぎっしりと文字の書きこまれた、カラフルな色紙が入っていた。
「えーっ、いつの間に!」
うちがおどろくと、みんな満足そうに笑う。
「サプライズ大成功だなっ」
「だね。あかねちゃん、かえでくん、またね!」
「いつでも連絡しろよ!」
「うんっ、みんなありがと!」
うちもかえでも手をふって、みんなとおわかれをする。
でも、改札口をとおれば、うちらはもう、ふりかえらなかった。
「あかね、かえで。やっぱり、お父さんたちもついていこうか?」
「そうね、むこうの駅でおばあちゃんと合流するまでは、いっしょにいたほうがいいかしら」
心配そうな表情をうかべるお父さんたち。
「ううん、ヘーキ! 2人だけでいけるよ!」
「そうか。じゃあまたな、おふくろのこと、たのむよ」
「おばあちゃんに迷惑かけないようにね。電話するから、ちゃんと──」
「はーいっ、またね!」
「あっ、ちょっと、あかね?」
うちはお母さんの話のとちゅうで、ホームにむかって走りだす。
「ほら、かえでも早く早く! 電車がくるよっ」
「あかね、そ、そんなにあっさり、わかれちゃっていいの?」
「べつに、二度と会えないわけじゃないじゃん!」
お父さんのお仕事の都合で、しばらくはなればなれになるだけなのだ。
でもたしかに、あまりに雑なわかれ方だったかも……。
これからの生活が楽しみすぎて、つい。
列の一番うしろにならぶと、すぐに電車がホームへ入ってきた。
夏休みとはいえ平日だけあって、お昼近くの時間の電車は、かなり空いていた。
電車が駅にとまるたびに、乗客が少しずつ変わっていく。
丸2時間すわりつづけると、ようやく目的の駅のアナウンスがかかった。
電車を降り、駅の構内をかけぬけて外に出ると、ぱあっと視界がひらける。
──ひりつく暑さに、頭がくらくらしてくるセミの大合唱。
あたりには、青々とした葉をたくわえ、どっしりした木々がならんでいる。
まわりを見まわしながら、かえではつぶやく。
「やっぱり、ぼくらが住んでいたところと、ぜんぜんちがうね」
「ね。なんかさあ、こう、新しいことがはじまる感じがする!」
うちは腕で日差しをさえぎりながら、ニッと笑った。
「さて、時間どおりに着いたし、もう待ってるかな?」
駅のそばをうろうろしていると、小柄で白髪のおばあちゃんを見つけた。
うちと視線が合うと、目をかがやかせる。
「あーちゃん、かえちゃん~!」
「おばあちゃん!」
やさしそうなオーラ全開のこの人が、これからいっしょに住む、うちらのおばあちゃんだ。
おばあちゃんとの再会がうれしくて、うちはかけよろうとしたけど……。
かえでの視線に気づいて、あわてて足を止める。
そうだ、あぶない。
この先の、うちらの作戦のために、あんまりはしゃいじゃいけないんだった!
うちは、やわらかな笑みをうかべて、おだやかにあいさつする。
「おばあちゃん、久しぶり」
「ひさしぶりだね、おばあちゃん!」
一方でかえでは、いつもより元気な声であいさつした。
「ひさしぶりねぇ。2人とも、今日はいつにもまして、そっくりじゃない」
おばあちゃんは、うちとかえでを交互に見つめて、目をぱちくりさせる。
「えへ、そうでしょ」
今のうちらは、おそろいのパーカと半ズボンに加えて、髪の長さまでほとんど同じなのだ。
初対面の人なら、絶対に見わけがつかない。
じゃあ、小さいころからうちらを知っている、おばあちゃんはどうかな?
これからいっしょに生活するにあたって、今からやるテストが、すごく重要だ。
(かえで、転ばないでよ!)
「うわっ!?」
かるくかえでの体を押すと、上手いことおばあちゃんのふところへ収まった。
まるで、かえでがおばあちゃんにとびついたみたいに。
「あらあら、うれしいわねぇ、あーちゃん」
おばあちゃんはにっこりと目じりを下げて、かえでの頭をなでる。
やった、大成功!
さらにうちらは、2人でおばあちゃんのまわりをぐるぐるぐるっと何周かしてから、ピタッと止まって、きいてみた。
「どっちがあかねで、どっちがかえでか、わかる?」
とつぜんの質問に、おばあちゃんは目をまたたかせた。
「あらあら、そっくりさんクイズ? うーん……。ええと、あなたがあーちゃんかしら?」
おばあちゃんは、かえでにむかって言った。
よし、近くにいても、見わけがついてない!
うちらはチラリと視線を合わせて、笑みをうかべた。
本当は不正解だけど、うちはうなずく。
「うんっ、そうだよ」
「よかったわ。それにしても、2人はきょうだいでこんなになかよしなんて、いいことねぇ」
おばあちゃんはニコニコしながら、今度はうちの頭をなでる。
その表情が、その言葉が、うれしくてたまらなくて。
うちは思わず、その手をギュッとにぎりしめたくなった。
だっておばあちゃんは、髪の長さがどうとか、服装がどうとか、一切とがめないんだ。
むしろなかよしの証だって、ほめてくれる。
「うん、うち……ぼくとかえ……あかねは、最高のきょうだいで、親友なんだ!」
胸をはってそう言いきると、となりでかえでも、うちとそっくりな笑みをうかべた。
「うんっ、ぼく……うちも、そう思ってる」
ああ、かえでがいっしょに生まれてきてくれて、本当によかった。
2人でいれば、こわいものなんて、なにもないよ。
たとえ──もしかしたらおばあちゃんも、本音では、みんなと同じように思っていたとしても……。
うちだけは、なにが起こっても、かえでを絶対に守るんだ。
そうひそかに考えていると、おばあちゃんがおだやかに口を開いた。
「さあ、そろそろおうちにいきましょうか」
「「うん!」」
◆
駅から10分ほどでタクシーを降りると、広々とした庭に、昔ながらの大きな木造の家が現れる。
「やっぱりおばあちゃん家って、でっかいなあ!」
「1人で住むには大きすぎるくらいよ。だから、あーちゃんとかえちゃんがきてくれることになって、本当にうれしいの」
「えへへ。うち……ぼくとあかねだって、おばあちゃんといられて、うれしいよ!」
そううちが言うと、おばあちゃんは目を細くした。
「さあ、早く入って」
引き戸のカギを開けたおばあちゃんに手まねきされて、玄関へあがる。
あー、それにしても、あっつい!
うちは思わず、手の甲で汗をぬぐう。
セミの鳴き声はだいぶマシになったけど、暑さは変わらないや。
外気から逃げるように家の奥へと進むと、ふわりと鼻孔がくすぐられた。
おばあちゃんの家って、なんだか不思議なかおりがするなあ。
もちろんいやなにおいじゃなくて、どこか心が落ちつく感じ。
でも、これから毎日ここで生活するから、特別なにおいじゃなくなるんだ。
このそわそわする感覚は、きっと今だけ。
うちは、まだかぎなれていないこのにおいを、思いっきり吸いこんだ。
◆
それから、うちとかえでとおばあちゃんの、おだやかな夏休みがはじまった。
ただし、おばあちゃんが出かけている間には、大事なミッションがあった。
それは、新しい学校で、『あかねくん』と『かえでちゃん』になりきる練習だ。
声音とか、口調とか、ふるまいとか。
そして8月の最終日になると、うちとかえでは美容院にいって、髪を切った。
かえでは毛先をそろえるていどに。
うちはバッサリとショートカットに。
「はい、終わったよ。とっても似合ってるわ」
美容師さんの言葉に、目を開いたうちは、もう少しでさけんでしまいそうだった。
これが、うち……!?
ここまで短くしたのははじめてだからか、鏡に映っているのは、まるで自分じゃないみたい。
そっと、短くなった髪にふれると、なんだかくすぐったい。
となりの席のかえでを見て、うちはまたおどろく。
男子にしてはかなり長い髪を、キレイにととのえてもらったかえでは、どうみても、女の子なのだ。
かえでも、とまどいながら、鏡の中の自分をながめている。
学校に提出する書類は、性別の欄だけ、こっそり書き変えておいた。
これで、書類上も見ためも、うちは男の子で、かえでは女の子になれたのだ。
かえで。いよいよ、うちらの──ううん、オレたちの、新しい生活がはじまるんだね!
うちは、自分の胸がドキドキと高鳴っているのを感じた。
第2回へつづく(4月16日公開予定)
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